だが栄子は優一郎の変化にも全く頓着せず、しかも不愉快に感じる語句をわざわざ選んで口にした。これは明らかに誰かに操作されている結果なのではないか。昔の恋物語で簡単に眩む目なら、今の栄子の地位はない。そして優一郎は彼女の後ろに風の力を使ったあの侵入者がいることを確信した。
口では詫びながらも栄子は熱っぽい眼差しで優一郎を見つめている。風の力の主がどう考えているのかは正直、判らない。だが丁度いい機会だと優一郎は判断した。新作のあれが試せるチャンスだ。内心でそう呟く。
「あっ、如月さん、もしかして、栄子さんとおっしゃるのですか?」
今ごろ気付いた振りをして優一郎はそう告げた。えっ、と栄子が息を飲む。優一郎はそれを肯定の意と取ったことにした。ぽん、と膝を叩いてにっこりと笑う。
「すいません。父から栄子さんのことは伺ったことがあります」
「総一郎様が……私のことを?」
あの頃の記憶が蘇っているのだろう。栄子は目を輝かせている。例えそれがどんな話でも総一郎が自分のことを覚えていてくれるのは嬉しい。と、言ったところか。優一郎は栄子の反応を冷静に分析していた。手の中のチェッカーの針の振れが強くなる。総一郎の話をし始めたことを栄子の後ろにいる者が気付いたのだろう。それに便乗して栄子を操作するつもりなのだ。
「ええ。父は栄子さんのこと、結構あこがれてたみたいなんですよ。母には決して話せないですが」
そう言いながら優一郎はにっこりと笑った。本当は総一郎から聞いた話は全く違う。高校生の頃、自分の作ったロボットはこんな偉業を成し遂げたのだ! と、総一郎は当時の写真を優一郎に見せながら語ったことがある。その時、優一郎が見たのは壊れたロボットの操縦席で顔に落書きをされて泣いている栄子の写真だった。どうやら総一郎にとっては実験の一環に過ぎなかったらしいのだが、栄子は確かにロボット同士の対戦で総一郎に敗れているのだ。
栄子は目を潤ませながら静かに立ち上がった。胸の前で両手を組み合わせ、うっとりと優一郎を見つめる。優一郎も自分自身で感じ取れるほど、栄子の雰囲気は一変した。漂う色香にあてられそうになる。優一郎は手の中にしっかりとチェッカーを握って冷静さを保った。
「総一郎様が私のことをそんな風に……あの、もっとお話を聞かせてくださる?」
そう言いながら栄子は滑るように優一郎の隣に腰を下ろした。最初はためらいがちに、次第に大胆に栄子が優一郎の膝に触れる。優一郎は左手にしっかりとチェッカーを握って話し始めた。総一郎がかつて栄子を憧れの眼差しで見ていた最中に廊下で誰かと激突した話。体育の授業をしている栄子の姿をこっそりと写真に収めた話。そしてとどめとばかりに優一郎は話した。総一郎は栄子を思って眠れない夜を過ごしていたのだと。そんな話を聞かせるうちにやがて栄子はそのしなやかな肢体を優一郎に寄せた。傍にいると仄かな甘い香りが漂ってくる。高級そうな花の香りが優一郎を誘惑しようとする。だが優一郎は左手のチェッカーを握り締め、何とか冷静さを保つことに成功した。
「ですけど結局、父は母を選んだ。いや、選ばざるをえない状況に追い込まれたわけなんです」
「そうなんですの?」
驚いた顔をしつつも栄子はさりげなく優一郎の右手を取った。両手にその手を握って目を上げる。優一郎はそんな栄子に少し陰のある笑い方をしてみせた。
「ヒューマノイドという存在をご存知ですか?」
そう告げて優一郎はそっと栄子の手を撫ぜた。チェッカーは既にズボンのポケットに忍ばせた。もうとっくにチェッカーの針は振り切られている。今、栄子の精神は強い力に操られているだろう。そして恐らく、栄子の後ろにいる誰かも優一郎の話に聞き耳を立てているのだ。そのことを知りながら優一郎は続けた。
「ヒューマノイドとは機械の身体に人間の脳を組み合わせた機械人間です」
潤んだ栄子の目を見つめながら優一郎は噛み砕いて説明した。事故等で肉体の殆どを失っても機械の身体に組み込むことが成功すれば生き長らえることが出来る。そして現在、その技術は開発途中にあり、現段階では抵抗力のある女性にしかその技術は適用できない。その辺りのことを話している時、栄子はまるで死んだような目をしていた。どうやら裏側にいる誰かが本気で優一郎の話を聞いているらしい。そのことに気付いて優一郎は更に続けた。
「実は母は、そのヒューマノイドの試作機作成のために自らの肉体を差し出す事で、父から結婚の約束をとりつけたんです。ある意味卑怯ですよね」
当時、総一郎はヒューマノイドの研究に明け暮れていた。だがどれほど理論を組み立ててみても、実際に試作してみなければその理論が正しいことは実証できない。そして総一郎は止む無く由梨佳の出した条件を飲んだ。優一郎はそう話して聞かせた。優一郎の手を握る栄子の手に僅かに力がこもる。次いで栄子は胸に優一郎の手を引き寄せた。涙ぐんだ目に見つめられ、少しだけ優一郎の胸が痛む。
由梨佳がどうしてヒューマノイド化したかの説明がここで入ります。
実はこの時まで設定出来てなくて(爆
設定は作るものではなく出来るもの!!(ぉぃ