ホールから伸びた通路の行き止まりにある両開き扉の前で初春ちゃんは足を止めた。
「ここが観覧コースの提督の待合室になる、中に入ると名札のついた席があるから座って待っているとよい、蒼龍先輩が来てくれる筈じゃ」
「ありがとう」
「でわな」
礼を言った俺にコクリと頷き、初春ちゃんはホールに帰っていく。
また周りの駆逐艦の艦娘達と哨戒というホール係に戻るのだろう。
「初春ちゃん」
俺は彼女を呼び止める。
ピタリと足を止め振り返る初春ちゃん。
「君のグッズ買うからね」
その言葉に彼女は口元を僅かに緩めて見せてくれただけだったが俺にはそれで充分だった。
両開きのドアを開けて入った待合室。
そこは明治からの名館の一室を思わせるような豪華なカーペットに調度品、装飾のされたかなり広い部屋であった。
『こ、こんな所にも金がかかってんなぁ』
第一印象はそれ。
その待合室に見合ったような一人掛けソファーが各所に置かれ、その上には名札が立っている。
『座って待ってろ、って事だな』
名札に自分の名前を探す。
ソファーは規律よく並べられている訳ではなく、広い部屋の各所に点在している。
提督同士の無用な干渉やプライバシーの侵害を防ぐためであろう。
ソファーは全部で20ほどはあり一回の観覧コースの定員はそのくらいという事か。
『ペンネーム欄にも本名かいちゃったからなぁ』
赤城さん親衛隊長提督。
陸奥最愛太郎提督。
他のソファーには如何にもというペンネームが書かれているのを見て俺は思わず頭を掻く。
『お、あったあった』
石原提督。
そう書かれた名札の付いたソファーを見つけて座る。
座り心地のいいソファーだ。
ここに蒼龍ちゃんが迎えに来てくれるんだよなぁ······
そんな事を考えていると、
「提督、待たせたね!」
両開きのドアが開き、セーラー服姿のショートカットの女の子が俺の近くに座っていた提督に軽い足取りで歩み寄っていく。
『あの格好······』
その艦娘はセーラー服ではあったがそれだけではない。
軍艦を思わせる装備品を色々と付けていたのだ。
あれは吹雪ちゃんの言っていた艤装だ。
「最上ちゃん、会いたかったよぉ〜」
ソファーから立ち上がる俺よりも少し歳上っぽい提督。
最上ちゃん!?
お前、名札陸奥最愛太郎だぞ!?
いいのか?
「アハハハ、陸奥提督の観覧コースは2回目だよね? ボクちゃんと覚えてるよ」
「ありがとう~、これからはもっと指名するからねぇ!」
最上······重巡だったな。
プラモデルを作った記憶がある。
有名な航空巡洋艦。
でも最上ちゃんの艤装は航空甲板が無いから改装前の設定なのだろう。
ボクという一人称が似合うショートカットの可愛いボーイッシュ娘。
しかし······浮気すんなよ、陸奥提督。
ツッコミを入れない最上ちゃんもプロだ。
「早速、撮っていいかな?」
「もちろん、劇場に入らないといけない時間までは自由にいいよ」
陸奥提督が取り出したのはスマホではない。
見た目も気合が入っているのが判るごっついカメラ。
「ポーズ取るからね、言ってね!」
愛想の良い最上ちゃんと陸奥提督の二人だけの即席撮影会が始まる。
へぇ、そんな事も出来るのか。
そんな様子を見ていると、他の提督の元にもそれぞれ指名した艦娘がやってくる。
広い部屋の各所で推しの艦娘と会えた提督たちが挨拶を交わし、中には陸奥提督の様に撮影会を始めたり、中にはプレゼントを渡したりしている提督もいる。
共通して言えるのは皆が推しの艦娘の前でデレデレしているという事か。
『まぁ、俺も人の事言えないよなぁ······』
確かに仕事ではある。
でも······
「て、い、と、く!!」
ビクンッ!
背後からかけられた声に背筋を伸ばしソファーから跳び上がるように立ち上がって振り返る。
そこには笑顔の彼女がいた。
蒼龍ちゃん。
短めのツインテールに緑の着物、蒼い袴。
そして弓と矢筒に飛行甲板の艤装。
「あ、蒼龍ちゃん······こんにちわ、に、似合うね」
「こんにちわ、ありがと! 撮る?」
「いいの?」
「もちろん」
嬉しいサービスに胸ポケットからスマホを取り出し蒼龍ちゃんに向ける。
何枚か撮っている間も彼女は色々なポーズを取ってくれた。
やっぱり、やっぱり······好みだ、カワイイ。
「スマホいいかな?」
「え? あ、うん」
蒼龍ちゃんが手を伸ばしてきたので素直にスマホを手渡すと、彼女は俺に近づいてきて、
「もっと近くによって、一緒に撮ろ?」
と、身体を俺に引っ付けてスマホを掲げる。
彼女も意識したわけではないだろうがその声色は俺には凄く色っぽく聴こえ焦る。
蒼龍ちゃんに合わせて俺はやや中腰になった。
身長はあまり高くないな。
それでこのプロポーションは反則。
身体を寄せられつつも俺はそんな事を思い、赤面してしまうのをどうにか抑える。
「はい、撮ろうね〜! いくよぉ!」
「あ······うん」
パシャリ。
「はい、彼女に見つかるなよぉ」
悪戯っぽくクスクスと笑いながらスマホを返してくる蒼龍ちゃん。
「いないから平気だよ」
「そうなんだ? 顔立ちとか私はいいと思うけどなぁ、彼女いないのかぁ~」
居ません。
なんて顔をしてよいか迷うな。
でも蒼龍ちゃんに見栄から嘘はつけなかった。
そして······
「いないのかぁ、私はいいと思うのになぁ~」
リップサービスに違いない、違いないのに自分の唇に人差し指を当てながらの蒼龍ちゃんの呟きが俺にはとても嬉しかった。
続く