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激しい音が部屋に響く。その音にまず驚いて飛び上がったのは要の飼い猫だった。タマ、というなんともオーソドックスな名前をつけられたその猫は、慌てたように部屋を駆け出した。首輪につけられた鈴の音が部屋から廊下に続いて消えていく。
「じょっ、冗談じゃありませんわ! この忙しいのに何を言い出すんですの!?」
これから関係者たちにメールを送って、返事を待って、その間に試作機の立案をして、出来れば夕食をとって……と、頭の中で立てていた計画は順のその一言で微塵に崩れ去った。あろうことか順は朝に続いて要に不躾なことを言って来たのだ。
「えー。だってさあ。こういう時だからこそ息抜きをしなきゃとオレは思う訳だよ」
要に殴られた頬を押さえて唇を尖らせる。順は不服そうに要にそう言い返した。その口調もまた要の癇に障る。今朝と全く同じ、軽薄な物言いがどうしても許せない。要は再度、腕を振り上げた。
「わたくしはあなたほど暇じゃありませんの! あなたもいいかげん、お帰りになったらどうですの!?」
私室に母親の栄子はいない。要は今朝は飲み込んだ言葉を思う存分に吐き出した。ついでに腕を振る。だが今度は順が要の手を素早く掴み取った。その瞬間に要の背中にざわりとした嫌なものが走る。
ゆったりとしたクラシック音楽の流れるその部屋で二人は向き合っていた。順は哀しげな顔を作って要の手をやんわりと握り直す。両手に手を包み込まれ、要は短い悲鳴を上げて順の手を振り払った。スカートから出したハンカチで丁寧に手を拭う。それでも足りずに、要はさっさと部屋の隅にある水差しを取った。がたん、と窓を開けて水差しの水で手をすすぐ。その後ろで順がため息をつく。
「何もそこまでしなくても」
「軽薄な性格というものはいつの間にか伝染するんですのよ! わたくし、いい事例を知ってますわっ」
いつの間にか科学部に寝返った数人の諜報部員のことを思い出す。どういう訳か真面目だった男性部員に限って科学部に入部してしまうのだ。きっと絵美佳の性格が伝染したに違いない。実態を知らない要はそう信じて疑っていなかった。
水差しの水がなくなる。もしも、下に誰かいたら二階の窓から水が降って来たことを何事かと思うだろう。だが要は窓の下の様子に全く気を留めなかった。さっさと窓を閉めて水差しを戻す。
「伝染って……そんな、病原菌みたいに言わないでよぉ」
情けない顔で順が不平を口にする。要は手をタオルで拭いながら順を睨みつけた。今朝にも増してその顔には軽薄さがにじみ出ている。
「病原菌に失礼ですわ!」
「うわ、要ちゃんってさらっと酷いこと言うなあ」
真顔で返した要に順は心底、情けない顔になった。要はふふん、とそんな順を鼻で笑った。そしてふと我に返る。そう、こんなことをしてはいられないのだ。関係者たちにメールを送らなければならない。何故なら絵美佳が指定してきたのはロボット同士の戦いだ。先の間抜けな負け振りを見た企業はもう協力はしてくれないだろう。そうなるとやはり、新しく協力してくれる会社を探さなくてはならない。
母に頼ればいいのではないか。そんな考えも頭には浮かんだ。だが要は栄子には頭を下げる気になれなかった。いつもなら甘えて何とかしてくれと頼んでいたかも知れない。要はきつい目で順を睨んだ。そう、今の栄子に頼ろうとは思わない。こんな胡散臭い雑誌記者を居座らせている母なのだ。順がいることで大いに気分を害していた要は、何とか栄子の手を借りずに済む方法を模索していた。
「もー。そんなだから要ちゃんってカレシいないんだよ。嫌われるよ、そゆのって」
やれやれ、とため息をつきながら順が告げる。それを聞いた要は両の眉を吊り上げて順に迫った。肩を怒らせて順を正面から睨みつける。
「残念でしたわね! わたくし、そんなものを作っている暇はありませんの! こう見えても生徒会業務が忙しいので!」
彼氏、と順に言われた時、本当は少し胸が痛んだ。多輝のことを思い出したからだ。どれだけ想っても多輝は見つからない。会えない日々がずっと続いている。そんな要の気持ちを知ってか知らずか、順は呑気に笑いながら告げた。
要と順の掛け合いは割と面白く書いた記憶がありますw