エロシーンはありません。
長々とした説明は一応、ここで一段落です。
「力は思いにより歪むんだ。水輝も僕も歪んだ力を揮って戦っていた。けれどそんな真似を世界が許し続ける筈がない。それまでなかった紫翠の記憶が僕に戻ったのがそのいい証拠かな」
紫翠の切り分けた思いに気付いた立城は戦意喪失した。紫翠は水輝を好いていたのだ。そして夜叉である砂夜には水輝の思いを注がれていた。水輝もまた、紫翠を本当に好いていたのだ。そんな両者の想いに気付いた途端、立城は刀を納めた。戦う意志をなくした立城を相手に水輝もまた、力を揮うのをやめた。
「真也さんをあなたが傷つけたことは世界の意思だったわけですね。あなたに、紫翠の記憶を伝えるために」
「なんともばかばかしい手順を踏んでいると思うだろう? 最初から記憶があれば、僕もあんな真似はせずに済んだかも知れないのにね」
肩を竦めて立城が告げる。だがだからこそ夜叉に注がれた力は水輝に戻ったのだ、と立城は続けた。
「いえ、龍神の成り立ちが仮説どおりだとすれば、正しいです。感情的に許せるかどうかは別として」
「そうだね。確かにそうだと思うよ」
「ってごめんなさい。あなたにとっては本当に辛い出来事だったに違いないのに……」
優一郎はその時の立城の思いを想像して俯いた。例えば自分であればどうだろう。大切な誰かを世界の都合で殺さなければならなかったら。考えただけでぞっとする。だが立城はそんな優一郎に苦笑を向け、軽く手を振った。
「過ぎてしまったことは仕方ないからね。それに確かに理屈から考えれば当り前の話なんだよ」
世界が水輝と紫翠の思いを元々の魂へと返還する。そして力はあるべき場所へと戻った。だがそれで事は済まなかったのだ。立城は悪戯っぽく笑ってそう告げた。
「それを境に水輝の力は酷く不安定になった。身体は女性のものへと戻っていたんだけれどね。想いが急に戻ってきたことで水輝は立ち止まるようになったんだ」
「さらに、夜叉の危険性を思い知ったあなたは、夜叉を管理しなければならないことに気づいた。水輝さんをめぐって、夜叉がまた生まれることは時間の問題だったから」
それまで前へ、未来へと突き進んでいた水輝が急に立ち止まる。水輝はそれまでは砂夜の未来を考えて前に進むしかなかったのだ。だが紫翠と交わした誓約は事実上、無効となった。そして水輝は紫翠への想いだけに頼るようになった。
そんな水輝の支えとなるように、と世界が気を回したのかはわからない。それから水輝の傍には一人の龍神が現れる。それが金龍神である
「亮は水輝の傍にいるように、という使命を持っていた。本人も気付かなかったようだけれどね。なるべくして二人は恋人同士になった。……形だけの、ね」
だが水輝は結果的には亮を拒絶した。次に世界は火藍を使おうとした。火藍は水輝が生まれたあの瞬間から女性に変質している。だがそれも全て火藍が水輝を愛しいと想っていたからこそだった。そんな火藍はだが水輝に本心を打ち明けることなく、この世を去ってしまう。その事件に深く関わったのはハンターの存在だった。
「どれだけ水輝に誘いをかけても、結局は失敗に終わってしまった。水輝は紫翠を想うことだけを生きがいに、今も生き続けている。だがそれは逆に水輝のゆがみとなっているんだ」
「結果として、あなたが念のためにかけておいた保険が、切り札になったわけですね?」
「そう、保険は使われないのが一番なんだけれどね。この際、なりふりなんて構っていられないから」
龍神の頂点に立っていた天輝はもういない。水輝がその力を取り込んでしまったからだ。今の水輝は一つの器に大きな力を無理に詰めている状態なのだ。そう、立城は説明した。
「断罪の主はいない。今がチャンスだと僕は思った。世界の瞼の閉じている間に事を成し遂げなければならない。ちょうど、研究も進んで新しい可能性が見出されたところだし、ね」
「だからこその、多輝の改名なんですね。そして、あなたと翠のように力のほうも二分する。そうすれば、少なくとも当面の間は、安定が保てるはずだと」
それまで誰も気にしなかった科学の世界に足を踏み入れる。立城はヒューマノイドの機体に龍神の力を分け入れるという、新しい可能性を見出した。その研究をしていたのが総一郎だ。
「いや……多輝は既に水輝の力を分けられているんだよ。だってあれは」
水輝のクローンだから。立城は声に出さずに唇だけでそう刻んだ。優一郎はその唇の動きを読んで愕然とした。
「なるほど、さいしょから、準備されてたんですね」
薄い嗤いを浮かべて優一郎はそう呟いた。孤児だった多輝を立城が引き取った。だが立城は与えるべき愛情を多輝には注がなかった。わざと孤立した状態にしたのは多輝を不安定にするためだ。そうして多輝は自然と身を守る術を覚えていく。言わば、多輝が立城にある意味で放置されていたのは、その教育のためだったのだ。
「様々な可能性を模索し、あらゆる手を打てるだけ打つ。その末に生まれた命にはそれなりに使命をまっとうしてもらわなければ意味がない。自分が潰えた際の保険をかけるのは当然のことだろう?」
そう告げた時の立城の目にはそれまでにない鋭い光が宿っていた。機体の髪を撫ぜていた指の動きが止まる。そして立城はゆらりと手を動かして優一郎を指差した。
「君も例外ではないよ。だからこそ僕は君にあとを継いで欲しかったんだ。けれど君には別の力が宿ってしまったから」
「そうですね。僕はあくまで研究者ですから。父ほどの才能はありませんけど、父よりは使い勝手はいいはずですし」
優一郎は納得顔でにっこりと笑った。話の最後に自分が出てくるとは思わなかったが、立城が一目置いてくれているのなら好都合だ。何より研究には膨大な時間と金がかかる。その資金源を確保しておくことも大切だ。優一郎は立城の話が自分に振られたことをそう受け止めていた。
「そうだね。君は確かに才能のある科学者だよ。この機体も開発してくれたことだしね」
そう告げて立城は口許に深い笑みを刻んだ。その笑みを見止めた優一郎はふと眉をひそめた。次いで息を飲む。立城の笑みが酷く冷ややかなものに見えたからだ。これまで気にならなかった身体の緊張が蘇ってくる。気付くと優一郎はカップを持った手を小刻みに震わせていた。まさか、という嫌な予感が胸を満たす。
「龍神をその言葉の力を用いて従わせる。
赤い夕日がゆっくりと西の空へと沈んでいく。優一郎は愕然と目を見開いたまま、しばし言葉を失っていた。
我ながら、なげえええええええええ!!