「すいません。ちょっと体調が良くないので、保健室へ行っていいですか?」
そう告げた優一郎の顔色は当人が言う通りに青ざめていた。体調を崩しているからではない。緊急事態が発生したためだ。そのことを優一郎は自覚していた。だが担当教諭を納得させるにはいい理由だったようだ。男性教諭は慌てて頷いた。
情報処理室を静かに退室する。優一郎は後ろ手にドアを閉めると急ぎ足で廊下を進み始めた。こんな時に多輝がいれば簡単に対処できるのに。今はいない多輝のことがふと思い出される。だがいない者に頼っても仕方ない。優一郎は急いで階段に向かった。
特別教室のある四階から一気に一階まで駆け下りる。授業中であることを考慮して優一郎は出来るだけ足音を立てないようにした。校長室や事務室のある廊下を抜け、保健室に辿り着く。とりあえずはいないよりはましだろう。優一郎は乱れた呼吸を整えて保健室のドアをノックした。
静かに扉を開く。室内には数人の生徒がいた。調子を崩した生徒を気遣っているのは保険医の玲花だ。その様子を見た優一郎はしまった、と内心で呟いた。そう、今は授業中だ。体調を崩した生徒たちが保健室にいることもある。そしてどうやら今日は保健室を利用している生徒が多いようだ。見ればカーテンをひかれたベッドが三つ。全部のベッドが埋まっているらしい。
「あ、あら。どうしたの? 吉良くん」
この場で会うとは思わなかったのだろう。玲花の声は僅かに上ずっている。だが他の生徒たちは玲花の様子に気付かなかったようだ。優一郎は目を細めて彼らの様子を見てから保健室に入った。
「先生、体調が悪いので休みに来たんですけど、ベッドは一杯みたいですね。部室で休んでいていいですか?」
そう告げた優一郎はさりげなく玲花を観察した。玲花が慌てて白衣のポケットから手を出す。生徒たちの具合を看ながら玲花は欲情していたらしい。白衣のポケットに入れた手で股間を刺激していたのだ。優一郎はドア近くでそんな玲花を見つめ、微かに口許に笑みを浮かべた。玲花の頬が赤く染まる。
「あっ、そ、そうね。その方がいいわね」
顔を赤くしたまま、玲花は優一郎に近づいた。その背中を手で押す。優一郎は殆ど追い出される形で廊下に出た。同時に玲花も廊下に出る。他の生徒たちの前で優一郎が玲花を叱るとでも考えたのだろう。優一郎は思わず苦笑して振り返った。
「一緒に来てください。緊急事態です」
声を落として告げる。すると玲花が困惑した顔になる。
「え、だって具合の悪い生徒たちがいるのよ? 放り出して行ける筈がないでしょう?」
それが保険医の仕事だから。そう言われれば普通は納得するのだろう。だが優一郎は玲花の白衣を無造作につかみ、殆ど音にならない声で告げた。
「部室に侵入者が居ます。顧問としての責任を果たしていただきたいのですが」
それも教師の仕事だろう。優一郎はそう告げて白衣から手を離した。玲花の顔は強張っている。まさか、と呟く玲花の手を優一郎は強くつかんだ。早く、と急かして走り出す。困惑した面持ちのまま、玲花は優一郎に従った。
地下に降りるための扉を開けるには暗号を打ち込まなければならない。優一郎は素早く鍵を開き、ドアを開けた。暗かった廊下に明かりが灯る。今度は優一郎も遠慮なく廊下を駆けた。後ろから玲花が慌てた様子で追いかける。
果穂のいる研究室を横目に走る。優一郎は本来なら誰も近づけさせない地下の二階に続くエレベーターの前に辿り着いた。玲花が息を切らしている。
パスワードを素早く打ち込む。だがエレベーターは応えない。優一郎は苛立ちに任せてもう一度パスワードを打った。何度も出入りしているのだ。パスワードを今更間違える筈がない。だがいつも応答する女性の声はない。優一郎は驚愕に目を見開き、エレベーターの扉に目を向けた。
肩で息をしている玲花に命じ、優一郎は扉から一歩だけ下がった。玲花は不安そうに優一郎を見てから命令通りに腕を伸ばす。玲花の指先がエレベーターの扉に触れた途端、対侵入者用のシステムが作動した。玲花が雷に打たれたように身体をひくつかせる。指先から電流を注がれ、一瞬で機体が故障してしまったのだ。やはりシステムは正常に作動している。優一郎は床に倒れた玲花を一瞥して扉に目を戻した。
システムは正常だ。なのに何故、扉が開かないのだろう。優一郎は歯軋りしたい気分でもう一度、パスワードを打ち込むためのキーに向かった。小さな液晶画面は暗く沈んでいる。優一郎の指がキーに触れるたびに、その画面には*というマークが記されていく。パスワードは受理されている。なのにエレベーターは反応しない。
これは一体どういうことだ。優一郎は厳しい眼差しでエレベーターを睨みつけた。これが開かなければ地下二階にはたどり着けない。
まだまだ機械娘が書けてませんな!!(自省