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だがこれほど優一郎の探究心を煽る素材もない。優一郎は黙したまま、立城の手元を眺めた。指先がケースをなぞる。触れて、離れて、また触れる。それを見ている内に優一郎は奇妙なことに気付いた。立城の手つきに惑わされ、その指先が描く軌跡に今まで気付かなかったのだ。そう、立城は何かをケースに指先で記している。最初からそのことに気付かなかったことに優一郎は歯軋りしたい気分になった。
指先がゆっくりと線を描く。
「個体に与えられる名前、というものの意味について考えたことはあるかな?」
名前。優一郎は言われるままにそう呟いてみた。名前。言葉通りならそれは例えば優一郎であれば吉良優一郎というのがその名前なのだろう。だが立城の言っているのは本当にその意味なのだろうか。これまでの経験から優一郎は立城の言葉の裏側を自然と探ろうとしていた。
「例えば多輝には……そうだね。雨宮多輝、という名前がつけられた。これは決して偶然なんかじゃない。雨の宮の巫女、という意味があるんだよ。そして多くの輝きとは龍神たちを指す。……まあ、多輝の名は龍神たちを守る雨の宮の巫女、とでも言ったところかな」
指先の描く線は増えていく。優一郎は立城の言葉を聞きつつその指の動きを目で追いかけた。だが立城のかくそれが何であるのか優一郎には判別できない。もしかしたら日本語じゃないのかも。優一郎がそう思いついたところで立城が続ける。
「だが僕たちの中には例外的に幾つか名前を持つ者がある。それらは名前ごとに違う力を持つ。例えば僕は人間的には吉良瀬立城という名を持っているけれど、仲間の一部からは木龍神と呼ばれる。そしてその名前ごとに発揮される力も違っているんだよ」
立城は指をケースから離した。おもむろに手のひらをケースに翳し、視線だけをそっとずらす。
「名前はその個体を示す記号ではなく、力として存在しているとしたらどうかな」
「名前そのものが力を持つ、ということですか」
名前が力を持つ。受け答えとしてそう言いながらも優一郎にはその意味が今ひとつ理解できなかった。これまで名前とは個体を示すものと単純に考えていた。自分、斎姫、部員たち、それから母親、父親、姉。次々に名前を持つ人々のことを思い出してみる。だがそうしてみても立城のいう意味がはっきりと理解できない。優一郎は眉を寄せて考え込んだ。
「それと同様に言葉も力を持つ。……君は多輝にとある約束をしてしまったね?」
光に照らされた立城の笑みは酷く静かだった。それでいて今までとは違う、別の意志を感じる。優一郎ははっと目を上げて立城を見た。立城は翳した手のひらをゆっくりとケースに近づけていった。手のひらが触れる。すると唐突に甲高い音を立ててケースが粉々に砕けてしまった。ケース内に満たされていた特殊な液体が音を立てて床に零れる。だが不思議なことに機体は宙に浮いたまま、膝を抱えて背を丸めていた。液体の中を漂っていた髪の毛は、そのまま宙を漂っている。
「ずっと側にいる、と。君は多輝に約束をしなかったかい?」
「……あ」
多輝の意識をヒューマノイドの機体に強制的に移した。その後、うろたえる多輝に接した時、優一郎は確かに告げたのだ。ずっと側にいるよ、と。そのことを優一郎は思い出した。
「だが君たち人は僕たちよりずっと早くこの世を去ってしまう」
たとえどんなに努力しても決して自分たちより長くは生きられないのだ。立城は静かにそう告げた。砕けたケースの残骸を踏みしめ、ゆっくりと進む。優一郎は呆然とそんな立城を見守った。
「本当は君に言葉の責を取ってもらおうかと思った。でも、そんな真似をすれば世界がさらに歪みを増す。その程度の歪みは何とでもなるけれど、後々にまで面倒を残すのは嫌だからね」
伸ばした立城の腕の中に機体がおさまる。そして機体はゆっくりと立城に抱きかかえられた。眠るように目を閉じた機体の髪が、静かに降りていく。そして立城の腕の中で機体は発光するのをやめた。光が納まると周辺が急に暗くなった気がする。優一郎は思わず瞼を指でこすった。
「それに君は多輝やこの機体を作ってくれた。水輝を抑えてくれた礼もある。だから僕は君に力を施すのを止めた。そもそも、人の器で耐えられるような術でもないし、ね」
せりふの最後の方は呟きに等しかった。僅かな声をだが、優一郎はきっちりと聞き取った。一体、立城は何を言おうとしているのか。それだけに注意を向ける。立城は両腕に機体を大事そうに抱えてゆっくりと歩き出した。執務室のソファに機体を静かに下ろす。そして立城が軽く指を鳴らすと、それまで全裸だった機体が瞬く間に服をまとった。
「人の器に無理なものを、どうしてヒューマノイドは受け入れてしまうんだろうね」
「え?」
立城の小さな呟きに優一郎は思わず訊き返した。立城は横たえた機体の傍に座り、長い髪を撫ぜている。その指の先からごく僅かな光が漏れているのを優一郎は見逃さなかった。柔らかな青い光が髪の間へと消えていく。
「奈月さんがいい例だよ。彼女はヒューマノイドであったからこそ、あれだけの力を受け入れることが出来た。人の身体には宝珠を埋め込むなんてことは出来ないから」
機体の赤い唇が僅かに震える。優一郎はそれを見て自分の目を疑った。まだこのヒューマノイドは起動してはいない。見間違いだろうか。優一郎は食い入るように横たわる機体を見つめた。
だがそれきり、その機体は動くことはなかった。やはり見間違いだったのだ。そう、優一郎が思った時、立城はおもむろに腰を上げた。
解説とか説明とかしてるつもりで、実はプロット切ってないのでその場で出来てる設定だったりします(ぉぃぉぃ