※この作品はR-18です。

トリアージX ~龍を統べる者~   作:ハルカ

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九年前、任務を与えられた、誠児、友子、光姫で構成されたアンプルゼロの三人。

雷鳴の轟く夜、向かった先にいたのは……


鬼子と死龍の邂逅

≪現代≫

 

閃光と共に、轟くような雷鳴が建物内に響き渡る。上等な設備を見れば、少し前までしっかりと稼働していた工場だったと推察できる。カツンカツンとブーツの足音が鳴ると同時に、二度目の雷鳴がとどろき輝くと、ビクリと驚きながら自らを抱きしめる人影があった。

 

「ビッックリしたぁ……あーもー! 本当に雷ってイヤ! 嫌な雰囲気だし……」

 

ミニスカートにノースリーブのジャケット、迷彩柄のフードと言った恰好の彼女は、未だに二十歳になったばかりと言った若い女性だった。背丈も低く、どちらかと言えば幼さのある身体つきをしている。濃い色の髪を頭の上で結び、眼鏡をかけて悪態を吐いている。もう少し年を重ねれば、スレンダーな美女と成長するだろう。

 

そんな彼女の隣を、黒いコートと鋭角的な手甲に身を包んだ少年だった。背は女性よりも高いが、顔立ちには幼さが残っている。雷に怯えている彼女を見ながら、口元に楽しそうな笑みを浮かべながら前を歩いている。

 

「雷を怖がるなんて、光姫さんも可愛いところあるんですね」

 

「はぁ? それって喧嘩売ってるのかしら、誠児くん?」

 

「あ、あはは……すいません」

 

軽口を叩いた誠児に女性、光姫がどすの利いた声音で睨みを利かせる。それだけではなく、構えていたライフルの銃口まで向ける勢いだ。流石にこの至近距離で反骨精神を輝かせようとは思わない。お手上げのポーズを取りながら、乾いた笑いを返した。

 

剣光姫と言う名の彼女は、友子と同じく望月の元で悪党を摘出する殺し屋の一人であり、誠児のもう一人の同居人でもある。友子と誠児を前衛とするならば彼女は後衛。遠、中距離からの射撃を得意としている。

 

『騒がしいわよ光姫。お化け屋敷みたいで楽しいじゃない』

 

「だから嫌なのよ。アンタみたいな無神経と一緒にしないで、友子」

 

インカムから声が聞こえ、光姫が反応しながら文句を返した。別ルートでこの研究所を探索しているもう一人の仲間、友子の声だ。その声は当然ながら誠児にも届いており、再び乾いた笑いを漏らしながら腰に下げられた打刀に手を添えていた。それは、先日の実験戦闘において使用されていたもので、軽量化は未だに成功していないが、実用面で言えばこれが正解だ。

 

『医療従事者たるものが、お化けなんかこわがるもんですか』

 

「言えてますね。オマケに毎晩悪党退治してるんだから、怖がってたらキリがない」

 

軽く聞こえてくる友子の声に誠児が同意すると、後ろを歩いていた光姫が小さく唸った。この三人の中で最も一般人に近い感性を持つのは彼女だ。友子のように楽観的な見方をすることも、誠児のように変な角度で割り切ることも出来ない。

 

「医者とか、夜の仕置き人である前に女の子です! 誠児くんも、友子に感化されるんじゃないの!」

 

ギャンギャンと怒鳴る光姫を宥めながら誠児が周囲への警戒を研ぎ澄ませる。閉鎖された化学工場は、光姫でなくとも不気味に感じてしまうだろう。そんなところに足を踏み入れ、こうして完全武装で探索をしているのには、当然ながら理由がある。

 

「で、あのイカレた眼鏡がどこにいるんですかね」

 

「イカレた眼鏡じゃなくて、東郷至よ。慎一郎と並んで、望月先生の片腕と呼ばれた天才の、ね」

 

そう、三人がこの研究所を訪れたのは、東郷至と言う名の研究者を拘束するためだ。D99と呼ばれる未知の薬を持ち出して行方をくらませた男を、野放しにしておく理由はない。命を取り留めるだけでなく、適合者に超人的な力を与える薬は、それと同時に大きな危険性をはらんでいた。

 

「それにしても、なんで彼が……慎一郎は何か理由があるはずだって言ってたけど……」

 

『理由なんて後で聞けばいいわ。何としてもD99の流出を防がないと』

 

インカム越しに友子の声が僅かにひりつくのが分かった。相手は様々な機密に触れてきた、組織の中枢を担う研究者だ。誠児も同じように考えていた。何としても早期に東郷至を探し出し、捕らえなければならない。それが死体であれ、生きている状態であれ、だ。カチリ、と打刀に手を添える誠児の警戒が限界まで広がる。すると、その網の中に何かが引っ掛かる。

 

「光姫さん、友子さん……いました」

 

出来るだけ音を立てないよう鯉口を切る。世闇に揺れ、雷光に反射した鋼が煌めく。光姫も先ほどまでのような喧しい女性ではなく、息をひそめる暗殺者へと変わった。ユックリと向かう道の先にあるのは、なぜか灯りのついたままの部屋だ。しかしながら話し声どころか、誰かが動く気配も感じ取れない。半開きになっていたドアを開け、中へと歩を進め、それがなぜか理解できた。

 

「ちょっと待っててね誠児くん。友子に連絡するわ」

 

「そう、ですね……これは必要です」

 

部屋には死体が三つあった。一つは資料で見せられた東郷至のもの。長い髪を一本でまとめた眼鏡の優男だ。写真で見たときよりもやつれており、無茶な研究を行っていたことが見てとれる。

他には男と女が一人ずつで、どちらも見たことのない顔だ。研究のために雇ったのか、外部の協力者か。それらもこれから調査すれば分かることだろう。

 

「これは……日誌か?」

 

荒らされた形跡のあるデスクに置いてあった日誌を少しだけ捲り、中身を確認する。やはり東郷至はD99の研究を進めていたようだ。全てを理解するまでは出来ないが、それだけは分かった。いったい、何がこの男をここまで駆り立てたのだろうか。

 

そうページを捲っていた時、とある一文が目に入った

 

「精神に問題……成長に異常……副作用……被験者……ッ!」

 

読み進めていくうちに誠児の視線が部屋の各所へと向けられた。ここにある死体が、生前に使っていたとは思えないような家具に、クレヨンか何かで書かれたと思われる落書き。被験者がどういった類の人間なのか推察できる。打刀をしまい、踵を返して走り出す。

 

「光姫さん、これお願いします」

 

「ちょ、誠児くん! どこに行くの!」

 

「もしかしたら、もう一人ここにいます」

 

そう短く言い放った誠児が駆け出す。気が付けば既にその姿は見えなくなっていた。困惑しながらも部屋の状況を確認した光姫は、日誌を見ながら息を呑む。そこにあったのは恐怖か、軽蔑か。少なくとも彼女は、死体となった東郷至を見る光姫の視線は、友好的な色を宿してはいなかった。

 

「友子、気を付けて。この建物、何かがいるわ」

 

     **********

 

友子は光姫からの報告を聞いていた時、誠児は建物内を駆け回り、日誌に記されていた被験者を探していた。手は打刀に添えられ、いつでも抜き放てる状態だ。ここに足を踏み込んだ時以上に警戒心を高め、精神を研ぎ澄ましていく。

しかしその中には、僅かなノイズが残っていた。もしも、この建物内にもう一人が潜伏しているとしたら、きっとそれは自分と同じ存在だ。

 

「クソ、余計なことばっかり考えちまう……」

 

舌打ちをしながら練り歩く。ブーツの底が小さな音を立てる。外では雷が鳴り響き、落雷で建物内に灯りが差し込む。そのせいで、暗がりとなっていた廊下が一瞬ながらも良く見えるようになった。いや、よく見えてしまったと言った方が正しいだろう。

 

四つん這いになる黒い影。青みがかった長い髪が特徴的で、フリルの着いた可愛らしい服を着ている。しかしそれよりも先に目が行くのは、両腕を覆っている鋼の籠手だ。

誠児が纏っているモノとは違い、それ自体が攻撃と防御を目的としている兵器なのだろう。

グルル……と唸る影は、恰好や背丈を見るに少女のものだ。誠児と同い年あたりだろう。

 

「話は……できそうにないな……」

 

声をかけるよりも先にそれを察した誠児が鯉口を切り、ギャリンと鋼を鳴らしながら刃を引き抜く。それに反応した獣が、爪をタイルが敷かれた床に突き立てながら顔を向けてくる。その顔は見えない。歪で不気味な、ケダモノを模したであろう仮面で隠れていたからだ。

 

「なるほど……ほんと、嫌になるくらい重なるな……」

 

恐らく今の彼女には正常な意識はない。そもそも、D99の被検者になったせいで、そんなものが残っているのかどうかも分からない。超人と呼ぶに相応しい身体能力を得た弊害だろう。その苦しみを、誠児は嫌と言うほど知っていた。

 

「いいぜ、来な……」

 

だからこそ、自分が止めなければならない。そう言うかのように誠児が打刀を下段に構える。目の前にいるのは、一年前の自分に近いナニカだ。己を見失い、見失ったことすらも忘れようとしている。ここで逃がしてはならない。

 

それはつまり、誠児の敗北に他ならないからだ。

 

獣と、龍が対峙する。

 

「グラゥ――!」

 

駆けだしたのは獣が先だった。床が陥没するほどの脚力で駆け出し、一秒もしないうちに距離を詰めてきた。紙一重で襲撃を避けた誠児が一歩下がると、空ぶった拳が床を砕き、飛び跳ねながら再び襲い掛かってくる。

 

今度は避けず、前に出た。剣先が床を斬りつけ、刃が逆袈裟に振り上げられる。鋼色の残光を描いた一撃が拳を弾き、獣を仰け反らせれば隙となる。誠児はそれを見逃さない。

 

「ゼァッ!」

 

気迫を乗せた振り下ろしから連なる三度の斬撃。剛の剣と呼ぶに相応しい威力を誇り、並みの相手ならばそれだけで決着となる速度で放たれた刃。だがしかし、それは獣が交差した腕によって防がれた。装甲に亀裂が入り、衝撃で獣の身体が浮いて後退するが、刃は中の肉までは届いていない。

 

「浅いな……だったら次は」

 

もっと深く踏み込む。

 

息を吐いた誠児が打刀を肩の位置まで持ち上げ、剣先を向ける構えを取った。霞の構えと呼ばれる。

 

ソレを見た獣は、グルルと低い唸り声を上げながら少しずつ近づいてくる。

 

ガキリと歯を喰いしばった誠児が駆け出す。引き絞った身体から放たれるのは、殆ど地面と平行になりながらの打突だ。空気を裂き、迷うことなく心臓を突き刺す直線を描いている。弾丸の如く襲い掛かる誠児に獣が反応し、身体を反らして何とか避ける。

 

「ギ、ガァ――!」

 

刃が仮面を掠め、前に進もうにも全身に響く剣圧に気圧されて膝を着く。追撃は止まらず、角度を付けた打刀を誠児が振るう。両腕でガードしても衝撃までは緩和しきれず、獣が仰け反り呻く。

 

「これで……」

 

振りぬかれた刃が返され、放たれるのは休む暇も与えない燕返しだ。ガードが中途半端に上がった今ならば、確実に深い一撃を与えることが出来る。

刹那――

 

「グラァ!」

 

獣が吠える。身体を捩じりながら拳が放たれ、誠児の打刀を殴りつけた。籠手と刃がぶつかり合い、火花が散った。このまま腕を斬り飛ばそうと力を調整するがダメだ。腕力と反射速度に追い付けず、刃が弾かれる。打刀を振るった腕が痺れ、真面に力が入らない。

 

「なんつう、怪力……ッ!」

 

舌打ちをしながら鈍痛に耐える暇もなく、獣の爪が誠児の脇腹を抉った。

 

肉を裂き、骨を砕く。

 

内臓まで辿り着かなかったのが奇跡だ。血反吐を吐きそうになりながら何とか耐え、柄頭を躊躇なく獣の脳天に叩き込む。

 

仮面とぶつかる金属音が通路に響き渡り、多少の効果はあったのか獣がグラリとたたらを踏んで仮面越しに額を抑えた。

 

「グ、ウゥゥゥ……」

 

「ッはは……怒ったか? 少しは人間らしい所が見れて良かったよ」

 

ダメージを隠すための強がりだった。咄嗟に筋肉を締めたおかげで出血は見た目ほどではないが、痛みは記憶がある限りで最も大きい。十五歳という未だ成長途中の肉体では、戦える時間も短いだろう。打ち合えたとしてもあと数合。その間に決着をつけるには、誠児の練度は高くない。

 

息を吐いて、下段に構える。

 

意識を研ぎ澄まし、余計な情報を視界から消していった。必要なのは目の前にいる獣を打ち倒すだけの情報だ。色を削ぎ落し、余計な臭いを消し、空気の音を切る。そして息を短く吐くと、地面を踏みしめて駆け出した。

 

黒いコートが翼のように翻され、血痕を残しながら駆け抜ける。

 

獣がそれに応え、手刀を構えて疾駆する。

 

数秒の内に十合を軽く超える刃が交錯し、火花を散らす。

 

獣の爪が誠児の頬を裂き、防刃素材で出来たコートの上から拳を叩きつける。骨が軋み、内臓がぐらつく痛みに耐えながら、誠児が刃を振るい獣の爪を捉えカチあげた。

 

ギャリン――!

 

と鋼が響き、峰に手を添えながら獣の仮面を斬りつける。痛みに耐える獣が息を切らし始めた。つけ入るのなら今しかない。歯を喰いしばった誠児が刃を振るい、追い込む。

 

鍔迫り合いになった誠児が痛みに耐えながら獣を睨みつける。仮面の奥にある瞳と視線が交差する。その度にズキンと痛みが走る。物理的なものでは無い。魂が痛みで泣いている。

 

「お前は……何なんだ……!」

 

何を求めての問いかけだったのかは、彼自身にも分からない。ただ零れだしたようなその一言に、獣の身体が震える。返ってきたのは、ただ小さく、唸り声に混ざってしまったような、消え去りそうな声だった。

 

「パ゛、パ゛……」

 

その声は、涙を流しているような、そんな痛みが乗っている。誠児の手が止まった。自分が何をしているのか理解してしまった。目の前にいるのは、獣ではない。

 

唯一人の、少女だ。

 

一瞬だけ刀を握る力が緩み、その隙に拳が振りぬかれる。

 

ああ、本当に――

 

「最悪だ……」




散々待たせた挙句、短いうえに話はあんまり進みません。そろそろ怒られてもいい気がする。

――コソコソ裏話――
光姫さんはこの頃、未だ誠児と性行為をしていません。慎一郎と交際しており、誠児と友子がシている夜は隣の部屋で悶々としています。
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