良い子は真似しないでね!
エロシーンは……えーとまだないです。
食事は名前の読み方もよく判らないフランス料理だった。一応、前もってメニューは説明されたのだが、どれも水輝にはぴんとこなかった。だが未亜は説明に頷き、更に質問を返している。どうやら未亜はこんな料理に慣れているらしい。水輝は説明の間は大人しく口を噤んでいた。
あー。奈月の肉じゃが食いてえ。食事中に何度もそう思った。だが水輝はそんな思いを一切、表には出さなかった。器用にカトラリーを操って皿の上の料理を口にする。慣れているであろう未亜もそんな水輝には驚いたらしい。どこでマナーを覚えたの、と何度か訊かれた。その度に水輝は曖昧に笑って内緒、と告げた。
食後のコーヒーが運ばれてくる。行儀の良い店員がいれてくれたコーヒーは少し濃かった。元々、コーヒーを苦手とする水輝はおっかなびっくりでデミタスコーヒーのカップに口をつけた。だが意外にもそのコーヒーは水輝の喉に引っかかることはなく、すんなりと通って胃に落ちる。そのことに驚いた水輝は未亜にコーヒーが飲めたと嬉しそうに告げた。そんな水輝を見つめる未亜の眼差しは優しく、仲の良い弟でも見ているかのようだった。
やがて食事が終わる。その頃になると未亜はそわそわし始めた。払うから、と言って料金を支払いつつもちらちらと水輝を見る。水輝はそ知らぬ顔で店先にある花瓶を見つめていた。真っ白な地肌に藍で模様が描かれている。水仙の花だ。
花、かあ。水輝はぼんやりと花瓶の花を見つめて呟いた。そう言えば、今日は未亜の誕生日だ。意識を探るだけでなく、水輝は未亜の口からその情報を得ていた。彼氏に約束をキャンセルされ、寂しさが募ったのだろう。その話をした時の未亜は涙ぐんでいた。
「お待たせ」
未亜が店から出てくる。それを見計らって水輝は背に回していた手を前に出した。その瞬間、両手一杯の花束が現れる。仰天して目を見張る未亜にその花束を差し出しつつ、水輝は片目を閉じた。
「誕生日、だろ? これはおれからのプレゼント」
「でっ、でも、こんな……高そうなお花……」
そう言いつつも花束を抱える未亜の顔はほころんでいる。水輝は嬉しそうに礼を言う未亜の背を押してエレベーターに乗った。
エレベーターの中は二人きりだった。同じエレベーターに乗り込もうとしていた男性の足元に軽く力を飛ばし、邪魔者を排除したのは水輝だ。廊下の角を曲がる前に足を取られたその男性は、まんまとエレベーターを逃がしてしまった。そんなエレベーターの中で水輝はジャケットのポケットに手を入れて壁にもたれていた。未亜は花束を見つめて嬉しそうに笑っている。
「ねえ、未亜ちゃん。この後どうするの?」
何気ない素振りで水輝はそう訊ねた。すると未亜がぴくりと肩を震わせる。食事をしようとは言ったが、その先の約束を交わしてはいない。未亜もそのことを気にしていたのだろう。言葉を濁して俯いてしまう。水輝はその間に手を伸ばした。俯く未亜の顎を指で捕まえて素早く顔を寄せる。硝子張りのエレベーターが下る。煌びやかなネオンを背に、水輝は未亜の唇を塞いだ。
未亜は一瞬、目を見張ったが抵抗しなかった。花束がゆっくりと下を向く。水輝は無防備に立つ未亜を両腕にしっかりと抱きしめた。
「部屋も予約してるんだろ?」
未亜が彼氏と泊まる予定だった部屋はまだ予約が入ったままだ。水輝は未亜の耳元に囁いて答えを待った。そっと未亜を解放する。タイミングよくエレベーターの扉が開く。水輝は未亜の手を引いてエレベーターを降りた。
「おれと泊まらない?」
ホテルのロビーを歩きながら水輝は未亜にそう耳打ちした。途端に未亜が真っ赤になる。水輝は未亜の肩に手を回して細い身体を抱き寄せた。よろけるようにして未亜が水輝の腕の中におさまる。
「で、でも」
ためらう素振りをしながら未亜が顔を背ける。その両腕に抱えられた花束は微かに震えていた。水輝は未亜の肩を握る手に軽く力を込めた。
「折角の誕生日じゃん。二人で部屋でお祝いしようよ」
水輝はさりげなく歩く方向を変えた。出口からフロントへと歩く。未亜は困ったような顔をしつつも拒絶はしなかった。
二人でフロントの前に立つ。未亜は震える手でサインをした。出されたキーを水輝が横から素早くさらう。驚いた顔になる未亜に笑いかけ、水輝は再び未亜の肩を抱いて歩き始めた。今度はホテルの部屋のある階層へ向かうエレベーターに乗る。周囲を意識し、水輝は今度もまた同乗しそうな相手を悉く邪魔した。ロビーのカフェでテーブルの茶が急にひっくり返る。何もないのに男性がフロント前で転ぶ。大きな荷物を抱えたホテルマンが唐突に現れた猫を避け損ねて壁に激突する。その間に水輝は未亜と共にエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターからは街の夜景が綺麗に見える。今日は特に晴れているからだろう。エレベーターから見るその光景はいつもより煌いている。水輝はそれを見つめて少し笑った。隣に立つ未亜も飲まれたようにその景色を眺めている。
水輝はそっと未亜の手を引いた。両腕に未亜を抱きしめて目を閉じる。未亜は抵抗せず黙って水輝に抱きしめられていた。ホテルの部屋へ直通のエレベーターは勢いよく上の階層を目指している。そんなエレベーターの中で水輝は未亜に唇を寄せた。今度は驚きはないのだろう。未亜が自然と水輝の口づけを受け入れる。
エレベーターが四十階へと到達する。その直前に水輝は顔を上げた。深い口づけを交わしていたためか、未亜は心持ち上気している。エレベーターを降りる水輝の後に続いた未亜は、ふと気付いたように水輝の腕を引いた。
「口紅ついてる」
小声で告げてハンカチを取り出す。水輝は未亜に言われるままに腰を少し屈めた。口紅の残る唇に未亜がハンカチをあてがう。
「ハンカチが台無しになったな」
真っ白な絹のハンカチに赤い口紅が残っている。水輝は苦笑して未亜に手を差し伸べた。バッグにハンカチをしまった未亜がためらいがちに手を出す。その手を握って水輝はキーナンバーの示す部屋へ向かった。
今ごろ、立城は奈月を修理してんのかなあ。ぼんやりとそんなことを考える。ポケットから出したキーで開錠し、水輝は部屋に滑り込んだ。真っ暗だった部屋に仄かな明かりが灯る。照らされたその部屋はこのホテルの中ではかなりいい部類に入る部屋だった。奥の部屋には大きなベッドが一つ、据えられている。その脇にはテレビと冷蔵庫が設えられ、ソファセットも用意されている。ゆったりとくつろいで夜景が見えるように、と窓際にはそれとは別にテーブルと椅子が用意されていた。
具体的に書くとこう! みたいな感じの水輝の生活の一部です。