一時的代理春庭幻覚 作:虫餃子
婚前交渉はダメ、絶対ダメなの
嘗て花騎士レモンが騎士団長に向けて怒りと共に放っていた言葉
それは今、悍ましき陰茎を猛らせた害虫に向け、恐怖と悲哀、絶望の感情と共に放たれていた
どうしてこんな事になってしまっているのか
深い森の奥地に存在する不自然な広場で、手足を粘液で固定されたオレンジ隊の隊長は、交尾を強いられそうになっている部下の悲鳴や助けに来た数多の花騎士の怒声、害虫共の雄叫びを耳朶に響かせながら呻く
その腹部は引き裂けていないのが不思議な程に恐ろしく膨れ上がっていて、内側から無数の鼓動と蠢きを頻りに伝えてきていた
しかしそれは彼女自身の子供ではない
虚空を見つめケラケラと笑い続ける、廃人そのものの姿を晒す花騎士ユズと実妹ミカンの胎から移り住んだものだった
果実を専門に輸送するオレンジ隊は、収穫祭を間近に控えたその日も問題無く仕事を終えられる筈だった
特に害虫に襲われやすい物品である果物の護衛である以上、害虫の襲撃など日常茶飯事
しかしその日の襲撃者は明らかに様子が違った
甘い果実を二の次に、それを守るオレンジ隊の面々を目当てに襲来した蜻蛉害虫共
スプリングガーデン全土を見渡してもまず見られない、大型の蜻蛉害虫という異物までもが加わった一団
その時は最年少で経験の浅いユズが捨て身同然の突撃を腹部に食らい失神して囚われた
勿論即座の奪還を試みるも、欲張らず逃げに徹した蜻蛉共からユズを取り返す事は叶わなかった
財力や人脈を活用し捜索を試みるオレンジに、まるでその行動を嘲笑うかの如く害虫達が振る舞う
蜻蛉害虫共が再び襲いかかってきたのだ
それも今度は、ユズの所属していた騎士団とユズ捜索会議を開く為に移動していただけのオレンジ隊に
何も輸送していないにも関わらず
唐突な襲撃にもどうにか対応した筈だった
共に戦っていた妹の姿は、影も形も無くなっていた
誰でも良いからリンゴの行方を探す方法を教えてくれ
アプリコットは何処に連れ去られてしまったんだ
ビワが、俺のビワがいなくなってしまった
ブラックベリーが傍にいなくちゃ俺は未来が見えないんだ
絶望が溢れ返る会議室
泣き悶える団長達
被害は果実の名を持つ花騎士ばかりで、まるで害虫まで収穫祭に備えているかのよう、と思ってしまう
そんな下らない事を考えてしまう程に冷静さを失っていると自覚するオレンジに、付き添う彼女の団長も物思わしげにしながら声をかける
何も大丈夫ではない、しかしオレンジとて一つの部隊の長である、最悪の事態は覚悟している
覚悟していた筈なのに
帰路についたオレンジらを蜻蛉共が再び襲った時、全く覚悟など出来ていなかったと気付いた
身近な者を奪われた経験の無い彼女に、冷静さを求めるのが無理だったのだ
大切な妹を、仲間を連れ去ったものらに飛び掛かったオレンジもまた、冷静さを失いその速度に翻弄され、武器を残して連れ去られてしまった
まるで団長とオレンジの運命の赤い糸を裁ち切るように、大鋏は二人の間で地に突き立った
運ばれるオレンジ
その先、深い森の最中にあったのは人にとっての地獄そのもの
不自然に切り開かれた森の広場で、粘液や粘糸によって拘束された花騎士達を陵辱する様々な種類の虫共
無残な被害者達の間を縫ってオレンジは運ばれてゆく
害虫に抱かれ、妄想の世界に逃げたボンネットを被る少女の横を通る
団長さん好き、大好き、もっとオチンチンでオマンコじゅぼじゅぼして
悍ましい虫けらを愛しい男と思い込み疑いもせず熱心に交尾をねだるアプリコット
腹を大きく張らせ、無数の妊娠線を走らせる稚児髷の少女の横を通る
赤ちゃんできちゃったの秘密、団長の所に帰れなくなっちゃうから秘密、ずっと秘密、死んでも秘密
涙を滂沱にしながら陰鬱に呟くビワ
股座から醜悪極まる芋虫を何匹も這い出させる、桃色の短髪の少女の横を通る
花騎士の皆さんは、害虫の苗床になってしまってもお美しいですね
焦点の合っていない瞳をぐるぐる巡らせながら、素っ頓狂な声音で叫ぶリンゴ
幼虫に授乳を強いられる、薄紫の髪を横に纏めた妙齢の女の横を通る
ごめんなさい団長くん、穢れた私にはもうキミの赤ちゃんを産む資格がない、ごめんなさい
俯いて啜り泣く間も虫に乳を吸われ続けるブラックベリー
それだけでは済まされない
膨らんだ腹が陣痛を訴え、幼子のようにやだやだと泣きじゃくり出産の始まりを拒絶するサンカクサボテン
こんな子供いらない、害虫の子供なんかいらないと嘆いているザクロ
虫をどぼどぼ勢いよく産みながら目をかっと見開き、狂ったように騎士団長の名を呼び続けるアケビ
向かい合わせにされながら虫を産道から放り出し、姉妹の産んだ幼虫に胎内へ入られそうになり訳が解らず錯乱するプラムとプルーン
果てには花騎士として最低最悪の屈辱に歯を食い縛り、苗床としても異常なくらい腹を膨らませて汗みずくで虫共を睨み付けるブロッサムヒル有数の実力者ウメが地面に貼り付けられた姿まで見せられる
希望を打ち砕く光景は以降も続き、虫地獄の新参者たるオレンジにとっての最悪を以って終点に行き着く
それらはユズとミカンと呼ばれていた肉の袋
いなくなってからそれほど経っていない筈なのに、二人の精神は完膚なきまでに砕き壊されていた
虚空に向く、全ての刺激を拒絶した光の宿らない瞳
意味もなく口から溢れ出している笑い声
オレンジに名を呼ばれてもぴくりともしない二人
何ヶ月もの間苗床にされた花騎士によく見られる惨憺たる姿
更には虫に満ちた腹部、内部の蠢きが皮膚を通しているのに一目で解る充満ぶり
オレンジとて経験を積んだ花騎士、苗床にされていた花騎士の救出部隊に参加した事くらいはある
だが二人の大きく膨らんだ腹部は、今までに見てきた苗床よりも、それこそこの害虫繁殖空間の中でも類を見ない程に膨張し果てていた
もし正気が残っていたら苦痛は相当なものだったであろう
自分も虫に汚されるのか
運命の人でありたいと願っていた団長に顔向け出来ない穢れた女に堕とされるのか
ユズとミカンの傍に横たえられ、手足を粘液で戒められてしまったオレンジの表情に絶望が浮かぶ
だが現実は更に悪辣であった
妹と部下の体が激しく震え、全身から酷く汗が噴き出していく
蠢いていた臨月腹が異常なまでに隆起と陥没を繰り返し、産道から羊水らしきものが噴き出してくる
産まれるのか、この世に存在する事すら許せない、大切な人達を穢す命共が
戦慄するオレンジに、二つの臨月腹に巣くっていた者共が続々と姿を現す
愕然とした
産まれてきた奴らは、一種類ではなかった
芋虫、水蠆、蟻、蠍、蝸牛、蜂、竜蝨、蛞蝓、蛭
何種類もの害虫の幼体が放り出されてゆく
ユズとオレンジは孕まされたのではなく、保育器のような道具として扱われていた
そして保育器から解放された幼虫らは、唖然としているオレンジの股座目掛け、統率されているかの如く一直線に進んでくる
生きたまま餌にされるのか、と背筋が凍えるも、すぐにまた別の深い恐怖で塗り替えられる
先頭に立っていた芋虫が、オレンジの産道を逆流し始めたのだ
先程見たプラムとプルーンの姉妹が互いの子供にされていたのと同じく
違うのは、オレンジの中に入り込もうとしている数が、圧倒的であるという事
芋虫に続いて子蟻、子蜂等が押し合い圧し合いしながらうら若き乙女の産道と子宮を陵辱し、激しい痛みを与えてくる
わけがわからないながらも、これから自分が受ける拷問的な時間に死を意識する
例えどれだけ頑丈な花騎士であろうとも、二人の花騎士の胎内に無理矢理収まっていた幼虫を全て一つの子宮に収められては保つ訳がない
だが恐怖するオレンジの首筋へ鋭い痛みが走ると、まるで体の内部が蕩けたような錯覚を覚える
蜂害虫の毒針、全身の筋肉が弛緩して幼虫共が苦痛も抵抗も無くするりと胎内へと侵入するようになった
体の痛みは無くなったが心は苦痛を訴える
絶望で叫びたい気分だったが、どこまで筋肉が緩んでしまったのか、全てを諦め溜息でも吐いているような声しか漏らせない
虫共は容赦無く侵入する、全て移り住んだ時にはオレンジの腹部は先に見たウメの腹に匹敵する程膨張してしまっていた
皮膚や臓器の体細胞も緩んでしまったか、腹は引き裂ける様子も無く、ぼこぼこと寄生者達の挙動を露わにする
腹の中から伝わってくる無数の鼓動、蠢きが、オレンジの肉体も魂も穢しているようだった
どういう意図があるのか、オレンジは時折食事と思しき木の実を潰した汁を飲まされ、一日一回蜂害虫の麻痺毒針を刺される以外はそのまま放置されていた
固定されていてうまく確認出来ないが、どうやらウメもオレンジ同様の扱いを受けているらしい
どういう基準があるのか、どうやらプラムもウメ、オレンジと同じ分類を受けたらしく、プルーンはそのまま苗床にされていたが、そのプルーンが産んだ子供や他の花騎士の産んだ幼体を無理矢理腹の中に収める事を強いられていた
相変わらず腹の中で幼虫は四六時中蠢き、すくすくと成長を続け、最初の侵入時点より彼女の腹を二回り程大きくさせている
そんな生活が終わったのは、新たにクコという幼い花騎士が攫われてきた日だった
しきりに難しい言葉を叫び、仲間らしき者達の名を呼ぶ彼女もまた、蜂害虫に麻痺毒を打ち込まれ、泣きながら子宮を幼虫の容れ物にされていた
元から小柄故か、収まる虫の量はオレンジらに比すれば少ないようだが、それでも童女が決してこの世に晒してはならない、忌むべき臨月腹となってしまっていた
その日の夜、オレンジとウメ、プラムは地面から引き剥がされ、クコと共に広場で最も勇壮な大樹に貼り付け直された
そして他の花騎士達はその樹木を中心として何か陣形でも描くように地に並べられた
何が起こるのか、固唾を呑むオレンジの前、害虫らはどこから持ってきたのか金属の小箱や木の枝等を組み合わせ、篝のように見える物を作った
まさか、と思うが早いか、害虫は篝火を焚き、何か得体の知れない舞踏めいた動きを始めた
まるで人間が祭をするのを真似るように、収穫祭で農民が豊作を願うように
踊りや歌、得体の知れない儀式
害虫式の祭の進行は、誘拐犯共の行方を突き止め、周到に準備された救援部隊によって遮られた
悍ましき性の祭、虫けらが行うなどおこがましい祭典は、しかし暴力による妨害にもただ屈しはしなかった
複数人の団長と数多の花騎士の襲撃の中でも、好みの花騎士を捕縛し、せめて種を遺そうと陽物をいきり立たせた
前戯など無い、ただ子を成す為だけの交尾の標的となったレモンが押し倒され、陰茎で貫かれる
咄嗟にブンタンがその虫の頭を叩き砕くも、痙攣する死体は容赦無く精巣内の全てを幼い女陰にぶちまけ、そこで漸く未練を全て解放したかの如く動かなくなった
そういった新たな地獄を作り出しながらも、地獄からの解放戦線は制圧を進めてゆく
篝火は破壊され、混乱する害虫が粉砕されてゆく
救われてゆく花騎士達、今は傷ついていても、時間が解決してくれる事もある
だがそのままでは絶対に救われない者がいた
その一人、オレンジは絶望の面持ちで解放者達から顔を背ける
彼女の愛しい男が、自分の名を呼ぶ男が、近づいていた
同時に、この世界の悪意が形になったように、腹の中で蠢く幼虫達が、常とは異なる動きを見せていた
出てこようとしている
入ってしまっているのはどうしようもないが、どうか、せめて、彼にその最悪の瞬間を見られる前に、彼に虫の子共を宿した姿を見られる前に、出て行って
そう願った瞬間、団長とオレンジの目があった
団長の視線が、オレンジの異常に膨らんだ腹に向けられた
直後、腹に満ちていた虫達が重力に従い、一斉に産道へと殺到した
見ないで、声なき声で絶叫するオレンジの思いも虚しく、彼女の中から無数の虫が産まれてくる瞬間を、放り出されていく全ての虫を、彼女の愛しい男は余す所無く見てしまった
それはウメを、プラムを、クコを助けに来た騎士団長達も同じだった
オレンジの騎士団長と行動を共にしていた彼らもまた、オレンジに次いでウメの中から、プラムの中から、クコの中から、幼虫が溢れ出す様を、見尽くしてしまった
周囲から害虫共の声は途絶え、救援部隊が被害者達を労る声が聞こえてくる
壊れた被害者の笑い声に、悲しむ声が聞こえてくる
体は救われても、心は救われない
自分と同じように俯く三人の隣、一切の希望を失ったオレンジは、恐る恐る歩み寄ってくる愛しい人らの足音を聞きながら、全てがただの悪い夢になる事を願い、意識を途切れさせた