秋の空は夏のそれに比べて高い。絵美佳は目を細めて空を見上げた。秋風に白衣がたなびく。絵美佳は乱れた髪を押さえて凛とした目でそれを見た。体育祭はもう終了し、生徒たちの一部は片付けに追われている。先ほどまで賑やかなフォークダンスの音楽を鳴らしていたスピーカーは今はしんと静まり返っている。
絵美佳の視線の先にいるのは見慣れた女子生徒だった。数十メートル先にいるにも関わらず、絵美佳はその女子生徒の顔を間近で見ているかのように思い出すことが出来た。腰まで伸びる、艶やかな黒髪。きつい眼差しは母親譲りだそうだ。そんな女子生徒の名前は如月要という。要は絵美佳が想像した通りに厳しい表情で腕組みをして立っていた。
「うーん。ちょっち好みじゃないのよね」
そう呟いてため息をつく。絵美佳が落胆の表情を作ったところで盛大な声がした。どうやら生徒会の機材を利用しているらしい。要の前に一人の男子生徒が跪いている。その男子生徒の手には拡声器が握られていた。
『今日こそ決着をつけますわよ、吉良絵美佳!』
ケッチャク、ねえ。絵美佳は口の中でそうぼやいて頭をかいた。事あるごとに要は喧嘩を売ってくる。だが当の絵美佳は要のちょっかいを喧嘩を売られたとは取っていなかった。絵美佳の目には要のそれは訳の判らない行動としか映らなかったのだ。そして今回の件もそうだ。絵美佳としてはこれは実験の一環に過ぎない。が、要には違うらしい。勝ち誇ったように胸を反らして何事かを語っている。
かつて清陵高校の科学部と生徒会とは様々な場面で対立していた。その当時の科学部の部長は吉良総一郎。今では有名な科学者として人々に認識されている人物だ。だが当時の科学部に所属していた誰もが生徒会と対立していた気はなかったという。要するに今の絵美佳と同じ状況だった訳だ。総一郎も当然、当時の生徒会長と張り合っている気はなかったらしい。
そして事あるごとに総一郎に対立していた当時の生徒会長は如月栄子。何の因果か栄子は要の母親なのだ。傍目には親娘二代に渡る対立とでも映るのだろう。現に二人を遠巻きにするように生徒たちの観覧席まで設けられている。絵美佳は要と観覧席に納まっている生徒たちの顔を順繰りに見やった。
「でも、なんで体育祭の準備に、たかだか汎用人型作業機械を貸そうとしただけで、こんな騒ぎになるかなあ」
忘れもしない数週間前。清陵高校体育祭実行委員会の指示により、清陵高校の生徒たちは体育祭の準備を開始した。今回は記念すべき第五十回目の開催ということで、いつもよりも盛大な体育祭を行うのだと体育祭実行委員長は張り切っていた。その委員長がたまたま科学部に所属していたのだ。
本来、各種行事の実行委員及びその代表は各部活動に参加することは出来ない。生徒会等の役員も同様だ。が、今回の体育祭実行委員長はそのことをうっかり忘れていたのだ。通常はそういう重複があれば生徒会の方が気付いて修正を行う。だが偶然に偶然が重なり、今回の件を生徒会も見逃してしまっていたのだ。
結局、その実行委員長は何らためらうことなく職務をまっとうしようとした。その実行委員長が絵美佳のお気に入りだったのがことの始まりだ。
あんたがいないとあたしが困るから、作業を手伝うことにするわ。そう絵美佳は実行委員長に宣言したのだ。
『あのぅ……。何だか要さん、怒ってるみたいですけどぉ……』
通信用のヘッドセットを通して件の実行委員長である木崎巴の声が聞こえてくる。絵美佳は音声のボリュームを調整しながらヘッドセットの締め具合を直した。ついでに眼鏡のつるに引っかかっていた髪の毛を丁寧に払う。
「まあいつものことだし。あんたのほうは大丈夫? 強力参号とのコネクトは完了したの?」
絵美佳はちらりと隣の壁を見上げた。壁に見えるそれは巨大な機械の足部分だ。絵美佳の設計により作られたそれは、通常はプールの底部分に納められている。メンテナンスなどは地下で行われ、普段は生徒たちの目につくことはない。こうした特殊な場面でなければ生徒たちもこの機械の姿を見ることはないのだ。
体育祭の準備を手伝うためにプールの底を開けた。そこから騒ぎが勃発したのだ。生徒会の諜報部員が飛んできたのがつい先ほどのことのように思える。絵美佳はその時のことを思い出して額を押さえて呻いた。よりによってその部員はこの機械を壊せと命令してきたのだ。
片付けろ、ならまだしも壊せとはどういう了見だ。絵美佳はその諜報部員に食ってかかった。騒ぎのために作業は中断し、予定の半分ほども進まなかった。手伝うつもりでいた絵美佳はそのことに更に怒り狂った。ただでさえ忙しい時間をわざわざ割いて手伝っていたのだ。なのに作業が遅れてしまっては意味がない。
だがそんな絵美佳の怒りを諜報部員は完全に無視した。そこで絵美佳は実力行使することにした。要するにたかだか一人の生徒が止めに入ったところで無意味なのだ。作業を実際に行っているのは絵美佳ではなく、機械仕掛けの巨大人形に乗った巴だ。彼女がその巨大人形を操って作業する分には特に問題はない。邪魔するようなら実力で排除すればいいだけのことだ。現に諜報部員は邪魔をしようとしてグランドからつまみ出されてしまった。
これが更に事態を悪化させた。生徒会長自らがこの絵美佳の行動を自分への挑戦状だと受け取ったのだ。しかも意図的にその噂を全校に流し、あれよあれよと言う間に二者の対立をお祭騒ぎにまで発展させてしまった。
相変わらずかっ飛んでる絵美佳ちゃんですw
まあ、下半身もかっ飛んでるんですけども(おい