※この作品はR-18です。

魂の座 一部 凍えた魂   作:伊駒辰葉

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前の話の続きです~。


自覚した劣等感 2

 

 幼い頃から家族であった由梨佳と絵美佳は優一郎をとても可愛がってくれた。彼女たち同士の仲は悪かったが、個別に優一郎に接する時の彼女たちはとても優しかった。家族である彼女たちから惜しみない愛情をたっぷりと注がれて優一郎は育った。……少なくともあの瞬間まで、優一郎はそう信じていた。

 

 だが彼女たちがもしも総一郎の代替品として自分を見ていたのだとしたら。あの時に優一郎は自身でそう言いつつも内心で驚愕したのだ。そう、確かに彼女たちは総一郎をとても好いている。そして自分はそんな総一郎に似すぎるほどによく似ている。もし、彼女たちの愛情が歪んだものだったとしたら? いや、あの時の優一郎は確信したのだ。間違いない。由梨佳も絵美佳も優一郎自身ではなく、優一郎を通して総一郎を見つめていたのだ。

 

 あの瞬間、優一郎はそれまでに感じたことのないほどの激しい感情を覚えた。それはきっと怒りなのだろう。後に優一郎は抑えきれない感情をそう自覚した。そして今、優一郎は怒りを抱いたまま栄子に接していた。

 

 だが栄子に怒りをぶつける気にはならない。彼女もまた、力の被害者なのだ。

 

「彼と栄子さんの関係がどのようなものだったかは僕にはわかりません。栄子さんが彼を信頼していたかどうかはわかりません。ですけど、彼が栄子さんを信頼していなかった事は明らかですよね」

 

 栄子はずっと俯いている。もしかしたら泣いているのかも知れない。時折、顔に手が触れる。優一郎は目を細めてそんな栄子を見た。手にしていたカップをそっとソーサーに戻す。

 

「ごめんなさい……。あなたを傷つけるつもりはなかったんです……。けど」

 

 がむしゃらに働いて家に戻る。だがその家には夫はいない。栄子はもうずっと長い間、そういう生活をしてきた。きっと寂しかったのだろう。順が現れたことは栄子にとっては救いの手に等しかったのかも知れない。優一郎は栄子の心情を思いながら痛ましさに顔を歪めた。

 

「この事を知らせないまま、放っておくこともできないと、そう判断しました」

「……そうですわね。どうもありがとう」

 

 まだ栄子は俯いたままだ。だが揺れる声が礼を述べる。そして栄子はきっちりと面を上げた。その頬は涙に濡れている。それでも栄子は微笑を浮かべた。それがきっと精一杯だったのだろう。口許は震えている。

 

「本来の用件については、また機会を改めましょうか?」

 

 感情の昂ぶった状態では話しにくいだろう。そう思って優一郎は告げた。だが栄子ははっきりと首を横に振る。気丈なその態度は本当は栄子の虚勢だったのだろう。優一郎は無言で答えを待った。

 

「いいえ。二度も出向いてくださったのにそういう訳には参りません」

 

 白いハンカチで顔を拭い、栄子は立ち上がった。部屋の片隅に据えられた端末に寄る。栄子が何かを手にして戻ってくる。

 

「娘の話で申し訳ないのだけれど、ぜひあなたのお力をお借りしたくて」

 

 そう言いながら栄子は優一郎に一枚の光ディスクを差し出した。タイトルも何もないディスクケースを優一郎は受け取った。引っくり返してみる。だがケースの裏にも何も書かれていなかった。

 

「やはりその件だったんですか……姉と、要さんとのトラブルについては僕も知っていて、ずっと懸念してきました」

 

 要と絵美佳は事あるごとに衝突している。いや、絵美佳に言わせれば一方的に要が絡んでくるらしい。そして要は勝負を持ちかけた末に悉く惨敗しているのだ。絵美佳にとっては実験の一環だそうだが、要は勝負を持ちかける度に母親である栄子に泣きついているようだ。栄子の話から優一郎はそのことを知った。

 

 優一郎にとって栄子の申し出は願ってもないことだった。栄子と総一郎はかつて今の彼女たちと同じように事あるごとに戦ってきたらしい。だがその度に総一郎が勝利している。

 

「ごめんなさいね。……今回は実は要さんにはお願いはされていないの。ですけど……親ばかかしら。要さんの助けになれればと考えるのは」

「あのその件なんですけど、実は僕のほうからも、要さんへの協力を申し出ようと思っていたんですよ」

 

 申し訳なさそうにしている栄子に優一郎は笑顔で告げた。恐らく栄子は自分が協力していると要に知られたくはないのだろう。そしてその条件は優一郎にも好都合といえる。

 

 栄子は言葉をなくして優一郎を凝視した。その目は総一郎を見るそれではない。あくまでも優一郎個人を相手にしている。そのことを確認して優一郎はにっこりと笑った。

 

「姉に勝つために。そして父に少しでも近づき超えるための第一歩を歩き出すために」

 

 我ながら無謀だと思うけどね。優一郎は心の中でそう付け足した。栄子がそんな優一郎を感心したように見つめる。その目にはそれまでにない何かがこもっている。優一郎はだがそれに気付かないふりをした。

 

 昼食をご一緒にどうかしら。そんな栄子の誘いを丁重に断り、優一郎は部屋を出ようとした。だがドアを開けて廊下に出る寸前に栄子がためらいがちな声をかけてくる。

 

「あの……もし宜しかったらまたいらしてくださるかしら?」

 

 栄子のその目には覚えがある。いつだっただろう。多輝がそんな目をしてみせたことがある。優一郎は懐かしさにそっと笑い、次いで栄子に頷いた。

 

「ええ、いつでも、というわけにはいきませんけど、機会がありましたら、ぜひ」

 

 名残惜しげな栄子を残し、優一郎は静かにドアを閉めた。




栄子さんはこいつらの中では真っ当だと思う……
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