エロシーンはないのです(汗)
「多輝の精神はあの時、とても弱っていたんじゃないかな? 誰も自分を見てくれないという不安に怯え、頼るものを探していたのではないかと僕は思うんだけれど」
「そうです。だからこそ僕は、あの作戦を実行に移したんです」
もう隠す必要はないだろう。優一郎は素直に自分の行った作戦について話した。そもそも立城に隠し事をしても無駄だろう。何しろあの一言を知っているくらいだから。優一郎はそう思いながら立城に簡単に当時のことを説明した。立城は何かを考えるように目を閉じている。黙したまま優一郎の話に耳を傾け、時折、納得したように頷く。優一郎は次第に緊張のために額に汗を滲ませ始めた。握った手の中がぬるりと滑る。ため息をついてポケットからハンカチを取り出し、丁寧に手のひらを拭う。そしてまた優一郎は説明を続けた。
「あの時の多輝に約束をしたのは確かに僕です。立城さんの仰る通り、ずっと側にいると言いました」
だが優一郎はその時、それほど深くは考えていなかった。成り行きで口にした言葉といってもいい。優一郎は正直にそのことを告げた。立城が静かに頷いて目を開ける。その顔にはさっきまで浮かんでいた微笑みはなくなっていた。
「そうだね。そして多輝にはその言葉が染み込んでしまった。約束としてね。君にその能力があったのは意外だけれど、誓約として確定してしまったんだよ」
誓約。それを聞いて優一郎は本気で首を傾げた。話がどんどん知らない方向へと流れている気がする。そもそも能力とはなんだろう。自分は特に意識して多輝に言葉を投げかけたつもりはない。
「その顔は判らないという表情だね。じゃあ、一つだけ白状しようか」
そう告げて立城は静かに立ち上がった。ドアへと進んでいく。いつの間に現れたのだろう。執務室の入り口には一人の女性が立っていた。赤く美しい髪が印象的だ。瞳の色は髪よりもなお濃い深紅だ。白い肌が髪に彩られて壊れもののようにはかなく見える。
「ありがとう、紅梅。もういいよ」
立城がそう告げると紅梅と呼ばれた女性は深々と一礼して立ち去った。立城の手にはティセットの乗ったトレイが残される。機体の入っていたケースの残骸を越え、立城は応接セットに近づいた。テーブルにトレイを乗せる。出された茶を受け取り、優一郎は目で訴えた。白状する、というのは何のことだろう。それに誓約とは。訊きたいことは山のようにある。目での訴えに気付いたらしい。立城は苦笑して優一郎に手招きをした。目の前にあるソファを指差される。優一郎は大人しく立城の正面の位置に腰を下ろした。
「僕は君に次代の役を頼もうと思っていたんだ。最初は」
「……はい?」
つまりは吉良瀬を継げという意味か。優一郎は声を返してから事の重大性に気がついた。慌てて首を横に振る。
「ああ、そういう意味じゃなくて……いや、その手もあるのか」
最初は笑って否定した立城が途中で考え込む。優一郎は手を横に振って考える立城に拒絶の意を示した。吉良瀬など継いでしまったら研究どころではなくなる。優一郎はある程度の時間と金は欲していたが、それらは全て研究に注ぎ込むつもりでいた。名声や力など欲しいとは思わない。
小さく笑って立城が顔を上げる。
「そこまで嫌がらなくてもいいと思うけれど? これでも吉良瀬の力を手に入れようとする輩は多い訳だし」
「でも研究に充てる時間がなくなります」
きっぱりと優一郎が告げると立城はそうだね、と苦笑した。そして顔から笑みが消える。ソファに背中を預け、立城は軽くカップを傾けた。優一郎も上目遣いに立城を見ながらカップを口許に寄せた。ほどよく入った紅茶の香りが心地良い。優一郎はしばらく紅茶の香りを楽しんでからカップを口につけた。
「僕の言う次代というのはもう一方の方だよ。君に木龍神の座を継いでもらおうと思っていたんだ」
そこまで聞いた優一郎は思わず紅茶を吹きかけた。慌てて口許を手で押さえる。間一髪で紅茶は口の中に留まった。まだ熱い紅茶を急いで飲み下す。うろたえる優一郎とは対照的に立城は優雅に紅茶を飲んでいる。もしかしたらわざと驚かせているのかも知れない。優一郎がそんな風に疑った時、立城が目を上げた。
「思っていた、と言っただろう? 過去の話だよ」
「どちらにしても、龍神の座を人間に引き継げるとは思えないんですが?」
間の悪い話の振り方だ。優一郎は困惑しながらそう言い返した。一体、この人は何を言い出すんだ。優一郎はあまりの驚いたためにいつもの笑みをすっかり消していた。憮然として言い返した優一郎に立城が軽く頷く。
「そうだね。普通では無理だね」
あっさりと肯定される。優一郎はため息をついて再び紅茶のカップを口許に寄せた。今度は注意深く紅茶を少しずつ啜る。龍神に関することを外側から探求はしたいと思う。だが、その問題に自分が直接介入するのは真っ平だ。得体の知れない落とし穴にはめられた気分で優一郎は恨みがましい目を立城に向けた。
「そんなに警戒しなくても大丈夫。今の君にはどちらにしろ無理な話だから」
そう告げて立城はカップをテーブルに戻した。空になった白磁のカップに新たに紅茶を注ぐ。優一郎はその手元を見ながら少しだけ口許を緩めた。完全にとはいかないが、いつもの笑みが戻ってくる。
「ですよね。姉さんならともかく」
優一郎の姉、絵美佳はかつて立城の弟であった真也の魂の生まれ変わりだ。どうしてそうなっているのかは優一郎にもはっきりと理由は判らない。だが先の事件で水輝は絵美佳を紫翠と呼んだ。少しでもその魂が似ていなければ水輝はそうは思わなかっただろう。そのことで優一郎は絵美佳が自分とは違う、別の力の影響を受けていることを確信した。
「ああ……彼女は」
小さく笑って立城はカップを手に取った。満たされた赤い茶が手の動きを受けて微かに揺れる。優一郎は無言で立城を見つめた。立城の口許には感情の読み取れない笑みが浮かんでいる。だが優一郎が待っても立城はせりふの続きを口にしない。
絵美佳ちゃんは既にftnrなので!