───私の夢は近々叶う
無惨は確信していた。
とても気分が良く童磨の無駄口も気にならないどころか心地良く感じられる。
あれから千年。
そう、とうとう時期が来たのだと無惨は思った。
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無惨は念には念を入れて追い討ちをかける。
「童磨、信者の管理もろくにできない貴様に琴葉さんは守れん。
無惨はそう言って童磨と琴葉の感情を煽った。
しかし「童磨がそんな女などいない」と誤解を解こうとしても琴葉は「嘘つき!」と繰り返すだけで、もう全く聞く耳を持とうとしない。
無惨の策略通りに事は進んでいたが、
(わたしのせいで教祖様と無惨様の友情を引き裂くわけにはいかないわ…)
優しい琴葉は肩を抱く無惨の手をも払い除けた。
「無惨様、助けてくれてありがとうございます。あの…わたしのせいでお二人を喧嘩させちゃってごめんなさい…わたしはもう大丈夫です」
そう言ってそそくさと立ち去ろうとする。
しかし、女という生き物は失恋した直後の弱っている時こそが一番の狙い目であることを無惨は知っていた。
「待ちなさい琴葉さん、しばらく子供と二人で私の家に泊まりなさい。歓迎しますよ、後のことは私の家で考えるといい」
無惨の紳士っぷりは実に見事で下心の欠片も感じさせず琴葉を信用させるに追い込む。
「でも…ご迷惑かけるわけには」
「私はあなたをこのまま放ってはおけない。私の家へ来なさい」
「はい」
傷つき弱った琴葉は簡単に無惨の言葉に従ってしまう。
「琴葉行っちゃいけないよ!俺と一緒に帰ろう!」
「いい加減にしないか童磨、執拗い男は女性にとってただ恐ろしいだけだと何故わからない」
「う ぅぅ グスン」
「かーちゃ…」
傷心の母親を心配する伊之助を無惨は片手に抱き、もう片方の手でまるで童磨に見せつけるように琴葉を抱きしめる。
琴葉は無惨の胸に顔を埋めた。
その光景に、童磨の足元に広がっていた闇がドス黒さを増しながらますます広がっていく。
「…っく」
童磨はまた胸の痛みを感じた。
ずっと感情を持たずふわふわと生きてきた童磨は、琴葉と出会ってから地に足が着いたように初めて自分という存在を意識した。
自分の影と出会い、琴葉という光を追って細い道を通り狭き門を潜り抜けたなら、そこには何かがあるはずだった。
「さあ琴葉さん行きましょうか。歩けますか?」
「はい。あの、教祖様…この御恩は一生忘れません。あなたと過ごした日々のわたしは幸せでした…うぅぅ、ふぇッ ぅぅ」
騙されていたとはいえ、童磨に保護されなければ琴葉と伊之助は生きてはいなかっただろう。
それに偽りとは思えないほど愛しあった相手だ。
琴葉は後ろ髪を引かれずにはいられない。
見かねた無惨が更に駄目出しをする。
「童磨、貴様はまだ若い。女遊びをやめろとは言わないが、ほどほどにするといい。わかったな」
後ろ髪を引かれていた琴葉は、女遊びという言葉にハッとし、童磨への想いは何処かへ飛んでいく。
「サヨナラ・・・」
身体も心も童磨へと堕ちていた琴葉の信頼の崩壊を見てみたいと思っていた無惨は、まさにそれを目の当たりにしたのである。
(行くな琴葉!)
そう叫んで引き留めたいのに、童磨は息が詰まって声が出せない。
これが絶望というやつなのだろうか。
眩暈がして視界の下には黒洞々の闇が見える。
童磨の中で絶望と、これは絶望なのだと認めたくない気持ちが鬩ぎ合う。
襲いかかる現実に苛まれながら、童磨は足掻いていた。
あの時、心に決めたように。
相手が無惨でさえなければ・・・
いや、無惨であっても・・・
人間だった子供の頃、血塗れの父と母の凄惨な姿を見てもたいした感情も沸かなかったと言うのに・・・
生まれて初めて失恋という未曽有の悲しみを経験した童磨は理知的になれず自暴自棄になってしまう。
胸が引き裂かれるような痛みに襲われながら童磨は対の扇を無惨に向けて翻した。
(愚かな・・・)
無惨が呪いを発動させようとした時だった。
ドサッ
なんと、童磨がその場で卒倒してしまったのだ。
童磨の身体は頭から後ろに鈍い音を立てて倒れ、地面の上で大の字になっている。
「教祖様!?」
琴葉の心は一瞬にして童磨へと舞い戻る。
倒れた童磨の元へ駆け寄った琴葉は彼の身体に縋りついた。
「教祖様!?どうなさったの!?眼をあけて教祖様、教祖様ぁぁぁ!!!」
無惨はわけがわからない。
童磨が倒れた瞬間から心の声が聞こえないし読めない。
童磨が気絶したのは間違いない。
琴葉は童磨の胸に耳をくっ付けて聞き慣れた彼の鼓動を確認する。
「うそ・・・教祖様死んじゃった・・・心臓の音が聞こえない・・・そん、な、、」
しかし、太陽にも灼かれていないのに不老不死である童磨が死ぬはずないことを無惨は知っている。
「教祖様・・・息してない・・・嫌よ、、死なないで・・・教祖様ぁあぁあぁぁあ」
琴葉は何を思ったか、童磨の唇にキスをし自分の息を吹き込む。
心肺蘇生法など知らない琴葉は童磨が口移しで冷たい水を与えてくれたように必死で息を吹き込む。
無惨は伊之助を片手に抱えながらその光景を見下ろしていた。
呪い殺すつもりだったのだ。
死んだのなら手間が省けて良かったが腑に落ちない。
鬼狩り共の持つ刃と、太陽以外に鬼を殺す方法はないと無惨は思う。
その時だった。
童磨の身体がピクンと僅かに動いた。
「教祖様!?気がついたの!?わたしはここにいます!お願い眼を開けて!!」
琴葉は童磨の手を握りしめながら必死に呼びかける。
すると、その異変が始まった。
「きゃあぁぁあぁあ!?」
琴葉は驚きのあまり、お尻で後退りしながら悲鳴をあげた。
「無惨様!教祖様が…教祖様が…」
「琴葉さん!見てはいけない」
無惨は跪いて琴葉の眼を覆うように抱きしめる。
(これはいったい…)
なんと童磨の身体がぐにゃぐにゃと縮んでいくではないか。
伊之助は無惨に抱えられながら口をあんぐり開けてその様子を見つめている。
鬼は身体のフォルムを変化することはできるが、これは童磨の意思で変化させているわけではないと無惨にはわかった。
童磨の身体はみるみるうちに縮んでいき、長かった髪も短くなる。
そしてとうとう生まれたての赤ん坊にまで変化してしまった。
その様子を見ていた伊之助は無惨の腕からおりてトコトコと赤ん坊になってしまった童磨の元へ歩く。
「ま~・・・どーま~?」
初めて伊之助が童磨の名前を呼んだ瞬間だった。
「伊之助…?」
琴葉は恐る恐る伊之助の声がする方を見た。
そこにはピクリとも動かない赤ん坊が寝ている。
「教祖…様?」
伊之助が琴葉に向かってウンウンと頷いている。
(童磨が赤子に退化した・・・いや違う、進化したのか?このような現象を見たのは初めてだ)
さすがの無惨もぶったまげていた。
すると琴葉が、
「教祖様は…生まれかわったのよ」
小さな声で言った。
「何だと」
「かーちゃ!おっぱ!おっぱ!」
赤ちゃん童磨が全く動かないので伊之助はおっぱいを与えれば動くと思ったようだ。
「そうね伊之助」
動きもしない泣きもしない赤ちゃん童磨を琴葉は優しく抱き上げ着物の胸元を開いて乳房を取り出そうとするが、無惨におっぱいが見えてしまう。
「無惨様、少しの間あちらを向いてて下さい」
「…よかろう」
紳士を演じる無惨は仕方なくあちらを向いた。
それを確認すると琴葉はおっぱいをポロリとさせ、乳首を童磨の口元へ持っていく。
「童磨ちゃん、おっぱいよ…童磨ちゃんの大好きなおっぱいよ…」
すると、本能だろうか。
赤ちゃん童磨はカッと眼を見開き乳首に吸い付いて母乳を飲み始めたのである。
「ちゅぱ ちゅぱ ちゅぱ」
「良かった!元気になったわ!」
琴葉をじっと見つめるその瞳は珍しい虹色で、髪の毛は白橡色のその赤ん坊はまさしく童磨だった。
(童磨が生まれ変わっただと?赤子になって人間として!?いや、違う。私にはわかる・・・童磨は太陽を克服していない)
おっぱいに吸い付きながら童磨は状況を整理していた。
無惨に刃向かおうと扇を翻した時に気が遠くなったことは覚えている。
そして気が付けばこの有り様だ。
(俺…たぶん赤ん坊になってるよねぇ…ははは、どうやって戻るんだよコレ。でもなんか…心地いいなぁ)
童磨は優しい眼差しの琴葉と見つめ合いながら母乳を一生懸命飲む。
(琴葉の心音が聞こえる…なんか落ち着くなあ、あれ…何だコレ…瞼が勝手に閉じ…て)
赤ちゃん童磨は琴葉の母乳を飲みながら眠ってしまった。
「ど~ま~?」
「伊之助、童磨ちゃんはねんねしちゃったのよ。無惨様、もうこちらを向いても大丈夫です」
童磨は赤子となって目覚めたが、その心の声は無惨には聞こえなかった。
赤子である故に聞こえないのだと無惨は思っていたが、実は呪いが外れていた。
無惨は振り返り、琴葉の胸で抱かれて眠る赤ちゃん童磨の顔を覗き込む。
(実に不可思議な現象だ・・・見たところ歯も生えていない生後僅かな赤子・・・)
童磨がこうなってしまった原因は、間違いなく琴葉に関係があるのだろうと無惨は思うが真相は今のところ全く不明である。
(罪を犯した教祖様は赤ちゃんになって生まれ変わったんだわ・・・神様なんていないと思ってたけど、これは神様の仕業なの?)
スヤスヤと眠る赤ちゃん童磨の顔を見つめながら、この子はわたしが守ると、琴葉は心に誓った。