The Works of Black Bird ~Ventangle二次創作~ 作:Reyo
ポルアを名乗る依頼人に連れ去られたブラックバードが辿り着いたのは、ひとめで事務室と分かる整えられた部屋だった。
(一瞬で。これが、高位魔術師の力……)
ブラックバードの姿勢は転移の前後で殆ど変わっていない。慣れない者がポータルを通った時にかかると噂されている魔力酔いさえ無い。敢えて変化点を探すのならば、腰かけている先がバーのスツールからいかにも高級そうな座り心地のソファにすり替わって、自然と足を投げだすような姿勢になってしまった程度か。
その違和感すら、意識して己を検めねば判らぬほど精密に制御された転移術。
そんな代物を行使した直後だというのに気楽な様相で来客をもてなすための準備をするポルアを見て、ブラックバードの背筋に冷たい汗が流れる。脳裏に浮かぶのは、ポルアという得体の知れない女が敵ではないことへの安堵だ。
「ささ、寛いでくれていいよ。依頼の内容はもうひとりが来てから話そうか」
そんなブラックバードの内心など斟酌もせず、ポルアは冷蔵庫から酒瓶を取り出して掲げて見せる。
「寛げ、って……」
「いやなに、仕事の説明は全員が揃ってからの方がお互いに手間がないだろう? さっき、前もって見つけておいた子にも連絡を送ったからさ。それまでの時間くらい、もてなさせてよ」
挑発的にも見えるポーズで事務机に腰を預け、どこからか取り出したグラスに酒を注ぐポルア。琥珀色のソレはかぐわしい香りをくゆらせており、決して安物ではないことを主張する。
「妖辻に入り浸ってるんなら、酒はいけるクチでしょ?」
グラスに注いだ酒をくぴりと一口。先んじて飲む事で毒ではないことを証明しつつ、ポルアはうっすらとキスマークのついたグラスをブラックバードの前へと滑らせる。
狙いすましたようにブラックバードの手の届く位置で止まるグラス。注がれた酒がゆらゆらと揺れて芳醇な香りを振りまく。
ごくりと、それを見たブラックバードは生唾を飲んだが。
「……毒見までしてくれてどうも。でも、酒は妖辻以外で呑まない事にしてるんだ」
芳醇な誘いを堪えて、スッ、とポルアの方へグラスを押し返した。
「それに、酔っぱらったハンターに濃やかな仕事の話なんてしたくないだろう?」
ブラックバードの本音としては、油断ならない依頼人を前にして酔うのは言語道断といったところ。しかしそれを上手く言いつくろうくらいの芸当は、堕天特区に来て数年もあれば出来ない方がモグリというものである。
「おや、残念……でも、自己管理が出来るのは加点かな?」
ブラックバードの返答ににまにまと笑顔を浮かべ、ポルアは戻されたグラスを取ると一息に飲み干した。
「……加点、って」
悪戯っぽい声音のポルアに戸惑いを隠しきれないブラックバード。ポルアのような手合いには真面目に応対すればするほどドツボに嵌ると自戒しながらも翻弄されるあたり、ブラックバードがまだまだ青いというべきか、あるいはポルアが一枚上手と言うべきか。
「そういえば。もうひとりはどんな人なんだい?」
2杯目を注ぎはじめたポルアに会話の糸口を探るように問いを投げるブラックバード。
ハンター同士が連携することは無くはないが、頻繁にあることではない。ハンターに斡旋されるような仕事といえば、大体はなるべく少数にしか伝えたくない後ろ暗い事情とセットだ。それが最初から2人のハンターを探すともなれば、珍しく裏の無い仕事であるか——もしくはハンターの2人程度ならば楽に対処できるほどの実力がポルアやポルアの属する組織にあるか、だ。
「そうだねぇ……」
問われたポルアは僅かに考え込むような様相を見せ、2杯目のアルコールで唇を湿らせる。
「ああ、一言で言えば……そう、ビッグだね」
「……ふぅん?」
どこか意味深に返ってきたその答えに、ブラックバードはそう返すしか出来ない。
(有名なハンターってこと? でも、それならわざわざ駆け出しの僕を使う理由が判らない。それなら、単純に大柄なのか、もしくは性格的な意味か)
即座に3つの可能性を考えて、そのうちの1つをすぐさま否定。残る2つの候補も、ポルアの言動から読み取れる範囲では決定打に欠ける。実質的にはノーヒント、ブラックバードからすれば上手くあしらわれたという感触が強い。
「っと。噂をすれば」
考え込むブラックバードを後目に、ポルアが2杯目を飲み干して空になったグラスを机の上に置く。
「来たよ、短い間とはいえ、君のパートナーだ」
事務所のドアが控えめにノックされたのはポルアの声と同時だった。
どうぞ、というポルアの声に応じてブラックバードの背後でドアが開かれる。
「失礼する」
仕事人らしいパリっとした声。それに釣られて扉を振り返ったブラックバードの視界に飛び込んできたのは肉の圧力だった。
ぽかんと開いたブラックバードの口。驚愕に見開かれた目は完全に入室してきたハンターの胸元に釘付けになっている。
とはいえ、それも無理のないことだろう。ブラックバードの目前に突きつけられているのは下手すれば片側が数キロは下らないであろう巨……爆、いや超サイズの乳なのだから。いかに堕落の極まった24世紀でも、それだけで体重の数割を占めそうなサイズの乳は非常に珍しい。まれに上流階級のエルフたちがミルクサーバーとしてデザインすることがあっても、だ。
「情報屋ポルアだな? ブラックバレルだ」
ブラックバレルを名乗ったハンターが一歩を歩むたび、その超乳がゆさりと揺れる。異性同性を問わずに視線を惹くことは間違いないだろう。現に、ブラックバードがそうなのだから。
(……っと。でも、この人、出来る)
乳の衝撃が去って、その次にブラックバードの視線が吸い込まれたのはブラックバレルの持つライフルケースだ。明らかに使いこまれた形跡、そしてブラックバレルの体捌きから垣間見えるケースが体の一部であるような所作。加えて巨大な胸に隠れる位置に吊り下げられたショルダーホルスターにはやはり普段使いらしきハンドガン。
使う得物こそ異なれど、銃を撃つ快感に惚れ込んでハンターを志したブラックバードにとっては非常に親近感の持てる人物であった。
「いらっしゃい、ブラックバレル。こっちは……」
「ブラックバード。今回は、一緒に仕事をすることになる。よろしく頼むよ」
ポルアに促されるようにして立ち上がり、挨拶のために手を差し出すブラックバード。
「ああ、よろしく。私のことはキリカでいいよ、いちいちブラックバレルと呼ばれるのも面倒だしね」
快く応じるブラックバレル、キリカ。身体を半身にして握手に応じるのは、巨大な胸が邪魔になって真正面ではまっすぐに手が差し出せない所為だろう。
が、超乳の持ち主と会った経験のないブラックバードにとってその行為は予想外の動き。常人であれば握手を交わせるような位置へ、と差し出していた手をキリカの乳に弾かれるような形になってしまう。
「おっと、すまない」
「いや、こちらこそ」
改めて互いの手を交わしつつ苦笑するふたり。
「それだけ大きいと、銃を撃つのに邪魔にならないのかい? ブラック……じゃなくて、キリカ」
「まぁ、色々と不便はあるけどね。慣れているよ」
「ああ、やっぱり。君と比べれば僕でも板みたいなものだもん」
冗談めかしたブラックバードの問いは純粋な好奇心と場を和ませる意図が混じりあっており、返すキリカも聞かれ慣れているのか軽く流す程度に収まる。何とも言えない顔で頷き合うあたりどこか通じる部分でもあったのだろう。
なお、ブラックバード自身はキリカと比べれば板、などといいつつも20代の女性としては十分に平均以上のサイズの持ち主だ。乳に関する悩みがあってもおかしくはない。
「さて、お二人さん。自己紹介も終わったみたいだし、依頼について話してもいいかな?」
いつの間にやら空になったグラスをコトンと置き、ポルアがふたりを見る。
まぁ掛けてくれたまえよ、と促されて席に着くブラックバードとキリカ。それに満足そうに頷くと、ポルアは決めポーズと共に指を鳴らす——応じて壁から現れたのは、メカニカルアームに支えられたホワイトボードだ。
(随分と劇場的な……酔狂、ってやつかな?)
ポルアの召喚に応じたホワイトボードを無駄に洗練された無駄のない無駄な機構だなと思いながらも、その酔狂を実行できるだけの財力にブラックバードは内心舌を巻く。
「二人に依頼したいのは、とある企業の下請け組織の壊滅だ。いわゆる外付け暴力装置でね、そこまで大きな組織でもなければ強い力もない。だからこそ、そこを使ってる企業への警告には丁度いいってことさ」
ペンを手に取ったポルアがホワイトボードに大書するのは『組織壊滅』の4文字。
「壊滅、とは言えその定義は? いくらふたりがかりとはいえ、所詮はふたりだ。そこをはっきりしてもらわないと、仕事の仕上げようが無い」
「そうね、流石に構成員の全滅は求めてない。頭を潰して、組織立った動きや仕事の受注ができない状態になってればオッケーかな」
ブラックバードの質問に応じて、ポルアがホワイトボードに『仕事が出来なくなれば良し』と書き足した。
「なら、やりようはあるね……細かい構成とかは?」
「詳細な人数までは判ってないけど、構成員はだいたいチンピラ崩れ。それと、ボスの警護に用心棒が雇われているけどふたりがかりなら難しくは無いと思うよ」
ふむ、と仕事の算段を考え始めるブラックバードに代わり、キリカがポルアへの質問を投げるべく手を挙げる。
「用心棒についての情報は?」
「そこまでは不明。私も仲介人でね、元請け曰くはそこまで調べなくてもいい簡単な仕事だそうだ」
肩を竦めるポルア。それくらいはハンター自身で調べろということだろう。
「……なら、警告したい企業は」
「そっちはバッチリ。NFF……ナイン・フォックス・ファウンデーション、ハンターなら聞いたことあるでしょ?」
ポルアがキリカの問いに対して提示したのは、堕天特区に暮らすハンターであれば耳にすることもゼロではないという程度の新興企業の名であった。
「ああ……僕らの仕事をピンハネしてばっかりだっていう? 素直に僕らに仕事を下ろしてくれりゃあいいのにとは思ってたよ」
NFFの名に反応したのはブラックバード。ハンターとしては最終的な決着を銃撃戦に頼るが、そこまでの道は情報収集で付けるタイプだ。日頃の情報収集の中でNFFの3文字を見かける機会は少なくなかった。
「ふふ、知っているなら話が早いね。その様子だと、こういう依頼が出回る理由にも心当たりがあるってところ?」
「むしろ、何処の誰が手を下すかで睨み合いって感じ? NFFの手足を捥ぐためなら多少の出費は厭わない連中、僕みたいな末端のハンターでも片手じゃ収まらないよ」
そういう話があれば自分も一口乗っていた、と冗談めかして笑うブラックバード。
その笑顔が何処かほの暗く歪んでいるのは、そういう相手が標的であるのならば彼女がハンターである理由——悦楽を得るために弾丸を叩き込んでいい相手にも事欠かないからだ。
「要は、NFFが調子に乗る前に下請けを潰しておいて欲しい誰かはハンター以外にも居たってことだ」
「そういうこと。まぁ、NFF社長の彼女、私のお得意様でもあるんだけどネ」
悪い顔をしたブラックバードが、ポルアのその一言で固まる。
依頼の仲介人がターゲットと関連する組織と親しい。依頼に裏があると公言するも同然の行為であるが、それに対してはキリカが呆れた様子で切り返した。
「お得意様、っていっても。お互い邪魔したりされたりの因縁の相手みたいなもんでしょ?」
「まぁね。でも、プライベートで結構気が合うのは本当だよ」
仕事とプライベートは別腹さ、と付け加えながらケラケラと笑うポルアにブラックバードが胸をなでおろす。
こういった悪戯っぽいやり取りは何時もの事なのだろう。ポルアから仕事を受けるのも初めてはない様子のキリカが手早く仕事の話をまとめにかかる。
「私はもう慣れたからいいけれど。初対面のハンターを揶揄うのは辞めた方がいいよ……それで、期限と報酬は?」
「期限は2日後、報酬はひとり頭100クレジット」
荒事にはよくあるタイムリミットに、ハンターとしては相場通りの報酬を提示するポルア。
「但し。私からのサポートは無しだ。私も忙しくてね……それに、これくらいの仕事ならハンターだけでも十分だろう?」
にんまりと猫のような笑みを浮かべるポルア。挑戦的なその言いざまは短気なハンターであればすぐさま交渉の席から離れかねないもの。
「疑わしい部分はあるにしても、それは置いておくとするよ」
依頼主や仲介人が信用できるかどうかは別として、裏取りはハンターの仕事の一部だ。疑念は調査で晴らせば良いし、もし裏があればターゲットがNFFの下請け組織からポルアに変わるだけの話で。
「2日で小規模の組織を機能不全に追い込め。成功報酬でサポートは無し。まったく、ハンターっていうのはいい仕事だよね。僕は受けさせてもらうよ。キリカは?」
「受けるつもりが無ければ、そもそも此処を訪ねてないね」
「じゃあ決まりだ。ご友人の為に手加減が必要なら今のうちに教えておいておくれよ、ポルア」
背伸びをしながら立ち上がるブラックバード。
ちゃり、と金属音を立てるのはブラックバードの肩から吊られたスリング。その先にあるのは屋内戦や市街戦での使用を見込んで銃身を切り詰められたピストルキャリバーカービンだ。キリカのライフルケースやハンドガン同様、使い込まれた痕跡のあるソレはブラックバードもまた一角のハンターであることの証である。
「手加減なんて、そんな。ぜーんぜんいらないよ、むしろ全力で潰しに行ってね♪ その方が依頼人の印象がいいし……あの子が歯噛みするところも見てみたいし♡」
さて、と。ポルアがホワイトボードを呼び出したのとは逆の手を構えた。
「次に会うのは報告の時かしら? それじゃあ、楽しみに待ってるよ~♪」
パチン、と指が鳴る。
「「えっ」」
音もたてずに床が割れた。古典的な落とし穴、その先にはたっぷりとクッションの詰め込まれたワンフロア下の部屋。
「ジョークにだって、程度があるだろぉ!?」
ぽすん、と。3m程の距離を落下したとは思えない音の軽さと共にクッションに呑み込まれるブラックバード。少し離れた場所に落ちたキリカは、胸の大きさもあって暫く起き上がるのに苦労するハメに陥っていた。
ばいばーい、と頭上から聞こえる声。落とし穴の口が閉まるのと同時にクッション部屋の明かりが灯り、ついでに『Good Luck!!』というネオンが点滅するのはポルア渾身の仕掛けといったところか。
「大丈夫かい、キリカ?」
「……ええ、一応ね。ほんっと、あのピエロアバターめ……」
「なんとなく察してたけど、やっぱり神の一柱だったんだねアイツ」
もぞもぞとクッションの海で溺れかけるキリカを助け起こしつつ、キリカの漏らす愚痴に得心行ったと頷くブラックバード。酔狂も悪戯心も、受肉した情報生命体にはよくみられる特徴だ。
「ありがとう、助かったよ」
「いいさ。短い間とはいえ、パートナーだし」
改めての握手。今度はブラックバードの手がキリカの胸に弾かれるような事もなかった。