The Works of Black Bird ~Ventangle二次創作~ 作:Reyo
深夜とはいえ、外壁区の明かりは消えることを知らない。それ故に、せいぜい夜中の1時を回った程度の時刻に部屋が暗くなるのは監視さえしていれば見落としようのない合図だ。
「消灯を確認……うん、直前までのカメラ映像でもコールガールを連れ込んだりしてる形跡もなし。スノウも地下だ」
「理想的な状態、ってことね」
ふたりのハンターが待機していたのはターゲットの眠るビルを直視できるまた別のビルの屋上。距離にしておおよそ100メートル程度離れたそこは、キリカが選定した狙撃ポイントのひとつでもある。
「さて、眠ってるところが見えるならいいんだけど……」
胸をクッション代わりに伏せ撃ちの姿勢を取るキリカ。愛用の長大なスナイパーライフルは全長にして2m近く、口径もとてもではないが対人用で済むサイズではない。つまり、この距離はキリカにとって『見え、貫ける相手ならば必殺』の距離なのだが。
「――流石に、そこまで馬鹿じゃないか。窓ガラスが防弾仕様なのはまぁいいとして、さすがに見えるような場所じゃ寝てないみたいだ」
スコープ越しのチェックを終えて、キリカが残念そうに嘆息した。
「ま、そこまで楽はさせてくれない、ってことだね。じゃあ予定通りプランBだ。僕が突入、君がバックアップ。上手く引きずり出せればいつでも仕留めてくれていいからね?」
監視に使っていた端末類をキリカに預け、ユウがウォームアップを始める。
「了解。とはいえ、乱戦だと誤射の危険もある……援護は最初か最後の一発だと思ってくれ」
「問題ないさ。それと、いざって時は僕の回収も頼んだよ」
「ああ、任せておくれ」
「それじゃあ、行ってくる」
最後にスリングの調整を終え、ユウが腕を振るう。空を切る音と共に鋼鉄製のワイヤーが袖口から伸び出て、先端のフックが近場のビルを捕えて固定された。
「よっ、と」
ワイヤーの固着を確かめもせず、ユウはビルの谷間へ跳んだ。フックを基点に斜めの円弧が描かれ、その到達点で次のワイヤーを放つことでビルの隙間を縫うようにしてユウの身体が宙を行く。ひと息のうちに十数メートルの距離を詰め、ワイヤーを5本も使い切るころにはユウの姿は目標のビルの屋上にあった。
「こちらブラックバード、現地到着……念のためにレーザーポインタのチェックを」
『こちらブラックバレル、了解。そのまま適当な壁にでも……大丈夫、見えた』
小声の通信で最終確認。確認するのはユウの愛銃に取り付けられたレーザーポインタの動作だ。本来なら銃口の向いた先を簡単に確認するための装備を、今回は狙撃位置の指示に転用しているのだ。
「それじゃあ突入する。ハンドサインが見えるように、僕をよく見といて」
ワイヤーを頼りにリペリングを開始するユウ。音もなく屋上からビルの最上階までを外壁伝いに下り、懐から取り出したテープをペタペタと窓ガラスに張り付けた。
「そぉ、れっ!」
そして、ワイヤーの振り子運動で勢いをつける事数度。叩き込むのは、プロテクター付きの膝を用いた蹴りである。
鈍い音を立てて防弾ガラスに罅が入る。あとはそれを幾度か繰り返せば、テープでまとまったガラスをベリベリと剥いで侵入口の完成だ。窓が嵌め殺しでないのも相まって、紳士的に鍵を開けての侵入と相成った。
(窓から見える位置に護衛が居ないのも確認済み……防犯意識の低いターゲットで助かったよ)
ストン、とユウが降り立ったのはおそらくは執務室に当たるのだろう。これ幸いと作業途中の書類や現金用の金庫を手早く漁って懐を潤しつつ、ユウは静かにターゲットの寝室を目指した。
フロアの構造が比較的単純なのは、事前に入手した見取り図で判明している。人の気配を探りながらとはいえ、ユウが寝室を見つけ出すまでに数分と要しなかった。
「……多分、ここ。扉を開けたけど、そっちからはどう見えてる?」
『頭は見えないわね……足なら何とか。狙ってみる?』
通信用マイクが拾う最小限の声で連絡を入れ、キリカからの報告に僅かに逡巡するユウ。
寸刻すら惜しい侵入劇ということもあり、ユウは迷いを振り切って決断を下す。レーザーポインタを起動し、指し示すのはキリカがギリギリ見えると答えたターゲットの足元である。
合図の答えはすぐに届いた。音速を越えた弾丸がすぐ近くを通り過ぎる擦過音と共に、鉄筋コンクリートの壁が抉れる鈍い音。それに混ざって聞こえた弾着の印は――。
『――すまない、どうやら……』
「な、なんじゃあ!?」
キリカの申し訳なさそうな声と共にユウの耳に飛び込んでくるのは驚愕の色を含んだダミ声。その直前に響いていた『金属同士が弾き合う』独特な音に、ユウもまた歯噛みしていた。
直撃していれば足を砕くどころでは済まない筈の大口径弾。だというのに苦鳴ではなく驚きの声が聞こえ、なおかつあの音が伴っているということは。
「機械義肢かっ!」
四肢を機械に置き換えるのは24世紀において決して珍しい施術ではない。頑健な身体を持つことは最も簡単に命を長らえさせる術だからだ。そういった義肢の類はちょっとした銃撃ならば耐え抜くだけの強度を持つことも珍しくない。
そして、ターゲットがそういった防弾仕様の手足であるのを調べ損ね、必殺の機会を逃したのならばそれはハンター側の落ち度である。
「ネズミがぁ!」
「くっ……!」
咄嗟の判断でユウがばらまいた銃弾は、確かにターゲットの身体に命中している。所によっては出血が見えることから完全義体ではないのはユウにとって救いだったが、普段ならば有効打になる手足への銃撃がロクに効果を上げていないのは痛手だった。
一方、ターゲットである男からすれば寝入りを襲撃され、なおかつ相手の正体は未だ不明。最上階の騒乱に下の面々が気付くまで耐えればいいとはいえ、精神の擦り減る耐久戦となる。
「がっはっは、一撃でやれなかったのは残念だったなァ! どこぞのハンターか、暗殺者か知らんが……死ねぇ!」
「うるさい、悪運だけで世渡りしてきたデブがっ!」
そして、男がベッドの下から取り出したのは1丁のアサルトライフル。ユウの居る部屋の出入り口あたりに無造作にばらまかれる連射に圧され、ユウは思わず身体をひっこめた。
あまりにも不格好な銃撃戦だ、とユウは悔し気に唇を噛みながらマガジンをリリース。使いさしのマガジンは捨て置き、新たな1本を差し込んで好機を伺う。
「ひひ、いひひひ! 死ね、死ねぇ! ……おぉ?」
「――無計画に弾をバラまけば、そうもなる!」
カキンッ、という鋼の音と共に寝室からの銃撃が止む。つまりは弾切れで、それこそがユウの狙っていた好機。
「こんな濡れない銃撃戦は、さっさと終わらせて……!」
身を乗り出して、素早いエイミング。銃口が確かに男の頭を指し、放たれた弾丸は滑らかに必殺の軌道を描いた。
――だが。
「騒がしいでありんすねぇ……夜中の仕事は、美容に悪いでありんす」
「……っ!」
その一射を、氷の壁が阻んだ。
急激な室温低下と共にその場に姿を現したのは用心棒、スノウである。音もなく寝室に現れたのは、おそらくポータルでも使ったが故か。
「来たか、スノウ! 仕事だ、アイツを殺せぇ!」
用心棒の到着に気を大きくした男が大声でがなりたてる。
「まったく、うるさいお人……でもまぁ、お仕事でありんすし……」
スゥ、とスノウの指先がユウを指差す。ただそれだけで、ユウの周囲に霜が降りた。
「……あら」
「どうした、スノウ!? 早く殺らんかっ!」
再びの好機を狙って闘志を滾らせているユウを見て、スノウの動きが止まったのだ。焦れたように怒鳴る雇い主など存在しないかのように、スノウはユウを注視し続ける。
「……殿方であれば、と思ってしまったでありんす」
「そりゃどうも。確かに僕はおっぱいのついたイケメンを目指してはいるけど、今日からは改めることにするよ」
スノウの目線が己の胸元で止まった後の嘆息に、ユウは憎まれ口で応える。
「ところで、そこのデブの護衛をわざわざ引き受けるだなんて、アンタはデブ専? ああ、B専って線もあるか」
「んー、うちは外見よりも内面重視でありんすから……」
「で、デブはともかく、不細工だとぉっ」
それどころか挑発までしてみせる。最も、当のスノウにはまるで効果がなく、リロードに手間取っていたターゲットにこそ届いたようだが。
「へぇ、内面重視ねぇ」
「それに、うち、仕事とプライベートは分けて考えるタイプでありんすよ?」
隙を伺うユウ、鷹揚に構えながらも臨戦態勢を解かないスノウ。そこだけ見ればこの場はユウにとって負けに等しい千日手であったが。
「ええい、何を呑気に話なぞ……! スノウ、そこを退け! ワシが始末を付ける!」
リロードを終えた男が、スノウを押しのけるように前に出る。
場の拮抗をもたらしていたスノウへの働きかけは明らかな悪手。しかし、その事実に当の本人はまるで気付かず……それを待ち望んでいたユウが、真っ先に動いた。
「――そうやって、痺れを切らすのを待っていたよ!」
体の正中線を縫うような3点射。胸、首、そして額の3か所を射貫いた弾丸に、ターゲットは末後の悲鳴さえ上げることなく。機械義肢の定めか、脱力することなくその場に立ったまま絶命した。
「……あらぁ?」
自分を押しのけた際の姿勢のまま立ち尽くす雇い主に呆れたような声を漏らすスノウ。
ギリギリのところで必殺を成し遂げたユウは、緊張感の緩みから来るため息を漏らしていた。
「雇い主が死んだんだ、君が僕と戦う理由はないと思うけど」
交渉を投げつつ、それでも最低限の警戒は保ってじりじりとユウは後退っていく。
ユウが逃走を目指すのも無理はない。階下から僅かに漏れ聞こえるのはドタバタと騒がしい音。スノウから暫く遅れてようやく最上階での騒音に気付いた者が出たらしく、ユウにとっての対ミリミットがもう目前なのだ。
「うふ、うふふふ……うふふふふふふ」
「……何、どうしたのさ?」
そんなユウにとって最大の障害はスノウ。そのスノウが突如として狂ったように笑いだせば、ユウは冷や汗を垂らさずには居られない。
「いえ……単に、うちはうちのことを誤解していると気付きんして。ちょっと、笑えただけでありんすよ?」
「そう。そりゃあよかったね」
ひんやりとした冷気がフロア全体を満たしていく。その発生源はもちろんスノウだ。
ひとしきり笑い終えたスノウが、どこか熱のこもった目でユウを見る。そう、それはまるで恋焦がれる少女のような視線で。
「さっきのは痛快でありんした……それに、しまいまで諦めない、その眼! ……うふふ、うちが惚れるのは殿方だけと思っていんしたが――」
急激な冷気。これまでハンターとして生き延びてきた勘が告げるままに回避行動を取ったユウを追うようにして、何本もの氷柱が床、天井を問わずに突き出していく。
「待ってくださいまし、新しい愛のお方っ! あなたの熱を、うちにっ!」
氷柱の間を縫ってユウを追うスノウ。抱擁を求めるように大きく腕を広げてユウに迫る姿だけを見れば耽美な恋愛情景に見えなくもないが……その実態は、惚れた相手を氷漬けにせんとする死の抱擁である。
「攻撃しながら迫ってくる奴は、嫌いだよっ!」
逃げるユウも牽制に防御にと弾丸を惜しまずばら撒き、目指すのは侵入地点とした窓ガラス。
だが、零下の室温で霜の降りた床がユウの移動を細々と妨げる。
「……あ!」
そして、強すぎる踏み込みにユウが足を掬われ、ついにスノウが距離を詰め切った。
「さぁ、うちの抱擁を――」
がばり、と。姿勢を崩したユウにスノウが覆い被さろうとし――。
『ようやく見えるところに来た! 頭下げてっ!』
聞こえて来た通信に従い、ユウは無理に姿勢を保とうとせずコケた勢いのままヘッドスライディング。
そうすると、直前までユウの頭が合った箇所を貫くのは大口径弾の一射だ。
「ああん、イケズぅ!」
しゃりん、という甲高い音はスノウが狙撃弾を氷の障壁で受け止めた音だ。しかし衝撃までは殺しきれなかったのか、スノウの姿が滑るように跳ねのけられる。
「――相手を殺さない加減が出来るようになったら、ハグくらいは受け入れてやるよ!」
そしてその隙に姿勢を建て直し、ユウは捨て台詞を残して一目散に窓から飛び出す。
ユウの背中を追ってスノウが窓から身を乗り出した頃には、ユウの姿はとっくにネオン煌めくビル街の夜景に溶け込んでいた。ぶらりと垂れ下がったワイヤーだけが、ついさっきまで彼女がここに居た証である。
「その言葉、忘れないでありんすっ!」
ビルの谷間にスノウの叫びがこだまする。
その声がユウの元にまで届いていたかどうかは、本人だけが知るところとなった。