※この作品はR-18です。

オルタはお嫌いですか?   作:濁り丸

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番外編:虞美人草は淫蕩に耽る-4

 ――悩みながらもカルデアを裏切ることを決意した"虞美人"は、自分が辿った歴史と同じように人理の漂白を止めることはしなかった。

 

 

 恐らく歴史の修正力によって彼女が人理漂白を本気で止めようとしても、それが叶うことは決して無かっただろう。しかし、精神的な部分で自分の"願い"のために他の全てを切り捨てたという事実は、虞美人の記憶と心に"傷"として永遠に残り続けるのだ。

 

 それは呪いのように彼女の心をジクジクと蝕むのだが、それこそが優しく人に近しい精神性を持っていることの証明でもあった。永遠の時を生きねばならない精霊種として、人外の精神構造をしていれば、虞美人が心を痛めることは無かったのだから。

 

 結果的に彼女は世界を滅ぼす片棒を担ぐことになってしまったが、それは人類が憎いなどの私怨からでは無い。ただ愛している■■との再会を願っているだけであり、そのためには世界を――そして藤丸 立香を裏切らなくてはならなかったのだ

 

 

 ――心の中の天秤を掲げ、■■への想いが勝ったのだ。

 

 

 このような葛藤が生まれた理由は、マスターとの絆が深まったことが主な原因だろう。

 

 虞美人は精霊種というあらゆる生命から命を奪う、永遠の時を生きる人外の存在であり、明らかに隠し事をしていた。そんな危険で信用してはならない自分を何故か無条件に信頼している、お人好しな彼の人懐っこく安心感を与える笑顔が、彼女の心の中で少しずつ大きくなっていたのだ。

 

 自分を理解して愛してくれた■■と同じように、マスターもまた虞美人のことを受け入れようとしてくれた。そんな彼のことを嫌いになることが出来る筈も無く、彼女は葛藤することになったのだ。口にすることは無いだろうが、好きか嫌いかの二択で問われれば、間違いなく好きな分類に入るだろう。

 

 そんな好意を覚え始めているマスターを裏切ることに罪悪感を覚えながらも、虞美人は■■との再会を望んだのだ。その結果、カルデアという施設全体は丸ごと氷漬けにされ、スタッフの殆ども亡くなる筈だったのだが――

 

 しかし、彼女は確かに世界を敵に回す覚悟は決めたが、見す見す全ての犠牲を許容するつもりは無かった。

 

 この一見すると矛盾しているように思える行動を虞美人が行ったのは、根っこの部分での善性も多分に影響しているだろうが、心を許していた彼を裏切ることに対しての、せめてもの贖罪の意味合いもあったのだろう。

 

 厚顔無恥にも許して欲しいなどとは、彼女は口が裂けたとしても言わない。それでも彼が悲しみが少しでも小さくなるようにと、亜種特異点の攻略が始まった頃から行動を起こし始めたのだ。

 

 虞美人は俵藤太に頼んで保存の効く大量の食糧の確保を行ったり、レオナルド・ダ・ヴィンチが密かに製造していた虚数潜航艇シャドウ・ボーダーの建造に力を貸した。それは来たるべき人理漂白に備えての行動に他ならず、カルデアの人的被害を減らすためのものである。

 

 ダ・ヴィンチは虞美人が協力してくれることを訝しみながらも、これからシャドウ・ボーダーが必要な事態に陥るのだと理解したため、彼女の協力によって得られた豊潤な資源を投入することで、より巨大で頑強なシャドウ・ボーダーの建造を行うことが出来た。

 

 全ての亜種特異点の攻略が終わった後にも、カルデアから退去したフリをしてクリプターの襲撃に備えていたのだ。

 

 

 ――結果、歴史通りに異聞帯のアナスタシアやコヤンスカヤ、ラスプーチンを始めとした異星の神の勢力がカルデアに攻めてきたのだが、潜伏していた虞美人や"何故か"それなりの数の女性サーヴァント達が退去していなかったため、多くのカルデア職員が生き残ることとなった。

 

 

 本来ならばラスプーチンに手刀で胸を貫かれて死ぬ筈だったダ・ヴィンチも無傷であったため、ロマ二・アーキマンとの間に生まれた子供が、母親のいない人生を送ることも無くなったのだ。もしかすると、母親が小■生にしか見えない幼妻になっていたのかもしれないのだが、それは違う世界線での出来事なので語る必要も無いだろう。

 

 戦力的にはカルデアの方が遥かに勝っていたのだが、それでもカルデアの占拠が止められなかったのは、歴史の修正力が働いていたのかも知れない。シャドウ・ボーダーでの潜伏期間中も、虞美人が事前に用意していた大量の食糧の備蓄があったがために、餓死する人間が出ることも無かったのだ。

 

 結局、マスターが二度目の世界を救う立場に立たされたことに変わりは無いが、本来の歴史と比較するとカルデアが受けた被害は軽微であった。そして、シャドウ・ボーダーの潜伏期間中に、虞美人は彼に隠していたことを全てを打ち明けたのだ。

 

 

『――これで理解が出来たかしら。私はアンタ達……カルデアの敵だったわけ』

 

 

 マスターのやり場の無い怒りや行き場所の無い憤りを自分に向けさせるために、彼女はわざと不遜な態度を取り悪びれる様子もないように振舞っていた。そんな演技をしている虞美人のことを、彼はジッと見詰めていた。

 

 その寒空のような蒼い瞳には、悲しみしか浮かんではいないのだが……

 

 

『アンタが馬鹿みたいに信頼してた私は、始めから裏切るつもりだったの。誰でも信用しようとするなんて痛い目しか見ないんだから、今後は信用する相手は選びなさ――ッ』

 

 

 彼女は言葉を紡ぎ続けることが出来なかったのだが、それはマスターが正面から虞美人のことを抱きしめたからだ。彼の抱擁に性欲や恋などは存在しておらず、親しい相手に行う親愛の意味合いが強い抱擁である。

 

 まるで子供をあやすように虞美人を優しく抱きしめながら、マスターは彼女の本心を見透かすように耳元で呟いた。

 

 

『もう大丈夫です。先輩も本当は辛かったのは分かりますから……そんな悲しそうな顔しないで下さい』

『――――ッ。わっ、私の話を聞いてたの!? アンタにまた世界を救うなんて重荷を背負わせたのは、間違いなく私なのよ! アンタはそんな裏切り者を、絶対に許しちゃいけないの……』

 

 

 まるで自分自身に言い聞かせるように、虞美人は深紅の瞳を涙で潤ませながら、彼に許してはいけないと伝える。マスターと共に人理修復を乗り越えたからこそ、それがどれだけ辛く大変な道のりであったのかを隣でずっと見ていた。

 

 そんな生き地獄のような状況に、自分がまた突き落としたのだ。

 

 彼女は自分が許されてはいけないと主張し、彼のことを突き放そうとする。しかし、人外のような力を発揮することも出来る細腕には、力が入っていなかった。マスターの抱擁を虞美人が振り解くことが出来ないのは、理解者となってくれる人の温かみを失うことが怖いからだ。

 

 彼女は自分では振り払うことが出来ないため、彼から離れるように言葉を紡ぐ。

 

 

『お人好しなのも大概にしなさいっ。私がその気になれば……アンタを簡単に殺せることを忘れたの? 私は人じゃない精霊種。まだ人間と同じように思ってるなら、考えが甘すぎるのよ』

『俺の知ってる先輩はいつだって優しかったから。それにダ・ヴィンチちゃんが言ってたんです。先輩が力を貸してくれなきゃ、カルデアの被害はもっと大きくなっていたって……俺は先輩のことを信じます』

『~~~~ッ』

 

 

 最早、虞美人は言葉を出すことも出来ない。

 

 それはマスターの馬鹿さ加減に呆れている訳では無く、ここまで自分のことを信用してくれる彼のことを人として好きになってしまうからである。恋愛的な意味合いを含まないそれは、親愛などと呼ばれるものだろう。

 

(ほっ、本当にどうしようも無い馬鹿よ……。私のことを怖がりもしない、底なしのお人好し。そんなんだから……厄介な女ばっかり寄せてるのよ)

 

 星の触覚としての肉体を持った精霊種である彼女は、永遠の時を生きる中で人間達に裏切られることが何度もあった。人に対しての不信感を覚え、嫌悪することも多くなっていく。そんな虞美人が信頼を寄せることが出来た者は、片手だけで足りてしまう程にごく僅かである。

 

 彼女は少しだけ自棄を起こしながら、マスターに力を貸すことを決めたのだ。

 

 

『……どうなっても知らないから。私にはどうしても叶えたいことがあるから、またアンタのことよりも優先することが絶対にあるわ。…………でも、それ以外のことでなら先輩として、これからも手を貸して上げる』

『はい、これからも頼りにしてます……先輩』

 

 

 誰かと親密になっていくことに切っ掛けがあることは滅多に無いが、少なくとも彼女にとってのマスターは、この時から数少ない心から信頼が出来る人となったのだ。

 

 虞美人は本当に控えめに、彼の脇腹に手を添える。抱きしめ合う二人分の影は、一つの影のようになっていた。

 

 

 ――暫くの間、彼女は数百年ぶりの人の温もりを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い絆を繋ぐことが出来たマスターと虞美人は、これまで以上の仲の良さを見せていた。

 

 それこそマシュ・キリエライトやジャンヌ・オルタが嫉妬してしまう程であり、彼の部屋に入り浸ることも明らかに多くなっている。ある意味でこれまでずっと警戒していた野良犬のようであったため、一度でも心を許した相手には、相当に近しい距離感になってしまうのだろう。

 

 これまで以上にマスターにサーヴァントとして力を貸すようになり、ロシア異聞帯や北欧異聞帯の攻略でも規格外の力を発揮していた。彼に命の危機が訪れた時には、躊躇なく自身の不死性を活かして庇う場面することも多い。

 

 虞美人はマスターが無事であることを確認すると安堵の息を吐いた後に、いつものような不遜な態度を取るのだが、明らかに照れ隠しをしているだけであった。その証拠と言っても良いのかは分からないが、彼の部屋で二人っきりになると、マスターのことを抱きしめながら『本当に後輩が無事で良かったわ』と、口にするのだ。

 

 久方ぶりに人の温もりを"思い出した"虞美人は、無意識に彼と肌を触れ合わせたがるようになっている。他人から見れば恋人よりも深い関係を築いているようであったが、二人はそう言った男女の関係では無かった。

 

 

 ――それは彼女が"誰か"を強く愛していると、マスターが分かっていたからだろう。

 

 

 だからこそ二人は、ある意味で恋人同士よりも深い関係を築いているのに、そこから先には進むことが無かったのだ。そんな傍から見ればじれったいと思える、親密な関係を続けていたマスターと虞美人だったが、遂に関係性の変わる出来事が近付いていた。

 

 彼女にとって"過去"に当たる芥ヒナコが担当となっている、虞美人の愛する■■のいる中国異聞帯へと辿り着いたからだ。それもコヤンスカヤによってマスターは毒に犯され、解毒薬を製作しなければ死んでしまうという鬼気迫る状況であった。

 

 新生カルデア一行は解毒薬作成の手がかりを求め、一行は第三の異聞帯へと向かう。

 

 

 そこは――永久に平穏を享受する。

 安寧と調和が続く泰平の大地、幸福への隷属を賭して叛逆の暁星は均霑に輝く。

 全ては過ぎし日の夢――求め続けた、たった一つの祈り。

 

 

 異聞帯の王である中国の"始皇帝"が不老不死を獲得し、統治の果てに世界統一を成し遂げた世界であった。

 

 民たちは己の居住区を決めるような自由こそないが、平和に農作業に従事し、それこそ戦という概念を完全に忘れている程である。

 

 

 ――則ち、世界平定が完全に成し遂げられた世界なのである。

 

 

 これまでのロシア異聞帯や北欧異聞帯のような衰退した世界とは異なり、安定し過ぎているが故に剪定されてしまった世界。そこに彼女の愛している■■が"稼働"しており、ここで芥ヒナコと協力すれば、虞美人の長年の悲願は確実に叶えられることだろう。

 

 彼女は本来ならば第三異聞帯に着いた時点で、マスターのことよりも■■のことを優先する筈だったのだが――それは出来なかった。せめて彼の命の危機を取り除いてからと、先延ばしにしてしまったからである。

 

 虞美人の心の中でマスターという存在が大きくなっていった結果であり、気付けば■■と同じ位に大切な人となっていたのだ。自分の起こす歴史の変化によって、彼が死んでしまう可能性が高まることが怖くなり、あの温もりを失うことが耐えられなかった。

 

 自分でさえも完全に矛盾した行動を取っている自覚があり、それでもマスターのことを大切に思う気持ちは嘘偽りが無い。

 

 

 ――その結果、彼のサーヴァントである虞美人は、芥ヒナコと■■と対峙することとなった。

 

 

 過去の自分や愛する■■と戦うことは、彼女も望んでなどいない。本当ならば逆にマスターを倒すために、芥ヒナコ達と轡を並べることの方が正しかっただろう。

 

 しかし、二度に渡って彼のことを裏切ることが出来なかった。

 

 過去の自分に裏切り者と罵られながら、■■を止めるために戦闘を行う。気付けば虞美人は大粒の涙を流しており、その隣で猛毒に身体を蝕まれながらも、汎人類史を救うために戦うマスターのために戦った。

 

 遂には過去の自分を打ち倒し、■■を半壊させ一時的に行動不能になるまで追い詰める。

 

【騅の逝かざる 奈何すべき 虞や虞や――若を奈何せん】

 

 しかし、未来予知の域にすら達している"高速演算能力"を持つ機械人間である■■は、芥ヒナコが語った汎人類史の歴史を演算することで"汎人類史の自分"を追体験しながらその想いを理解し、彼女への想いのために立ち上がろうとしたのだが――

 

 それとほぼ同時に、目の前にいるカルデアのサーヴァントとなった虞美人のことも理解が出来た。

 

 

『――あぁ……ようやく理解した』

 

 

 彼女が未だ自分のことを深く愛しながら、孤独を癒してくれたマスターのことを大切に想っていることを高速演算にて理解したのだ。虞美人が涙を流しながらも戦っていたのは、心が裂けんばかりに苦悩していたからである、と。

 

 

『虞よ……汝は』

 

 

 どちらを選ぶことも本当は出来ておらず、ただ目の前の彼を死から遠ざけるために、戦ったに過ぎないことを――そして、今にも全壊しそうな自分を助けたいと思っていること。

 

 どうしようも無い程に愚かな行為であるのに、それこそが彼女の優しさの表れであった。

 

 そんな虞美人の隣には、今にも倒れそうになりながらもこちらを強い眼差しで見詰める、彼女のマスター"藤丸 立香"がいる。虞美人の孤独を理解しながら、傍に居ようとする者。それは汎人類史の自分のようであり、彼ならば彼女を独りにはしないと演算によって理解が出来た。

 

 

 ――よって■■は、"項羽"は、安心をしたのだ。

 

 

『汝は――安息を、静かなる日々を過ごせる者を、悠久の時を経て見付けたのだな……。ならば汝の未来に、我が手が届かなくとも――悔いは無し』

『こっ、項羽様――私は……私はっ』

 

 

 項羽は傍に近付こうとする虞美人を、右手を伸ばすことで制す。

 

 それは彼女の幸せを願うからこそであり、また悲劇的な別れが待っている自分と在るべきでは無いと、押し止めたのだ。もとよりこの半壊した躯体は、カルデアに未来を託すことを決定していた。

 

 憂いであった虞美人を任せることが出来る人物を見付けた時点で、これ以上の行動を起こすことが出来ないのだ。項羽は辛うじて動かせる口を動かし、最期となる言の葉を紡いだ。

 

 

『カルデアのマスター……藤丸 立香よ。…………虞を――我が愛した伴侶を……永久に頼もう。我が叶わなかった願いを――』

 

 

 マスターはその言葉に一瞬の驚きを見せたが、直ぐに頷きをもって応えた。この場では彼の言葉は無粋であり、後は行動でのみ示す他には無いのだ。

 

 それを見ていた項羽は安堵と共に微笑む。戦闘躯体としての機能が停止していく中で、彼は最期まで愛した妻の姿をその眼に焼き付け続ける。汎人類史で悔いや憂いを残して死んでいった項羽だったが、異聞帯での終わりは悔いの無いものであった。

 

 止まっていく思考の中で、彼は妻の幸せを願い続ける。

 

(――虞よ…………汝に……幸福を)

 

 斯くして西楚の覇王とまで呼ばれた項羽は、心安らかなままに活動を停止する。その表情は驚くほどに穏やかであり、戦闘に敗北した者の表情では無いことは確かであった。

 

 

 

 ――二千年以上に渡った悲劇の恋は、幸福な終わりを迎えたのだ。

 

 

 

 




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