あ、エロシーンはありません。
「そりゃ、相手するのは構わないんだけどさ」
眉を寄せて水輝はこめかみを指で強く押さえた。屋敷の中にどう組み込まれているのだろう。畳が何枚も敷き詰められたその部屋で水輝は低く呻いた。何故、格技場なのだろう。どうして格闘なのだろう。そして何故自分はわざわざ付き合っているのだろう。色んな疑問が頭を巡る。
「うん、ちょっと調子が悪くてね。力の調整が上手くないんだ」
傍目にも立城の様子がいつもと違っていることは判る。何しろ身体から常時淡い光が零れているのだ。人の目には映らないだろうが、その光は水輝にとってははっきりとよく見えた。
立城は常時、その力を完璧に隠している。例えば何も知らない龍神を立城の元につれてきたとしよう。恐らくその龍神は立城の正体に気付かない。それがもし八大と呼ばれる自分たちであったとしても、まず間違いなく判らない。少なくとも立城は水輝がそう認めるほど注意深く気配を殺しているのだ。
「さっきもテーブルを一台駄目にしてしまってね」
「……お前がか?」
聞いてすぐに水輝はその話を信じなかった。自分ならともかく立城がそんな真似をするとは到底思えなかった。だが立城は困ったように笑いながら頷いてみせる。
「どうも食べ合わせが良くなかったらしくて。多輝を抱いたのがまずかったみたいなんだよね」
真顔で立城が続ける。水輝は片頬を引きつらせて息を殺した。
「君でしょ。由梨佳さんでしょ。で、多輝。……相性が悪そうじゃない?」
「おれじゃないだろが! それは! いや、おれなんだけども!」
水輝は頭をかきむしりながらそう喚いた。生真面目に指を折って数えていた立城がえ、と顔を上げる。その反応がいつもと違うことも水輝を苛立たせた。
立城はあの時、女性である水輝から歪んだ力を吸収していた。少しずつ、ゆっくりと水輝の力を削いでいたのだ。だがある夜、吸収した直後に由梨佳が執務室に現れた。歪んだ力を正常化させ、その後に然るべきところへと力を移し変える。だがその作業にはある程度の時間を要する。もちろん、立城の体力そのものが回復した後に作業は行われる。
その作業が完全に終わる前に由梨佳が現れる。立城は歪んだ力の望むままに由梨佳を抱いた。壊れるまで由梨佳を犯し続けたことにより、歪みが強くなる。そして立城はその後に欲望の赴くままに多輝を抱いたのだ。
「思うにあれがいけなかったんだよね。まあ、多輝の記憶処理は出来たようだからとりあえずは問題はなかったんだけれど」
立城は思案顔でそう告げる。その言葉はどこか自信がなさそうだ。水輝はそんな立城を見て少し目を細めた。どこかで何かが狂っている。その原因は恐らく女性である水輝の残したあの力だ。
口許に指をあてがい、立城は黙した。水輝は無言で立城から離れた。驚いたように顔を上げる立城を余所に、壁際まで移動する。
「いいぜ。相手になってやる」
そう言いながら水輝は静かに振り返った。ポケットに突っ込んでいた手を抜き、目を閉じる。次に目を開いた時、水輝は立城を鋭い眼差しで睨みつけていた。
「ただし、手加減はしない。お前もそのつもりでかかってこいよ」
「もちろん」
立城が頷く。いつもの余裕を感じないのは気のせいだろうか。水輝はしばし立城とにらみ合ってからおもむろにこぶしを握り固めた。
二人の距離は十メートルほどだ。水輝は静かに息を吸いこんだところで呼吸をぴたりと止めた。床を蹴る。身構えた立城の懐に飛び込み、身体を屈める。水輝の鋭い回し蹴りを立城が身軽に飛んで避ける。
「まずは、準備体操な!」
そう言い放って水輝は床に手をついた。腕で身体を支えて足を大きく振る。立城は飛んできた水輝の蹴りを大きく一歩退いて避けた。短く息を吐き出して身体を反転させる。腕で床を突いて飛び上がる。立城の繰り出した裏拳は鋭い音を立てて宙を切った。
互いに飛び離れて息をつく。今度は立城が先に動いた。床を蹴って水輝に飛び掛る。顔面に飛んできたこぶしを片手で受け止め、肘を飛ばす。だがその時にはもう、立城の姿は視界から消えていた。
「ここだよ」
耳元に囁きが聞こえる。水輝は反射的に首を逸らした。何かが頬を掠めて過ぎる。水輝の頬にはうっすらと血が滲んだ。立城の手刀が掠めたのだ。
半ば強引に水輝の手を振り解き、立城は身軽に飛んだ。宙に身体が浮かび、空に弧を描く。気合のこもった声を発して立城が飛び掛ってくる。水輝は繰り出された肘を片手で受け止めた。
「……遅いって」
呟いて水輝は奥歯を強く噛んだ。立城の身体が着地しきる前に水輝は動いた。身体を半回転させて腕を振る。宙に浮かんだままだった立城はまともに水輝の攻撃を食らった。顔面を強打する。衝撃は一瞬だった。水輝が息をついた時、立城は壁に向かって吹き飛んでいた。
激しい音を立てて立城が壁と激突する。水輝は軽く肩を回して首を鳴らした。
「お前、かなり弱くなってないか?」
「そうかな」
困ったように笑いながら立城が身体を起こす。特に怪我はしていないようだ。立城が激突寸前に結界を展開したことは水輝にもわかった。やれやれ、と息をついてポケットに手を伸ばす。水輝は真新しい煙草を咥えて火を灯した。紫煙が立ち昇る。
不意に立城の姿がかき消える。水輝は目を見張って息を飲んだ。
「じゃあ、僕も本気で行くね」
背後で声が聞こえる。振り返ろうとした水輝は背中を襲った激痛に歯を食いしばった。立城が水輝の肩をつかんで背中を膝で打ったのだ。
「不意討ちは君の得意技だっけ?」
ふわりと立城の身が宙に浮く。水輝の背中を軽く蹴り、立城は身体を大きく逸らして床に手をついた。殆ど一瞬の内に身体を反転させる。水輝は煙草のフィルターを強く噛み、振り返りながら肘を突き出した。
何が起こったのか一瞬、理解できなかった。気付いた時には既に立城の足が顎に当たっていた。肘うちのために繰り出した腕が失速する。水輝はその場によろけながら顎を押さえた。素早く力を送り込んで回復する。
「……問答無用で砕きやがって……」
逆立ちの格好から腕で床を強く押して反転する。立城はにっこりと水輝に笑いかけた。
「手加減なしって言ったじゃない」
再度、立城の姿が消える。立て続けに攻撃するつもりだ。水輝は煙草を咥え直して真横に飛んだ。床を蹴る音が大きく響く。
「何度も同じ手に引っかかるかよ!」
水輝の背後に回ろうとしていた立城が動きを止める。水輝の肘は立城のわき腹に食い込んでいた。肘の下で耳障りな音が鳴る。立城は目を見張って力なく床にへたり込んだ。
バトルシーンはたまに発作的に書きたくなります。