「今いるここが秋葉原鎮守府劇場の大ホールです、まずは皆さんこちらに来られます、各ご予約、劇場一般観覧、グッズ販売所のご利用のお客様をご案内する哨戒駆逐艦のみんながたくさんいますね」
「それにしてもでかいよね~、他の一流劇場のホールにも全然負けてないよな、凄いよ!」
吹雪ちゃんの説明にホールを改めてグルリと見渡す。
おべっかではなく本音。
2階にも吹き抜けているこのホールの迫力は圧巻。
「ありがとうございます! 入って右手側に見える防音扉が3つならんでいる先が大劇場です、今日は公演日ではありませんけど公演日にはホールはもっとごった返します、600人のキャパシティをもっています」
「大劇場? 劇場って事は劇をやるの?」
「はい、ミュージカルから艦娘達の激闘劇、日常のほんわか劇、ドタバタのお笑い劇まで様々です、コンサートだってありますよ」
「へぇ~っ、吹雪ちゃんは劇とかに出るの?」
「はい······まだ主演はないですけどね、歌も演劇もお稽古は毎日頑張ってます」
なるほどなぁ。
初めて聞いた時はメイドカフェのような形体の店だと思っていたが本格的な演劇芸能を軸にした場所なのだろうか?
まぁ、それも演劇の内容を観てみないとわからないが施設面から見れば本格的な劇団と言われても全く違和感がない。
「劇場内は覗けるかな? どんな劇場か観てみたいんだけどな」
「申し訳ありません提督、公演の無い日には舞台を使って稽古や演出家の方々と打ち合わせをしたり、舞台装置のセッティングをしているので、防音扉は鍵がかかっているんです、すいません」
「いやいや、それじゃあ仕方ないさ」
申し分けなさげに謝る吹雪ちゃん。
実年齢はわからないが、見た目は俺の半分と言っても良い容姿でセーラー服の女の子に謝られるというのは罪悪感が凄い。
話題を変えよう。
「あのエスカレーターは?」
「はい、2階のお土産やグッズ販売ブースになってます、後でご案内しますね」
ホールの真ん中から2階に伸びる登りと下りの2本のエスカレーター。
2階は物販のスペースという訳か。
「こちらへ」
吹雪ちゃんに先導され、大劇場への扉の前を通り過ぎて少し歩くと······
「こちらが小劇場です」
つきあたり1枚の両開きの防音扉の上に小劇場と書かれた部屋に案内される。
50程のシートが並び、奥に小さめの舞台のある部屋。
「小劇場か、しかしここでも演劇には十分な大きさがあるよね?」
「はい、こちらでは色々な実験的な面白い演劇や出し物、企画上映会とかがおこなわれます、私も本品目······あ、大劇場でおこなわれる劇では主演をした事はありませんけど小劇場での品目なら何度か主演をした事あります」
えへへ、と笑顔を浮かべる吹雪ちゃん。
何度も言うが照れくさげなトコもカワイイ。
小劇場はもしかしたらこの劇団(劇団かどうかはわからないが)では、2軍的な要素があるのかもしれない。
大劇場での主演を張る為の登龍門とか。
「吹雪ちゃんくらい可愛ければ大劇場でも映えるよ、きっと今もファン多いでしょ?」
褒め言葉ではない、目の前の吹雪ちゃんは下手なアイドルとかよりもレベルはかなり上だ。
「いえいえ、演技や所作とか戦艦や航空母艦、巡洋艦の先輩方からしたらまだまだです、暖かい提督さん達にたくさん応援してもらえてますけど、私はまだまだですね」
苦笑いを浮かべる吹雪ちゃん。
謙遜という感じよりも本人が本気でまだまだそう思っている様子が嘘がつけない真面目な性格を感じさせた。
これでもし裏で舌を出していたら······いやいや、無さそうだ、あって欲しくない。
「吹雪ちゃんが出てる劇っていうのはチケットを買えば見れるの? ぜひ観たいな」
「はい、出演予定があってサポートに回っている時がありますけど、宜しければ最後に案内させてもらいますね、この小劇場での案内になる事が多いですけど」
「構わないよ、それにこじんまりした劇場の方が距離が近くて吹雪ちゃんがよく見えるからさ」
「ありがとうございます、そう言ってくださる提督もいらっしゃいますし、私もここでの演劇も好きなんですよ、提督さんが近くて」
そう笑うと、トンと小さめの舞台の真ん中に立つ吹雪ちゃん。
「やっぱり舞台に立つだけで映えるや、女優だ」
「もう提督、褒めるのお上手なんですから、立つだけで映えるほどじゃありませんよ、それに女優でもありません」
「アハハハ、そんな事ないよ、俺嘘はつかない男なんだよ」
ちょっと褒めすぎたかな?
笑いを漏らす俺に吹雪ちゃんもクスっと控えめな笑顔を見せた。
「次はホールに戻って、艦娘カフェをご案内します」
ホールに戻る通路を歩きながら説明する吹雪ちゃん。
艦娘カフェ。
結構な広さのあったカフェだ。
ホールに出ると、先程よりも客が増えており何組もの女の子と客が楽しそうに話したり、中には手を繋いで歩いたりもしていた。
「じゃあ、カフェへ行きましょう」
「うん」
吹雪ちゃんに促されてカフェに入る俺達。
窓側はガラス張りの洋風の広いカフェだ。
テーブルと椅子が2つのセットが沢山あり、そのうちの3分の1程に女の子と客が座っていた。
「吹雪、ご苦労さま〜、新着任の提督もはじめましてご苦労さん!」
カフェに入った吹雪ちゃんと俺に話しかけてきたのは片目が隠れるくらいの長髪を後頭部に寄って結い下げて背中に垂らし、更に長く白いハチマキを巻いたエプロン姿の気の強そうな娘。
エプロンの下には吹雪ちゃんや先程の村雨ちゃんの様に制服を着ているが、この娘の制服はブレザー。
そして······この娘はエプロンの胸元に丸っこい平仮名で「あさしも」という文字と彼女自身をディフォルメしたイラストが描かれた缶バッチをしていた。
「はじめまして、君は朝霜ちゃんだね、吹雪ちゃんと同じ駆逐艦だ」
「え!? 提督、朝霜ちゃんを知ってるんですか? 私の事は知らなかったのにぃ?」
朝霜ちゃんの名前を呼んだ俺に吹雪ちゃんが少し悲しそうな声を上げると、
「吹雪、バッカだなぁ、提督は私のここを見たんだよ! ここ!」
朝霜ちゃんは自分のエプロンの胸元のバッチをトントンと叩く。
すると吹雪ちゃんは自分の胸元を触って、ハッとした顔をする。
「人気者はす〜ぐ色んな提督にあげちゃって、新しいのを付け忘れるんだなぁ、付けなきゃ長門さんに怒られっぞぉ! バッチつけるのはルールだからな」
「そうなんだぁ、付けてれば俺も吹雪ちゃんの名前すぐにわかったのになぁ〜」
「わぁ、本当にごめんなさい、提督が次に来店された時は必ずバッチプレゼントしますからぁ」
ノリの良い朝霜ちゃんに乗っかって吹雪ちゃんをいじってしまうと、吹雪ちゃんはオタオタペコペコして、更に可愛さを増す。
そうか······バッチかぁ。
そうでもしなきゃ、これだけ女の子がいたら覚えられないよなぁ、いや覚える強者も当然いるだろうが。
ホールとかにたくさん女の子がいるもんな、こういう物があれば便利だ。
「早く席案内して上げなよ」
「は、はい、提督、こちらのテーブルへいきましょう」
朝霜ちゃんに急かされて、吹雪ちゃんは俺をテーブルに案内する。
「注文決まったら呼んでね、ごゆっくり~」
俺たちに手を振る朝霜ちゃん。
でも良く見ると朝霜ちゃん、体つきはそんなに出るところがある訳じゃないけど、脚が長めでスラッとしている、さっぱりしてそうな性格もあって、きっと人気あるんだろうなぁ。
そんな事を考えながら俺は吹雪ちゃんとテーブルに向かい、
「どうぞ、提督」
「あ、ありがとう」
丁寧に椅子まで引いてもらって着席。
私も失礼しますと吹雪ちゃんは俺の正面に座る。
「さぁて、俺もお腹が少し空いたな」
「はい、こちらがメニューです」
「何から何までホントにごめんね」
「いえいえ」
テーブル脇から取り出し、こちら向きに差し出してもらったメニューを見ながら仕事とはいえ吹雪ちゃんのお気遣いに感謝してしまう。
さてと······
メニューは割とオーソドックスだ。
誰々が考案した、とか誰々がお気に入りとか書いてあるメニューとか、あるが軽食喫茶のそれである。
まぁ······お値段が相場よりかなり高く設定されているのは世に言うコラボメニューというヤツか。
それに文句を言っても仕方あるまい。
「この中には吹雪ちゃんの考えたメニューとかはないのかな?」
「あ、それはないですね、コラボメニューとか私にはまだまだです」
そういうのが企画されるのは人気がある順なのか?
ここまで気遣いも出来てカワイイ吹雪ちゃんがまだまだというのは抵抗があるが······
「じゃあ、オススメとかある? 少しお腹が空いたから少し食べたいんだけど」
メニューには写真がついてはいるが、ここは吹雪ちゃんのオススメを聞こう。
そうですねぇ、と考え始める吹雪ちゃん。
うん、真面目だ。
「赤城さんオススメ、ご飯をたくさん食べましょう定食はいかがですか? 肉じゃがとカルビ焼肉、そして納豆とお味噌汁の定食でご飯のおかわり自由となってますよ
、とにかく食べたい方に満足いただけます」
「確かに······」
吹雪ちゃんの指したメニューに頷く。
とにかく沢山のご飯が食べたい定食だな、お値段は1800円。
決して安くはないがお腹いっぱいにはなりそう。
「定食のご注文の提督には手書きのミニ色紙が付きますよ、誰のが当たるかはランダムです」
「手書きなんだ、大変だねぇ······吹雪ちゃんのミニ色紙もあるのかな?」
「はい、ミニ色紙はありますよ、所属艦艇のほぼ全員がありますから当たる確率は低いですけど」
なるほどな。
かなりお高めの定食も手書きのミニ色紙が付くのなら許せてしまうかもしれない。
でも······
「ここまでは食べるつもりないから、今日はこのえび天うどんとおにぎりのセットでいいよ」
お値段1200円。
こんなところだろう。
「わかりました、じゃあ朝霜ちゃんを呼びますね」
「待って吹雪ちゃんも何か頼みなよ、俺だけ食べてるのもなんだしさ、当然持つから」
「いえいえいえ平気です、私はちゃんとご飯食べてますから! お気遣いなく」
普通はこういうの断らないよね?
吹雪ちゃんの商売っ気のなさが微笑ましいくらいカワイイ。
「食べるのが何なら飲み物だけでもさ、スイーツだっていいよ、ほんと俺だけ食べてるの抵抗あるからさ、ね?」
「ん〜、じゃあオレンジジュースを貰います、ご馳走様です」
こう勧めてもドリンク類の中でも安いオレンジジュース(しかし500円となります)を頼むあたりが生真面目というか、なんというか。
俺にもう一度ご馳走様です、と頭を下げてから朝霜ちゃんを呼んで注文を済ます吹雪ちゃん。
うーん、生真面目さん。
「揚げたてのエビをのせてくれるそうです、15分くらいで来ると思います」
「わかった」
吹雪ちゃんに告げられて俺は頷く。
15分か。
だいぶ歳下の可愛らしい娘達や施設に圧倒されたが俺には本来の目的がある。
この店、いやもう大型劇団と言ってもいい団体の調査。
それも表の顔の取材ではない、あるという噂の裏の顔を探ってこいという物騒な物だ。
もちろんそんな目的では記者の身分は明かせないから、警戒を抱かせないように情報を聞かなければならない。
「ねぇ、吹雪ちゃん?」
「はい?」
「ここってスゴイ本格的な劇場だよね、それで君達はここの劇団員という事でいいのかな?」
別段に突っ込んだつもりも無い質問。
段階を経て、探りを感じさせないようにしなければ。
そんなつもりだったのだが······
「いえ、私は劇団員じゃありませんよ」
え!?
意外な吹雪ちゃんの返答。
これだけの規模と施設を持つ劇団に所属していて劇団員じゃない? じゃあ······
「ええっと、ここ所属の俳優さんとか女優さんと言ったほうが良い?」
大して意味の差は無いだろう?
こういう呼び方にこだわるのかな?
しかし······
「そのどちらでもありません、それにさっき小劇場でも私は女優ではないと言いました」
吹雪ちゃんの声に僅かに、ほんの僅かにだが険を感じた。
小劇場でも?
ああ······確かに女優ではない、と言ったがアレは彼女らしい謙遜じゃなかったのか!?
少しだけおかしくなった。
この態度、この態度になにか、なにか違和感が拭えない。
ここ数時間引っ込んでいた俺の事件記者の嗅覚が突如作動しようとするが······
いや変な勘繰りのしすぎだ。
まだおかしな会話ではない。
「じゃあ吹雪ちゃんの正式な立場は何になるの?」
「それは決まってますよ」
俺の正面に座る彼女はゆっくりと顔を上げて視線を合わし、
「私は帝国海軍特型駆逐艦1番艦の吹雪です、他の何でもありませんからね提督」
と、スッと微笑んできた。
その顔にはもちろん険なんて微塵もない。
ホッ······そういう事だね。
そういう決め事を大切にするんだね?
劇団員とかいうのは野暮なのか。
吹雪ちゃんは吹雪ちゃん。
そういう事か。
しかし、どこか······
ドンッッッ!!
その時、俺の目の前に物凄い勢いで何かが振り下ろされたのだった。
続く