BIOHAZARD sexual invasion 作:MIYOSHI
『本当に……君が無事と分かって良かったよ。ジェシカ』
「私も、事務所がなんとかやっていけてると分かって安心したわ」
受話器を耳に当てて、本当に安心したように小さく溜息を吐くジェシカ。
最近は押しボタン式に取って代わられ、あまり見なくなってきているダイヤル式の黒電話。
骨董品に片足を入れたそれで会話している相手は、彼女の夫が経営していたトレヴァー&チェンバレン建築設計事務所の共同創業者であり現所長代理のロイ・チェンバレン。
夫のジョージと一緒で、彼も長い付き合いとなる幼馴染だ。
『それにしても、ジョージが亡くなったというのは本当なのか? もしかしたら……』
「やめて、ロイ。そんな希望を持たせるようなことは……あの人は死んだ。もう、いないのよ」
『…‥す、すまない』
ロイは、スペンサー家にお呼ばれされたまま行方知れずとなってしまった所長のジョージ、それに彼の家族であるジェシカとリサの捜索願を出していた。
しかし、まともな情報といえば、トレヴァー一家は数日ほど洋館に泊まったのち帰っていったというスペンサー家からの情報しかない。叔母のエマを含む彼らの親戚にも心当たりがないかと聞いてみたが、収穫はなく。
ほどなくして捜索は打ち切られ、一ヶ月以上経っても何の手がかりも得られず仕舞いだったところに、急にかかってきたジェシカからの電話だった。
彼女によると、洋館からの帰りの途中で事故に遭い、車が崖から30m下の川に転落。そのせいでジョージは死んでしまったのだという。
ジェシカとリサは奇跡的に五体満足で無事だったが、数日前までラクーンシティのスペンサー記念病院で昏睡状態で入院していて、目覚めた後もジョージを亡くしたショックで連絡もできなかった。彼の遺体も川に流されたのか未だ見つかっていないらしい。
話を聞いて、なぜ警察は彼女達を見つけることができなかったんだと、ロイは国家権力の怠慢に憤慨した。事務所がある州はもちろん、ラクーンシティがある隣の州でも捜索は行われていたはずなのだから。そんな事故が起きていたのだったら、捜索願を出した時点で身元が分からずとも車の所有者や顔写真と照らし合わせればすぐに分かった話ではないか。
『それで、その……退院した後、君はどうするんだい?』
「どうって……?」
『ジョージの遺産があるだろうから当分は大丈夫だろうけど、それでも今まで通りの生活のままずっと働かずにっていうわけにもいかないだろう? 保険金の方も死亡認定されたって、何だかんだで支払いを渋るはずだ』
「……そうね」
ジェシカが相槌を打つと、ロイは電話越しでも分かるほど気恥ずかしげに、そして後ろめたさと共に続ける。
『だから、えっと……君さえ良ければ、僕の秘書として事務所で働くのはどうかなって』
「え?」
『いや! やましい気持ちがあるわけじゃないんだ! ジョージが亡くなったばかりなのに、そんなこと…………ただ、仕事に打ち込めば、寂しさも紛らわせると思うし……』
慌てて弁解する彼に、ジェシカは心の中で嘆息した。
「……ごめんなさい、ロイ」
『そうか……いや、こちらこそすまない。急にこんな話をされても困るよな。でも──』
「違うのよ。私、もうそちらには戻らないの」
受話器を通して、ヒュッと息を飲む音が聞こえてくる。
『……え? そ、それは一体、どういう……』
「私達を見つけて助けてくださった外国の方が、自分の所に来ないかと誘ってくれたの。アメリカにいると、夫のことを思い出してしまうし……だから、その方のもとで働くことにしたわ」
『ちょ、ちょっと待ってくれ! その人って一体……それにリサちゃんは──』
「そういうわけだから。本当にごめんなさい、ロイ」
ロイの静止の声を無視し、ジェシカは沈痛な面持ちで受話器を置いた。
「……ロイという男もさぞ残念だろうな。せっかく想いを寄せていた女性が手に入るチャンスだったというのに」
「…………」
一連の会話を満足そうな笑みで眺めていたスペンサーに、ゴミでも見るような目つきを向けるジェシカ。それを見て、彼の傍に控えていた年若い執事のパトリックが口を開く。
「トレヴァー夫人。オズウェル様に向かってそのような無礼な態度を取って良いと、思っているのですか?」
「私の主人はアダム様ですので」
売り言葉に買い言葉。眉間に皺を寄せたパトリックが足を踏み出そうとするが、スペンサーが「構わん」とそれを止める。
「ところで君、月の物は来たかね?」
「は?」
藪から棒にデリケートなことを聞かれ、失礼なのはどちらだと憤慨するジェシカ。顔でそれが分かったのか、スペンサーは誤解を解くように手の平を見せて首を横に振った。
「ウェスカーチルドレンの娘達が来てから一ヶ月以上経つ中、君らはアダムから每日のように膣内へ射精されている。妊娠している者が出ていても何ら不思議はなかろう」
言われて、ジェシカはハッとする。今の今まで小さな恋人と愛を交わすことに夢中で忘れていた重要なことに、ようやく気づいたのだ。
每日あれだけの量、それにとても生命力に満ち溢れた精子を宿す精液を浴びるほど注がれれば、母体の方に問題がない限り妊娠は確実のはず。それに──
「……来て、おりません」
ジェシカはアダムと関係を持って以降、一度も生理が来ていなかった。
「そうか……」
返答を聞いて、何やら難しい顔をし始めるスペンサー。ジェシカがアダムの子を宿したとあれば、計画が順調に進んでいるということを意味するだろうに。
対するジェシカは、楽園にいながら台風の目の中にいるような心境だった。
アダムの子を妊娠したのだとしたら、それはもちろん天にも昇る気持ち、その場で踊って歌い出しかねないほど喜びに満ち溢れるだろう。
だが、同時に不安もある。まず、ただでさえあまり会話をしてくれなくなったリサがどう思うか。彼女は自分がアダムと毎夜セックスに耽っていることに気づいている。
自業自得だが、夫以外の、それも男児との蜜月を重ねて、その子供まで妊娠したと来れば親子の縁を切ると言われてしまうかもしれない。
そして、天才的頭脳と男気があるとはいえ、アダムはまだ五歳だ。知識では分かっていると思うが、自身の子供ができたと知ればきっと混乱するに違いない。
それでも、優しい彼は生まれる子を大事にしてくれるだろう。しかし、スペンサーから数年後には飛び級で大学に通わせるという話を聞かされている。これから様々な経験を得ていくという時期に、できればそのような余計な負担をかけさせたくはなかった。
「トレヴァー夫人。こちらを」
ジェシカがあれこれ考えている内に、パトリックがスティック状の何かを持ってきていた。そして、それをそのままジェシカへと手渡す。
「これは……?」
「まだMHRAやFDAにも承認されていないが、我が社が開発した妊娠検査薬だ」
70年代に入って検査技術が進歩したため、アンブレラは一般家庭での需要を鑑みて検査薬を開発していた。
その情報を産業スパイを通じて得たトライセルやH.C.F.といった競合企業も類似商品を開発しようとしたが、アンブレラ製のそれは信頼性も高く、結果が出るまで十五分と短時間で済む。競合企業は資料やサンプルは得られなかったためにそれ以上の性能を出せず、開発費をドブに捨てる形となってしまったのである。
使い方を教えてもらったジェシカは少々顔をしかめながらも退室し、レストルームへ。
しばらくして、彼女はしかめっ面を浮かない顔に変えて戻ってきた。
「ふむ、その顔を見ると、
「……っ! ど、どういうこと、ですか?」
気になる言い方をしたスペンサーをジェシカが問いただしてみると、どうもウェスカーチルドレンの娘達も生理が来ていなかったらしい。スペンサーは喜んだが、念の為検査薬を使わせてみると、例によって全員陰性だったのだという。
もちろん、生理が来なくなったからといって妊娠したとは限らない。だが、だからと言ってこうまで全員が同じ症状になるなんて、さすがに何かあるのではないかと疑わざるを得ない。
「オズウェル様。もしかすると、アダム様は……」
パトリックはその先を言わなかった。言わなくても分かるからだ。
無精子症なのではないかと疑っているのだろう。父親のスペンサーと同じ。あるいはそれに類する病気か。
そんなはずはない! と、ジェシカは声に出さず叫ぶ。
アダムの精液には確かに精子が宿っている。それもとても力強く活発なものが。ジェシカには知識はなかったが、愛ゆえかアダムの始祖の力の影響か、本能でそれを感じていた。
何より仮に無精子症だとしても、自分達に生理が来ない理由を説明できない。
「いや、それはないな」
スペンサーもパトリックの懸念を否定する。
現にアダムの精液は凄まじく濃厚な白濁色をしており、その中で精子は十二分に存在して活動していた。彼は自身が無精子症なのもあって、例の日に大浴場に散らばったアダムの精液を密かに採取し、検査して確かめていたのだ。
「もちろん母体の方も調べる必要があると思って、ウェスカーチルドレンは既に排卵機能などに問題がないか検査している。無論、問題はなかった」
無論ジェシカもリサを出産している以上、問題はない。つまり、現状は不明だということだ。
男女共に生殖機能には問題がないというのに、何とも奇妙な現象である。
「まあ、アダムは特別な存在だ。彼の子を妊娠するには、何か条件が必要になるのやもしれん。このことについてはこちらで調査を続けるから、君らは今まで通りセックスに励んでくれたまえ。いや、君が言うには、愛を交わす、だったかな?」
「……っ! 失礼します!」
計画に支障ができたかもしれないということで気落ちしているかと思えば、相変わらずの煽り文句。
顔を赤くさせたジェシカは踵を返し、足踏み荒くスペンサーのオフィスを後にするのだった。
☣ ☣ ☣
「……はぁ」
廊下の壁に背中を預けたリサは、淀んだ感情の混じった溜息を吐いた。
手に持ったモップを悪戯に動かし、下に向けた視線の先の床を怠惰のままに擦る。
あのレイプ事件からニヶ月、母は──ジェシカはおかしくなってしまった。
毎日のように仕事が終わる時間になっても部屋に帰って来ず、朝起きればいつの間にか戻っているという、いわゆる朝帰りを繰り返しているのだ。
隠れて脱出の手段を探っているというわけではないだろう。真夜中に監視カメラだらけの館をうろついていたりしてたら、こうして何事もなくいられるはずがない。
──あいつと、セックスしてるんだ。
それも強要されているわけでも、嫌がっているわけでもない。自分から抱かれに行っている。そうでなければ、元の生活で浮かべていた聖母のような笑みを見せたり、やつれていた肌が見る間に艷やかになっていったりするわけがない。
仮にそんな目で分かる変化がなかったとしても、リサには分かる。血を分けた娘なのだから。
母が女になっていく。女にされていく。自身の知らない親の姿を見せつけられて、ショックを受けない子供はいないだろう。
もちろん、ジェシカもそれを理解しているのか、部屋では精一杯母親としてリサに接しようとしていた。娘への愛情は、きっと今も変わっていない。
でも、同じくらい、もしかしたらそれ以上の愛情をアダムに対しても抱いている。
それに、あの日以来そのまま館に住み着いたウェスカーチルドレンという大勢の少女達。アダムは彼女らとも館中のありとあらゆる場所で情事に励んでいる。
朝、起床時に一発。シャワー中に複数の子と乱交。洗面所での歯磨き中にも一発。午前の勉強中や食事時は少女達に囲まれながら交代でフェラチオによる奉仕。午後の研究実験はそこそこに、論文を読みながら館内を練り歩いて、掃除当番の子達と労いセックス。そして、夜は母と密会。
これを每日だ。膣だろうがアナルだろうが、穴という穴で交わっている。朝の一番搾りなんて最初の頃は取り合いになって乱交に発展していたため、アダムと相談したジェシカが館の各所での当番制にしたのである。
リサはそういう知識は子供なりに持っているものの、男性が一日でどれだけ射精できるかなんて知らない。それでも、アダムが異常だということは十分に分かった。
つい先ほどだって精液にまみれた凄惨な現場に出くわして、こうして慌てて逃げてきたのだ。
彼女達は皆一様に率先してアダムの世話をし、お情けを頂ければ恍惚の表情を浮かべて彼への恋慕の言葉を繰り返しながら腰を振る。中にはリサより年下の子だっているというのに。
それほどまでにアダムは魅力的なのだろうか? それほどまでに気持ちいいのだろうか? あれだけ異常なのに、いや、異常だからこそなのかもしれない。
リサの意思とは裏腹に、思春期真っ只中の本能から湧き上がる性への興味は尽きない。
「んっ……」
モップの柄頭を股間に宛てがい、スカートの上から擦りつける。気づけば、こんな変態まがいなことをするようになってしまった。
あいつのせいなんだから! と、リサは鼻息荒くも心の中で言い訳を繰り返す。
「はぁ……はぁ…‥っ」
柄頭を押しつけ、ぐりぐりとスカート越しにクリトリスを刺激する。
元より、同級生からそういう話を聞かされる度に妄想オナニーに励んでいた彼女。そんな折にあんなものを見せつけられて、我慢しろと言われる方が無茶というもの。
「……っ、あっ!」
時折、力を入れすぎてズリッと上にずれてしまい、下着の内側で尖った陰核が弾かれて強い刺激がリサの身体を襲う。その度に声が漏れ、両脚を揺らす。
それでも飽き足らず、さらなる刺激を求めて柄頭をスカートに入れ、下着の上から女陰を擦り上げる。まるで誰かを求めるように、監視カメラの存在も忘れて自身を慰め続けた。
(……んっ……あぁっ、も、イキそ──)
絶頂に向けて、柄頭を擦る動きを激しくしていく。
そして──
「──おい、そこのメイド!」
横から苛立ちの含んだ声が投げかけられ、モップを取り落としそうになるリサ。
慌てて辺りを見回し、廊下の先で自分よりも少し年上の金髪の子が近づいてくるのを見て、ようやく自分が呼ばれたことに気づく。
「お前に聞いているんだ! メイドの分際でこの私を煩わせるな!」
えらく高圧的な態度だ。肩を震わせたリサは怯えながらも内心で眉をしかめた。
目の前の少女は先ほどまで走っていたのか、息を荒くさせたまま歩み寄ってくる。ボサボサに乱れた金髪。唇に塗っていたであろう赤い口紅は剥げ、身に纏う服は汚れの目立つ白スーツ。
そういえば、同じような風貌の者をたまに見かけたような覚えはあったが、遠目からだったためてっきり研究補佐員の一人かと思っていた。この様子を見るとどうやら違うようだ。
彼女はリサの目の前まで近づくと、辺りを見回して監視カメラの位置を確認し、口を開く。
「スペンサーの息子は今どこにいる?」
人に罵声を浴びせたと思えば、不躾にそう質問してくる少女。その横暴さからリサは素直に答える気にはなれなかった。
「……そ、それより、あなた一体誰? メイドでも研究員でもないなら、何でここにいるの?」
「メイド風情が知る必要なんてない! いいからさっさと教え────」
リサのささやかな抵抗に再び怒鳴り声で返そうとした少女だったが、途中でピタリと言葉を切り、唇に握った手を当てて何やら思案し始める。
「いや……いいだろう。その代わり、お前にも協力してもらうぞ」
少女──アレックス・ウェスカーは憎々しげに顔を歪ませながら語った。
彼女はウェスカー・チルドレンの一人で、他の娘達よりも遅れて到着したのだという。
例に漏れず、スペンサーからアダムへの奉仕を命じられたが、アレックスはそれを拒否。食料を盗みながら館中をしらみ潰しに調べ回り、ついに外へと続く玄関の鍵を見つけたらしい。
だが、手にしたばかりの希望はすぐに絶望へと振り落とされる。
鍵を使って館の外に出たアレックスを迎えたのは、生い茂った萌黄色の草原。そして、断崖絶壁の向こうに広がる大海原とさざ波の音だった。
そう、このスペンサーの別邸は絶海の孤島という箱庭に建てられていたのだ。
窓もなければ、波の音も防音性を高めた構造によって遮られていた。そのため、連れてこられた住人は一切気づくことができなかったのである。
「わざわざ仕掛けを解けば手に入るように鍵が配置されていたことからして、そんなことだろうとは薄々思っていたが……全く、どこまでも下劣な老いぼれ虫め」
「そんな……」
リサは膝から崩れ落ちそうになった。
実際に行動に出るようなことはできていなかったが、何度も母と一緒に玄関から脱出する夢を見てきたのだから。無慈悲な現実を突きつけられたかのような気分だ。
「それで、スペンサーの息子はどこだ?」
「ア、アダムなら、この時間帯は研究室の方にいると思うけど……どうして?」
リサは主人であるアダムのことを呼び捨てにしていた。そもそも母と違って主人と認めているわけでもないし、アダム自身も特に文句を言ってこないからだ。
アレックスはリサの問いを鼻で笑って答えた。
「これだから惨めな人生を送っている下等人種は……そいつを人質にするに決まっているだろう。そしてスペンサーにヘリを用意させ、この館から脱出する」
「……え? ひ、人質……?」
予想だにしていなかった返答に、リサは顔を強張らせる。
善良な子として育てられた彼女が思いつきもしなかった案だ。確かにスペンサーはアダムを溺愛しているようだったし、その方法なら上手くいくかもしれない。
「そういうわけだから、お前も協力しろ。成功すれば、特別に一緒に脱出させてやらなくもない」
紅の擦れた口端を歪めて誘いを持ちかけるアレックス。
「で、でも……私、お母さんも一緒じゃないと」
「ふん、あのメイド長とか呼ばれている女か。なら、その母親も連れてこい。娘が頼めば協力せざるを得ないだろう」
リサは唇を引き結んで思い悩む。
彼女の言う通り、母は逃げたいと言えば協力してくれるだろう。でも、そのまま一緒に逃げてくれるだろうか? もしかしたら、ここに残ろうとするんじゃないか?
いくら父親以外の者とセックスしていようと、母親は母親だ。ジェシカと別れるなんて、リサには考えられなかった。
「何を悩んでいる。私はお前があのアダムと関係を持っていないと見て、こうして誘いを持ちかけたんだ。お前は奴のことが嫌いなんだろう? 奴が憎いんだろう? だったら悩む必要はない。外には自由が待っているんだぞ?」
焦れたアレックスがその苛立ちを見え隠れさせながらも、心を揺さぶるような誘い文句で畳みかけてくる。
自由。誘拐されてきたばかりの頃であれば、飛び上がって喜んでいただろう。だが、今のリサにはなぜかそれが魅惑的な言葉に聞こえなかった。
「鳥籠から逃げるには、鳥が変わる必要がある……私と来るんだ」
アレックスのその自身にも向けたような言葉に、ハッとなるリサ。
固く引き結んでいた唇を離し、意を決して口を開く。
「……私、行かない」
次の瞬間、ゴッという鈍い音と共に視界がぶれ、リサは磨いたばかりの床に倒れ込んだ。
遅れてジワジワと湧き上がってきた痛みに、自分が頭を殴打されたことに気づく。思わず頭に手を運ぶと、触れた手には血がベッタリとついていた。
見上げると、包丁を右手に持ったアレックスが般若のような顔でリサを見下ろしていた。調理場から盗んできたであろうその柄で、リサの頭を殴ったのだ。
「この小汚い虫め! その惨めな人生さえも送れなくてしてやるッ!!」
優秀といえど未だ精神的に成熟していないためか、冷静さを失って怒りのままに包丁を振り上げるアレックス。
「きゃああぁぁっ!!」
──嫌だ! 嫌だ! 助けて、お母さん!
恐怖に瞼を閉じ、悲鳴を上げながら床に塞ぎ込むリサ。
何の抵抗もできず包丁でめった刺しにされる自身の姿を思い浮かべ、血だらけの視界の中で母に助けを求める。
だが、新たな痛みは一向に来なかった。
「──離せ! このっ!」
アレックスの喚き騒ぐ声を聞いて、リサは恐る恐る伏せていた顔を上げる。
彼女の包丁を持った右手は、後ろから誰かに掴まれていた。
「……ア、アダム?」
リサへの凶行を止めたのは、アダムであった。
冷たい目でアレックスを見上げているアダム。彼女はボサボサの髪を振り乱して暴れているが、掴まれた右手はビクともしない。明らかな体格差があるにも関わらず。その様は、まるで鎖に繋がれるのを拒む犬のようだ。
アダムは無言のままアレックスの持つ包丁を奪うと、彼女を壁に押し退ける。
吹っ飛ぶようにして背中を壁にぶつけたアレックスは膝を折り、床に尻もちを突く。
「ひっ……!」
向けられる銀色の切っ先。照明の光を受けてギラリと光る刃。
天才として周りからチヤホヤされてきた人生の中で、初めて向けられる死の矛先に喉から短い悲鳴を上げる。
「や、やめて……! 殺さないで……! 死にたくない! 死にたくない!!」
両手で自身を庇い、みっともなく五歳児に命乞いをするアレックス。
下半身からは、ショオオオ……という水の流れる音。どうやら、恐怖からか失禁してしまったようだ。
「……殺したりしないよ。イルマ、ヨナ。この人、研究室の倉庫にある猛獣用の檻に閉じ込めておいて」
「分かったー!」「……うん」
傍に控えていた二人──活発なイルマと無口なヨナはアダムに頼まれ、アレックスを研究室へと運ぶ。彼女は戦意喪失しているのか特に抵抗もせず、引きづられるようにして廊下の先へと消えていった。
アダムはそれを見送ると、溜息を吐いて包丁を近くにある美術品用の飾り台に置く。そして、床に倒れ込んだままのリサに向き直った。
「リサ! 大丈夫!?」
慌てて手を差し伸べようとするアダムだったが、途中でピタリとその手を止め、気まずそうな顔を浮かべる。
「ご、ごめん……」
彼は自身が彼女に嫌われていると知っていた。ジェシカを抱いてからというもの、一度も会話らしい会話をしていないのだから。
事実、リサは母を寝取ったアダムのことを良く思っていない。思っていないが……
「…………」
「と、とりあえず、ケガの手当てをしないと! ジェシカを呼んでくるね!」
その場を離れようとするアダム。
リサはその小さな背中に手を伸ばし、追い縋るようにして引き止めた。
「……リサ?」
アダムは不思議そうに首を傾げ、自身の服を掴むリサを見やる。彼女の顔は俯いており、その表情は伺えない。
「…………お母さんはダメ」
「あ、なら、他の子をよんで──」
それでも、リサは首を横に振る。
いまいち要領を得なかったが、どうもアダムに手当てして欲しいと言っているようだ。
「……えっと、じゃあ、ぼくの部屋が近いから、そこで待っててくれる? 救急箱を持ってくるから」
どうして嫌っている自分に? と思いつつも、そう言い残してアダムは廊下を走り去っていく。
「…………」
本当にできた子だ。もし彼が本当の弟だったら、自慢に思うだろう。
あの異常な性欲がなければの話だが。
リサはそんな素直な感想をぼうっとした意識の中で浮かべながら立ち上がり、フラフラと覚束ない足取りでアダムの部屋に向かうのだった。
後編となる次回は数日後に投稿予定です。
可愛い息子の精液を夜な夜な調べているスペンサーの姿を想像してお待ちいただければ。
話は変わりますが、最新作から遡って過去作のプレイや資料をまとめたりしてきたのもあって、VILLAGEや7など直近作の知識が初代並みに後ろへ追いやられているような気がしてます。
そんなバイオ初心者なので、何か間違った設定などありましたらご指摘いただけると幸いです(修正した上でそのまま話を進められるかは分かりませんが……)。