「艦娘カフェ? ですか?」
俺、石原紋太(いしはらもんた)はその単語にかなり惚けた返事を返した。
目の前のデスクに座った俺の直接の上司澤井編集長はうん、と頷く。
「そうだ、最近秋葉原の駅前で出店して大きな人気になっているらしい」
澤井編集長は煙草を燻らせながら俺を見る。
昨今、禁煙派に圧されている煙草だが、この大して広くもない編集部内では禁煙派の俺は唯一の存在。
その点では雑に扱われ、俺以外の6人の編集部内の人間は平気で煙草を吸いながらの仕事である。
「メイドカフェみたいな物でしょうか?」
「詳しくはわからんが、店舗は相当に広く、カフェを楽しむ場所もあるという話だ」
「編集長、それって取材しろ、って事ですか?」
「そうだ」
メイドカフェの取材!?
そんな事がウチの雑誌のネタになるのか?
大きな疑問が湧く。
「メイドカフェの取材がウチの雑誌のネタになるですか? 明らかに読者層が違うと思いますけど? そういう取材は系列誌に譲ったらどうですか?」
この編集部で扱っている雑誌はいわゆる事件や未解決犯罪を追うという物が主な物。
風俗系には滅多に切り込まない。
それも大人気のメイドカフェとは······
「メイドカフェじゃないよ、艦娘カフェ、かんむす、艦の娘だよ」
「どう違うかもわかりませんよ?」
「そこを調べるのが仕事だろう? あるタレコミでな、その大人気カフェにはかなりの金と経済人が絡んでいるという話があるんだ······そこで新宿の件を見事に成功させたばかりのエースの登場だよ」
「相当な金と経済人······ですか」
俺は口を真一文字に結んだ。
それならば単なるメイドカフェの取材ではない。
かなり下世話な記事になりそうだが仕事にはなるだろう。
だが口コミというのはもちろん確実ではない。
良くて半々、悪ければ7割が嘘というぐらいの確率なのだ。
しかし······
『まぁ、空振りでもいいか······大きな事件の取材を成功させたばかりだし、タレコミが間違ってたなら多少の事も編集長も見逃してくれるだろう』
俺はフゥと息をついた。
澤井編集長の言った新宿の件というヤツだ。
新宿に事務所を構える中堅代議士と銀行の幹部、都議数名を巻き込んだある事件を俺はすっぱ抜き、雑誌の部数は急増、親会社の出版社からも社長直々に感謝状を貰う程の成功を収めたばかりなのだ。
これは半年以上の苦しい取材とかなりの幸運に恵まれた物だが、大成功の後で少し燃え尽き症候群というか、気が抜けて次のターゲティングを決めかねていた所があったのだ。
まぁ、メイドカフェの取材で息抜き······それもありか。
「そういうトコって、サービスによっちゃ高いでしょ? もちろん経費ですよね」
そう確認すると、
「もちろんだよ、君のお陰で通常紙どころか、増刊まで刷って完売したんだ、取材にかかった費用なら君の名前があれば全部通すから······遠慮なくよこしてくれよ!」
澤井編集長はそう言ってニッコリと笑ったのだった。
翌日の火曜日。
俺は秋葉原に降り立つ。
昨日、アパートに帰ってからネットで「艦娘カフェ」について触りだけ調べたのだが、俺は何だか複雑な感情を抱いてしまっていた。
艦娘というのは先の太平洋戦争を戦った日本軍の艦船をモチーフにした娘達だというのだ。
実は小学生から中学生の頃に艦船模型にハマり、日本海軍の船も相当作った思い出があったのだ。
「三十路を迎えた俺にはこの国の萌えはわからんよなぁ、大和や武蔵から女の子は出てこんぞ、普通は······しかし今回はそれにハマった人間を演じながら取材をせんといかんのだからな、息抜きにならんかもしれんなぁ」
カジュアルシャツにジーパンという格好で俺は後頭を掻きながら、秋葉原の街に歩き出した。
「艦娘カフェ 秋葉原鎮守府劇場」
駅の近く。
劇場と名乗るだけに相応しい建物がそこにはあった。
4階建ての前面ガラス張りのビル。
開け放たれた広い入口。
入ってすぐの大ホール。
ホールから左手には広いカフェ。
右手には劇場用防音扉が3つ見える。
そしてホールの真ん中の両道エスカレーターからは吹き抜けの二階部分に上がれるようになっている。
「で······でけぇ、メイドカフェなんてレベルじゃねぇぞ?」
外から見るだけで相当な金がかかっている施設だとわかった。
ホームページは覗いたが、あまり前知識を入れても先入観が取材を阻むと触りだけしか調べなかった俺はそのスケールに圧倒された。
と、とりあえず入るしかない。
入口付近には幟が立ち、そこには航空母艦赤城とか、戦艦比叡などと書かれている。
それらを横目に俺は入口から劇場に足を踏み入れた。
簡単な取材な筈だ。
コスプレカフェの少女にハマった経済人か芸能人でも、ここの娘の一人にでも取材費握らせて聞き出しゃいいんだろう、そう思っていた俺はのっけからの予想外な展開がこれから続くのも知らずに······
「お疲れさまです、提督!」
て、ていとくぅ!?
若い女の子の声に俺は面喰らう。
入ってすぐのホールには周りに何人も他の客達や色々な格好をした女の子がいたので俺じゃないかもしれない、そう思ったが······
「こんにちわ、提督!」
セーラー服の少女が俺の前にクルリと回り込んできて、朗らかに笑う。
両方の伸ばしたもみ上げ、ちょこっとだけ後ろに結んだ黒髪。
可愛らしい印象を与える丸い瞳、幼げな顔立ち。
カワイイ······正直に思った。
「あ、は、始めまして、えっと」
「はじめまして、吹雪です、宜しくお願いします!」
挨拶と同時の狭い敬礼。
吹雪。
ふぶき、ああここの娘達は日本軍の船の名前がモチーフになってるんだっけ。
吹雪というのは駆逐艦だよな。
彼女も駆逐艦らしい小さな娘だ。
「吹雪ちゃんか、あのさ、俺今日ここに来るの初めてなんだけどさ」
「新任ご予約の提督さんですか? それとも次回予約かチケットをお求めですか?」
「え? すぐには入れない? 予約が要るんだ?」
「はい、基本的には······でも」
来店にも予約いるのか。
迂闊だったな。
すると吹雪ちゃんは耳にした小さなヘッドホンから口元にバーを伸ばし、少々お待ちください、失礼しますと俺に背を向けて何処かと話し始める。
手持ちぶさたになり周囲を見渡す。
広い。
このホールだけでも相当な物だ。
良く見るとホールにいる何人もの客の一人一人に女の子が各々ついているように見えた。
え!? 一人に一人女の子がつくのか?
そして······各々の女の子が全員レベルの高い可愛らしさなのだ。
「提督」
吹雪ちゃんがこちらを振り返る。
「えっと、なに?」
「提督がよろしければ、これから鎮守府着任案内コースを私、特型駆逐艦吹雪がご案内できますけど? いかがいたしますか? 本来ならばご予約が必要ですが······今日は特別です」
鎮守府着任案内コース?
なんだそりゃ?
そうは思ったが取材の初日が空振りに終わらず済みそうなのは助かる。
それに······予約もせずに来店してしまった俺に気を回してくれた吹雪ちゃんの笑顔が可愛かったのも即座に宜しく頼むよ、と答えてしまった大きな要因でもあったのだった。
「では宜しくお願いします」
吹雪ちゃんは丁寧に俺に頭を下げると、近くのまた違ったデザインのセーラー服の女の子に、
「新着任提督案内の任務に入ります、ホール哨戒宜しくね、村雨ちゃん」
と、声をかける。
「了解でーす、吹雪ちゃんが新着任提督案内にはいりまぁす! 新提督着任でーす!」
村雨と呼ばれた長く細いツインテールを両側頭部から垂らした女の子がインカムのバーを伸ばし、そうどこかに連絡すると······
「新着任おめでとうございます、宜しくお願いします提督!!」
広いホールの各所、いや隣のカフェ部分や2階、あらゆる所から沢山の女の子達の息のあった大合唱がホールに響き渡り、そこら中から拍手が鳴る。
壮観。
相手が商売をしているとは解っていても、視界内に何人もいる可愛らしい娘達の大歓迎に俺は年甲斐もなくグッとなってしまう。
「ようこそ! 艦娘カフェ秋葉原鎮守府へ!」
吹雪ちゃんのビシッとした敬礼と笑顔。
こ、こりゃ······手強いかもしれんぞ!?
予想外の規模、豪華さ、演出······そして、何かに俺は明らかに圧され始めていた。
続く