あ、エロシーンはありません。
「そろそろお茶の時間だね。紅茶は好きかな?」
立城はそう言いながらインターフォンのボタンを押した。はい、と優一郎が答えるのを待ってインターフォンに呼びかける。すると小さなスピーカーの向こうから女性の声が応えた。
「二人分のお茶を用意してくれるかな。ああ、出来れば茶菓子も用意してくれると嬉しいな」
『かしこまりました』
門のところで受け答えした声と同じだ。だが今の女性も優一郎に応えた声の女性はこの場に姿を現していない。明らかに奈月とは声が違っている。一体、この屋敷には何人の人がいるのだろう。
「傍に居る……」
ふと、優一郎は先ほどの立城に言われたことを呟いてみた。口にすると当時のことが思い出されてくる。あの時、多輝は急に女性の機体に入ったことで混乱していた。立城を愛しいと思っているのに、自分が男性であるという理由から、多輝はその気持ちを自覚してはいなかった。そこに優一郎は付けこむ形で刷り込んだのだ。多輝はかつて女であったということを。そして精神的に弱っていた多輝は優一郎の思惑通り、女性の機体の中に精神を安定させた。
だが本当は恐らく違うのだ。優一郎は考えを巡らせた。多輝があの機体に定着した理由は別にある。それがさっき立城の示してみせた優一郎の言葉だ。何の気なしに告げた言葉が多輝にとっては絶対の約束となってしまったようだ。多輝は孤独だった。いや、本当は孤独ではなかったかもしれないがそう感じていた。その不安を解消するためにあの約束が出たのだ。そう、優一郎は理解していた。
「本当に文字のとおりにとるなら、調査を実行してもらった時点で、僕は約束違反ですよね」
ずっと側にいる、という言葉が文字通りなら多輝と少しでも離れた時点で約束は違えられていることになる。優一郎は執務机につく立城にそう告げた。すると立城が苦笑してそうだね、と返す。
「だから、僕はテレリンクを開発したんです。いつでも、話せると、いつでも、見ていると、いつでも、僕が傍に居ると、彼女に安心してもらえるように」
そう、だからこそ物理的に離れても約束を違えたつもりはない。多輝を安心させる、という意味では間違ったことはしていないのだ。優一郎は考えた末にそのことを立城に告げた。立城は優一郎が喋り終えるまで黙っていた。ふと小さく笑う。
「君のいう側というのはそういう意味だったのかい?」
改めて問われて優一郎はもう一度自分の考えを最初から辿ってみた。何度、繰り返しても答えは同じだ。優一郎は頷いて顔を上げた。執務机についたまま、立城は静かに優一郎を見つめている。
「いえ、多輝の思う傍というのは、そういう事だったんじゃないかと」
「なるほど、君の意見ももっともだね」
そう告げて立城は微笑みを浮かべて頷いた。綺麗なその微笑みはだが、優一郎の目にはもっと別の意味を持っているように映る。一見、自分の意見を認めてくれているようにも聞こえるが、実は別の意味がその返事には込められているのではないか。これまでの立城のやり方を考えるとどうしても言葉の一つ一つに疑いを持ってしまう。
「もしかして、あなたが言霊の判定者だとか?」
「いや、僕ではないよ」
優一郎の疑いの問いかけに立城は即答してみせた。そうだねえ、と中空を見つめる。口許に指を当て、しばし立城は黙していた。きっと考えをまとめているのだろう。優一郎はそう理解して立城の次の言葉を黙って待った。
「そうだね。たとえば多輝は君の言う通りに一時的に安心を手に入れたとしよう。きっと恐らく君のことだから、多輝の機体が壊れるまではその責を全うしてくれるんだろうね。けれど、その先は?」
そう告げて立城は息をついた。優一郎は目を細めて息を潜めて次の言葉を待った。
「君を信じて君を頼って時を過ごした後、多輝は君に取り残される。それは恐らく僕でも同じ事が言えるだろう。僕が多輝に永遠を約束することはたやすいけれど、その約束は恐らく先で破られる。そしてその先、取り残された多輝は?」
たった一人になった時、多輝はどうするだろう。思い出だけを胸に一人きりで生きるのだろうか。だが人がそうであるように、彼らもまた別の存在と新たに出会うこともあるだろう。そうして出会いと別れを繰り返し、生きていくものではないのか。
だが、永遠を約束することは誰にもできない。傍に居るではなく、ずっとと約束したことが問題なのだ。出来ない約束はしない。当たり前のことだ。優一郎がそう思い至った時、立城がおもむろに口を開いた。
「君たちの思う『ずっと』という言葉の意味と、僕たちのそれでは意味が違う。まあ、要は受け取り側がどう思うかによるんだけれどね」
それまで多輝は不安の中にいた。立城に引き取られて育てられたというのは書類上のことで、実際に幼い多輝を育てたのは立城自身ではない。そのことが余計に多輝の不安を大きくした。だがそれすら立城が狙ってやっていたとしたらどうだろう。優一郎は唇を引き結んだ。
不安に揺れる多輝を肉体から引き剥がすのは容易かった。多輝に自分を信頼させることも、そして多輝は優一郎なくしては機体を維持することすら難しい状態までになった。だがそれがもし、立城が意図的に行ったことが原因であったとしたら。ひょっとしたら立城は自分が斎姫に対して今、行っている実験のようなことを、スケールを大きくして実行していたのではないのか? そんな疑惑が優一郎の脳裏に浮かぶ。
でもまあ、優一郎くんは抜け道を見つけるのが上手いのでー(棒