BIOHAZARD sexual invasion 作:MIYOSHI
『ドナ・ベネヴィエント。お前は今日から、私──マザー・ミランダの家族だ』
家族。
その言葉に、全く何の感情も湧き上がらなかった。
喜びも、期待も、怒りも、悲しみも。
ただそれらの事実だけが頭の中で木霊するだけで。
反響が、却って空虚さをより際立たせてしまう。
そう。私には家族がいない。
「何言ってるの。可愛いお人形の私がいるでしょう?」
煤けた花嫁衣装の人形──アンジーがカタカタと音を立てて歩み寄り、虹彩のないグラスアイの瞳で気遣わしげに見上げていた。
彼女以外にも、心の隙間を埋めるようにしてひたすら作り続けた沢山の人形がそこかしこに飾られている。
抱っこを強請るアンジーを優しく抱き上げ、乱れた衣装を整えてあげる。
その中で頬を垂れる一筋の雫に、彼女は反応しない。周りでお行儀良く遠くを見据え続けている人形達と同じように。
当たり前だ。これはただの一人芝居。
自我を持っているように見えるだけ。言葉も、仕草も、本当は全て見えない糸で操っているだけに過ぎないのだから。
私には、家族がいない。
☣ ☣ ☣
「よっと……」
崖端を掴み、壁を蹴って勢いを与える。倒立回転するようにして軽やかに崖上に登り、霧深い地に足をつけた。
その後を追う形で、何匹もの蝿の飛ぶ音が風に混じって耳を打つ。
「さすがご主人様! こんな高い崖を簡単に登り切るなんて! 惚れ直しちゃったぁ」
視界に入った黒い蝿柱は瞬く間に人間のそれへ。ドミトレスク家の三姉妹の末っ子、ダニエラの姿へと変わる。
彼女は赤黒い唇の端をニマリと上げて、小さな主人──アダムを自身の豊満な胸で抱き留めた。
「もがっ。ハハ……ありがとう、ダニエラ」
愛する人のかっこいい姿に興奮しているのか、抱きしめたまま小躍りするようにして振り回すダニエラを優しく窘めるアダム。
そのまま彼女の手で服についた砂埃を払ってもらいながら、すぐ傍に架けられている頼りない吊り橋に目を向ける。
一寸先も見えないほど濃霧に包まれた谷。
この先に、目的の人物である人形師ドナ・ベネヴィエントの住む屋敷がある。
通常は村を横切らないとここまで辿り着けないところ、アダムはミランダに悟られないようにするため、そのルートを避けることにした。
ドミトレスク城の礼拝塔から出て谷底を流れる川を小舟で渡り、そこから崖を登ってきたのだ。
消耗していた時なら難しかったが、今はオルチーナやダニエラ達三姉妹、イングリドを始めとした使用人達との度重なるセックスによって、十二分に力を取り戻している。
断崖絶壁を登るぐらい、どうということはなかった。
「そういえば、ダニエラ。身体は大丈夫?」
ふと、思い出したようにアダムがダニエラに問い掛ける。
忘れてはならない。彼女達姉妹を構成する蝿に似た肉食虫は、寒さに非常に弱いということを。摂氏10度以下の冷気に晒されれば、たちまち全身の筋肉が硬直して生命活動が停止してしまうのである。
「ええ。ご主人様に沢山注いでもらったおかげで、身体はポカポカ暖かいままなの。こんな冬空の中を自由にお出かけできるようになるなんて、夢みたいだわぁ」
ところが、驚くことにダニエラ達はその弱点を克服していた。
これはまだ推測に過ぎないが、体内に大量に注がれたADM細胞によるものと考えられる。冷気を感知すると、彼女らを守るため細胞が活性化・発熱するのだろう。
さらに、元々なかった繁殖能力まで備わったらしい。
一匹でも死んでしまえば永久に欠損した状態になるはずが、アダムの精液を子宮に受けることで受精が可能に。つまり、オルチーナと並ぶほどの不死身の身体を得たのだ。
母を差し置いて、姉妹で一番早く産卵を迎えたダニエラはそれはもう有頂天。
余分な蝿を集めて元々豊満だった胸をさらに大きくし、ドレスからまろび出た爆乳おっぱいで最愛の主人の顔を包み込む。
「……でもぉ、ちょ~っと冷えちゃったかも。またご主人様に暖めて欲しいなぁ」
「こら。抜け駆けしないってベイラ達と約束したんでしょ? お預け」
アダムは湧き上がる性欲を抑え、ダニエラのおっぱいをむにゅりと押し退けた。
「あんっ。ご主人様だっておちんちん、おっきさせてるくせにぃ」
魅力的な女体を押しつけられれば、男なら誰だってそうなる。
ちなみに、彼女がベネヴィエント邸訪問に同伴しているのはジャンケンで勝ったからだ。
再びミランダの使いが現れる可能性を考慮すると、オルチーナは城から離れるわけにはいかない。そのため、斥候としても優秀であろう三姉妹の内の一人がアダムと行動を共にすることが決定した。
が、姉妹はその座を狙って喧嘩をおっ始め、そのまま殺し合いに発展。
当然アダムはオルチーナと一緒に彼女らを叱りつけ、イングリドの提案でジャンケンという平和的解決を取らせたというわけである。
「さあ、ぐずぐずせずに早く行こう」
「は~い。フフ、ご主人様とデートぉ♪」
スキップでもしそうなほどのルンルン気分で横を歩くダニエラ。間違ってもデートではないのは言うまでもない。
アダムはやれやれと苦笑を零しながら、凍った雑草を踏み鳴らして霧の奥深くへと足を向ける。
そうしてしばらく進むと、横道に庭園跡が見えてきた。
かつては美しい花々で飾られていたであろうそこは、今では手入れが行き届いていない以前に放置されているのか、草木が生い茂っていて見る影もない。
それでも、うっすらとした雪化粧で彩られた冬の花がかろうじて咲いている。彼女達だけが、アダム達を静かに出迎えてくれていた。
『──旦那様』
花に目を向けていたアダムの耳に、ふいに聞こえてくる懐かしい声。
ドクリと胸が波打ち、咄嗟に顔を上げる。目線の先、霧に紛れて最愛の人の影で見えたようなが気がした。
「ご主人様? どうしたのぉ?」
様子がおかしくなった主人を見て、ダニエラが腰を屈めて彼の顔を覗き込んだ。
「……いや、何でもない」
瞼を閉じてかぶりを振り、先ほどの光景を頭から払う。
いつまでも悲しんでいては駄目だ。そんなことでは、他の恋人達まで失いかねないぞ。
『ジェシカを……生き返らせれるかもって言ったら、どうする?』
しかし、そんなアダムを惑わせるようにして、黒い少女の言葉が蘇る。
もしかすると、彼女はミランダの儀式のことを言っていたのだろうか? あの、最愛の娘であるエヴァを復活させるという。
だとしたら──
「あれ? ご主人様ぁ、いつの間に服を脱いじゃったの?」
「え?」
途端、ダニエラが変なことを口走り始め、そのおかげでアダムは我に返る。
首を傾げるアダム。もちろん、この二月の冬空の下で服を脱ぐなんて真似はしていない。
ちなみに、今着ている服はドミトレスク城の先代当主が子供の頃に着ていたであろう服を拝借した物だ。
投獄されてから二ヶ月ほど全裸のままだったため、服を着ることに多少の違和感を感じてしまったのはここだけの話である。
「ダニエラ、何言ってるの?」
「もう、とぼけちゃってぇ。それにおちんちんを二本も生やしてるし、そんなに私とエッチなことしたかったのね」
上気した頬に両手を添えて、くねくねと艶かしく腰を揺らしているダニエラ。
駄目だこれは。出発する前に一発ハメておいた方が良かっただろうか? アダムは溜息を吐き、すれ違い様に彼女の尻を引っ叩いて目を覚まさせる。
「やんっ! ……あら、ご主人様? おちんちんはぁ? あら?」
混乱しているダニエラを置いて、さらに奥へと進む。その先で、切り立った岩壁に覆われた場所に出た。
中心には、円形の黄色い花畑。
細かな花弁を持つそれらは、儚さはあるものの、先ほどの庭園の花と比べて優雅に咲き誇っている。ほのかに光を放って見えるほどに。
「待ってぇ、ご主人さ──ゲッ」
慌てて追いかけてきたダニエラが何かを見つけたのか、苦虫を噛み潰したような声を上げた。
振り返ったアダムも彼女の視線の先に目を向けてみる。
「これは……」
そこには、初老男性の遺体がなぜか下半身を晒した状態で仰向けに倒れていた。
干からびた老体のペニスなど見たくもないのか、ダニエラはアダムの後ろから腕を回して抱き込む。
庭師の者だろうか? 死因は十中八九凍死で、雪に埋もれる形になっているその遺体はさほど腐敗せずにミイラ化している。
凍傷痕も見受けられないため、比較的短時間で死に至ったのだろう。
「もう最悪だわぁ。せっかくのデートなのにこんな醜い物を見ちゃうなんて」
「でも、なんでこんな格好で……」
詳しいメカニズムは解明されていないが、極寒の環境下では矛盾脱衣という異常行動を起こしてしまうことがある。この男性も同様の現象に陥ったのかもしれない。
いや、もしかすると、何か別の要因があるのではないか?
彼の乾き切った半開きの口。それが幸せそうに歪んでいるのを見ると、どうしてもそう思えてならなかった。
この花畑もそうだ。口で説明できないような言い知れない何かを、アダムの内なる始祖と特異菌が感じ取っている。
「ご主人様、お花に興味があるの? それならとびっきりの可愛いお花がここにいるじゃな~い。こ・こ・に」
隣で猛アピールしているダニエラ。そんな彼女にも気づかず、アダムは誘われるようにして花に手を伸ばしてみる。
「ッ!?」
瞬間、目の前が吹雪くようにして真っ白に弾けた────
☣ ☣ ☣
『──おとうさま! おとうさま!』
靄がかかったような、朧気な視界。
その中で、どこからか鈴を振るようでありながら快活な少女の声が聞こえてくる。
『どうしたんだ、私の可愛いドナ。お前のお父様はここにいるよ』
声を聞いて、横から現れる肩まで伸びた脂ぎった黒髪の男。
そんな彼のもとへ、ドナと呼ばれた同じ髪色の少女が駆け寄る。男は彼女の方を振り向き、両腕を広げようとした。
が、少女の小さな手に抱えている物を見て、ピタリとその動きが止まる。
『……ドナ。その人形は──』
それは、色彩を失ったかのように白い、90cmほどの大きさの薄汚れた人形だった。
何よりも目立つのは、丸々と見開かれた瞳。中心の小さな黒目からなる三白眼は、まるで突然の痛みに驚いているかのようだ。
ドナはそんな身の丈ほどもある人形を、両腕で大事そうに抱きかかえている。
『おとうさまが作ったんでしょう? 物置に閉じ込められてて可哀想だったから、出してあげたの』
『それはな、ドナ……その、失敗作なんだよ。ほら、他のお人形よりも怖い顔をしているだろう?』
『そんなことないもん! 他の子と同じ──ううん、他の子達よりもずっと可愛いわ!』
父親の言葉に反論し、腕の中の人形をギュッと強く抱きしめるドナ。
庇うようにしてそのまま背を向け、幼いながらに慈しみに満ちた表情で自身の子供を相手するように人形の頭を撫でてあげる。
そんな娘を見て、彼は──父親は、喉仏をごくりと鳴らした。
長年溜まった鉛を飲み込んだかの如く。
『…………そう、か。なら、その子はお前にあげよう』
『ホントに!? やったぁ! ワーイワーイ!』
ドナはパッと顔を明るくさせて振り返り、飛び上がって喜んだ。
彼女がジャンプする度にカタカタと首や細腕を揺らす人形も、心なしか笑みを浮かべているようにも見える。
『でも、その代わりに……頼みたいことがあるんだ』
ふわりと浮かぶ娘のスカートと、そこから覗くドロワーズと幼い肌。
荒い吐息を漏らす父親は食い入るような視線を向けながら、内緒話をするように小さな声でそう持ちかける。
『なぁに? お仕事? ドナ、いっぱいお手伝いするね!』
そんな様子に気づかないまま、ドナは太陽のような笑みで父を見上げた。
その純粋さに罪悪感を覚えてもおかしくなかったが、彼はもう後戻りをするつもりはない。
『よし。それじゃあ、ベッドにおいで。ああ、その前に……お洋服を脱ぐんだよ』
『──ぃ、ぎいいぃぃッ!! い゛、たいっ! 痛いよ! おとう、さまぁ!!』
蝋燭の灯りが揺らめく暗い部屋の中で、少女の悲痛な叫び声が響く。
『ひぃーー! ひぃーーッ!!』
『はぁ……っ! はぁ……っ! 我慢、するんだ。すぐ、良くなるから、ね……ッ』
ベッドで父親に組み敷かれた娘は股間の激痛に目を丸く剥き、涙をボロボロと流している。
その顔はまさに、傍に寝かされている白い人形と瓜二つだった。
『ハ、ハハ……そうだ、その顔だよ! ドナ、やはりお前は素晴らしい!』
『ぁ、ぐっ……お、父……様?』
ドナは引き裂かれるような痛みに気を失いかけながらも、自身に覆い被さって夢中で激しく腰を振り続ける父を見上げる。
『ああ。ドナ、お前は私が今まで作り上げてきたどんな人形よりも完璧な少女だ』
霞む視界で、悦に浸ったように笑みを浮かべて娘の頬を撫でる父親。
ドナはその笑みから、歪ながらも父の愛情を感じ取った。
『ド……ドナ。おとうさまの、役に、立ててる……?』
『もちろんだとも。さあ、もっとお前を感じさせておくれ』
父の腰の動きが激しくなっていく。
パンッ、パンッ、パンッと、激痛と共に幼い身体を蹂躙する音がドナの耳を打つ。
それでも、大好きな父のために、彼女は必死に耐えた。
瞼を硬く閉じて唇を噛み締め、傍らの人形の手を強く握り続ける。
『──ッ! ──ッ!』
『はぁっ、はぁっ……ぁぁ、あっ、ああっ! ドナ! ドナ! あ゛あッ!』
絞り出すような声と共に、股間を貫く棒が膨れ上がった。
ドクッ、ドクッと、股間を通してたくさん流れてくる、熱い何か。
『ああ……あぁ……』
恍惚の表情を浮かべて、涎を垂らしながら禁断の快楽を享受している父親。
──いや、違う。これはただの搾取だ。
快楽を得た父の瞳はもはや娘を見ていない。
反応のなくなった彼女を気遣う様子もなく、ゆっくりと再びその腰を動かし始める。
まるで、愛玩人形を相手しているかのように。
『……ほら、見て。新しいお洋服を作ったの。着せてあげるね』
場面は変わって、少女の部屋。
表情に影が差している彼女──ドナは、机に向かって身綺麗になった白い人形にお手製の服を着せていた。
『良かった、ピッタリ。とっても良く似合ってるわよ、アンジー』
人形はアンジーと名付けられたようだ。着せてもらった純白のドレスは、少し拙いものの子供が作ったとは思えないほどの出来。その見事さに、丸く見開いたその顔も血色良く見える。
(ウレシイ! アリガトウ、ドナ!)
『ふふ、どういたしまして』
まるで会話を交わしたかのように、人形に微笑むドナ。
アンジーはドナの友達だ。辛いことや悲しいことを相談できる、唯一無二の親友。
元々は外に出かけることも多かった彼女は、度重なる
自分はいけないことをしている。子供心にそれを何となく理解していたからだ。
もちろん、同じ屋根の下にいる父親が、村の人達にあのことを決して漏らすなと口止めしているのもある。
もし言いつけを破れば、お手伝いを断れば、大好きな父に嫌われてしまうから。
最近は痛みも薄くなってきている。突きつけられた物を舐めるのにも慣れてきた。飛び出るミルクは苦くて、まだ飲み切れないけれど。
でも、もっと上手にできたら、父は喜んでくれる。そうすれば、きっと。
期待だけを胸に、ドナはひたすら彼に誘われるままベッドを共にしている。
そして、今日もまた──
『……?』
ふいに、背後から部屋の扉を開く音。
ドナが振り返ると、そこには彼女にとって畏怖べき女性の姿が。
『おかあ、さま……?』
母は、どういうわけか実の娘であるドナのことを嫌っている。
物心ついた頃からまともに会話を交わした記憶もなければ、目を合わせてもらったこともない。食事だって、家政婦が用意した物が全て。親の手料理など口にしたこともなかった。
『……あの、どう、し──』
長い黒髪を垂らし、俯いたまま表情が伺えない。ドナはそんな母親に声をかけようとして、気づく。
彼女の手に握られた、湯気の立つ片手鍋の存在に。
『────ッ!』
パンッ! と引っ叩かれ、椅子から転げ落ちるドナ。
赤く腫れた頬を手で抑えた彼女は何が起きたか分からず、床に這いつくばりながら呆然と母を見上げる。
『……このッ、ガキの分際で、よくもあの人を誘惑してくれたわねッ!!』
幼いドナには訳が分からなかったが、それでも母が誤解しているということは分かった。
『ちが──』
言い訳しようと口を開いた瞬間、燃えるような激痛が顔の右半分を襲う。
母が、片手鍋に入った熱湯をドナに向かってぶち撒けたのだ。
『ああっ、あ゛あぁああぁーー!!』
『お前なんて、お前なんて……ッ!』
そのままドナに殴りかかろうとする母だったが、悲鳴を聞きつけた家政婦によってそれは止められた。
『あの人が子供が欲しいって言うから、作っただけなのに……!』
去り際、母が口にしたその言葉は、ドナの心に深い傷を作った。
父と話している時に時折感じていた、痛みを錯覚してしまうほどの鋭い視線。その主は彼女だったのだ。
『…………ぁ』
慌てた様子の家政婦の靴音が響く中、火傷の痛みにのたうち回るドナの視界に、自分と同じように床に転げ落ちていたアンジーの姿が映る。
彼女の顔の右半分は、床に落ちた衝撃でヒビ割れてしまっていた。
その砕けた顔は痛みに苦しんでいるようで、悲しみに暮れているようにも見える。
まるで、今の自身と全く同じ姿。
──ああ、そうか。
ドナは悟る。
物置の奥に放り込まれていた彼女に、心惹かれた理由を。
火傷を抑えていない方の手でアンジーを掴み、掻き抱くようにして引き寄せる。
不思議と、痛みが和らいだ気がした。
☣ ☣ ☣
「────ッ」
引き上げられるようにして瞼が開かれる。
見慣れた天井。子供の頃から何も変わっていない、自分の部屋の天井だ。
「…………嫌な、夢」
久しぶりに見た肉親の姿。
ベッドで眠っていた見目麗しい女性──ドナはゆっくりと身を起こす。無意識の内に顔の右半分を抑えながら。
あの時受けた火傷の跡は、マザー・ミランダに与えられたカドゥに侵食される形で、今はもう見えなくなってしまっている。
傷跡が歪な肉の盛り上がりになっただけで、醜さは大して変わっていないが。
ふと、傍の椅子に座らせている人形に寝ぼけ眼を寄越す。
アンジー……彼女の顔は、あの時砕けた部分を補うようにして半月型の仮面が被されている。皮肉にも、その見た目はベネヴィエント家の家紋である月と太陽の紋章に酷似していた。
(そう、私の顔も……)
ドナは特異菌による遠隔操作を介してアンジーを椅子から降ろし、トテトテとベッドへと歩かせてその身を抱き上げる。
そして、ウエディングベールを被った彼女の頭を撫でた。優しく、自らを慰めるように。
「…………?」
ふと、気づく。
彼女のウェデイングドレスの裾に、ねっとりとした白い何かがこびりついているのを。
あの少年、アダムの精液だ。
廃教会での一件から二ヶ月経っているというのに、未だ乾かずにいたらしい。そのしぶとさは女体を象っている物に対しての執念深さを表しているかのようである。
マザー・ミランダが抱いていた赤ん坊。彼女は、この精液が受精したことによって誕生した子。
アダムとその娘との間には、確かな親子の愛情を感じた。幼い時分で作った子供だというのに、二人は家族という絆で結ばれているのだ。
ドナは頬が熱くなるのを自覚する。生存本能からの行動からとはいえ、自身の半身とも言えるアンジーにその性の矛先が向けられたのだから。
もし彼と事に及んだら。この精液を身に受けて子を孕んだら。そんなことばかり考えてしまう。
そうしたら、私は……家族に────
「──なれるよ」
ふいに耳元で聞こえてきた幼い少女の声。
ドナは反射的に声のした方を振り向いたが、そこには誰もいない。空耳だろうか? と、首を傾げる。
そこで気づいた。
外に仕掛けた人形達の目を通して、誰かがこの屋敷に近づいていることを。
(……これは)
人形に植えた特異菌から成る視界は朧気で、人影がぼんやりと浮かび上がっているぐらいにしか見えない。
だが、この二つの影の内、小さな物は……あの子しか考えられないだろう。
なぜ? どうして私の屋敷に? ドナの頭に重なるようにして疑問が浮かび上がるが、それを勝る焦燥感が身を震わせる。
幼少期の経験から極度の対人恐怖症となってしまったのもあるが、何より今まさに思い浮かべていた意中の子が自身の元へ来ようとしていることに胸の高鳴りを激しくさせていた。
彼女の身体年齢は二十代後半で停止しているが、肝心の精神年齢はあの頃から何一つ変わっていない。湧き上がる期待と、素直になれない心。そして、恐怖。
会いたい。会いたくない。会いたい。会いたくない。と、矛盾した欲求の叫びが胸中で幾度も木霊する。
(あ……)
一人狼狽するドナの脳裏に、一ヶ月前のマザー・ミランダからの電話が思い出される。そうだ。彼は、アダム・スペンサーは処分が決定したという話だったではないか。
オルチーナ・ドミトレスクは失敗した? 彼女を陥落させて、次の標的を求めてここへ……?
ドナは毛布に包まって蹲る。揺れる心を掻き抱くようにして、アンジーを抱きしめた。
もし。もしそうであるならば、私は────
やがて、意を決したように。
身を起こし、ベールのように被さった毛布の下で茶色の瞳を輝かせるのだった。
次回は来週投稿いたします。よろしくお願いいたします。