ネットワークが切れてることに気付かずに下書きを書いてて、保存が出来ずに全てが消えてしまいました……
※明日以降は夜九時の更新に、変更させていただきます。
アナスタシアの青い瞳を見詰めながら、マスターは彼女の耳元で告げた。
「――愛してる」
「――――っ!? ぁっ……ちがっ」
頭を左右に振ってマスターの言葉を否定しようとするが、彼の愛してるという言葉にどうしようもなく胸が高鳴っていた。そんな自分を認めようとせずにマスターから離れようとするが、彼の両手が背中に回されているので逃げることが出来ない。
寧ろマスターのアナスタシアを抱きしめる力は強くなる一方であり、彼の胸板に彼女の豊かな乳房がぐにゅりと潰れてしまう程に密着してしまう。自分の胸の高鳴りがマスターに伝わってしまいそうで、アナスタシアは抵抗して拘束から逃れようとする。
しかし、マスターはアナスタシアが行動する前に、また彼女の心をかき乱す言葉を紡いだ。アナスタシアの病んでしまった心の奥底にも、しっかりと届くようにと願いながら。
「――――好きだよ。大好きだから慰み者になんて、絶対になって欲しくない」
「やっ、やめて……っ。わた……くしをっ――――愛さないでっ。罰を…………罰が欲しいのっ……っ」
力なく項垂れるアナスタシアは、嗚咽と共に罰を求める。
マスターの鎖骨部分に頭を預けて、彼女は肩を震わせながら涙を流す。
自分はもう幸せになっちゃいけない存在だと決めつけて、自分の殻の中に閉じ籠ろうとしてしまう。
カルデアに来た最初の頃と同じような状態に戻ろうと、心を凍てつかせて何も感じられなくなろうとする。マスターとの温かい思い出も、全て忘れてしまおうとしていた。
そんなアナスタシアの耳を覆うように、マスターは両手で挟むように押さえた。彼女の涙で潤んだ青色の瞳をジッと見詰める。
髪で片目は隠れているがアナスタシアの目には光が宿っておらず、まるで精巧に作られた西洋人形のように見えてしまう。
硝子玉のようなアナスタシアの目を覗き込みながら、マスターは努めて普段通りの声色で話し掛けた。
「俺の目を見て……アナスタシアの目を見せて」
「みっ……見てま…………すっ」
「ううん、見てないよ。いつもの宝石みたいに綺麗に輝いてる……俺の好きなアナスタシアの目を見せて」
自分の目を宝石のようで好きだと言われて、アナスタシアの目に一瞬だけ光が戻った。
しかし、いつもと変わらない優しい目をするマスターの視線に耐え切れず、アナスタシアは視線を伏せてしまう。やっと見詰めることが出来るようになった自分と同じ色の彼の瞳が、また見れなくなってしまっていた。そのことに気付いて胸がズキズキと痛んで、呼吸をすることさえ苦しくなる。
アナスタシアはこの時になって、初めてマスターへの恋心を自覚する。
ずっとマスターに対して、新しい家族が出来たように思っていたが、本当はとっくの昔に恋をしていたのだ。この想いにもっと昔に気付きたかったと後悔を覚えながら、今ではもう叶わない恋だと余計に悲しくなってしまう。
止め処なく涙を流すアナスタシアを見て、マスターは申し訳なさそうに謝った。
彼女が本心から罰して欲しいと願っているのに、それを自分の我儘で愛そうとしているからだ。本当に嫌われてしまうかもと思いながら、それでも彼女の心の傷を分かち合いたかった。
「…………本当にごめん。アナスタシアが望んで無いのは分かってるけど、その苦しみも悲しみも半分だけで良いから貰いたい――――っ」
「――――んむっ!?♡♡ んっ~~~~~~っ♡」
目を見開いて驚くアナスタシアは、マスターにファーストキスを奪われる。
自分が望んでいた慰み者がされるようなキスでは無く、初々しい恋人達がするような唇同士を触れ合わせるだけのキスであった。
相手への肉欲をぶつけるようなものでは無く、愛情を伝えるようなキスをマスターはする。当然、アナスタシアにも、マスターの愛情が伝わってしまう。
実際に唇が触れ合っていた時間は数秒程度だったが、アナスタシアにとっては数分や数十分のようにも感じられる。ファーストキスの味はレモンの味がすると言うが、彼女が感じたのは自分の涙のしょっぱさだった。初めてのキスに鼻呼吸をして、酸素を確保することも出来ない。
酸欠になっていくアナスタシアの呼吸が出来るように、一度マスターは唇をゆっくりと離す。
「ぁ――――っ♡ ぁっ」
目を見開くアナスタシアは口をパクパクさせながら、白い頬を今は真っ赤に染めている。
どれだけ心を閉ざそうとしても彼女は、良い意味でも悪い意味でもただの十七歳の初心な少女だった。今もまだ何が起こったのか分からずに、思考が停止してしまいそうになっている。
(――――ぁっ♡ マスターとキスっ。初めて……でも、優しかったっ)
混乱する頭で自分がキスをしたことを認識した時には、再びマスターが顔を近付けていた。
もっと酷いことをしてと彼に言わなければいけないのに、アナスタシアは反射的に目を瞑ってしまう。それはキスを受け入れる体勢に他ならない。
再びアナスタシアとマスターの唇同士が触れ合う。
唇同士が触れ合った場所が、ジンと熱を持っていくのをアナスタシアは感じていた。相手の鼻息が頬に掛かってこそばゆい。全身を緊張でピクピクと震わせながら、両手の置き場が分からずにマスターの両肩に手を添えている。
最初のキスよりも長い時間、唇同士が重なり合う。
脳が蕩けてしまいそうになり、アナスタシアは思考が良く回らなくなる。この唇の熱に身を任せてしまいそうになっていた時、マスターの上唇と下唇の間から唾液で濡れた舌が伸びてきた。
「~~~~~~っ♡♡ ん゛ん゛っ……ちゅっ…………ちゅるっ」
アナスタシアは唇を強く結んで拒もうとするが、それよりも早くマスターの舌が彼女の口内に侵入してしまう。彼女は食いしばっているので歯の奥には進めないが、歯茎や内頬は彼の舌によって愛撫される。マスターの舌先が丁寧にアナスタシアの歯茎をマッサージした。
想像以上に舌先で歯茎をマッサージされることは気持ちが良い。
粘膜同士の接触は相手の熱がよりダイレクトに感じられるからこそ、"繋がっている"という実感が湧いてくるのだ。
一般的に半径50 cmより近い距離に他人が入って来ると、人は不快感を覚えてしまう。
これはパーソナルスペースとも呼ばれるものである。それよりも近くに人を受け入れられるということは、その人に好意を抱いているということだ。
キスをしっかりと拒めなかった時点で、アナスタシアは好意を隠せていない。
そしてキスには、キスした相手を好きになる効果がある。
赤ちゃんの時に母乳やミルクを口で吸って飲んでいた経験が作用して、生きるための栄養を全て受け入れる口からの快感は、安心感と愛を強く感じてしまうからだ。
唇や口内で感じた快感は、脳の大部分を刺激して快楽ホルモンが活性化される。
男性はキスで性的欲求が高まるのだが、女性は愛情の確認や愛の印としての意味合いで捉える人が多い。アナスタシアも例に洩れず、マスターの愛を感じて蕩けてしまいそうになる。
アナスタシアは次第に不慣れなキスをしながらの鼻呼吸が上手く出来ず、脳に酸素が足りなくなっていった。快楽と幸福感で脳が上手く働かなくなっていくのに合わせて、歯を食いしばっていた力が弱くなっていく。
数分もしない内にアナスタシアは、口を開いてしまう。
マスターは舌先を彼女の口内に侵入させて、怯えるように奥に引っ込んでいるアナスタシアの舌に触れる。観念したのか彼女がおずおずと舌を伸ばすと、マスターが舌を逃さぬように絡め取った。
「ン゛ん゛――っ♡♡ じゅるるっ♡♡ ぢゅりゅりゅっ♡♡♡ じゅるちゅっ♡♡ ちゅぅ♡♡」
明らかに手慣れているマスターの舌使いに、アナスタシアは完全に翻弄されてしまう。
舌を引っ込めることも出来なくなってしまった。自分の口内に溜まった唾液を水音と共に啜られ、逆にマスターから唾液を流し込まれてしまう。口端からは吞み切れなかった唾液が垂れる。
アナスタシアはこのキスは、自分が駄目になってしまうと理解する。
しかし、身体を突き放して抵抗したり、口を閉じて拒むことが出来ない。唇からの火傷してしまいそうな熱と、全身を抱き締められる安心感のある温かさに、アナスタシアの身体は溶けてしまいそうだった。
(――駄目っ♡♡ こんなの罰じゃない……のにっ♡)
アナスタシアの全身を、快感と幸福感が包み込んでいた。
恋を自覚してしまったマスターに全身が密着するまで抱きしめられ、舌同士を絡め合う恋人同士がする熱い口付けを交わしている。アナスタシアの目尻から零れる涙が、悲しみから来るものでは無く、幸せから来る涙に変わってしまう。
マスターが二度目の唇を離した頃には、アナスタシアの顔は蕩けていた。
雪のように白い頬は汗ばんで林檎のように真っ赤に染まっており、酸素を取り込むために開いた口からは舌先が覗いている。目尻と眉尻がだらしなく下がり、青色の瞳は快楽で潤んでいた。
肩で荒い息をするアナスタシアは、この恋人みたいな行為を止めるためにマスターに懇願をする。
「はぁーーーっ♡♡ はぁーーーっ♡♡ はぁーーっ♡♡ 恋人みたいなキスは駄目っ……お願いだからっ…………愛さないで。優しくされるとっ…………甘えちゃぅ」
マスターに甘えてしまいそうになる自分を嫌だと思いながら、アナスタシア自身ではその幸せを拒めない。だからこそマスターには愛情の無い肉欲だけをぶつけて貰いたい。
しかし、マスターがアナスタシアのお願いを聞くはずも無かった。
親が子供の頭を撫でるような手付きで、アナスタシアの白髪の頭を優しく撫でる。マスターは彼女の頬に自分の頬を触れ合わせながら、自分を頼って欲しいと口にした。
「アナスタシアにもっと甘えて欲しい。
…………どれだけ辛いのかは、分かってるつもりだから。俺だってロシアの異聞帯を壊して……罰が欲しいって気持ちも分かるよ」
「――――っ!? ぁ――――っ」
今のマスターの言葉でアナスタシアは気が付いた。
カルデアの人々を殺した記憶のある自分だけが辛いと思っていたが、マスターは異聞帯という世界一つを壊したのだ。それに自分では無いというアナスタシアの言い訳も出来ない、本人が意思を持って手を下していた。
既に自分よりも辛い思いをしているのに、マスターは残り六つの世界を破壊しなくてはいけない。
アナスタシアには想像もつかないような辛い思いを彼はしていた。そして、これからも白紙化された世界が元に戻るまで、マスターは多くの命が生きている異聞帯を破壊しなくてはならないのだ。
(あぁ……私よりもマスターの方が辛い思いを……それなのに私は、自分だけが罰を受けて楽になろうと…………っ)
マスターへの罪悪感が津波のように押し寄せて来る。
全身から血の気が引いていくような感覚がアナスタシアにはあった。真っ青な顔をしながらマスターに謝ろうとする。
「まっ、マスター……ごめんなさいっ。わたくしっ、自分だけが辛いと思って――――っ」
アナスタシアの言葉は途中で途切れてしまう。
彼女の言葉をマスターが遮り、頭を左右に振って違うと伝えたからだ。
「――違わないよ。俺は自分の意思でやったことだから仕方ないけど、アナスタシアは自分ではどうしようも無かったんだから。辛くて当然なんだよ」
「そんな……でも――――っ」
マスターの言葉を否定しようとするが、上手く頭が働かずに言葉が出て来ない。
伝えたいことはある筈なのに、彼の憂いを帯びた表情を見ると何も口に出来なかった。その表情の奥にどのような感情を抱えているのか、想像することすら出来なかった。
アナスタシアは国を救った聖女や怪物を退治した英雄では無いのだから、今のマスターに掛ける言葉など見付けられるものでは無いだろう。
彼女がもごもごと口ごもっていると、マスターが話し掛けてきた。
「アナスタシアは、これからどうしたい?」
「これから……」
「うん……俺はアナスタシアに酷いことなんてしたくない。でも、独りで抱え込んで欲しくもないから…………一緒に分け合いたい。辛いのも、悲しいのも、苦しいのも……二人でなら半分になると思うから」
「――――半分に?」
マスターの言葉にアナスタシアは、どう返事をしたら良いのか分からなくなってしまう。それは自分が彼に対して、甘えてしまうだけなのではないかと思ったからだ。
迷っているアナスタシアに対してマスターは、自分でも狡いと分かる言い方でお願いをする。彼女の優しさを利用した、悪い男のするようなお願いであった。
「俺は大好きなアナスタシアに、これからの辛い旅を傍で支えて貰いたい。そうすればどんな辛いことがあったって、大丈夫だと思うから――――嫌かな?」
「~~~~~~っ。ずっ、狡いです。そんなこと言われたら……私が断れないって知ってるのにっ…………本当に狡い人っ」
アナスタシアはマスターの胸板に額をグリグリと押し付けながら抗議をした。それから暫く、彼はごめんねと謝りながら、彼女を愛おしむように抱き締め続ける。
この二人のこれからの行為は、所詮は傷の舐め合いだ。
大きな罪と癒えない心の傷を抱えた者同士が、お互いを慰め合う惨めな行為でしかない。しかし、それでも二人が、また前を向いて進みだすためには必要なことだった。
――――白紙化された世界の中で、彼らは互いの罪を分かち合う。
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