閃光に弾幕、轟音に衝撃……膨大なエネルギーが、氷の空間を包み込む。ハジメと偽ハジメの戦闘は、熾烈を極めていた。
音を超える速度で飛来する弾幕。それを回避した先に
「クソッ……攻撃する隙が無い……!」
『ほら、もっと頑張らないと勝てないよ?』
ハジメは劣勢に立たされていた。
先制攻撃を仕掛けたのはハジメだった。そこから最初の方は押していたのだ。高いステータスによる手数を利用し、あらゆる種の攻撃を織り交ぜていた。
しかし敵も偽物とはいえハジメ、同じステータスを持っている。いや、それどころか、わずかにハジメ本人よりもステータスが高い。
故に少しずつ、気づかぬ間に、ハジメは劣勢に立たされていた。いつの間にか攻防逆転し、今ではハジメが防戦一方だ。
『中々に持ち堪えてるじゃないか』
「クソッ……! 攻撃が速い……!」
『そりゃそうだ。今の僕は、お前よりも強い。獣のような本性を認めない
「ッッ!?」
エネルギー場が発生し、そこから逃れるのが遅れたハジメ。その右肩付近が爆ぜる。ユエを性奴隷した際に得た“自動再生”の技能で即座に再生するが、ずっとこんな感じだ。結果的にハジメは無傷ではあったが、精神的には堪えるというものだ。
「ハァ、ハァ……強すぎんだろ……」
『いや、それは僕の方から言いたいね。よくもまぁ、ここまで心が乱れないものだよ』
「うぐぅっ!! ダメだ……!」
『はぁ……戦いにくいなぁ』
偽ハジメは、ハジメ本人が自身の隠された本心を否定すると、ステータスが上昇して強化されていく。本来なら戦闘中に語りかけて、精神的に追い詰めていくものなのだが……。
運が良いのか悪いのか、ハジメは同格の相手と戦うのはこれが実質初めてだ。故に精神的な余裕は無く、偽ハジメの言葉を聞く余裕がほぼ無かった。結果、そこまで強化がされることはなかった。
ただ、まだ小さくとも、既に力の差は生まれているため、ハジメは着実に追い詰められていく。そしてやがて……
「ぐふっ……くぅ、ぁあ……!!」
ハジメは片膝をつく。何度も何度も肉体を吹き飛ばされ、再生して、吹き飛ばされ……それの繰り返し。魔力を消費して再生できる上、魔力の量と回復速度が異常なほど高いので、結果的に無傷ではあるのだが、痛みと精神的苦痛だけは感じてしまう。
そんなハジメの前に、偽ハジメは見下ろすように立って言う。
『罪を重ね、罪を重ね、罪を重ね続けて……罪悪感すら薄れてしまった、獣のような存在。それが
「……ッ!」
『他人の尊厳を踏みにじってでも、自分の快楽を優先する。それは
「………………」
しばらくハジメは無言であったが、ゆっくり立ち上がると、静かに頷いた。
「まぁ、そうだね……フェアベルゲンの時と比べると圧倒的に、ウルや王都の住人を支配した時の方が苦痛を感じなかった。それに、僕が愚かな人間……というのもまぁ、間違ってはいないと思う。自らの欲望のために世界を支配するなんて、エヒトを見る限り合理的ではないしね」
『……動揺しないか』
「いや、動揺したよ。包み隠された本心を露にされることが、ここまで苦痛だったとはね。でも……それを見せつけられ続けると、ある一定のラインで、諦念とか……あるいは開き直りみたいな感情に至るんだ」
ハジメは軽く伸びをしながら続ける。
「僕も結局は人間……愚かで醜い存在なんだ。だからこそ、欲望のままにいくつもの街を支配した。ただ……少なくとも畜生のような存在ではないと、そう思っている」
『何を言っている? お前の行動は、もはや人間の道を外れた、畜生そのものだろう?』
「……いや、それは確実に違う。これだけは、誰に何と言われても譲らない」
いつの間にか、二人共構えを取るのを止めていた。対話を続ける。
「全ての人間の心には、獰猛な獣が宿っている。人間はその獣にリードを付けて飼いならしているけど……たまに、飼いならしていた獣がリードを引き千切る時がある」
『……言わんとしていることは分かる。つまりは獰猛な獣……憎しみや怒り、絶望や貪欲といった感情が、道徳という名のリードを引き千切り、暴走することがあるということだな?』
「そう。でも多くの場合、リードを千切った獣はしばらく暴れ回ると、疲れ果てて大人しくなる。その隙に、人はまた獣をリードで繋ぐんだ。で、ここからが重要なんだけど……たまにこんな人がいるんだ。内側の獰猛な獣がリードを引き千切るどころか、全てを飲み込んで肥え太っていく、そんな人がね。具体的にはエヒトとか」
多くの場合、怒りや憎しみといった感情が爆発したとしても、それは一過性に過ぎず、ある程度の時間が経てば収まっていく。永遠に怒りや絶望が続くことは基本的に無い。
しかし極稀に、レアケースが起こる。それは、絶望や貪欲といった感情が、どんどん大きくなっていき、理性や道徳すらをも飲み込んでしまう、ということだ。
「まぁ、何が言いたいかというと……本当に畜生と化した人は、罪悪感という感情すら認識しない、ということだ。なんせそういう奴等には、それを感じるための道徳がもう無いのだから」
『……つまりお前は、自分は欠片ほどでも罪悪感を感じているから、畜生じゃないと言いたいわけか』
「一応はそうだね。道徳が薄れていたのは事実だけど、まだ耐えきれていた……と、思う」
ハジメはそう言うと、戦闘体勢を取る。どこかから、真っ黒な刀身の剣を取り出す。偽ハジメの方も、同様に同じ武器を取り出す。
「改めて、ありがとう。どうやら僕は獣になりかけていたらしい。それに気づかせてくれて、本当に感謝しているよ。……これで終わりにしよう」
互いの最後の一撃。衝撃も音もなく二人は駆ける。刹那、互いの身体と刃が交差する。そして……斬撃音だけが響いた。
『……良い、一撃だった』
ハジメの真後ろで、掠れたような声が聞こえた。それだけ聞くと、ハジメは振り返ることなく、現れた通路を進んでいった。
◆◇◆◇
道を進んでいき、奥の奥にある行き止まりに到着した。そこには既に、ハジメ以外の全員が到着していた。あの偽物の性質を考えると、負の感情を一切感じないように命令された性奴隷達にとっては、非常に簡単だったのだろう。
その行き止まりの氷壁には七角形の頂点に各大迷宮の紋章があしらわれた魔法陣が刻まれており、ハジメ達が近付くと淡く輝き始めた。そして、壁全体が光の膜のようなもので覆われていく。大迷路の出口とよく似た現象だ。
ハジメが軽く指先で触れると、水面に石を投げ込んだように波紋が広がる。転移門のようだ。そして、ハジメ達は、一気に、光の膜へと飛び込んだ。
そうしてたどり着いた先は、広い空間だった。幾本もの太い円柱形の氷柱に支えられた綺麗な四角形の空間で、やはり氷で出来ている。今までの氷壁のように鏡かと見紛うような反射率の高い氷ではなく、どこまでも透き通った純氷で出来ているかのような氷壁だ。
そして何より目を引くのが地面だ。ここに来るまで、大迷宮内では一切見なかった水で溢れていたのである。どうやらここは、そこまで低温というわけではないらしい。大量の湧水が流れ込んでいるようで、広い湖面のあちこちに小さな噴水が出来ている。おそらく、どこかに流れ出ていく穴もあるのだろう。
そして、そんな湖面には氷で出来た飛び石状の床が浮いており、それが向かう先には、巨大な氷の神殿があった。ちょうど、ハジメ達が出てきた側の対面だ。そこまで四角形の湖面に浮く氷の足場が続いているのだ。
ハジメを先頭に、氷の足場を使って神殿へと進む。特に何事もなく対岸へと渡ることが出来た。対岸の淵には、魔法陣が描かれている。踏んだところで何も起こらなかったので、位置的なことを考えれば、ショートカット用の魔法陣なのかもしれない。
神殿の入口は両開きの大きな扉になっており、そこには雪の結晶を模した紋章が描かれていた。解放者“ヴァンドゥル・シュネー”の紋章だ。特に封印などがされている気配はなく、ハジメが力を込めて押せば、すんなりと開いた。
扉を開いた先には、教会のようなステンドグラスや祭壇など一切なく、代わりに氷で出来たシャンデリアが吊るされた邸宅のエントランスがあった。奥へ続く廊下と、両サイドから二階へと上がる階段がある。
ハジメは羅針盤を使って魔法陣の場所を探った。それによると、一階の正面通路の奥にあるようだ。ハジメの先導に従って奥へと進む。途中、いくつか部屋があったので扉を開けてみると、普通に家具が置いてあった。氷壁も、触ってみると氷なのにひんやりしているだけで冷たいという程ではない。何らかの特殊な細工がしてあるのだろう。そうして屋敷の中を歩いていると、ついに重厚な扉に行きあたった。
躊躇いなく扉を開けるとそこには、お目当ての魔法陣があった。早速その魔法陣に入っていく。いつもの如く、脳内を精査されて、攻略が認められた者の頭に、直接、神代の魔法が刻まれる。
「……あれ?」
「うん? みんなどうした――」
後ろの性奴隷達が声を上げる。それに反応したハジメだったが、その時、ハジメの脳に恐ろしいほどの激痛が走る。
「ぐぁぁぁぁぁあッ!? あぐっ、ぅぅぅぅうう……!?」
苦悶の声に反応した性奴隷達は一斉にハジメの方を見る。その中でも、治癒系統の魔法を最も得意とする香織が慌てて回復魔法をかける。
「ハジメくんっ! ハジメくんっっ!!」
「ぅっ、ぐぅぅ…………ぅう、ふぅ……ふぅ……」
その魔法のおかげか、ハジメの荒くなっていた呼吸も一定となり、落ち着くことができた。しかしそれでも、脳にかかった負荷は相当なものらしく、立ち上がる際も軽くふらついてしまい、香織の手を借りることとなった。
「は、ハジメ……? 何が、あったの……?」
真っ先にユエが尋ねてきたのだが……ハジメは違和感を感じ取った。神代魔法を七つ手に入れたのは全員のはず。ついでに言うと、ちゃんと大迷宮を全て挑んだのはハジメの他にもノイントがいる。ならば、何故自分だけがこんな激痛を味わったのか。
「……ユエ、それにみんなも……もしかして、神代魔法を、手に入れてない?」
ハジメはその理由として、彼女達が、神代魔法を得られなかったからだと考えた。
この迷宮のギミック的に、戦闘能力が見られているわけではなさそうなのは容易に分かる。そんな迷宮で、感情を抑えつけるような命令を下したのだ。攻略判定が出なかったとしても頷ける。
「……ん、手に入らなかった。みんなも、そうだよね?」
周りも頷く。やはりハジメの予想通り、攻略判定が出なかったらしい。
「……まぁ、迷宮のギミック的にそうだよな。これは仕方ない。あと香織、支えてくれてありがとう」
「ううん、大丈夫。でも……急に倒れ込んで、何があったの?」
倒れた理由を尋ねる香織。それもそうだ。普通に神代魔法を得るだけなら、倒れる理由が無いのだから。
「……端的に言えば、神代魔法一つ一つに対する深い理解と、概念魔法に関連した知識を頭に流し込まれた。その知識があまりにも膨大過ぎたんだ」
解放者が遺したのは神代魔法ではあるが、最終的には、攻略者に概念魔法を作ってもらいたいのだ。それがないと、エヒトを倒すどころか、エヒトの前へ辿り着くことすらできないのだから。
「はっきり言って、概念魔法の知識はヤバい。普通に死ぬかと思った。でもとりあえず、今回得た神代魔法“変性魔法”については頭に刻んでおくよ」
そう言いながら、ハジメは魔法陣を展開し、今ここにいる性奴隷達に、新たに得た神代魔法を修得させた。
「この魔法はいわば、有機物に干渉する魔法だ。ただ、無から有機物を作り出すことはできないらしい。それをしたいなら概念魔法で……ってことなんだろうね」
「ほう。それでご主人様は、何らかの概念魔法を作ろうと思っておるのか?」
「そう。とりあえず、地球へ帰るための道具……よりも先に、能力を吸い取る道具を作りたいよなぁ。全てが終われば、帰還の準備はいくらでもできる。ま、しばらくは概念魔法作りをするから、ここ以外の部屋で適当に過ごしといて」
そう言うとハジメは空間魔法を使って、性奴隷達を別の部屋へ飛ばした。
・南雲ハジメ∶人間。自分も愚かな人間の一人であることを自覚する。その上で、己を律することを選んだ。
・エヒト∶畜生。こいつの中の道徳は死んでいる。
・????∶人間。南雲ハジメは殺さねばならない危険な存在だと断定した。