※この作品はR-18です。

BIOHAZARD sexual invasion   作:MIYOSHI

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Ep: Trevor(1981)

 雨の降りしきる夜闇を切り裂かんばかりに眩い光が切り開かれた森を照らす。

 その光のもと、波を割けるような勢いで水飛沫を飛ばしながら列車がひた走っていた。

 

 車窓に滴る雨筋が横に流れていくのを見つめていると、時折真っ白に染まった後に轟く雷鳴。

 先行きの不安を煽るような轟音を耳にする度、小さな手を握る力が増していき、心臓の鼓動が張り合うようにして激しくなっていく。

 

「ジェシカ……」

 

 隣、窓際に座る幼い主人──アダムが心配そうな上目遣いを向ける。

 視線の先、アダムにとって最愛の恋人であるジェシカは、大人として彼の気持ちに笑みで応えようとしながらも、胸の内の焦燥感と緊張がそれを許さなかった。

 ぎこちない表情を浮かべることしかできず、今にも泣き叫びそうになってしまう。

 

 そんな痛ましい姿のジェシカを見て、アダムは横から身を乗り出す。寒空の下にいるかのように震える彼女を膨らんだお腹ごと、その頭一つ分以上小さい体で優しく抱きしめた。

 いつもなら極上の柔らかさと温もりで包み返す彼女の身体も、今は冷えて硬く感じる。

 

 ジェシカもまた、自身を支えようとする主人を抱き返した。

 

「申し訳ございません、旦那様……不安で堪らないんです」

 

 縋るように、掻き抱くように身体を寄せる彼女。

 無理もない。愛する実の娘が危険に晒されているかもしれないのだから。

 

 アダムとて、こうして動かずに到着を待ち続けなければいけないことに言い知れない切迫感を募らせていた。もし叶うならば、今すぐにでも飛び出したいほど。

 

「大丈夫。必ず、二人でリサを救い出そう」

「……はい」

 

 事の経緯は数時間前に遡る。

 アークレイ研究所の所長からリサ失踪の連絡を受けた二人は、身支度も最低限に急いでアメリカへとんぼ返りしていた。

 

 なぜもっと早くリサの異変に気づけなかったのか。文句の数々を所長にぶつけたくもあったが、それは理不尽というもの。

 金を出していたとはいえ、元々リサは無理に置いてもらっていた身の上。雑用の仕事以外では部屋に籠もりきりなため、每日様子を見るなどといった手間を買って出るはずもなかった。

 

 文句を飲み込んで所長に電話口で問い詰めても、彼女がどこへ行ったかは分からず。

 そこへ、例の主任研究員の一人であるアルバート・ウェスカーが電話を変わって答えたのだ。

 

『アダム副会長。ウェスカーです』

『アルバートさん?』

『調べたところ、末端の研究員が幹部養成所へ荷物を届けるという自身の仕事を、そのリサというメイドに押しつけたようで』

『……それで、館を出てから戻っていないってこと? 何時間ぐらい?』

『少なくとも、一週間は経っているかと』

 

 果たして本当かどうかは分からないが、今はその情報を信じるしかなった。

 

 幹部養成所は既に閉鎖された施設のはず。

 だが、スペンサーから自身の学友であるジェームス・マーカスが未だにそこで研究を続けていると聞かされ、今現在こうしてその場所へと向かうための列車に乗っているのだ。

 

 この列車──黄道特急はアンブレラが過去に運営していた列車で、ラクーンシティと養成所の間を結ぶために開設された交通手段。

 当然、養成所が閉鎖された関係でこの列車も廃止となっていた。が、一応将来的に再利用できるよう線路を含めた定期メンテナンスがなされており、これ幸いとばかりにアダム達は列車を利用することにした。

 

 そういった経緯を経て、二人は現在列車に乗って養成所に向かっているのである。

 

(……どうにもキナ臭いのが気になるけど、今はそんなこと考えてる場合じゃないな)

「旦那様。お身体の方は、大丈夫ですか?」

「え? ああ、うん。今のところは」

 

 ジェシカと抱き合いながら、アダムはそう思案して自身の右手を広げて見る。

 出発前、彼の始祖に適合した身体には"t-ウィルス"が投与されたのだ。

 

 例のジェームス・マーカスが開発した始祖の改良型。

 彼のもとに向かうのであれば、これを身体に宿せとスペンサーが言って聞かなかったのである。

 

 開発者であるマーカスのもとでも、始祖を投与することによる生体兵器開発が行われていたらしい。それらが脱走した時のための何かしらの対処が用意されている可能性が高いため、肉体を強化しておいて損はないと。

 

 現状大して変化は感じていないので、果たして効果があるのかは不明だが。

 やはり疑いの対象である人物が開発したウィルスなど、心情的に使いたくなどなかったというのが本音だった。

 

 

 

 

 それから少しして、途中分岐を左に曲がって列車は無事に目的地へと到着。

 山の麓にあるこのプラットホームのすぐ正面には崖が反り立っており、そこに設置された昇降機を使って、上にある養成所へと昇る形となっている。

 

 昇降機で崖を昇り、アダムとジェシカは養成所の玄関に辿り着く。

 洋館と似た外観を持つ、人気を一切感じない建物。降り注ぐ雨が容赦なく身体を濡らす中、唸り声のように雷鳴が轟いてその不気味さを増長させていた。

 

「ここが……」

「とにかく入ってみよう。これ以上身体を冷やすのは良くないよ」

 

 そう言って、アダムは養成所の扉を開き、中へと入る。

 同時に、懐から取り出した銃を構えて様子を伺う。出迎えたのは、正面に飾られたジェームス・マーカスの肖像画だけ。所内は静けさに満ちていた。

 

(B.O.W.の類がうろついていたりはしてなさそうだな……)

 

 銃口を床に向け、一息吐くアダム。もちろん、辺りに神経は尖らせたまま。

 

 現在アンブレラの兵器開発部門は対B.O.W.向けの武器を開発中であり、アダムが持っている銃もその一つ。S&W M29をベースにしたカスタムモデルだ。

 まだ開発段階のプロトタイプとあって反動や命中精度などに問題が残っているが、アダムには関係のない話。子供の彼には大きくとも、その常人を超えた力で反動を無理やり抑えるため、撃てさえすればそれでいいのである。

 

「ジェシカ、大丈夫みたい」

「は、はい」

 

 主人に促され、続けて恐る恐る入ったジェシカの手にも銃が握られている。

 ジェシカの銃はアダムとは違い、自動拳銃のベレッタM84。M92と比べて護身用に近いモデルで、主にイタリアの女性警官が携行している。力もなければ銃を持ったこともない彼女でも比較的扱いやすい代物だろう。

 

 二人は辺りを警戒しながら、研究所のある礼拝堂へ向かうべく、二階から天文台へと続くテラスへと進む。

 

「旦那様。やっぱり私が前を──」

「駄目だよ。僕の方が荒事に向いてるんだから。そのためにt-ウィルスだって注入したわけだしね」

 

 ジェシカの進言をアダムは首を振って退ける。

 本当であれば、こうして身重のジェシカを同行させるつもりはなかったのだ。しかし、彼女は娘の危機と聞いて大人しく待っているなどできなかったし、アダム一人で向かうことも許さなかった。

 

 無論、アダムの方でアンブレラが保有する私設部隊、Umbrella Security Service──通称U.S.S.を出動させるようスペンサーに要請もした。

 だが、正確な状況把握もできていないのは元より、さすがに幹部の愛人を救出するために部隊を動かすことはできないと首を横に振られてしまったのだ。

 

 最愛の息子が孫を身籠った女性と危険かも知れない場所へ向かおうとしているというのに。普段の彼なら、その権力を使って強引にでも息子を事件から遠ざけようとしそうなものだが。

 

 

 やがて、二人は建物裏にある天文台を通過。湖にかけられた橋を渡って、小島に建てられた礼拝堂に辿り着く。

 そのまま礼拝堂の正面玄関を横に回って、地下研究所に入るためのエレベーターへと乗り込んだ。

 

「父様によると、マーカスの研究室は地下一階にあるって。このエレベーターは地下二階への直通みたいだけど」

「天文台もそうでしたが、変わった構造をしてますね」

「もしかして、この施設もジョージさんの設計なんじゃ……」

「…………」

 

 ジェシカは頭が痛そうに額に手を当てている。

 

 そうこうしている内に、エレベーターがその稼働音を止めて扉を開いた。

 扉から出ると、そこは吹き抜けの廊下。埃や蜘蛛の巣が目立つが、明かりが灯されている。すぐ左手には地下一階へと続くであろう階段もあった。

 

「ここを上れば──」

 

 階段の先を覗こうとするジェシカ。

 しかしその時、アダムの耳には奇怪な鳴き声のようなものが聞こえていた。

 

 吹き抜けとなっている天井に目を向ける。

 視線の先、地下一階の廊下と思われる場所から、大型の猿と蛙が手すりをよじ登ってこちらを見下ろしていたのだ。

 

「ジェシカッ! 上!」

 

 すかさずアダムはジェシカに注意喚起し、両手でリボルバーの銃口を猿達へ向ける。

 あれは資料にもあった、エリミネーターとラーカーに違いない。

 

 真猿類と蛙に始祖を用いて生み出されたB.O.W.の試作品。

 前者は猿の細胞に始祖ウィルスを組み込み、その変異した遺伝子を猿の受精卵に加えて誕生させたもの。後者の蛙は直接始祖を投与されたことで巨大化したものだ。

 

「────ッ!!」

 

 獲物を見つけたとばかりに唸り声を上げ、手すりを越えて襲いかかって来る化け物達。

 それらに狙いを定め、引き金を引いてリボルバーによる銃撃で迎え撃つアダム。凄まじい反動を物ともせずに連続で発砲し、弾丸を受けた二体の身体は大穴を開けて弾け飛ぶように四散した。

 

 始祖の力により動体視力と反射神経などを高められている彼の射撃は、感覚的に狙い撃つだけでほぼ確実に命中させられる。外すことがあるとすれば、外部的要因によるものぐらいだろう。

 

 だが、刺客はその二体だけではなかった。

 吹き抜けを通じて、上の階からエリミネーターとラーカーが続け様に飛び込んで来る。

 

「きゃああーっ!」

 

 ラーカーの長い舌がジェシカを襲い、その豊満な身体を締めるようにして巻きつく。

 さらに、エリミネーターが身動きの取れない彼女の脚に纏わりついた。

 

 白い毛並みに所々皮膚が禿げた大猿。その赤黒い陰茎は始祖による影響か、生殖本能に従って膨張しており、ジェシカの脚に両手両足でしがみつきながら腰をヘコヘコと揺らしている。

 子孫を残すべく躍起になっているその尻は、陰茎に負けず劣らずの赤みを帯びていた。

 

「このっ、ジェシカから離れろ!」

 

 アダムは急いでジェシカに走り寄り、彼女に纏わりつく卑猥な猿を蹴り飛ばす。間髪入れず、壁に叩きつけれらた不埒者の頭をリボルバーで粉砕。

 続けて、恋人を拘束しているラーカーもその伸ばしている舌ごと撃ち抜く。

 

「──ぁ、うっ……」

「ジェシカ、大丈夫!?」

 

 拘束から解かれ、涎だらけでその場に倒れ込むジェシカ。

 彼女を助け起こそうとするアダムだが、廊下の突き当りの壁が急に地響きを立てて上へと動き出すのを見て、その足を止める。

 

 再び吹き抜けを見上げると、もう一体いたのであろうエリミネーターの生き残りが、手すり近くにあるスイッチを押した体勢でニタニタと笑みを浮かべていた。

 彼が手すりから飛び降りるとその入れ替わりで壁が上がり切り、廊下は吹き抜けでなくなる。開いた壁の向こうから、呻き声と共に新たな影が現れ出た。

 

 ゾンビだ。四、いや、五体ほどいる。

 蝿を纏わりつかせながら、腐乱したその体を引きずるように覚束ない足取りで歩き、伸ばした両腕は肉を求めて宙を泳いでいる。

 手術着を着ていることからして、実験材料として使われた人間なのだろう。皆が皆、猿と同様にその下半身から勃起したペニスを露出させていた。

 

「あ、あぁ……!」

「次から次へと……大した持て成しだよッ」

 

 声にならない悲鳴を上げるジェシカの横で、アダムはにじり寄ってくるそれらに立ち向かうべく発砲する。

 一発目は今まさに飛び上がろうとしていたエリミネーターを撃ち殺し、二発目で一番前に出ていたゾンビの頭を砕──こうとして、装弾数の五発を全て撃ち終わったことに気づく。

 

 アダムは急いで空薬莢を捨て、ポケットから弾を取り出して不慣れな様子で装填し始める。

 

 

 ──きゃああぁぁぁーー……

 

 

 その最中、階段──上の階の方から女性の悲鳴が聞こえてきた。

 聞き間違いではない。間違いなくリサの声だ。

 

「……リ、リサッ!」

 

 娘の悲鳴を聞いたジェシカは弾かれたように立ち上がって階段に足を向けるが、戸惑うようにその足を止めてアダムの方を振り向いた。

 アダムはそんな彼女に頷いて返す。

 

「行って、ジェシカ! ここは僕に任せて、すぐに追いかけるから!」

 

 その言葉を聞いて、信頼の眼差しを向けて頷くジェシカ。

 彼女は主人に背を向け、一目散に階段を駆け上がっていった。

 

「この……邪魔だっ!」

 

 リロードし終えたところで、纏わりついてきたゾンビをリボルバーのグリップで殴り飛ばす。照準を定めて引き金を引き、不届き者の頭をザクロのように砕き割った。

 一息も入れず、続けて残りの四体に向けてリロードしたばかりの残弾を全て発砲。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 返り血に濡れた身体で荒い息を漏らすアダム。息を整えながら、化け物達の死体で埋め尽くされた廊下に視線を巡らせる。どうやら、新手はいないようだ。

 

 急いでジェシカを追わなければ。アダムは足を階段の方へと向ける。

 

 その瞬間。

 プシューッと気の抜けるような音と共に、壁の穴から色のついたガス状の何かが噴き出てきた。

 

「こ、これは……っ!?」

 

 神経ガスの類だろうか?

 不意打ちだったため、アダムはまともに吸い込んでしまう。

 

「ガッ、ハ……ッ!」

 

 肺水腫を患ったかのように急激な呼吸困難に陥り、その場に倒れ伏す。

 身体は痙攣し始めて身動きが上手く取れず、顔は鼻水と涎まみれになっていく。

 

 始祖の宿主に対して特攻効果を秘めたガスに違いない。スペンサーが言っていた生体兵器脱走に対する対処とは、これのことだろう。t-ウィルスの投与は無駄だったのだろうか?

 アダムは抗うようにして地べたのまま腕を動かし、階段を這いずり上がろうとする。ジェシカとリサのもとへ向かうため。

 

 だが、想いとは裏腹に、意識は穴に堕ちるようにして暗闇へと引きずり込まれていった。

 

(ジェシカ……リサ……!)

 

 

 

 

 悲鳴を聞きつけ、娘を助けるべくマタニティドレスを翻して駆けるジェシカ。

 

「リサ……リサ! どこなの!?」

 

 階段を上り切ってすぐ正面の扉の先は機械室らしき場所。

 続いて、右手。視線の先の扉は既に開いており、恐らくそこから先の猿や蛙が現れ出たのだろう。そんなところにリサがいるとは思えない。

 

 

「──いやっ、いやぁ! 助けてぇっ!!」」

 

 

 見回している内に、左手の扉から再び悲鳴が聞こえてきた。

 ジェシカは一目散にその扉を開け、中へと飛び込む。

 

「リサッ!」

「お、お母さん!?」

 

 最愛の娘を見つけて、喜びの声を上げるのも束の間。

 手術台に拘束されたリサの愛らしい身体には、巨大な汚らしいヒルが何匹も這いずり回っていたのだ。

 

「このっ……娘から離れなさい!」

 

 ジェシカは急いで駆け寄り、両手を使ってヒル達を弾き飛ばす。

 

 ヒルは強力な吸盤と牙によってリサに付着しており、彼女の皮膚ごと剥がしざるを得ない。

 加えて、酸の類まで分泌しているのか、着ている手術着までも溶け始めている。全てのヒルを剥がし終えた頃には、リサは痛々しい肌を晒した状態になってしまっていた。

 

「お母さん! お母さん……!」

「リサ! ああ、リサ! 私の可愛い娘……!」

 

 ようやく再会できた親子は、お互いに涙を流し合う。

 ジェシカは手術台に拘束されたままのリサの額にキスを落とす。

 

「さぁ、こんなところ、一刻も早く脱出し──」

「待って、お母さん! 後ろ!」

 

 拘束具を外そうとすると、リサから焦った様子で注意を促される。

 咄嗟に後ろを振り返るジェシカ。目の前には、両腕を背中に回した初老の男性がクツクツと含み笑いを浮かべていた。

 

 養成所の玄関ホールに飾られていた肖像画と瓜二つ。

 この男が、ジェームス・マーカス……! ジェシカは生唾を飲み込んだ。

 

「よくも……娘をッ!」

 

 母として、リサをこんな恐ろしい目に合わせた男を許せはしない。

 ジェシカは怒りの衝動のままにベレッタを構え、発砲した。

 

 バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!

 

 もはや狙いなど定めず。瞼は閉じ、必死の思いでマーカスのいる方向へ発射し続ける。

 十三発。装填された弾を全て叩き込んだ。

 

「はっ……はっ……はぁ……」

 

 嗅ぎ慣れない匂いと共に、たゆたう硝煙。その向こうで、身体にいくつも穴を開けたマーカスが倒れている。

 初めて発砲し、初めて人を殺めた。その事実を前に、ジェシカの身体は震える。

 

 しかし、今は感傷に浸っている場合ではない。

 ジェシカは再びリサの方を振り向き、娘を忌まわしい拘束から解放しようとした。

 

「お母……さ、ん」

「リサ、どうし──……ッ!」

 

 娘が驚愕の眼差しで何かを見つめているのに気づき、その方向に視線を向ける。

 絶句するジェシカ。視線の先には、先ほど蜂の巣にして殺したばかりのマーカスが、何事もなかったかのように立っていたのだ。

 

「な、なぜ……」

「フッフッフッ……君が撃ったのは、私ではないのだよ」

 

 困惑の中、マーカスは愉快そうに笑みを零して答えた。

 ジェシカはハッとして振り返る。そこには確かに先ほど撃ち殺したマーカスが床に倒れていた。

 

 マーカスが二人。どういうことだと思っている間に、その死体が黒く変色し出す。人間のシルエットを保ちながら、ヌチャヌチャと気味の悪い粘着質な音を立てて蠢いた。

 ヒルだ。ヒルが何匹も集まり、集合体となってマーカスに擬態していたのだ。それは何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がり、再び主人に化けてそっくりな笑みを見せる。

 

「ば、化け物……!」

 

 震える手でベレッタを構えるジェシカだったが、何度引き金を引いても乾いた音を立てるだけ。

 パニックに陥る中、ホールドオープンしているのに気づいて全弾撃ち切ったことを思い出し、慌ててマガジンを取り出そうとする。

 

「おっと……それ以上、私の愛しい子を傷つけて欲しくはないな」

「ああっ!」

 

 しかし、それを本物であろうマーカスによって阻まれた。

 力強く腕を捩じ上げられ、ジェシカは持っていたマガジンを落としてしまう。

 

「ふむ……何とも、男の劣情を誘うためにあるかのような下品な身体だ。あのスペンサーの息子にもさぞ可愛がられたのだろう。このお腹も、奴との間にできた子かな?」

 

 マーカスはしわがれた声を発しながら、ジェシカの弾けるような女体からなる稜線に老いた手をねっとりと這わせる。

 身震いと共に全身に鳥肌を立たせながらも、ジェシカはスペンサーの息子と聞いてアダムのことを思い出す。

 

「だ、旦那様は──」

「残念だが、奴は死んだ。お前がここへ向かった後、私特性の神経ガスでな」

「そんな……嘘よっ!」

 

 リサが拘束具をガチャガチャと鳴らして暴れ、叫ぶ。

 その横で、愛する人が死んだと聞かされ、茫然自失となるジェシカ。

 

「アダムは始祖っていうすごい力を持ってるんだから! そんなガスなんかで死んだりしないわ!」

「なるほど。ハンドキャノンの反動を物ともしていない様子からして、もしやと思っていたが……やはりスペンサーもまた独自に研究を進めていたようだな」

 

 そう呟きながら、マーカスはジェシカの腕を引っ張り上げる。そのまま、ガス室と思われるガラス張りの部屋に彼女を放り、閉じ込めた。

 ガラスを叩いて必死に抜け出そうとするジェシカだが、強化ガラスであろうそれはビクともしない。

 

「お母さん!」

「君には私の愛しい子らの餌になってもらおう。見目麗しい女体を喰らえばどうなるのか……フフフッ、今後の夜伽をさらに楽しめるようになりそうだ」

 

 気味の悪い笑い声と共に、鼻の下を伸ばして期待に顔を上気させる老人。その股間は、頭の中で展開される下卑た淫夢に興奮してか、はち切れんほど勃起していた。

 彼がヒルで性欲を発散させていることを知っているリサは、目を剥いて罵声を放つ。

 

「この変態! あんたなんか、アダムが来ればきっと──」

「もう一度言おう。奴は死んだ。あのガスは人間は元より、始祖を投与された者に対してはボツリヌス菌と同程度の強力な毒性を発揮する。監視カメラ越しにもがき苦しんで死ぬ様もしっかりと確認したよ」

 

 死んだ。

 アダムが、死んだ。本当に?

 

 再び突きつけられたその言葉が頭の中で木霊し、リサは絶望に打ちひしがれる。

 

「さあ、遅めのディナーだ」

 

 開幕とばかりに両手を上げるマーカス。

 何をするつもりなのか。眉をひそめていたジェシカは、上からポタリと粘液が落ちてきたことに気づき、恐る恐る頭上を見上げる。

 

「……ひっ!」

 

 見上げた先には、ガス室の天井を埋め尽くすほどの大量のヒルが群がっていた。

 一匹、また一匹と、糸を引きながらベチョリと床に落下していく。

 

 そして、何かを切っ掛けに、その全てが一斉にボトボトと落ち始めた。

 滝のように、ジェシカ目掛けて。

 

 

「きゃああああぁぁーーーーっっ!!」

 

 

 頭からヒルのシャワーを浴びて、断末魔の悲鳴を上げるジェシカ。

 

「お母さん……! お母さあぁぁーーんッ!!」

 

 リサは必死の形相で暴れるが、並の生体兵器でも破壊できない頑丈な鎖で拘束されているため、無駄な足掻きでしかない。

 

 見る間に身体中ヒルまみれとなり、床に倒れ込むジェシカの姿。

 その黒いシルエットは、リサに向けて手を伸ばしてるように見えた。

 

 目の前で母が助けを求めているのに、何もできない。

 リサは涙を流し、母を呼びながら嗚咽を漏らす。

 

 

 ……私が、私のせいで……!

 

 どうして! どうして、こんなことに……ッ!

 

 

 

 ──その時、バンッと大きな音を立てて部屋の扉が吹き飛んだ。

 

 

 

「え……!?」

 

 拘束されているリサからは何とか首を後ろに動かし、音のした背後を見る。

 見えたのは、向かいの手術室に繋がる扉に打ちつけられて、くの字に曲がった銅扉。

 

 それから、続けて部屋に入ってきたのは──

 

 

「──アダムッ!」

 

 

 死んだと思われた、小さな主人の姿。

 生きてる! アダムが生きてる! その事実に、リサは歓喜の声を上げる。

 

「貴様……なぜっ」

 

 マーカスは目を見開いて驚愕している。

 

 その間にもアダムは動いていた。説明などしている暇などないとばかりに。

 手近な壁に張りついていたヒルを掴む。そして、憎きマーカスに肉薄すると同時に、そのあんぐりと開かれた口にダンクシュートの要領でぶち込んだ。

 

「ごふおぉっ!!?」

 

 反射的にヒルを飲み込んでしまうマーカス。

 続け様、勢いのままに後頭部から床に叩きつけ、頭蓋を割る。

 

 たった一瞬の間に、元凶たるマーカスのその命は潰えた。

 

「────ッ!」

 

 主人に擬態していたヒルが応戦しようとアダムに襲いかかる。

 対して、迫るヒルの方に視線を送るアダム。

 

 

 瞬間、彼の赤い瞳が輝き、同じ色の閃光が走った。

 

 

 その光を浴びた擬態ヒルはピタリと硬直。

 一瞬遅れて、まるで見えない刃に細切れにされたかのように爆発四散した。

 

「……ッ。リサ、今助けるからっ!」

 

 据わった瞳を浮かべていたアダムは我に返ったかのように一転して表情を戻し、リサを拘束している鎖を破壊しようとリボルバーを構える。

 

「ま、待って、アダム! 私より、お母さんを……!」

「ッ!?」

 

 リサが目線で示すことで、ガス室でヒルに襲われているジェシカに気づくアダム。

 跳弾を懸念したアダムはリボルバーを降ろし、右手でガラスを思いっ切り殴る。

 

 一打目。大きな亀裂が走る。

 ニ打目。亀裂が大きくなり、ガラスが凹む。

 三打目。ついに砕け、粉微塵になってアダムの身体に降り注いだ。

 

 彼は降り注ぐガラス片も気にせず、血だらけの右手でジェシカに纏わりついているヒルを払い殺す。

 

「ジェシカッ!」

 

 アダムは悲鳴にも似た声で愛する人の名前を叫び、助け起こす。

 彼女は、ジェシカは、見るも無残な姿となっていた。

 

 世の男性を魅了する女神の如き肢体は肉ごと喰らわれ、一部は骨さえも見えている。

 顔の半分は、羨望の的であった絹糸のような髪ごと溶けていた。

 

 誰が見ても、もう助からないことは明らかだ。

 

「そんな……そんな……ジェシカ! どうして……っ!」

 

 涙を流しながらも、アダムは何か助ける方法はないかと辺りを見回す。

 

 そんな彼の頬に、そっと何かが触れた。

 ジェシカだ。意識を取り戻した彼女が、残された片目で主人を見上げながら、彼の頬に手を添えている。

 

「だ、んな、さま……」

「ジェシカ! 良かった! しっかり、絶対に助け──」

 

 アダムの必死に声掛けは、その口を閉ざされて遮られる。

 愛する小さな主人と唇を重ねたジェシカによって。

 

「あ……」

「ア、ダ……ム……」

 

 ゆっくりと唇を離し、ジェシカは笑みを浮かべる。

 一緒に暮らしていた中で何度も見せてくれた、聖母のような微笑みを。

 

 

 

 

「────あり、が、とう………」

 

 

 

 

 パタリ、と。力なく床に落ちるジェシカの手。

 最後の口づけは、ほんのりと甘い血の味がした。

 

「ジェシ、カ……? う、ああ、あああぁぁぁーーーッッ!!!」

 

 最愛の人の死に、慟哭するアダム。

 彼の声を耳にして、手術台の上にいるリサもまた、母の死を悟る。拭えぬまま、涙で顔を濡らす。

 

 地下から響く悲哀に満ちた叫び。

 それは、地上で降り注ぐ雨の音によって掻き消される。

 

 まるで二人の悲しみを表すように、雨は降り止む気配を見せなかった──

 

 




初めてバイオハザードらしい話を書いた気がする。
ちなみに、この作品に出てくるクリーチャーは性的な意味で盛っています。取ってつけた感じではありますが。

それはともかく、ジェシカは何度も生存させるべきか悩んだのですが、今後の展開を考えると死なせざるを得ないかなと思い、断腸の思いで殺しました。
ほぼ名前だけ借りたオリキャラと化しているゆえに一番エロかったのもあって、エロ小説的にかなりの損失ですが、致し方ありません。

次回からVILLAGE要素が絡み始める予定です。
エロいキャラが一気に増えますので、よろしくお願いいたします。



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