The Works of Black Bird ~Ventangle二次創作~ 作:Reyo
Bar妖辻にて
Bar妖辻。ソーンウッドなる女バーテンダーが取り仕切るその店は、堕天特区の外壁区と宵闇区の境目……つまりは、ハンターたちのたまり場のひとつに居を構えている。
営業時間は夕方から夜明けまで。鬼であることを隠そうともしないソーンウッドの統制の元、ある程度の平穏が約束されたそのバーは、ある程度以上の知性を持つ人外たちの、そしてそういった者からの依頼で糊口を凌ぐハンターたちの絶好の落合場所でもあった。
ようは、堕天特区の中にぽつぽつと存在するそういった『斡旋所』のひとつである。
しかし、少女——ハンターネーム『ブラックバード』を名乗る駆け出しの彼女にとっては最もお気に入りの場所だ。
何を隠そう、妖辻は酒の取り揃えでは他の追随を許さない。時として神々すら酩酊させうる神酒の類まで棚に並ぶことがあるといえばその凄まじさが通じるか。さらに取り揃えられた酒の数々にまず不味いものが無いとなれば、酒を嗜む者であればその重要さが身に染みて判るだろう。
加えて、成人前に堕天特区に転がり込んだブラックバードにとっては初めての飲酒を済ませた場所でもある。定期的にこのバーに通い詰めているのは、もはや一種の刷り込みとも言えよう。
その日も、ブラックバードがそこを訪れたのは半ば帰巣本能じみた習慣から。
「注文は、いつものでいいかい?」
「うん、お願いするよ、ソーンウッド」
ブラックバードの来店を目端に捕らえたソーンウッドが慣れた様子でジンジャー・ハイボールを用意する。ナッツ類を袋からぶちまけただけのおつまみ皿とセットでカクテルがブラックバードの前に並ぶまで1分と掛からない。ブラックバードの方も、慣れた様子でカクテルとおつまみの代金丁度のプラスチック製・金属製の入り混じった貨幣を差し出していた。
「そういえば、ブラックバード」
「ん?」
しゅわしゅわと炭酸の弾けるハイボールをちびちびと舐めるブラックバードに、ソーンウッドがふと思い出したとでもいうように声をかける。
「君みたいなハンターを探しているのが来ていてね」
「へぇ。でも、まだマッチングし終わってないなんて珍しいね?」
「相手が2人は欲しいって言っててね。枠が浮いてるようなものさ」
ブラックバードは決して名うてのハンターというわけではない。むしろようやく一人前として名前が通り始めた程度の駆け出しだ。
だからこそ、こうやって仲介人から紹介される依頼を逃す訳にはいかない。ソーンウッドもそういったハンターたちの懐事情を知っているからこそ、常連客のひとりであるブラックバードにその話を切り出したのだろう。
「依頼人は一度出直すといっていたけど……」
「あら、それは私の事かしら?」
その女が文字通り魔法でも使ったように現れたのは、ソーンウッドが依頼人の特徴を伝えるべく口を開いた瞬間だった。
瞬間移動。科学的に突破できない筈の光速を越えた移動。それを可能とする魔法は、24世紀を生きる魔術師たちにとってはある意味一般的なものだ。ポータル、と呼ばれる『異界への入り口』を介することで現実世界の異なる二点を繋ぎ合わせるのは古いSFに語られたワープの原理によく似た方法である。
魔術師にとっては当たり前なその技術だが、しかしそれを行使し得ぬ一般人にとっては紛う事なき脅威。しかも、それをソーンウッドの店という他人の領域を訪れるために用いるのはある種の攻撃と取られても仕方がない行為だ。
「あまり、行儀の良い来店とは言えないね、ポルア?」
「あら、ごめんなさいソーンウッド。私の噂話が聞こえたからついつい急いでしまったの」
ニコニコと満面の笑みを崩さないポルアに対し、警戒心を隠そうともしないソーンウッドの苦言が飛ぶ。ソーンウッドとて、常人ではない。ポルアを実力行使で締めだすのも決して不可能ではないだろうし、それくらいの事が出来なければ依頼の斡旋など出来るはずもない。
だが、実力行使へと出ないのはそれが中立の斡旋者として必要な態度でもあるからだ。
「次からは気を付けることにするよ」
「ああ、是非そうしてくれ。でなければ、警告だけでは済ませられない」
そんなソーンウッドの立場を知ってか知らずか、いけしゃあしゃあと頭を下げるポルア。依頼人と名乗ったポルアが謝罪のポーズをすれば、ソーンウッドも仲介人としては苦言を呈する以上のことが出来ないのだろう。ソーンウッドの手の中でグラスがひとつ砕けたが、被害はそれだけだ。
「それで、この子ね? 調べものとある程度の戦闘力。それが両立してるハンターちゃんは」
「え……あ、うん」
苦々し気な顔のソーンウッドを後目に、まるで玩具を見つけた子供のような笑顔でブラックバードを値踏みポルア。唐突に話を振られ、ブラックバードも間抜けな頷きを返すのが精一杯だ。
「丁度よかった! バックアップの出来る子はすぐ見つかったのだけれど、フロントマンがなかなか居なくて困っていたの! 仕事の話はお嫌いかしら?」
「まさか。むしろ歓迎だけど……」
立て板に水の様相で一方的にまくしたてられ、ブラックバードは困惑の表情でソーンウッドをちらりと見る。依頼の裏取り等はハンター自身がこなすべきタスクとはいえ、そもそも依頼内容や報酬額が妥当かどうかを斡旋を受け持った仲介人に尋ねるのは珍しくない。ブラックバードの困り半分の目線はそういった意図を孕んでいた。
「変わった奴だけど、不義理はしないよ。おふざけには気を付けた方がいいけどね」
ソーンウッドからため息交じりに投げ返された人物評に、ブラックバードは「ああ、いっつもこんなペースの人なんだろうな」と、ポルアに関して深く考えないようにすることを決める。
「ありがとう、ソーンウッド。それじゃあ、ええと……ポルアさん?」
「ポルアでいいよ、ブラックバード。仕事、受けてくれるかしら」
「勿論。今日だって、僕はここに仕事を探しにきたようなものだから」
「決まりね。それじゃあ、詳しい話は私の事務所で、っていうことで」
差し出されたポルアの手を、ブラックバードは少し警戒しながらも握り返す。だが、その行為は結果的に見ればあまりにも軽率というべきだろう。
「それじゃあ、ソーンウッド。この子、借りるよ」
「ああ、死なない程度に扱き使ってやってくれ」
「えっ?」
状況に遅れたのはブラックバード只一人。
ポルアとソーンウッドが軽口を叩きあったと思った次の瞬間、ブラックバードはポルアの展開したポータルへと呑まれ、異界を介した瞬間移動で連れ去られていたのだ。
「まったく。好き勝手が過ぎる」
ぶつくさと愚痴を漏らしながら、ソーンウッドは砕いたグラスの後片付けとつまみ類の用意をし始める。
かろん、と。ブラックバードが半ばまで飲み干したグラスの中で溶け落ちた氷の立てた音だけが2人の退店を見送っていた。