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「ああ? そりゃ、どんな理屈だよ」
細い携帯電話を持ち直して笑いながら吐き出す。唇に挟んだ煙草にライターの火を近づけると赤い火が灯る。水輝は深く煙を吸い込んで目を細めた。壁にもたれた背中を少しだけ離して小さく笑う。改めて壁に背中を預け、水輝はちらりと視線を流した。
「まあ、びっくりしてたはしてたけどさ。……あんだよ。おれが出かけたのが気に入らないのか?」
電話の向こうで立城がため息をついている。それはそうだろう。まさか今日の内に水輝が動くとは立城も思っていなかったのだ。そして水輝は人の悪い笑みを浮かべて囁くように告げた。
「長いことお預け食らわされてたせいでさ。けっこうあっさり体力なくなったみたいだぜ。……って、そこで嘆くなよ」
水輝は立城と話しながら別の人間を見つめていた。こちらもやはり誰かと話しているのだろう。携帯電話を握り締めている。だが水輝とは違い、どうやら深刻な話をしているようだ。顔が強張っている。
相変わらずだね。という喜んでいいのかどうか判らない立城のコメントに水輝は慣れた調子で軽口を返した。人々の流れは止まっている水輝から見れば酷く忙しない。水輝は目的の人物から目を逸らし、人々の流れを追いかけた。だが意識だけはきちんと目的のそれをトレースする。
「大体なあ。何で今更、携帯電話?」
そんなものがなくとも力を行使すれば離れた場所にいる相手との会話など造作もなく出来る。水輝はため息混じりに訊いた。だが立城は意外にもその質問に小さく笑ってみせた。
『君が良くても今の僕の状態では力を使うことは無理だからね』
「だから携帯? まあ、退屈しのぎになっていいけどさ」
顎で携帯を挟んで煙草を指に挟む。近くにあった灰皿に灰を落としていると、急に近くで女の声が聞こえた。どうやら目的のそれが話しながら少し移動したらしい。水輝は一メートルほどしか離れていない彼女をちらりと見やった。小さな声ではあるが、その会話の断片が聞こえてくる。
『水輝?』
いつもなら言わなくてもこちらの状態を察する立城が呼びかけてくる。水輝はああ、とだけ声を返した。力が使えなくても水輝の行動は読んでいるらしい。それだけで立城は無言になった。
どうして、とかなんでという言葉が彼女の口から漏れる。水輝は目を細めてそっと息をついた。意識を集中すると簡単に彼女の思考が読める。
「そうだな。後始末くらいは頼むかも知れないな」
『……出来れば一週間待ってくれないかな。せめて僕の力が回復するまで』
だがそう言いながらも立城は水輝がきかないことを知っているのだろう。喋る声は少し沈痛な響きを伴っている。水輝は口許に嗤いを張り付けた。
「無理だな。獲物がそこにいるのに我慢できる訳ないだろ」
壁にもたれて話し込む彼女を眺めながら水輝は小声で告げた。つま先から頭の先までを視線だけで探る。身長は160くらい。体重はまあそこそこ。スリーサイズは、と水輝は続けて彼女の肢体を舐めるように見つめた。上から八十四、六十、八十三ってとこか。胸の中での呟きは自然と声になっていたらしい。電話の向こうで立城が深々とため息をつく。
人にしてはまあ顔は整ってるかな。水輝は立城のため息に笑ってそう応えた。目的の彼女の電話を握りしめる指先が白くなっている。余程、力をこめて電話を握っているのだろう。それだけでも話している内容が知れるというものだ。水輝は彼女からするりと視線を外して再び人の流れを見やった。
『君の性格は本当に変わっていないね。僕の都合はお構いなしかい?』
ため息と共に返って来た声に水輝は声に出さずに笑った。きっと立城も自分がどう答えるかを知っている。何度も交わされた会話の内の一つだからだ。水輝は空を見上げながら告げた。
「おれがお前の都合に構ったことがこれまで一度でもあったと思うか?」
空は次第に暗くなっている。行き交う人々の手にぶら下がっている荷物の中には夕食の材料が入っているものもあるだろう。夜はどんどん近づいている。水輝は小さく身じろぎして苦笑した。どうなんだよ、と立城を急かしてみる。だが立城はいつもと同じように落ち着いた声で応えた。
『ないね』
意外にもあっさりと否定される。水輝は判っていたその答えに頷いた。それ以前に立城は自分の都合を本気で考慮しろと言ったことはない。立城もその自覚はあるのだろう。確信的に話を振ってくることはあるが、そんな時水輝は決して立城の都合を考えたりはしない。結局のところ、水輝は常に思うままに進み、立城がそのフォローをする。それがこれまでずっと続いてきた二人の関係なのだ。
「っと。そろそろかな。んな訳だから晩飯は食って帰る。奈月にそう言っておいてくれ」
そう告げて水輝は電話を切った。切る直前に立城が何かを言っていたような気がするが気にしないことにする。どうせ壊れた奈月を修理するのが先だ、と文句を言っていたのだろう。水輝は小さく笑って壁から背中を引き剥がした。
彼女は肩を小刻みに震わせている。手に握られた電話はもう耳には触れていない。通話は終わっている。そんな彼女が深いため息を数度零し、だるそうに電話を再びかけようとしたその時、水輝はすい、と近づいた。
「ねえ、お姉さん。おれと遊ばない?」
唐突に声をかけられた彼女が驚いたように目を上げる。水輝は口許に笑みを浮かべて軽く首を傾げてみせた。彼女が慌てたように周囲を見る。どうやら自分が声をかけられていると思わなかったらしい。思わず吹き出して水輝は彼女を指差した。
こういうヤツなんですよ……(棒