一時的代理春庭幻覚 作:虫餃子
また産まれる、穢れの象徴達が、蛆虫達が
ぼちゃり、と汚い音が腐臭渦巻く虫の巣に響く
煌めく純白だった髪も若々しい美肉も粘液に塗れたまま、シロタエギクと人の世界で呼ばれていた苗床は巨大な蛆虫を産む
子宮の中で孵化した幼虫が産道を通り抜ける度、溜息じみた呻きも漏れ出す
ぐねぐねと気色の悪い擬音が聴こえてきそうな蠢き方をしながら、蛆虫は借り腹の母の乳を吸う
美味そうに音を立てる蛆虫、空になった胎を再び卵で充たしてやろうと覆い被さる大蝿などいないかのように、シロタエギクは硝子玉のように濁り果てた眼を虚空に向ける
身体は勝手に反応して喘ぎやらなにやらを漏らすが、害虫討伐に失敗した時のいつもの事だとして割り切った心には、諦め以外何も浮かんでいなかった
魔力と加護の適性により永く生きてきたシロタエギクは、幾度となくこんな経験をさせられ、慣れ切ってしまった
花騎士になった当初、初めて害虫に敗北し、連れ去られ犯し尽くされた時こそ絶望に打ちのめされた
救助が間に合わず、巣の中で第一子たる異様で醜い芋虫を産んだ時は、発狂寸前にまで追い詰められた
それから何匹か産んだ所で救助されたが、シロタエギクの胎はとっくに異常をきたした後だった
害虫の子を孕みやすい子宮を得てから、優先して倒すべき花騎士としてではなく、囚えるべき孕み袋として害虫の耳目を集める生き方が始まった
ある時は蠍害虫に囚われ、孵化と共に硬化していく外殻で子宮内壁を刮げられ怯え泣いた
またある時は不浄を好む蝸牛の卵を腸内に産みつけられ、孵化した子供達に腹腔内の汚物を貪られる感覚に戦慄した
蛭の幼虫に吸われた乳房が毒で肥大化して火照り、疼きに耐えきれず乳房をもっと吸ってほしいと必死に懇願した事もあった
女王蜂を喪った巣の中核に埋め込まれ、女王代理という名の苗床として丁重な世話をされながらの苛烈な種付地獄に落とされた時も
複数種類の害虫に輪姦され、一斉に孕まされた子供達で臨月腹が裂けそうになった事すらある
等しくシロタエギクの心を甚ぶり、絶望に堕としていった記憶だ
だが一際惨く、魂に諦念を刻みつけたのは、我が子に孕まされた時だった
産みつけられた卵ではなく、害虫の精子と自分の卵子が混ざって産まれたシロタエギクの実の子が成長し、血を分けた母親である彼女を女として求め現れたのだ
花騎士を実の母だと理解しているのかどうか、白い髪と髪飾り状の外殻を付けた黄金の複眼の害虫は、シロタエギクが他の害虫に倒され攫われる寸前に現れてその害虫を殺した
彼は負傷した母親の姿に不可思議な興奮を見せて他の害虫を殺害した後、拙いながらも人間の住居に似た木造の巣にシロタエギクを攫い、苗床に死なれては困るとでもいうのか治療した上で執拗に乳房を吸いながら彼女を汚した
何か語りかけるように鳴き、自然の中で見つかる綺羅びやかなものを大量に巣に持ち込み、拘束もしていないシロタエギクの周りに飾り付けては交尾を繰り返した
シロタエギクと息子は異常に身体の相性が良く、それまでの害虫による苦痛しか感じない交尾に慣れていたシロタエギクを幾度となく絶頂に追い込んだ
決して暴力的ではない挿入は、年月を経てシロタエギクの心深くに沈められた雌としての渇望を優しく暴き出していった
光り物の数が増える度に交尾の快感は増していき、巣に持ち込まれたそれが百個を越えた日、遂に屈服を宣言させた
わっちはそなた様のものじゃ、そなた様の女になる
肉欲に負けて自暴自棄に近い心持ちで吐かれたその一言は、母子にして夫婦、それも虫と人という不道徳の極みという表現でも足りない冒涜者へとシロタエギクを貶めた
以降、巣に持ち込まれる物はより高価そうなものとなり、その計が二百に至った日、シロタエギクは快楽に溺れながら子を産んだ
臍の緒で繋がった子であり孫であるものを眺め、シロタエギクは真っ当な人らしい幸せを諦めた
そして夫となった我が子、元気に育った孫達を救援部隊に皆殺しにされ、女としての幸せを諦めた
愛情など無かったのに、死んでいく子孫達の姿に自然と涙が溢れ、もう自分は人間の女としては終わったのだと悟っていた
これまでの息子害虫との生活の中に、ある筈がない愛情の幻影を見出してしまったからだと思い込んだ
再会した時の奇妙な興奮は、自分を傷付けられて怒っていたのだと
不器用な治療を施したのは、純粋に自分を癒す為だと
土埃に塗れた光り物は、自分への贈り物だったのだと
救出部隊の突入直前、我が子が宝石を括り付けられた不格好な金属の輪、丁度自分の薬指辺りに嵌りそうな大きさの金属輪を差し出してきていたのは、今更ながらの求愛だったのだと
愛情がある筈がない、害虫が愛情を抱く筈がないと繰り返したが、涙は止まらなかった
暫く後、千の足の箱舟計画が完遂された頃、シロタエギクは所属していた騎士団の団長に誓いの指輪を贈られた
害虫の渡そうとしていたものとは格が違う、シロタエギクの好みの造形を施された特注品だった
シロタエギク救出の最中で騎士団長に踏み潰されて壊れたものとは違う、真心と愛情の塊だった
シロタエギクの心に刻まれてしまった傷を自分が癒す、絶望の記憶を全て自分との思い出で塗り潰すと宣誓していた
すべてを
返事は
何事にも終わりは来る、シロタエギクの魔力も延命も限界はある
外見は未だに若々しく美しいまま、過去に花騎士だった女として、田舎で小さなパン屋を営む彼女の終焉も近付いていた
既に彼女が数多の虫を産み、害虫の妻となると誓った事実を知る者は存命しておらず、ただ年故に結婚はもう考えられない、生涯独身を通すという言い訳を皆信じていた
それでも一人だけ、何度も結婚を申し込んでくる男がいた
産まれた時から面倒を見ている、何か奇妙な縁を感じる相手、基本的に黒髪黒瞳の春庭男では珍しい白髪金眼、シロタエギクに似た外見の男
成人もしていない頃から、彼は何処からか調達した銀や金や虹に輝く花弁に似た宝石をシロタエギクに贈り、愛の言葉を囁いた
花騎士であった頃、一度だけ彼女を完全に隷属させた相手を思い出したのは、丁度男が成人した日、拒んでも何度も持ってこられた宝石ではなく、手作りらしい不格好な指輪を持ってこられた日であった
見間違いようのない、まさしくあの害虫が自分に渡そうとしたものと完全に同じものであった
結婚して、自分だけのものになって、そう言い続けてきた彼は、遥か昔に自分が産んだあの害虫の生まれ変わりなのだと思った
それほどまでに自分を求めているのだと
わっちはそなた様のものじゃ、そなた様の女になる
遥か昔に一度だけ屈服した時と同じ言葉と共に、シロタエギクは人の男を受け入れた
男に抱かれ、遥か昔の交尾の記憶のままの攻め方に、シロタエギクは幾度となく絶頂させられ、まるで待ち望んでいたかのように子を孕んだ
子や孫達が見守る中、男とシロタエギクは手を繋いで床に入っている
男はシロタエギクの加護と魔力の枯渇による衰弱に合わせるように身体が弱っていった
両親に似た純白の髪と黄金の眼の子供達が啜り泣く
二人を呼ぶ声に、殆ど見えなくなった目でどうにか家族の顔を眺め渡す
子を産んで幸福になれるとは思えなくなっていたシロタエギクが、自ら求めて産んだ子供達
絶望から塗り替えられた記憶に満足そうに微笑んで、先にシロタエギクが、次いで男が安らかな眠りに落ちていった
シロタエギクの末期は幸福だった