あれは確か、中学の修学旅行の時の話だ。
行き先は京都で、はしゃいだ俺は八つ橋やら抹茶やら家族への土産を買いあさり、二日目にして財布の中身をほぼ空にしてしまったのをよく覚えている。
これは最終日は自販機で飲み物だけ買って大人しくするか、とやや残念な気持ちでだらけていた宿泊施設でのこと。大浴場から寝室へ向かう途上でふと窓から外を見た。
前世とは違い、今世の京都はネオンにも規制がかかっているらしい。控えめな夜の街の光のせいか、それなりに星の光が良く届く。
特に目のいい俺はその気になれば天の川まで見えるのだが、まぁそれはそれとして。
ふと窓の外を見上げた俺は目撃したのである。
控えめなネオン街と夜の星空を背景にして宙を舞う、ぴっちりスーツのお姉さんの姿を。
…………今世の日本に東京キングダムはない。ついでにアミダハラなるけったいな都市もない。無いったらない。
帰ってから必死でネット検索したからね。あったら絶対行ってるわ。むしろ魔族側に属して狼藉の限りを尽くすまである。
だって対魔忍ですよ? 感度3000倍ですよ? 淫紋やらで改造しなくともオークの巨根で悦ぶことができる肉体強度のお姉さん(捨て駒上等)とか、任務失敗に見せかけて拉致って犯して連れ帰ってるわ。
でもそんなものは無い。無かったのです。
ありもしない浪漫を求めて帰宅してから数日間をネットに張り付き、結局その結論に至って悔し涙に呑まれた中学三年生の秋の話である。ちなみに検索中ムラムラして出した10リットルの精液は深夜の溜め池に放出した。
――さて、本題に入ろう。
京都の屋根を疾駆する破廉恥スーツお姉さんは俺の目の錯覚だったとあのころは結論した。しかし最近になってここが『魔胎都市』の世界であると判明し、ひょっとするとアレって仕事着を装備した退魔師のお姉さんだったのではないかと気づいた。
もう十年以上も前から峰不二子スーツが彼女らの正式装備であったことを思うと、つくづく気の毒でたまらない。
大体アレって何なんだろう。明らかにラバースーツの質感だしテカテカ光沢も放っているし、水を弾いているところも確認した。多分あの下では激しい戦闘で発散された汗が蒸れ蒸れになっているに違いない。
しかし、妖魔淫獣の白濁体液だけは普通に浸透して肌を犯すのはどうしてなのか。
明らかに防具として欠陥では? 防弾ベストとか見てみろよ、ライフル弾は防げなくとも散弾くらいなら受け止めようって言うのがコンセプトだぞ。ならスーツは妖魔が弾幕代わりにぶち撒けてくる液体くらい弾いてしかるべきでは?
見た感じラバーな質感なのに、いざ犯される時になると股間部分の伸縮性が異様に発達して見えるのも気になる。生地ごと肉棒を挿入可能なくらい伸びるって、それほとんどコンドームみたいなもんやん。
――――つまり退魔師スーツとはコンドームの一種だった……?
いや、結局精液が生地を透過して膣内に注ぎ込まれるからコンドームの役目さえ果たしてねえや。はぁマジつっかえ。
――本題に入る前に脱線していた。話を戻そう。
トーキョー湾に侵入した妖魔入りの輸送船の話は、当然仲介屋のおっさんを介して俺にも伝わっていた。……まぁ、漂着する前に対処できなかったのは遺憾極まる話である。
トーキョーに湧いた怪異は真っ先に潰すと決めていたのだが、すぐ前日に阿波の化け狸の取り締まりがあったのと、夜中に初穂が熱を出してかかりきりになってしまったのだ。
まあしゃあないわ、七つまでは神の子やもん、大事にせんと。
病院に行ったり汗を拭いたり手足を温めたりで世話を焼いていたら、今度は咲耶がダウンした。疲労とストレスがたまっていたのだと思う。
これも放ってはおけないので調子を戻した赤ん坊をあやしながら布団で寝かしつけたり精のつく食事を用意したり、下の世話をしようとしたら真っ赤になって拒否られたりしつつ、どうにか二人とも持ち直したのが昨日の明け方の話である。
念のため丸一日は様子を見て、どうにかこうにかお仕事へ赴くことができたのだった。
しかし、依頼は受けたものの到着したころには周辺は官憲が網を張っていたし、所々には退魔師の気配もあった。完全に出遅れである。
しかし最近の退魔師は初動が随分と速くなった印象がある。そしてついでにお役人とやたら連携してくるようになった。
俺が国内の妖魔を片っ端から潰して回っているから、食い扶持に困った末の苦肉の策なのだろうと思う。通報から退魔師への割り振りがシステム化されたのか? 必要に駆られないと変化できないのは御上の悪癖ではなかろうか。
警察官の囲みをすり抜けたり強引に突破するのもできないこともないが、とりあえずは当の輸送船を一望できるビルの屋上へひとっ飛び。高みの見物と洒落込んだ。
実際、異界化が船の内部に限定しているぶん大した妖魔ではないだろうし、だったらここまで大仰に立て込ませてくれている連中の手際を見てみたいというのがあったからだ。
そして出てきたのが神守清華。円城咲耶亡きあとに『現役最強』を継がんとする破廉恥シスターである。
聖女の手腕は見事なものだった。当たるを幸い纏わりつく触手をちぎっては投げちぎっては投げ、鍛え上げた脚から放つ爪先は切れ味鋭く妖魔を断つ。
鬼気迫る勢いで触手の群れを駆逐していく姿は、まさに円城咲耶の再来と呼ぶにふさわしい。なるほどこれなら日本の退魔界も安泰だろう。
――だがしかし、彼女の戦う姿を眺めて気になることがいくつか。
どうして淫紋がオーバーフローしてるんですかねぇ……?
なんで淫紋が最大に励起してるの? おかしいやん明らかに。
あの子に淫紋刻んだのもう二年も前やぞ。それも舐めた指先を口の中に突っ込む形で効果は最低限。遭遇した時の記憶を封じるだけの淫紋第一段階である。
普通にやっていれば浸蝕が進んでも第一段階に留まるはず。それなのにあいつはどういう絡繰りか第二段階の生命力活性にまで淫紋が進んでやがる。
妖魔の体液の飛沫を浴びれば浴びるほどに淫紋は光りを強め生命力を強化し、それを受けて清華の戦闘スタイルはますます過激にシフトしていった。
なんでや。おかしいやろアレ。なんでお前絡みついた触手を引き千切っとるねん。そこは原作やと呆気なく捕まるパターンやろ。そして殺した触手を踏むなブーツに汁がにじんどるやないか。
いやそれどころじゃない。生命力活性にだって上限というものがあるわけで。どんなに
神守清華の場合、第二段階が最大限に励起している上に第三段階の肉体改造にまで王手がかかっている。ありえない。
淫気を燃料にする俺の淫紋が自然成長で第三段階にまで進む?
――ありえない。断食ダイエットで20キロ太ったくらいありえない。どんだけ運動嫌いなデブでも痩せる奴だぞそれ。絶対何か間食してるだろ。
それもそこらの妖魔が垂れ流してる系の薄味
マジカルチンポの称号は伊達ではないのだ。肌に触れれば感度が跳ね上がるし、匂いを嗅げば発情し舐めれば身体の疼きが収まらなくなる。媚薬としては魔胎神を上回る代物である自信があるのだから相当である。
しかし生憎と俺に精液風呂の趣味は無い。ていうか気持ち悪いやろ実際。
尋常じゃない射精量のせいで意図せずぶっかけた精液がローションみたいになることはあれど、わざわざ浴槽に溜め込んで浸からせる? ないない。咲耶にだってやったことはない。むしろ咲耶は中出しで膣から溢れた精液すら舐めとって飲み込もうとする女だ。風呂に溜めるなんて言ったら…………あれ? ひょっとして悦ぶ?
……いや、まぁいい。再び話を戻そう。
神守清華の淫紋が進行している。これは明らかに異常な事態でありどないしよう案件ではある。しかしそれ以上に座視していられない衝撃の光景を俺は目の当たりにした。
本来起こりえない淫紋のオーバーフロー。それこそ俺の精液を直接ぶっかけでもしない限り発生しない急速な浸蝕が彼女の身体で起きている。
事実として船に乗り込んだ途端、彼女に刻んだ淫紋は最大限に励起して生命力を活性し、それをなお上回る勢いで船の淫気が神守清華を汚染していった。
どうして? どんな理屈でそんな淫液をたかだか輸送船に収まる程度の淫魔が精製できる?
前述したようにあそこまで高濃度の淫液を溜め込むとなると、最低でも魔胎神レベルの高位魔性でなければ理屈が通らない。だというのに現場から伝わる気配は脆弱に過ぎる。
何もかもがちぐはぐすぎる。これではまるで、最近になって挿入抜きで女退魔師をアヘらせることができるようになった肉塊君みたいじゃ――
――――――んんんんんん???
どうして、あの船から肉塊君と同じ気配がするんですかねえ……?
――――しばらくお待ちください――――
Q:戦犯は誰でしたか?
A:仲介屋のおっさんでした。
正確には過去におっさんが属していてイバラの姉妹によってとっくに潰れた秘密組織、その残党の仕業だったとな。
それまでに俺が提供していたマジカル精液を使って培養したのが肉塊君なら、より催淫作用を凝縮した因子をイソギンチャク型の妖魔にぶち込んで育て上げたのがあの妖魔なのだと。つまりアレは肉塊君の兄弟というワケだ。いらねえ。
研究組織はナチスドイツの系譜を踏むカルト集団で、ヨーロッパ各地に根を張る秘密結社である。便利だなぁナチス。ジオンよろしく残党だけで本来の数を超えているのではなかろうか。
サメ・ゾンビ・ナチ。この三要素が出てくる映画は大体クソである。御多分に漏れず今後のヨーロッパでクソのような触手テロが発生するに違いないのだ。
「――――そういうわけで、しばらくヨーロッパに渡る」
「そんな……」
「あぶぅ」
その日の夕食を終えた頃、断腸の思いで切り出した俺に返ってきたのは悲痛な表情だった。
胸に抱えた赤ん坊は元気におっぱいにしゃぶりつき、モリモリとご飯タイムである。
「ヨーロッパは教皇庁のお膝元。彼らでは対処できないのですか?」
「出来る出来ないの話ではない。顔も知らない他人に尻拭いなど任せられん」
実際は顔も知らないどころか敵対勢力である。
でも是非は無いのです。これを放置すればマッチポンプのそしりを受けること待ったなし。転生してやったことが某骨魔王リスペクトだなんて冗談じゃねえ。
退魔師を殴って非難されることは甘んじるにしても、カタギの人間に手を出す触手を生み出したとなれば俺のプライドが許さない。どうにかして表沙汰になる前に闇に葬らなければ。
俺の固い意志を確認した咲耶は、悲しげに眉を寄せて俯いた。
「それで、期間は?」
「最低でも一か月。長ければ三か月ほどだろう」
「そんなに……」
これでもかなり短く見積もっている。気配を辿って虱潰しに欧州を行脚することになるから、下手すると一年がかりの大仕事になりかねない。
もちろん、隙を見て日本に帰るつもりでいるし、最近めっきり減ったとはいえおっさん越しに入ってくる依頼は即行で片付けるつもりでいる。
問題はその間、マイホームでだらだら過ごす余裕が消滅してしまうという点だ。
初穂も離乳期が近い。そろそろ喃語ではなく意味のある言葉を喋り出す頃だ。その場に居合わせられないのはとても辛い。
考えてみて欲しい。母親を「まんま」、車を「ぶぅぶぅ」と指差して呼ぶのに、自分に対して何も言わず首を傾げる赤ん坊の姿を。心折れるかもしれん。
「……毎晩、写真をメールで――――いや、動画をメールで送ってくれ。生活に不都合があれば俺の実家に来るといい。話は通しておく。なんなら仲介屋に助けを求めるといい。本来はあいつが元凶だ、ベビーシッターの真似事くらいはできるだろうよ」
心残りが無いよう伝えられることを思いつき次第口にする。そんな俺のことなど露知らず、赤ん坊は気ままに母親の胸に抱き着いてうつらうつらしていた。
咲耶は優しげな目つきで赤ん坊の頭を撫でると、
「――――でしたら、残してほしいものが」
「あん?」
「わたしの身体に、残してくれませんか? あなたの跡を、消えないくらい」
……うむ。それは―――――うむ。
「…………久々に、いじめてやろうか」
「――――」
すっと顔に朱の差した彼女を、胸の赤ん坊ごと抱きすくめる。潤んだ瞳とかち合い、どちらかともなく唇を重ねた。
――――その先のことは割愛する。俺の口から語ることでもあるまい。
ただ、一つ気になったことといえば。
清華の淫紋について言及した際、咲耶の目つきがやけに妖しかった。嫉妬だろうか?
二度とそんな考えが浮かばないよう、今夜は徹底的に躾けてやらなければ――
ちなみに原作を知らない方のために説明しますが、『魔胎都市』シリーズの凌辱は『対魔忍』のように痛みや苦痛を与えるシーンがほぼありません。むしろこの二次作品の方が尻叩いたり窒息させかけたりで描写がハードかもしれません。
ゴミのように退魔師に踏み躙られながら相手には徹底的に快楽しか与えない触手。
つまり魔胎都市は純愛ものだった……?