優一郎の父母、総一郎と由梨佳の話も出てきます。
エロシーンはここにはないです。
栄子との駆け引き 1
電話の声はとても穏やかだった。例えるなら自分の母親によく似ていただろうか。声音は優しく、そして話し方もとても柔らかかった。とある会社の会長と言われてもすぐにはぴんとこない。優一郎は目を細めて前にある大きなビルを見上げた。
K2インタラクティブ。それが栄子がオーナーをつとめる会社の名前だ。大理石に掘り込まれたその名前を横目に優一郎は玄関に向かった。硝子張りの回転扉をくぐって受付に向かう。優一郎が名前を告げ用件を言う前に受付嬢が立ち上がる。
「吉良優一郎様でいらっしゃいますね? ご案内いたします」
受付嬢は二人いた。その片方が優一郎を促してエレベーターに向かう。優一郎は残った受付嬢に会釈をしてエレベーターに乗り込んだ。
最上階の七階に辿り着く。エレベーターのドアは軽い音を立てて開いた。受付嬢に促されるままにフロアに出る。七階のフロアは広々とした間取りだった。広い廊下の両脇にそれぞれ二つずつの部屋がある。白い壁に仕切られたその部屋を優一郎は横目に見ながら歩いた。
やがてフロアの最奥へと辿り着く。そのドアを受付嬢は神妙な面持ちでノックした。受付嬢が直接にここに来ることはもしかしたらないのかも知れない。そんなことを考えながら優一郎は返事を待った。
どうぞ、という女性の声が聞こえてくる。受付嬢はドアを開いて優一郎に室内を手で指し示した。入れ、ということらしい。優一郎は素直に指示に従った。受付嬢は深々と一礼しながら静かにドアを閉じた。
随分と広い部屋だ。床には濃い茶系のじゅうたんが敷かれている。壁に飾られているのは何かの表彰状とトロフィーだ。会社の業績を称えてのものだろう。優一郎は並ぶ表彰状をちらりと見やりそう見当をつけた。
部屋のあちこちに観葉植物が置かれている。そして部屋の奥には衝立が二枚、並んでいる。優一郎を呼び出した人物はその衝立の前に立っていた。
「ようこそ。お呼びだてしてごめんなさいね」
そう告げて栄子がにっこりと笑う。栄子は優一郎の通う清陵高校の生徒会長の母親だ。だがとても要を生んだとは思えない若さを保っている。優一郎は丁寧に頭を下げた。
「いえ、おまねきにあずかり光栄です。吉良、優一郎です」
それから栄子は優一郎にソファを勧めた。優一郎は大人しく栄子の言に従いソファに腰を下ろした。
確かに自分は立城に栄子を紹介してくれと言った。それはヒューマノイドとは別の分野で姉である絵美佳と実力を競ってみたかったからだ。それには要の側にサポートとしてつき、ロボットを開発するのが手っ取り早い。だがそんな優一郎の目論見とは裏腹に、栄子は自分から連絡を取ってきたのだ。優一郎が作業中であったこともありすぐにとはいかなかったが、栄子との面会はこうしてあっさりと実現した。
しばらくは栄子に合わせて学校の話をした。今の生徒会の動きについて二、三の意見を述べると、栄子は関心深いといった顔で聴き入っていた。その顔は紛れもなく母親のそれだった。とても一会社のオーナーとは思えない穏やかな顔をしているのだ。優一郎はそのことに戸惑いながら先の体育祭の話をした。
「ええ、私も拝見させて頂きました。要さんがみなさんにあんなはしたないところを見せてしまって」
沈うつな面持ちで栄子が言葉を濁す。どうやら要と絵美佳のロボットが戦った場面を見ていたらしい。優一郎は保美がカメラに収めたあの戦いのことを思い出した。優一郎当人は多輝を送り出すために体育祭には出席していなかったのだ。
「姉のせいであのような事になってしまい。もうしわけありません」
優一郎は丁寧に頭を下げた。絵美佳のために頭を下げることになるとは思わなかったが、これで心証が良くなるなら安いものだ。すると栄子はそんな優一郎を見て慌てて首を振る。
「そんな、要さんのあの失敗は自らが招いたものですもの。謝って頂くようなことではありませんわ」
そう告げて栄子は少し目を細めて優一郎を見た。言葉を探していた優一郎は視線に気づき、目を上げた。視線が出会う。
「……本当に総一郎様によく似ていらっしゃること」
「父のことをご存知なんですか?」
初めて聞いた、という顔をして優一郎は息を飲んだ。もちろん、栄子がかつて総一郎と同じ学校に通っていたことは知っている。その当時、栄子が生徒会長をつとめ、ことあるごとに総一郎に無謀な勝負を挑んでいたことも、そしてその理由についても優一郎は心得ていた。だがそれを栄子に悟らせてはいけない。何も知らない振りをしている方が、逆に情報を得やすいものだ。そして優一郎はこの時も知らん振りを決め込んだ。
「ええ。総一郎様は大変に良く出来た方で……私、こう見えましても総一郎様と同じ高校に通わせて頂いておりましたの」
出されたコーヒーに口をつけ、優一郎はへえと感嘆の声を上げてみせた。栄子は懐かしいものを見るように優一郎を見つめている。一つ一つの行動をチェックされているような気がするほど、栄子は執拗に優一郎を眺め回す。それも仕方のない話だろう。当時、栄子は総一郎のことをとても好いていたという。だが栄子は由梨佳がいたために諦めざるを得なかったのだ。
栄子は続けて総一郎の話をした。二人が同学年だったというくだりで優一郎は伏せていた目を上げた。
「父と同学年なんですか? とてもそうは……あ、いえ失礼しました」
優一郎の顔が少しだけ赤くなる。そんな照れた素振りに栄子は口許に手を当てて小さく笑った。笑うともっと若く見える。そんな栄子を優一郎は胸の中で由梨佳と比べてみた。若々しさを保っている栄子と比べても、やはり由梨佳が若さでははるかに勝っている。由梨佳のそれは一種、異常ともいえるほどの若々しさだ。当然だ。ヒューマノイドの機体は老いを知らない。由梨佳は高校生の時のままの姿でずっと時を過ごしているのだ。
栄子と総一郎、由梨佳は同学年です。
優一郎や絵美佳と同じ清陵高校に通ってました。