それと、今回は濡れ場無しです。
翌日。ハジメ達は【オルクス大迷宮】の正面入口がある広場に集まっていた。
ハジメとしては、薄暗い陰気な入口を想像していたのだが、まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口があり、受付窓口まであった。制服を着たお姉さんが笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。
なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控え、多大な死者を出さない措置だろう。
浅い階層の迷宮は良い稼ぎ場所として人気があるようで人も自然と集まる。馬鹿騒ぎした者が勢いで迷宮に挑み命を散らしたり、裏路地宜しく迷宮を犯罪の拠点とする人間も多くいたようで、戦争を控えながら国内に問題を抱えたくないと冒険者ギルドと協力して王国が設立したのだとか。入場ゲート脇の窓口でも素材の売買はしてくれるので、迷宮に潜る者は重宝しているらしい。
多くの生徒は、キョロキョロと辺りを見ながらメルド団長の後をついていった。そしてハジメはというと、
(……やっぱりいるよな。まぁ事前説明だと洞窟っぽいみたいだし、殺すには最適だから仕方ないか)
ひたすらに、後方から追いかけてくる存在に警戒していた。殺されるかどうかは分からないが……気を抜かずに皆についていった。
◆◇◆◇
迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。
事前説明の通り、狭い洞窟のようだった。縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、最低限の視界はあった。どうも緑光石という鉱石が発光しているからなのだという。
そうしてどんどんと、魔物を倒しながら進んでいくわけなのだが、一向はほとんど苦戦することなく進むことができた。
全員が割と強いというのもあるが、特に女子が強かった。そもそも女子の本当のステータスは、ほぼ全員が全部1000を超えているのだという。実際ハジメのステータスも、女子の成長分が加算されているから事実だろう。
とはいえ、戦闘力的には問題無くても、精神面ではかなり脆い人がいたりする。その筆頭が雫だろう。
彼女の戦闘能力はかなり高い。特に剣術に関しては、他の追随を許さないほどの実力で、かつ全属性の魔法に適性があるのだが……そもそもその精神性が、戦闘に向いていない。魔物と対峙すると、わずかに身体が震えているのが分かった。
ちなみにだが、ハジメはほぼ何もしていない。後ろの方で、たまにやって来る魔物を殺すくらいだ。一応これより前に、王都外の森林で実戦訓練をしており、ある程度は慣れていたため、魔物を殺すことにはそこまで抵抗は無くなっていた。これが人型の生物を倒すとなると、話は別だろうが……。
そんなこんながあり、ハジメ達は二十階層まで到達した。ちょっとオーバーキル気味だったのを注意されたくらいで、非常に順調であった。
ちなみにではあるが、現在、四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷うことはない。騎士団の人達が確認してくれているので、トラップに引っかかる心配もないはずだった。
二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。
そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。神代の転移魔法の様な便利なものは現代にはないので、また地道に帰らなければならない。一行は、若干、弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。
すると、先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。
「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」
とはいえこの時点で、女子は魔物の存在に気づいていた。性奴隷になったことにより、あらゆるスペックが高まっているからだ。
だが彼女達に、ハジメは事前に「目立たないように」と指示している。なのであえて分からない振りをしていた。
すると、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。
「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」
メルド団長の声が響く。光輝達が相手をするようだ。この訓練は彼らが中心となっている。一応だが、メンバーは男子は光輝と龍太郎、女子は香織と雫と鈴と恵里だ。これもハジメの指示によるものだ。
その中でも最初から気づいていた雫を除く後衛の女子三人は、即座に魔法詠唱に入る。前衛では、龍太郎が正面からロックマウントを相手取り、光輝と雫がそれをかこもうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。
龍太郎の人壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。直後、
「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」
部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。
「ぐっ!?」
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。
まんまと食らってしまった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。
ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。見事な砲丸投げのフォームで。咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が香織達へと迫る。
香織達は、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心もとないからだ。しかし、発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的光景に思わず硬直してしまう。
なんと、投げられた岩もロックマウントだったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。しかも、妙に目が血走り鼻息が荒い。香織も恵里も鈴も「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。
「こらこら、戦闘中に何やってる!」
慌ててメルド団長がダイブ中のロックマウントを切り捨てる。香織達は、「す、すいません!」と謝るものの相当気持ち悪かったらしく、まだ、顔が青褪めていた。
そんな様子を見てキレる人物が一人。勇者の天之河光輝である。
「貴様……よくも香織達を……許さない!」
どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて! と、なんとも微妙な点で怒りをあらわにする光輝。それに呼応してか彼の聖剣が輝き出す。
「万翔羽ばたき、天へと至れ――“天翔閃”!」
「あっ、こら、馬鹿者!」
メルド団長の声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。
その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。
パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐き、香織達へ振り返った光輝。香織達を怯えさせた魔物は自分が倒した。もう大丈夫だと、声を掛けようとして、笑顔で迫っていたメルド団長の拳骨を食らった。
「へぶぅ!?」
「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」
メルド団長のお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する光輝。香織達が寄ってきて苦笑いしながら慰める。
その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。
「……あれ、何かな? キラキラしてる……」
その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。
「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」
グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものだ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。
(……まぁでも、あの魔力の流れ的に確実にトラップだよなぁ)
遠目からそれを眺めながら、ハジメは腕を組んでそう思っていた。トラップの感知には、フェアスコープという道具を使うのだが、これの原理は、魔力の流れを可視化してトラップを判別するというものだ。
そしてハジメは、何もなくても魔力の流れを視ることができる。だからトラップだと即座に判断できたわけだ。
もちろん同じようなことを、女子達も考えていた。彼女らも、ハジメと同様のことができるため、トラップを見抜いていた。
「だったら俺らで回収しようぜ!」
が、男子は見抜けない。そもそも魔力感知系の技能を持っている人自体が少ないから仕方ないが……その中の檜山が動き出した。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルド団長だ。
「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」
しかし、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。
本来なら止めるべきなのだろうが……ハジメはあえて止めなかった。トラップが何かは分からないが、これを利用して、上手く離脱する事ができるかもしれないと考えたからだ。
メルド団長は、止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。
「団長! トラップです!」
「ッ!?」
しかしメルド団長も、騎士団員の警告も一歩遅かった。檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。
魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。
「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」
メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。
部屋の中に光が満ち、ハジメ達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。ハジメ達は空気が変わったのを感じた。次いで、ドスンという音が響く。多くの人が、地面にたたきつけられたようだ。
上手く着地したハジメは周囲を見渡す。ハジメ達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。
橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。ハジメ達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。
(これは……中々にいい感じのトラップだ。死んだように見せかけて、上手く離脱できる可能性があるな)
それを見て多くの生徒は軽い恐怖を覚えたようだが、ハジメだけは違う。むしろこれを、上手く王国から抜け出す好機と捉えていた。
「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」
そんなことを考えていると、雷の如くメルド団長の号令が轟く。それを聞き、生徒達はわたわたと動き出す。
しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。
「まさか……ベヒモス、なのか……?」
◆◇◆◇
あまりの緊急事態。騎士団員は前方にいる四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物――ベヒモスを凌ぐために、そちら側へ向かう。対して生徒達の多くは、慌てて階段の方へと走っていった。
しかし生徒達の走っていく方には、骨格だけの体に剣を携えた魔物“トラウムソルジャー”が溢れるように出現していた。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は既に百体近くに上っており、なお増え続けているようだ。
ハジメが遠目から見た感じが、女子達の多くは、すぐに連携して戦えるようになったように見えた。元が強いためだろうか、こういった状況にもすぐに順応しているみたいだ。
対する男子は中々に酷い。慌てているせいで武器を上手く扱えていない。元のスペックがそれなりにあるので今は何とかなっているが、しばらくすれば誰かが死ぬ可能性も出てくるだろう。
(まぁ、こっちは女子達がなんとかするでしょ。問題は……)
ハジメはメルド団長達のいる方を見る。そこには騎士団員と、光輝や龍太郎、香織や雫といった一部の生徒がいた。
「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」
「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」
ちょうどそちらを見た時には、メルド団長と光輝が軽い言い合いをしていた。メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも「見捨ててなど行けない!」と、光輝は踏み止まる。
(せっかくだ。ここで僕の真の強さを……ノイントとやらに見せつけよう)
そうしてハジメは前方へと、メルド団長達のいる方へと走っていく。本気の全力で走ったので、一秒以内に目的の場所へとたどり着いた。
「言い争いなんてしないで、どいてください」
「ッ!? 南雲、お前はここにいては――」
「グォォォオ!?」
突然現れたハジメに、光輝は何かを言おうとしたようだが、それを遮るように、ベヒモスの雄叫びが響く。その場にいたハジメを除く全員が、慌ててベヒモスの方を向いたのだが……
「ベヒモスが……吹き飛ばされただと……?」
それは、ベヒモスか攻撃を開始する合図ではなく、むしろベヒモスが後方へ吹っ飛んだ音だった。それを行ったのは一目瞭然、ベヒモスに向けて手を向けていたハジメだった。
「なるほど……この程度の相手なら、僕が抑えます。皆さんは、パニックになってるクラスメイトを何とかしてください」
「なっ……でも――」
「ふんっ」
またしても光輝が反論しようとするが、それを察したハジメは即座に剣を抜き、ベヒモスに攻撃する。
「クラァァァアアッ!!」
そこから放たれた斬撃は、ベヒモスの角を容易に斬り落とした。光輝達はともかくとして、ベテランのメルド団長達は驚かざるを得なかった。
「光輝! ここは坊主に任せろ! 今あいつとまともに戦えるのは、ここでは坊主だけだ!」
メルド団長の一声があったおかげで、光輝達はクラスメイトの方へと向かうこととなった。
「さぁ〜て……」
ハジメはベヒモスを睨みつつ、後方から聞こえてくるとある心の声を聞いていた。
(主様。南雲ハジメはベヒモスとの交戦を始めるようです。そして今までの動きからして、おそらくステータスは一万を超え、“魔力操作”の技能を持っていると考えられます)
その声を聞きながらも、ハジメはベヒモスに斬撃を放つ。剣から放たれる飛ぶ斬撃はベヒモスの四肢を的確に捉え、いとも簡単に四肢を斬り落としていく。
(……了解致しました。南雲ハジメ――イレギュラーの処分を開始します)
(来たな!)
ここで、心の声が、決定的な言葉を放った。その瞬間だった。
カッ!!
天井から強烈な光が降り注ぐ。とある存在が放った銀色の光が、ハジメやベヒモスのいる場所に向けて放たれ、そしてあっという間に吹き飛ばした。
そして光がおさまった場所には、何もなかった。あるべきはずの橋も、ベヒモスも、そして……ハジメすらも、全てが溶けてなくなったようだった。
・南雲ハジメ∶????。
・天之河光輝∶ハジメがあまりに強過ぎるので、何かよからぬことをしたのではないかと思っている。
・メルド∶ハジメの思わぬ実力に驚愕。
・ノイント∶主様からの任務を遂行した。少なくとも彼女には、ハジメを処分したかのように映った。
ラフタリア様 TOアキレス様 『 』様
D@!様 神道司様 渡り鳥様 橫歩様
評価していただき、ありがとうございます。