「いよいよ今日だな」
金曜の朝。
アパートの部屋で俺は目を開けた。
部屋に居る時はかけっぱなしのエアコンの温度が低かったのか少し寒い。
時刻は午前9時。
艦娘カフェの観覧コース昼の部の集合時間は午後1時30分だからまだ余裕はかなりある。
自宅のアパートから艦娘カフェまでは徒歩の移動時間を含めても1時間はかからないのだ。
「なんか落ち着かないな」
遊びに行くわけではない。
極秘の取材ルポだ。
今までも大物議員やアンダーグラウンド系の人間を取材してきた経験があるのでそれよりもカフェのサービスの取材は相当に気軽な筈なのに。
「やっぱ女、それもあそこまで年齢が離れると意識するな」
せんべい布団から上半身を起こし、首をブルブルと振る。
カフェにいた女子達は皆が可愛らしいルックスをした30を越えた俺よりも遥かに若い娘たち。
正直な事を言ってしまうと、ここまでの人生で女性経験が殆ど希薄だった俺には大物議員やアンダーグラウンドの人間の方が慣れている。
いや、もっと素直になれば友人に紹介してもらった風俗で2回ばかり経験があったがそれ以外はもう何年も女子との身体の関係はない。
「変に意識すんな、この間のもサービスだ、サービス、相手にとっちゃ俺は金を運んでくる客でしかないんだぞ!? それにあそこは風俗でもない」
落ち着かない自分に言い聞かせる。
吹雪ちゃんと話していた間はそこまでペースは乱れなかった。
確かにアイドル並みに可愛らしい歳下の健気な娘、艦娘カフェの予想外の規模、そして特殊な形態に戸惑いはしたが冷静に取材対象として観れていた筈。
だったのだが。
二階の販売ブースである等身大タペストリーを見てから······何か狂った。
吹雪ちゃんに次回の来店予約の説明を受け、俺は迷わずにその衝動に駆られるままにその艦娘との観覧コースを申し込んでしまったのである。
それが蒼龍という艦娘。
その後の帰り際、更にその艦娘蒼龍の不意打ちとやや過激なコミュケーションを受けてから1週間、俺は彼女につい口にしてしまった一目惚れという人生で初の病魔にすっかり冒されてしまったのだ。
先程呟いたように相手が当然仕事である、と解っている筈なのにである。
「と、とにかく取材なんだ、蒼龍ちゃんが表向きだけでも親しげにしてくれればやりやすいに越した事は無いんだからな!」
そんな事を言いながらも、軽くであるが彼女に抱きつかれた時の豊かで柔らかい二房の双丘の感触を思い出し敏感な反応を示す愚息に気づいてしまったのである。
「よし」
数時間後。
先週以来の秋葉原駅から街並みに降り立つ。
時刻は1時。
駅から艦娘カフェ秋葉原鎮守府には数分もかからないので遅刻のしようはないが、何があるかわからないし、二桁万円に近い金額をもう払ってしまっている予約なのでこれくらい早くてもいいだろう。
もし早いならカフェの外で待てばいいだけだ。
俺は真っ直ぐにカフェに向かって歩き出す。
ホントに駅から歩いて数分、いや数十秒でその威容と言ってもいい建物に着く。
「艦娘カフェ 秋葉原鎮守府劇場」
何度見ても立派だ。
4階建ての劇場ビル。
昨今の不況などもあって落ち着いてきたとはいえ秋葉原は都内有数の物件であり、借りるにしても買うにしてもこの規模にもなれば······
『そう考えると政財界の大物が、という編集長の話も眉唾扱いには出来んよな』
俺は自分の成さなければならない仕事を思い出し唇を結ぶのだった。
1時4分。
観覧コース予約から30分早く着く。
ホール内は盛況だ。
遊回コースを艦娘と仲良く歩く者、ホールの隅の並べられた机で次回予約について艦娘と話す者、連れ添って2階に上がっていく者。
殆どが鼻の下を伸ばす全員が提督という事だね。
俺も立場は変わらんが。
「そこの提督、今日は何の任務じゃ? とりあえずわらわが受付しようか?」
ホールを見渡して直ぐ。
一人の少女が俺の目の前にスッと立つ。
わらわ?
変わった一人称だがこの素早い客への反応は流石。
その娘が俺を相手したとなると、周りのフリーの娘達はさり気なく引いていく。
入ってきた提督への対応と受付。
これが吹雪ちゃんの言っていた哨戒中の駆逐艦という娘なんだな。
初日は俺はこれで吹雪ちゃんが来てくれた訳だ。
「どうした? 提督、今日は予約はしておらんのか? それとも新規登録提督か? ならば案内するぞ?」
白いワンピースセーラーに身を包んだ長い髪を後ろで大きく結き、大きな瞳に麿眉が印象的な艦娘。
口調は吹雪ちゃんより大分偉そう。
「あ、いやいや、今日は観覧コースの予約済なんだよね、でも早く着いちゃったんだ」
「ああ、そういう事か」
後頭を掻く俺に彼女は持っていた扇子を自分の顔に軽く当てた。
何だか貴族な娘だな。
「ならばコース案内は1時30分からじゃな、まだ無理じゃ」
「早すぎるね、外で待ってるかな、近くになったらまた来るから」
まだ20分以上ある。
やはり早い案内は無理なのだろう、俺は踵を返そうとしたが······
「なぜそうなる? 折角予約を済まして来た提督をこの熱暑の外に放り出せるか、案内はこの初春型一番艦初春が承ったからこっちに来ると良い」
初春と名乗った少女は俺の手をクイッと掴む。
「え!?」
柔らかい。
そして······掴み方が優しい。
「案内ができる時間までわらわが暇潰しの話し相手になろう、ホールの隅の立ち話じゃがこの酷暑の外に戻るよりはよかろう?」
話し方は貴族娘だが······
ね? そうしよう?
とでも言いたげに首を傾げてくる彼女。
「そりゃ願ったりだね、暑い外に一人で立ってるより涼しい所でカワイイ娘と話して待っていた方が何倍もマシだよ」
一も二もなく、そんな軽口で返した俺だったが。
内心は彼女のそんな仕草と気遣いに相当にグッときていたのだった。
続く