The Works of Black Bird ~Ventangle二次創作~ 作:Reyo
今日の仕事場は、外壁区と港湾区の境目だ。物資の出入口たる港湾区と人の行きかう主要区画たる外壁区、その境目ともなれば利便性は十分。企業が再利用に乗り出すのも当然だし……ならず者が住みつく機会も立地柄、増える。
(さて、と)
鼻息を漏らしながらユウは仕事場――ならず者が占拠したビルを見上げた。
建築様式は、次々と新築や増築される物件の立ち並ぶ堕天特区の中では古い方に入るだろう。周囲の建物と比べて一回りは広い敷地面積と3階建てという控え目な高さは、そのビルがまだ土地のあり余っていた堕天特区黎明期の建造物だと察させた。
管理会社がついて年に数度程度は手が入っていたのもあって外装の痛みはそこまで酷くはない。とはいえ、このまま再利用するのか、解体・再建築するのかはユウという一介のハンターにとっては関係のない話だ。
(馬鹿と煙は高いところが好きだっていうし……そもそも、真正面からお邪魔してやる義理もないもんなぁ)
腰のポーチから端末を取り出し、事前にハッキングしておいた周辺の監視カメラ映像を確認しながらユウは侵入ルートを考える。
朝6時――堕天特区の最下部にあたるこの場所では、高層ビル群に遮られて太陽光もまだ遠い時刻。ターゲットたるジードたちはそんな時間に見張りや歩哨を立てる程に訓練された集団でもなく、黎明の闇に紛れるのならルートは幾らでもあった。
「とりあえず……」
考えがまとまって呟きを漏らしながら、ユウはジャケットの袖口からワイヤーを引き出す。
ヒュン、と風を切る音と共に先端にフックのついたソレを投げ、目指すのはビルの屋上だ。建造物同士の隙間でワイヤー片手に壁を蹴り、身軽に上っていく姿は見る者が居れば感嘆しただろう。
『随分、上手になったものだねぇ』
『酒呑たちが鍛えてくれたからね』
実際、霊体化してユウの仕事に――それこそ数年振りに――付き添った酒呑童子は、様々な手ほどきを施した少女の成長に嬉しそうな思念を漏らしていた。エルフたちの持つテレパスに似た霊的な会話方法もまた、酒呑童子たち閉暗京の面々がユウに教えた技術のひとつ。
そして身軽な動きのまま、前もって侵入路として眼をつけていた開きっぱなしの窓の真横にぶらさがるユウ。ワイヤーを巻き取って長さを調節すれば、それこそ壁に張り付くような姿勢もお手の物だ。
(さて……当たりかな、外れかな?)
窓から部屋をのぞき込むユウ。角度的に部屋の全てが見えるわけではなかったが、それでも死角になる部分以外に脅威は見当たらなかった。
となれば、あとは突入に際してその死角をフォローすれば良い。そう判断してからのユウの行動は、まさに流れるように素早かった。
愛用のPCCを小脇に抱えるように構えながら壁を蹴って勢いをつける。
振り子の頂点で折り返した次の瞬間にワイヤーをリリース。
そのままスライディングするような姿勢になって窓に飛び込む。
ろくに掃除もされていない床は砂っぽく、ユウの着地に合わせてザリザリと噛むような音を立てた。
そして、幸いなことに死角に潜む敵は居らず……代わりにユウの視界に飛び込んできたのは床の上に文字通り転がされている女の姿だった。
「……うっわぁ」
膝裏にパイプを挟み縛り付けられた脚。パイプを介して開脚状態で固定された理由は、その女の股間から溢れ出ている白濁液が如実に示している。
命を奪われない代わりに女としての尊厳を辱められる。堕天特区ではままあることとはいえ、実際に肉便器に墜とされた姿を見るのは決していい気分ではない。
上半身に目を移せば、一般人ではそう施す事のない重サイバー化された腕部。普段であれば機能美と暴威とを併せ持つそれらは、今は無残に、そして雑に破壊されて見る影もない。
「まったく、非紳士的な」
不機嫌さを隠しもしない鼻息を漏らし、ユウは憮然とした表情のまま部屋を検める。
部屋の隅に目をやれば、ハンターであろうこの女の物らしき装備が一式。サイバーウェアを取り外して他人に移植するのは困難だが、銃や刃物は使い回しが利く……ジードたちの戦利品といったところだろう。その他にも、雑多に様々な品が積み上げられているのを見る限り、この部屋自体が戦利品庫といったところらしい。
飛び込んだ際の音で誰かしらが見回りにくることも想定し、ユウは部屋の出入り口を視界から外さないよう注意深く立ち回ったが、それは要らぬ心配という奴だった。
(そもそも、そういう意識の高い奴らだったら窓を開けっぱなしにすることもないか……)
(いやいや、油断しないっていうのは良いことだよ?)
心中の呟きを酒呑童子に読み取られ顔をしかめるユウ。
(一応、乙女の胸中なんですけど?)
(仕事の方に気が行ってるからかな? 漏れてたよ? あと――さすがにあれだけの痴態を披露しておいて乙女っていうのは……)
(……仕事に集中するから!)
一方的に念話を切り上げたユウにクスクスと笑う声を届ける酒呑童子。それに獲物を弄ぶ時の雰囲気を感じ取り、ユウは鬼神の質の悪さを思い出すこととなった。
ビルの中で動きがあるかどうかを待ちながら部屋を探ることおおよそ10分。
朝6時はジードたちにとって就寝時間らしい。誰かが様子を見に来るどころかビルの中を動く気配すらなかった。
その間にジードたちの戦利品から現金や貴金属類を漁り、財布の足しにする。
そして部屋の扉をゆっくりと開き――不用心というか無配慮というか、鍵は破壊されていた――廊下の気配を探る。
少なくとも近場に人の気配が無いことを確認し、最後にユウは床に転がされている女ハンターを振り返った。
(余裕があったら、帰り際に拾いにきてあげるよ。キミのおかげで、ジードの面々への引き金は軽くなりそうだしね)
軽く拝むような手を作り、目礼。
それを区切りに、ユウは哀れな同僚のことは一度忘れて仕事に意識を集中した。