※この作品はR-18です。

魂の座 一部 凍えた魂   作:伊駒辰葉

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ここから四章です。
ちょっとだけ長めです。

エロシーンはありません。


四章
再会の兆し


 鼻歌を歌いながらキーボードを叩く。唇に挟んだ煙草を揺らしながら、順は画面を上から下へと流れていく文字を素早く読んだ。今すぐに読まなくともディスクに記録はとってある。だがやっと手に入れた情報を後でゆっくり確かめるまで見ないのも勿体無い。順は続く文字の流れを出来るだけ目で追いかけた。自然と口許が緩む。

 

 ずっと裏で調査し続けていたものの、欲しい情報はこれまで一切、手に入らなかった。吉良瀬側の防御壁は木村側にとって余りにも高すぎたのだ。

 

 でも、坊やの端末はこうもあっさり入っちゃうんだもんなあ。順は感心してディスプレイの横に据えられたデスクトップを見つめた。酷く頼りないとも思える大きさのそれは今、吉良瀬のメインコンピュータに接続されている。これまで難関だった吉良瀬の防御壁をあっさりと越え、順の欲しい情報をふんだんに提供してくれている。もっとも、吉良瀬側もすぐに侵入に気付くだろう。幾ら許可をしているIDを持つ端末でも、内部の情報を根こそぎコピーしていれば不審に感じられる。順は手早く情報をディスクに写し取った。

 

 次は、とキーを叩く。今度は画面が切り替わって画像が現れた。ふうん、と呟いて順はそのデータもコピーした。唐突に現れたのはヒューマノイドの性能についての説明書きだった。

 

 誰もいない研究室で一台の端末だけが可動している。横たわっている機体の幾つかも実際には起動待ちの状態を維持されているようだ。順はボタン一つで情報をコピーを仕掛け、待ち時間を読んだ。コピー終了まで十分。それで全ての情報が手に入る。

 

 そっと右の目を押さえる。そこには水輝の力が息づいている。順は苦笑して椅子から立った。微かに軋みを上げて椅子がゆっくりと順を追いかけるように回転する。順は目を押さえたまま、実験台に近づいた。

 

 結界にはさっきからずっと何かが引っかかっている。恐らくそれが吉良優一郎だろう。順は結界の外にいる優一郎の気配を読んで片方の唇の端をぴくりと上げた。煙草の伸びた灰が床に落ちる。

 

 右目をあける。閉じた時と同様、研究所の中の風景はごく普通だ。順はほっと胸をなで下ろした。最近、こうして時折確かめないと不安になる。いつ、どこで水輝の力が暴発するか見当がつかないからだ。試すように右の瞼だけを何度か開閉する。変化がないことを充分に確かめてから、改めて順は一体の機体に向き直った。

 

 その機体は優一郎の作品にしては珍しく髪が短かった。そして他のそれとは違い、顔立ちも少々きつい。例えば機体が起動し、服でも着れば男にすら見えるだろう。凛々しい面立ちと締まった身体を持っている。順は薄い笑みを浮かべてその機体を見つめた。

 

 まるで用意されてたみたいだねぇ。内心でそう呟く。順はおもむろに右の手で自分の左の胸に触れた。心臓のある位置にゆっくりと指を移動する。シャツ越しに鼓動を感じ取ったその時、順は一気に手に力をこめた。ずぶり、と指がシャツを抜けて皮膚へと食い込む。そして順の手は静かに左胸の奥へと入っていった。

 

 激しい痛みに襲われる。順は身体を二つに折り曲げて歯を食いしばった。フィルターが噛み千切れ、火の点いた煙草が床に転がる。だがそれでも順は身体を起こさなかった。手探りで体内に収まっているそれをつかみ取る。

 

 長い息をつきながら順は手を胸から抜いた。その手には深紅の宝玉が握られている。手が抜けたはずの胸はまだ痛んでいる。順はシャツの胸元を強く握り、手の中の宝玉を見つめた。深紅の輝きはあの時と全く変わりない。違っているのは持ち主がいないということだけだ。

 

 刀を交えて戦ったあの日のことがついさっきのことのように思い出される。あの日、深紅の煌きを帯びた刀を携えていたのは火藍だった。順はその時のことを思い出して目を閉じた。胸の痛みはまだ酷かったが、火藍のことを思い出しただけで少しだけ痛みが薄れた気がする。

 

 立城と水輝に対する力として火藍は懸命に戦っていた。だがその戦いの最中に火藍はその刃を順に向けた。順が火藍を騙していたからだ。

 

 怒りに満ちた火藍の一撃は、あらかじめ順が施した術により繰り出した当人へと弾き返された。その一撃が火藍の致命傷となった。そして火藍は想い人にその想いを打ち明けることもなく、この世から去ってしまったのだ。

 

 だってそうでもしなきゃ、ずっと囚われたままだったじゃん。順は小さな声でそう呟いた。あの輝きがこの世に現れた瞬間から、火藍はずっと囚われ続けていた。誰にも解放してもらえず、あまつさえ世界はそんな火藍の想いすら利用しようとした。水輝の意識を逸らすためとは言え、それが順には許せなかったのだ。

 

 順は薄く目を開けた。深紅の輝きを強く握る。器が滅びてもなお輝き続けている宝玉を目の高さに翳す。それから順はおもむろに宝玉を握り直した。静かに機体に向き直る。

 

 ヒューマノイドの機体がどうして膨大な力を易々と受け止めてしまうのかは判らない。だがその事実は順にとっては好都合だった。失われた力が少しでも世界に戻れば。そうすればある場所で進められている実験は中断せざるを得なくなる。

 

 左の胸に宝玉を触れさせる。順は意識を集中して体内に渦巻く力を手のひらへと終結させた。黒い闇の力を帯びた手がゆっくりと機体の肌へと近づいて行く。それと共に深紅の輝きはずぶりと音を立てて機体の胸へと沈んでいった。

 

 端末がコピー終了を知らせる音を鳴らす。だが順は気にせず手を進めた。宝玉が触れた瞬間から、機体は僅かずつ光を帯びている。深紅のその光は懐かしい時を思い出させる。順は口許に嗤いを浮かべていた。宝玉が胸に納まる。そして順は宝玉と共にその手を機体の胸へと突き立てた。

 

 機体の内部にはたくさんの機械が詰まっている。だが順の手はそのどれにも触れていなかった。ねっとりとしたものが順の手に絡みつく。順は息を潜めて機体の内部を探った。それまで何も意識などしたことのない機体の精神部分に直接触れているのだ。それは混沌とした闇に触れているようなものだ。次第に順の額には汗がにじみ始めた。自然と腕が震えてくる。

 

「もう少し……かな。もっと力があれば簡単なのになあ」

 

 愚痴混じりに言いながら順は軽く舌打ちをした。闇の中に漂う深紅の煌きを再びつかみ取る。ヒューマノイドの機体はその瞬間にびくりと揺れた。

 

 不意に警告音が鳴る。順は驚きに目を上げた。端末と繋がれた画面に危険を知らせる文字が表示されている。鋭く舌打ちをして順は機体から手を抜いた。それまでまとわりついていたものがすんなりと順の手を解放する。順は苛立ち紛れに大きな足音を立てて端末に近づいた。

 

「うわ……やられた」

 

 コピーした方のディスクの中身をチェックして順は思わずそう呟いた。優一郎が外部から端末を操作したのだ。コピーした筈の情報は半分に減っている。順はため息をついてディスクを端末から抜いた。ポケットにしまって頭を軽く振る。とにかくこれ以上の長居は無意味だ。

 

「また会える日を楽しみにしてるよ」

 

 そっと笑って順はそう告げた。その視線の先にはあのヒューマノイドがいる。順は額に指をあてた。本来なら一日に二度も行使したりしない力を発動させる。それがどれだけ危険かを順は知り尽くしていた。これまで何度も実験し、その度に失敗しているからだ。

 

「じゃあね」

 

 順の姿が研究室からかき消える。端末だけが空しく動いていた。




今回の話、順が割と活躍します。
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