番外編:彼のための剣は、村娘の恋を叶える-1
「――はぁ……っ♡♡ はぁ……っ♡♡ 我が命が悪いのですよ?」
呼気を荒くする少女は、自身の"下"にいる青年に呼び掛けていた。
ベットの上で仰向けになっている青年の上には、金髪が美しい少女が彼の腹部に桃のように形の良い尻を下して跨っていた。普段は髪を縛っている青と赤のリボンは解かれ、頭の上に載せている王冠は近くの机の上に置かれている。
今の彼女は立場や自身の役割を捨てて、この場にいるという意思表示でもあるのだろうか。
「ずっと私のことを"あの子"と違うと思って……私の好意はあの子のものだと受け取らないから♡♡ ――こうして実力行使で、理解させるしか無かったのです♡♡♡ はぁっ♡ はぁ……っ♡♡」
少女のしなやかな細腕が男の両手首を押さえており、彼女の頬は赤く染まっている。
少女はゆっくりと上半身を倒して、彼のしっかりとした胸板に自身の乳房がふにゅりと潰れるのも構わずに押し付けた。服越しであっても青年には、彼女のトクントクンと高鳴る鼓動が伝わっている。
誰もが見惚れるような恍惚とした表情を浮かべる少女は、普段よりも少し高く弾んだ声で青年に囁いた。
「……私の好意を伝えますっ♡♡♡ ――んっ♡♡」
「――――っ」
ほんの少しの間、青年の蒼い瞳をジッと見詰めた少女は、彼の唇と自身の唇を触れ合わせる。
彼女が言ったあの子を含めても、初めてのキスをしたのだ。実際に触れ合っていた時間は数秒程度だったが、少女にとっては数分にも数十分にも感じられた。
胸がポカポカと温かくなる"二人分"の幸福を感じながら、名残惜し気に少女はゆっくりと唇を離す。
彼女の碧色の瞳が自然と涙で潤んでおり、湿っぽくて温かい空気を口から吐き出した。青年に熱っぽく蕩けた視線を送りながら、欲望を抑えきれない少女は二度目の口付けを求める。
「――ん゛っ♡♡ ……はぁーっ♡ もう一回ですっ♡♡♡ ――んむっ♡♡」
少女からの口付けを受け入れる青年は、未だに混乱から抜けきっていない頭で彼女のことを想う。
自分が知らず知らずの内に少女と距離を置いてしまったが故に、このような行為に及ぶまで彼女を追い詰めてしまったのだと気が付いたからだ。
今は唇に塞がれているので言葉には出来ないが、心の内で謝罪をする。
(ごめん……"キャスター")
青年――カルデアのマスター"藤丸 立香"は、少女の名前をクラス名で呼んだ。
三百を超えるサーヴァントと契約している彼が、同クラスのサーヴァントが多数いるにも関わらず、特定個人をクラス名で呼ぶのは、相手との距離が相当近しいということである。
苦難の道を行くマスターの導き手として、守るために彼の精神に住んでいる。
巌窟王"エドモン・ダンテス"のことを『アヴェンジャー』と呼ぶのと同じように、『キャスター』と呼ぶ少女には特別な何かがあるということだ。
正確には少女も言っていた"あの子"とマスターが特別だったのだが……
未だ"アルトリア・キャスター"の面影を引き摺っている"藤丸 立香"は、"アルトリア・アヴァロン"に心の中で謝るのだった。
――――――――――――――――――――――――――――
――エミュレート
それは模倣や真似することを意味する。
則ちエミュレートする存在とは、"本物"とは違うということであった。例えそれが使命を果たした彼女が望んだ姿であろうとも、同一の存在では無いのだから……
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妖精國アヴァロン・ル・フェで己の使命を果たした"アルトリア・キャスター"。
命が果て呪いに溺れても地の底から這い出て、自身の責務として六氏族からなる妖精達を滅ぼそうとする"呪いの厄災 ケルヌンノス"を打ち払うがために、彼女は妖精國の旅の中で至った聖剣という概念に身命を捧げたのだ。
アルトリア・キャスターはケルヌンノスとの決戦前に、お互いにこれが最後だと悟りながらマスターと別れ際に話しをした。今までの旅の思い出など、いつものように他愛のないことを喋ったが、最後の最後まで打ち明けられなかったことを一つだけ胸に抱えていた……
『……でも、本当に楽しかったのは、十一日目のグロスター』
『貴方にとっては、なんでもない、普通の出来事かもだったけど』
『――――生まれて初めて、"好きなヒト"と大通りを歩いたのです』
別れがより悲しいものになってしまうと――口にすることは出来なかったが、お互いに相手を想い合っていたのは間違いなかった。
それには恋愛的な意味合いも間違いなく有ったが、相手の生き地獄のような境遇やそれでも折れることが出来ない心境への理解者として、二人は互いを深く想っていたのだ。
一人玉座へと訪れたアルトリア・キャスターは、妖精國の女王"モルガン・ル・フェ"が残した対厄災大儀式――"霊脈閉塞型兵装"を致命的な反動を受けながらも放ち。
それだけでは自分の全てを出し切っていないと、自分の心臓を術式の炉心に組み込み"龍脈焼却型兵装"として、ケルヌンノスの呪層を穿つがための二度目の超抜級魔術を放った。
聖剣、抜刀――!
祭神よ、我らが罪を、許し給え――!
アルトリア・キャスターが命を賭した二連撃は、呪いの厄災 ケルヌンノスが一万四千年の時を掛けて積み上げた呪層外殻に打ち勝ったのだ。
彼女の攻撃がケルヌンノスの神核を露出させてくれなければ、例え神をも屠るブラックバレルがあろうとも、マスターを含めたカルデアは何も出来ずに敗北していただろう。
彼女がマスターの道を切り開いてくれたのだ。
斯くして予言の子と呼ばれたアルトリア・キャスターは、自分と同じ過酷でどうしようもない運命を歩み、それでも前を向いていた強くて優しい"彼"を最期まで想いながら、呪いの厄災たる祭神との戦いで消滅した。
アルトリア・キャスターの最後の地であった冬の玉座には、役目を終えた彼女の杖だけが残される。
――残された杖は、まるで一つの剣のようだった。
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呪いの厄災 ケルヌンノスとの決戦で、アルトリア・キャスターの役目は完全に終わった。
――しかし、この話には続きと呼べるものが存在していたのだ。
妖精國で予言の子と呼ばれたアルトリア・キャスターの正体とは、一万四千年前のセファール襲来時に造られなかった「聖剣」を造るが為に、星の内海たる『楽園』から派遣された、地上の情報を集める『集積装置』としての使命を背負った「楽園の妖精」である。
原罪を背負った六氏族の子孫である妖精國の妖精達とは、根本的に出自が違う高位の妖精だった。
アルトリア・キャスターのことを魔力が低く成長するといった要素があるがために、妖精國の妖精達は彼女のことを嫌っていたのだが、実際には本能的に"楽園の妖精"を異物として嫌う傾向があったからである。
――楽園の妖精としての"使命"を果たしたアルトリア・キャスターは、そのまま楽園へと帰り永い眠りにつく筈だった。
高位の妖精であるが故に、アルトリア・キャスターの妖精眼は、あらゆる嘘を見抜き真実を映す。
嘘と悪意に塗れた楽園以外の世界では、寝ている時でさえ悪意の嵐に晒され苦しんできた彼女が、ようやく安寧と安息を手に入れられる機会が訪れたのだ。
しかし、アルトリア・キャスターは役目を終えた後も『嵐の中で輝く小さな星』のために、戦い続けることを選択し、消滅する寸前に『聖剣の騎士』の概念と一体化した。
こうして"聖剣エクスカリバー製造のため"の『情報集積装置』から、"星を脅かす脅威に対抗するもの"の助けとなる『人理補助装置』として生まれ変わったのが、"アルトリア・アヴァロン"である。
楽園の妖精という生命から昇華した、抑止の守護者であった。
彼と共に旅をした『楽園の妖精』"アルトリア・キャスター"と、カルデアに召喚された『サーヴァント』"アルトリア・アヴァロン"は厳密には同一の存在では無いのだ。
確かにアルトリア・キャスターの記憶を『春の記憶』として持っているが、英霊となった彼女の在り方は「星に住む生命を守るもの」である。
――『聖剣の騎士』という概念が擬人化した姿であり、本質が超然的な存在へと寄っていた。
地表の命が生み出す掛け替えの無い紋様の輝きを知るものであり、そう言う意味では汎人類史のアルトリア・ペンドラゴンやアルトリア・キャスターにも共通している「何かを守るもの」としての生き方は変わっていない。
アルトリア・アヴァロンとなった彼女が、■■■■・■ォー■ィ■ー■との最終決戦でマスターの呼び掛けに応えて駆け付けたのは、呪いの厄災との決戦前にアルトリア・キャスターが交わした『一度だけの恩返し』を果たすために召喚に応じたものである。
本来ならば聖剣の騎士の概念に近しいアルトリア・アヴァロンは、嘘に塗れた世界を妖精眼で見続けた末の達観した精神と合わせて"個人"に肩入れすることは無い。
しかし、アルトリア・キャスターの記憶が、マスターに対しては相当な"依怙贔屓"をさせていた。
それこそ彼の『来い、キャスター!!!!』という呼び掛けがあれば、"アヴァロン"を経由して駆け付ける程である。
因みに某"花の魔術師"のように、アヴァロンから徒歩で来たわけでは無いと本人は語っていた。
――アルトリア・アヴァロンはアルトリア・キャスターと地続きの存在では無いが、マスターのことを想っていることは間違いなかった。
カルデアのマスターとアルトリア・キャスターは、一個人が成すには無理難題としか言い様のない使命をやりたくも無いのに担わされ、自分の代わりがいなかったが為に走り続けたという共通点があった。
二人が心の内に大きな闇や歪みと言えるものを抱えていたからこそ、お互いのことを深く理解していたのだ。彼らがもっと余裕のある状況で出会えていれば、互いに支え合う恋人同士になるのも時間の問題であっただろう。
実際にアルトリア・キャスターは、マスターに恋をしていたのだから。
―――――――――――――――――――――――――
アルトリア・アヴァロンがカルデアに召喚されたのは、妖精國の空想切除を完了した後だった。
妖精國で旅した時と変わらない姿で笑顔を浮かべながら、春の記憶をエミュレートするアルトリア・アヴァロンは、カルデアのマスターに初めて会ったかのように挨拶をする。
『こんにちは。キャスター、アルトリアと申します! 実のところ、サーヴァントというものは良く分からないのですが、魔術なんかでお役に立てるなら遠慮なくお使い下さい』
『――――っ。キャスターの魔術は"なんか"じゃ無いよ』
『え? 魔術は、なんか、じゃない? ……うわぁ、こっちの世界ではそうなんですか』
『うん……頼りにしてるから、これからよろしくね』
暗い表情を浮かべてしまいそうになるのを隠すために、マスターは自然な作り笑いを浮かべる。
(やっぱり英霊の座から呼ばれたキャスターは、俺の知ってるキャスターとは違うのかな……)
これはマスターがアルトリア・キャスターのことを、想うが故の寂しさである。
妖精國で共に旅をした彼女と深い絆を紡いだからこそ、カルデアに召喚されたアルトリア・アヴァロンがどこか違う存在であることを、マスターが漠然とだが理解していたことも大きいだろう。
普通に笑みを浮かべているように見える彼の顔を、アルトリア・アヴァロンはジッと見詰めている。
彼女のエメラルドのように美しい碧色の瞳には、彼の胸中に渦巻く寂しさがしっかりと映っていた。
アルトリア・アヴァロンは、寂しさを感じているマスターに疑問を持ったが、それよりもまた彼の元に来れたことに浮かれてしまう。
当の本人であるアルトリア・アヴァロンは、アルトリア・キャスターと殆ど地続きの存在であると思っていた。
妖精國でのマスターとの思い出を春の記憶としてしっかりと持っているのだから、マスターには"あの子"と同じように接して欲しいと思っていたのだ。だからこそ、態々アルトリア・キャスターの姿で、マスターに召喚されたのである。
――マスターとアルトリア・アヴァロンは、大事な部分ですれ違ってしまう。
アルトリア・アヴァロン個人として接しようとするマスターと、アルトリア・キャスターと同じようにマスターに接して欲しいアルトリア・アヴァロン。掛け違えてしまったボタンのように、気付けば直ぐに嚙み合う歯車が互いに空回りをしていた。
お互いが本音で語り合えば解決する問題だったが、彼らはすれ違ったまま徐々にストレスを溜めていくことになる。
特にマスターとアルトリア・キャスターの頃に叶わなかった"恋"が出来ると思っていたアルトリア・アヴァロンは、どこか素っ気ない彼の態度にもどかしさと共に鬱憤を溜めていった。
種火と素材を消費して霊基再臨が行われ、本来のアルトリア・アヴァロンの姿に戻った。聖剣の擬人化としての達観した精神が前面に出てしまうがために、彼女とマスターのすれ違いは更に大きくなっていく。
アルトリア・アヴァロンは必死にマスターにアピールをしているのだが、彼がそれの受け取り方に迷っているような状況が続いたのだ。
「はぁ……どうしてこのようなことに。最近は更に我が命に、心の距離を置かれています」
日に何度もため息を吐くようになったアルトリア・アヴァロン。
彼女の抱える鬱憤が臨界点に達しそうになった頃、良く嗅いだことのある花の匂いと共に、違う世界の花の魔術師"マーリン"がアルトリア・アヴァロンの眼の前に現れた。
「やぁ、何だか元気が無さそうだね。ため息は幸せが逃げてしまうから、あんまりしない方が良いとボクは思うなぁ」
アルトリア・アヴァロンよりも後にカルデアにやって来た女のマーリンは、我が世の春と言わんばかりに上機嫌である。今も正しく花のような笑みを浮かべており、スキップでもしそうな程に声が弾んでいた。
アルトリア・アヴァロンが上手く接することが出来ないマスターとの仲もすこぶる良く、純粋な嫉妬すら覚えてしまいそうな程である。
ついつい自分のモヤモヤをぶつけるように、彼女は棘のある言葉を口にしてしまう。
「…………余計なお世話です。見ての通り今の私は、死ねない者を処する魔術すら使ってしまいたくなる位に機嫌が悪いのですが……何か用ですか?」
「わわっ、そう邪険にしないで欲しいなぁ。……キミの悩みを解決出来るかもしれないのに」
何気ないように呟かれたマーリンの言葉に、アルトリア・アヴァロンの耳と一房のアホ毛がピクリと動いた。今の彼女は藁にも縋る思いであるため、マスターとの仲が改善出来るのであれば、ロクデナシの夢魔の力でも借りたい位である。
そもそも全てを見通す千里眼を持つマーリンは、アルトリア・アヴァロンの悩みなど既に知っている状態で、彼女の前に現れたのだろう。
普段の冷静なアルトリア・アヴァロンであればマーリンの意図にも直ぐに気付けたのだが、本人が思っている以上にマスターと上手く接することが出来ないことが、彼女の思考の鈍化に繋がっていた。
思った以上に重症なアルトリア・アヴァロンに、片手を額に添えるマーリンは呆れ半分で呟く。
「ありゃりゃ……これは重症だね。"ご主人様"と延いてはボクのためにもなるから、絶対に悩みを解決出来るアドバイスをしようか」
「マーリンに助言を求めるのは業腹ですが、我が命と仲良くなれるのなら恥も捨てましょう……私はどうすれば良いのですか?」
「なぁに簡単なことさ。マスターに想いの丈をぶつけるために――押し倒せば良いんだよっ♡♡」
雌の顔をするマーリンは、大胆過ぎる提案を口にした。
数瞬の間の後に、アルトリア・アヴァロンは顔を真っ赤にしながら、死なないマーリンすら殺せる魔術を展開する。
「~~~~なっ!? 何を言っているんですかっ! 人が真剣に相談してみれば、ふざけたアドバイスをするとは――――っ。 やはりどの世界のマーリンも、一度は死んだ方が良さそうですねっ!」
確実に致命傷となる魔術を放とうとするアルトリア・アヴァロンに、流石に慌てたマーリンが両手を前に突き出しながら説得を試みる。
「じょ、冗談なんかじゃ無いよ! ボクの千里眼にはそれで万事上手く行くことが視えているからっ! ほっ、本当だって……望むのなら魔術的な契約をしたって良いよ」
「――――嘘だったら、本当に殺しますからね」
「うんっ! 上手く行かなかったら、座に登録されるのも吝かでは無いよ」
ゆっくりと魔術を消したアルトリア・アヴァロンにマーリンは胸を撫で下ろしつつ、自分の提案が受け入れられたことに安堵する。最近になって出来た"友人"の頼みを、しっかりと熟すことが出来た安堵も多分に含まれているだろう。
「今夜、マスターの部屋に行けば良いよ。後は勢いに任せて動けば、良い感じの結果になるから」
「…………分かりました。今夜はマーリンの言う通りにしてみます」
最後までジト目をマーリンに向けながら、アルトリア・アヴァロンはその場を後にした。
彼女がその場から完全にいなくなるのを待って、額の冷や汗を拭ったマーリンは今は近くにいない友人に向けて一人呟いた。
「"モルガン"の頼みを聞いたら、危うく死に掛けちゃったよ……ある意味で"同じ立場"にいたキミが、あの子に幸せになって貰いたいのは分かるけど、もう少し上手いやり方もあったと思うんだけどなぁ……」
微妙な表情を浮かべるマーリンは、マスターに抱いて貰えば全て丸く収まると思っている未だ恋愛初心者な友人に対して、小さなため息を吐くのだった。
「…………くしゅんっ! 誰かが私の噂をしていますね」
――遠くの方で妖精國の女王の可愛らしいくしゃみの音がした。
――――――――――――――――――――――――
斯くして花の魔術師に唆されたアルトリア・アヴァロンは、言われた通りにマスターの部屋へと赴き、勢いに任せてマスターを押し倒したのだ。
興奮から頬が赤く息の荒いアルトリア・アヴァロンは、自身の下にいるマスターに語り掛けるのだった。
「――はぁ……っ♡♡ はぁ……っ♡♡ 我が命が悪いのですよ?」
――冒頭へと話は戻る。
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