※この作品はR-18です。

白藍の羽を梳けたなら   作:Senritsu

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第9話★ 痛みを伴う夢を見た

 

 再び目を覚ましたときには、すっかり夜も更けてしまっていた。

 時間にして、数時間ほどだろうか。何も敷かれていない地面では、いくら疲れ果てていても一日中寝るようなことはできない。

 まあ、竜たちは違うかもしれないけれど。でも、トビカガチもまた、私と同じように目を覚ましていた。

 

「う……」

 

 小さく呻きながらとんとんと自分の頭を叩く。まだ気怠さはあるし体は重いけれど、いくらかましにはなった。思考も少しはできる気がする。

 夕方の出来事を思い出す。夢……ではないのだろう。今自分が感じている質感は本物だと思うし、そうでなければ、こうして森の中でトビカガチと眠る理由がない。

 

 周囲を見渡す。暗くてよく見えないけれど、見覚えのない場所だった。でも、警戒心の強いトビカガチがここで寝たということは、彼の寝床なのだろうか。

 私の記憶とは違うけれど、あのリオレウス亜種がうろついていたとなると、寝床を変える必要があったのかもしれない。前の場所は確かに空へ向けて開けていたから。

 

 それにしても、と空を見上げる。夜にしてはずいぶんと明るい。

 木々の枝葉の隙間から、丸く大きな月が覗いていた。今日は満月だったようだ。もしこれが逆に新月だったなら、ここは真っ暗だったかもしれない。

 

 りーりーと虫が鳴く。風も緩やかで、静かな夜だ。でも、まだこの辺にリオレウス亜種がいることを忘れてはいけない。

 調査班リーダーは無事だろうか。リオレウス亜種と言えば、現大陸では実力のあるハンターが複数人で挑む相手だ。それでも死傷者が珍しくないとされる。

 それを一人で相手をせざるを得ない状況にさせてしまった。その困難さは察するに余りある。しかも、状況を混乱させた要因の半分以上は私個人だ。

 もはや彼には顔向けできないだろう。無事を祈ることすら、不相応かもしれない。そのことを考えると、少し俯いてしまう。

 

 くう、とトビカガチが唸った。

 少しだけくぐもった声。ほとんど直感で、手元の導蟲をかざしてその身体を照らす。

 

「……大丈夫だから。診せて、ほら」

 

 できるだけ優しい声で、腹や脚を見せるように促す。不機嫌にさせないように、辛抱強く相手をする。

 ややあってようやく見せてくれた後ろ脚は、ひどく腫れていた。見るからに痛々しく、骨に罅くらいは入っているかもしれない。

 恐らく、あの火竜の尻尾で吹き飛ばされたときに強く打ってしまったのだろう。やはり軽症では済まなかったのだ。

 

 トビカガチに限らず、モンスターは自分の怪我を隠し、我慢する傾向にある。

 敵に弱みを見せれば格好の餌食になる世界なのだから、まあ当たり前のことだけれど。その辺を意識していないと、気付くことすら難しい。

 

 この脚で私を乗せ、ここまで走ってきたのか。いくら竜たちの回復力が高いとは言っても、かなり無茶をしている。下手をすると治りが悪くなってしまう。

 その他、深い傷痕は翼膜と尻尾の方にあり、未だに血が滲んでいた。火竜の毒に触れてしまったのかもしれない。細かな火傷は身体の随所にあって、数えるのも億劫だ。

 いずれも致命傷には至っていないが、あのまま縄張り争いが続いていたら十分にその可能性はあった。まさに、激戦の証拠の傷だった。

 これは……危険を承知の上で、治療をするべきか。

 

「痛くしないから、じっとしててね」

 

 そう呟きながら、乏しい光の中でポーチの中身を弄る。長い時間、無理な体勢で揺らされ続けても千切れたり零れたりしない頑丈なポーチだ。

 外傷用の回復薬、軟膏を取り出す。本当は包帯を巻いた方がいいけれど、モンスターにその意図は理解されないだろう。あの感触を嫌がって解かれてしまうのが目に見えている。

 気休め程度にしかならないけれど、少しでも炎症が抑えられるなら。冷感は嫌だろうか、などといろいろ考えを巡らせる。

 

 患部に触れると、トビカガチはざっと背中の毛を逆立て、僅かに牙を剥いた。が、噛みつきはしなかった。私が触れても、じっとしている。

 私を信頼しているのか、傷舐めのようなものとでも思っているのか、あるいはそれが治療行為であると察しているのか。

 私には分からないけれど、とにかく彼は私に身を委ねてくれている。こんな状況でも、それは私の心を温めた。

 

 こんなことになるとは思ってもいなかったので、私の手持ちの医療品は二人分程度しかない。大人のトビカガチ相手では心許ない量だ。

 夜中なので手早く薬草を採ってくるのも難しい。使える薬品も限られているので、無駄のないように気を配る。

 毒の侵入が疑われる傷には湿布と中和剤を。火傷の痕には軟膏を。消毒は許容されない痛みだろうから、水に降らした布で土汚れをふき取ることしかできないけれど。

 黙々とその作業をこなす。トビカガチも黙ってされるがままにしている。途中、サシミウオの干物を与えるとぺろりと食べた。それで栄養補給になるなら上々だ。

 

 気が付くと、月が頭上から少し傾くところまできていた。何時間か集中していたらしい。

 ふっと息を吐く。とりあえず応急処置は一通り済んだ。各々はごく簡単な処置でもこれだけ時間がかかるのだから、やはり彼は大きいのだと思う。

 夜中の森を一人で歩けるほど私は強くないし、あのリオレウス亜種がまだ飛び回っていないとも限らない。行動を起こすのは、せめて朝方からが良さそうだ。

 

 もう少し仮眠を取ろう。眠れずとも、目を閉ざすくらいのことはしよう。

 そう思って導蟲と道具を仕舞い、布を敷いて横になろうとした。

 

 ぐっ、と腕を引かれる。突然のことに体勢を崩した私は布の上に倒れ、その手を引いた正体、トビカガチに組み敷かれた。

 私の両手の上に、トビカガチの前脚が置いてある。

 

「どうしたの……?」

 

 私は戸惑って声をかけた。こんな状況は初めてだったからだ。突発的な怖さより、困惑が先立っていた。

 手を動かそうとしても、しっかりと抑えつけられていて、抜け出すことができない。

 トビカガチは、私の顔と身体を何度も見回す。まるで彼自身も、何かに動揺しているかのようだ。

 

 心なしか、その赤水晶のような瞳が揺れているような気がする。と、トビカガチは突然、私に覆い被さってきた。

 いくら身軽なモンスターと言えど、それはその体の大きさにしては、という意味だ。体重は大人三人分を優に超える。押し潰されると身構えて、しかし、先の尻尾に包まれたときのように、予想とは違う感触が届いた。

 

 今度はかの竜の全身を使って、私に巻き付くような。端から見れば、締め上げられているようにも感じるかもしれない。

 これは、ひょっとして私を食べようとしているのか、と一瞬思った。こういう獲物の捉え方をするモンスターは現大陸の方に何種かいる。それを思い出してしまって心が竦む。

 

 でも、やはりいつまでたっても牙を突き立てられる気配はない。ことごとく予感が外れて、いよいよ私は困ってしまった。

 実際、締め付ける力はけっこう強くて、圧迫感を感じる程だ。痣になることは今のところなさそう、とは思うけれど。防具の突起が肌に食い込んできて、痛みを感じる。

 

 トビカガチはあまり獣臭がしない竜だけれど、ここまで密着されているとさすがに強めの臭みが来る。やや焦げた匂いや、薬品の匂いもする。

 基本的には嗅ぎ慣れたものだったけれど、その内に覚えのない臭いが一つあった。少し甘いような、酸っぱいような。それはトビカガチ自身が発しているようだった。

 

 私の両手の拘束は外れていた。これでトビカガチの背中や顔を叩くとか、力いっぱい押したりすれば、抜け出すことができるかもしれない。こういう時にむきになってはいけない、というコツは知っている。

 でも、私はその何れの抵抗もせずに、トビカガチの背中にそっと腕を回した。その不揃いな羽毛を撫でる。

 なんとなくそうしてあげたいというか、いろいろなものを差し置いて、私がそうしたいと思ったのだ。

 

 私の体の強張りはそれでいくらか収まったけれど、トビカガチの落ち着きはむしろ失われていく一方だった。蔦がのたうつように、私の体を軸に巻きついてくる。

 息づかいも少しずつ荒くなっている。装備越しなのでよく分からないけれど、その脈も速くなっているような気がする。

 

 もう一度声をかけようとして、ふと、下腹部に何かが押し当てられているような感触を覚えた。

 今の私は革製(レザー)装備に身を包んでいる。ハンターが着るそれより多く携行品を身に着けられるようになってはいるけれど、それらが当たっている感じもしない。

 

 トビカガチが密着してくるから、それが何なのかも見て取れなかった。

 トビカガチの後ろ脚か尻尾だろうか。だとすれば彼にとっても良い感触とは言い難いはずだ。それなのに、彼はむしろその感触に縋っているような、擦り付けるような動きをしていた。

 わたしが足腰を動かすと、それに追随してくる。甘酸っぱい匂いが強くなってくる。

 巻きつく力は緩むことなく、どうしたらいいか分からない私の手は彼の背中に回されたままで、彼の下半身は、何かを探っているように私へそれを押し当てて。

 

 まさか、と思ったそのとき、トビカガチの体がぶるりと震えた。

 ぎゅっと巻きつく力が強くなって、思わず肺から息を吐き、しばらくして緩まる。今度は私の力でも抜け出せるくらい。

 けれど私は、その場から動けずにいた。

 

 レザー防具は太腿の肌が一部露出している。動きやすさを重視しているからだ。

 そこに、何かとろりとした液体が伝っている。明らかに水ではないと分かる生温かさを肌に感じる。トビカガチの浅い呼吸がやけに耳に残る。

 しばらくして、私は恐る恐る、トビカガチの拘束を解かれた自身の下半身を見た。

 

「────」

 

 月光に照らされて、革の衣は点々と染みを作っていて。内股の辺りで弾けたそれは、この暗さの中でも白色だと分かって。

 その液体は、太腿の肌をゆっくり伝っていく。

 

 射精したのだ。トビカガチが、私に対して。

 

 トビカガチの方を見る。彼の赤い瞳ははっきりと私を見ていて、けれどもやはり、表情や感情は読み取れない。そこに、私の動揺を鎮めるような答えはなかった。

 じゃあ、この結果が全てだというのか。言葉も前兆もなく、ただ彼が私に精液を放ったという行為だけで読み取れと。そう言うのか。

 

 何かの間違いだ。竜が姿かたちのまったく違う人に対して欲情するなんてありえない。

 いや、あるいはそれは、トビカガチ自身にもどうにもならない性欲の発露なのかもしれない。相手など誰でもよくて、ただ先の争いで昂った感覚を鎮めることができず、こういうかたちで表れてしまっただけなのかも────。

 

 ────私は、自分の太腿を伝うそれに手を伸ばし、掬い取った。

 手袋にとろりとついたそれを口元に近づけて、匂いを嗅ぐ。

 

 今までに覚えのない、独特の臭いに。

 ずくん、と下半身が疼いた。

 

「……~~ッ!?」

 

 なんだこれ。思考が蕩ける。開いていた足を擦り合わせるように閉じて、太腿の精液がぬるりと滑る感覚に息を吐く。私はいったい、どうしてしまったのか。

 そもそも今私が取った行動が、私自身にも説明できない。ほとんど無自覚というか、心と体が離れているようだった。

 

 潤んだ瞳でトビカガチを見る。暗くてよく見えないけれど、あの竜の下腹部には、今もそれが伸びているのだろうか。普段は割れ目を介して体内に仕舞われているという、それが。

 生物学上の知識は一応持っている。かたちも、ある程度は想像がつく。でも、今の状況はとても現実離れしていて、ちぐはぐだった。

 

 もはや私の方が、息が荒い。心臓はばくばくと鳴って、痛いくらいだった。

 トビカガチは、私が表向きは大人しくしていることに感化されたのか、再び私に巻きついてくる。こんなに彼の体は柔らかかったっけ、と場違いなことを思う。

 この体勢が、トビカガチという種にとっての交尾の姿勢なのかもしれない。身体が細いから、互いに絡み合うようにして交尾をするのだ。互いを、離さないように。

 

 本来、雌の体内に出されるべきだったもの。匂いは立ち込めることこそないけれど、ある程度は漂う。それが私から正常な判断を奪っていく。

 ただ、そもそも私にとって正常とは何だったのだろう、とも思った。

 再び、それが腰や脚に押し付けられた。今はそれが勃起した性器なのだと分かる。しゅう、しゅうという独特の吐息の音を漏らしながら、トビカガチは私にその欲求をぶつけている。

 

 彼が雄の個体であることは分かっていた。齢は十以上、恐らくは繁殖期に入っていて、しかし番ってはいないらしいことも。

 竜や獣、いや、人という獣を除くほとんどの生物は、快楽目的の性行為をしないらしい。人の場合は強い快楽を伴う、と言った方がいいか。

 彼らにとってその行為はもっと自然というか、仕組み的なものだ。個体ごとの相性や性質の違いはあれど、本能を着飾ることなく繋がり合う。

 

 その見方が正しいのなら、このトビカガチは。

 私を正しく性の対象とみなして、私の体を求めてくれているのだろうか。

 

「ぃっ、ぁっ……!」

 

 声にならない悲鳴が漏れる。また身体が疼いた。自分ではまだ何もしていないどころか、装備を着こんだままなのに。まさか、達しかけたのか、これ。

 信じられない。あるいは、完全に空気に当てられてしまっている。さっきからトビカガチの獣臭さと精液の匂いが混じり合って、頭がくらくらする。

 

 そうしている間に、トビカガチの締め付けは再び強くなりつつあった。ほとんど解けていた背中の静電気がはちぱちと弾けつつある。それだけ、彼も興奮しているのだと。

 トビカガチのそれは、本来挿入するべきところを探すように擦り付け続けられていた。ともすれば、私の装備の金具に当たって、それ自体が傷つきそうなほどに。

 結局、彼に巻きつかれる私の足は閉じているから、その股の隙間に収まるかたちとなる。レザーシリーズはそこに空間ができる設計だし、先ほどの精液で僅かに滑るようになっている。

 

 あと数分もせず、再びそこに精液が吐き出されるのだろう。私の腰の装備をすっかり濡らしてしまうように。きっと、人のそれよりも長い時間をかけて、たくさんの量を注ぐのだ。

 私は────こんな状況で抜け出すことも、まして逃げ出すことなんてできない。なんて、それを正論のように考えて。

 浅く長く、熱く震える息を吐いた。

 

「ごめん、少し、いい?」

 

 そっと、自分の体を少し沈める。トビカガチの首元から、胸元くらいに自身の頭を持ってくるように。

 そして、外で探索ができるようにとがんばって鍛えた腕の力をちょっと発揮して。そっとトビカガチの腹を押し、腕ひとつ分くらいの空間をつくる。

 途中、トビカガチが私の肩と頭をぎゅっと前脚で抱いてきた。爪が当たって、少し傷む。血が滲むくらいはしているかもしれない。

 

「大丈夫。逃げないよ。私は、逃げないから」

 

 それはある意味、自分に言い聞かせるように。これから私がしようとしていることに対して、私自身が抱いている怖れをごまかすように。

 逃げる逃げない、の意識でないことは自分でも分かっていた。だからこそ、ある意味おかしい。何か責任感や使命感に駆られて事に及ぼうとする方がまだ分かるのに、と心のどこかで自分が言う。

 頭の中で言葉を重ねて、その実、ほとんど理性ははたらいていなかった。先ほど、彼からの初めての射精を受けてその精液の匂いを嗅いだような、あの無意識が今も近い。

 

 私がトビカガチの懐に潜り込んだのは、それに直に手で触れるため。

 トビカガチと私のお腹の間に手を滑り込ませて、弄って、手に触ったそれは。グローブ越しに分かるくらい濡れていて、確かな熱を持っていた。

 手触りだけだけれど、やはり形や大きさは人のそれとぜんぜん違う。先端が尖っていて、根元に近づくほど太い。さっき射精したばかりなのにそのかたちを保てているのは、彼らの本来の性行為が一晩中に渡るような、一回の行為が長いことを指しているのかもしれない。

 

 私がその性器をこわごわとなぞっていると、トビカガチがひくひくと腰を動かした。さっきとは違う感覚に戸惑っているのかもしれない。

 それもそうだろう。こんなことをするのは人くらいだ。自ら、あるいは誰かの手の中で果てることなら、人が群を抜いて多いだろうし、竜たちにとって全くの未知だろう。

 嫌がってはいない……と思いたい。もし痛みや不快感が伴うなら、トビカガチはすぐに私を引き剥がすはずだ。

 あるいは、もし竜にも性器に触れることで気持ちよくなるような機能が備わっているなら。そうならいいな、と思った。いよいよ、空気に酔い始めている。

 

 トビカガチの前脚が私の肩を掴む。その力がまたぎゅっと強まった。ぐぅ、と押し殺すような声が聞こえた気がする。

 射精が近いのか。手で触れてからそう時間は経っていないけど、それまでずっと私に擦り続けていたから。私の手もまた、彼の精液が本来行くべきところではないけれど、本能が先駆けてしまう。

 

「いいよ、いって」

 

 特に意味もなく呟いた。それから十数秒後に、再びトビカガチは吐精した。

 今度は私の下腹部の代わりに手を汚す。とは言っても、とても私の両手に収まりきる量ではなくて、溢れ出したそれはぼたぼたと地面や足腰に滴った。手から肘にかけても、いくつも白い雫が伝う。

 

 トビカガチの背中の静電気は着々と強まっていて、仄かな光源になりつつあった。これでは周囲に目立ってしまわないかと思ったけれど、私にはどうすることもできない。

 二回の射精を通してもなお、トビカガチは私に巻きつくのをやめようとしない。本当に長い交尾だ。少しだけ力は弱まったようだけど。

 

 グローブは両手とも精液でどろどろになってしまった。べたべた、というよりは粘性が低い。ぬるっとする程度の質感だ。

 私は片手を再び自分の顔に近づける。こんなこと、衛生的には最悪だ。本当に自分がやっているのかと半信半疑になりながら、欲に身を任せる。

 生き物の身体から出てきたものなのだから、ちょっとでも体に入れたら危ないような猛毒ではないはず、なんて。何に気を遣っているのだろう。

 すん、と匂いを嗅げば、性器の匂いが先に来た。野生の生物のそれはなかなかに強い。それに少し苦笑して、その指先に雫になっている液体だけを、舌ですくう。

 

 苦い。えぐみのある味だった。

 でも私は、ただそれだけでお酒を飲むよりも体が火照った。

 

「っ……ん、はっ……あっ……!」

 

 もう片方の手を、自らの股下に向かわせ、布越しになぞる。装備用の厚布なので、直に触るよりも感覚は鈍い。それでも、刺激としては十分すぎた。

 目の前のトビカガチが、私というこの身体で二度も精を放ってくれたということを想うだけで、咄嗟に脚をぎゅっと閉じてしまうくらいの熱が痺れた。

 

 竜の目の前で、その竜の精液を使って、自慰に耽る。端から見れば特異すぎる行いだと分かっていたけれど、その手を止めることはできなかった。

 胸も、服の上からなぞるだけで小さく跳ねてしまう。いつもは刺激が与えられないように保護してあるけれど、先の揺れと彼の締め付けでずれてしまっているのか、直に感覚が届いてしまっていた。

 

 寝具の中で、一人でするように。静かに、けれど明らかにそうと分かる自分への行為。それは、トビカガチにはどのように映っているのだろう。

 ただ、赤い瞳がわたしをずっと見つめていることだけは感じ取れた。

 自分の中の熱が抑えられなくて、発散するどころかますます昂ってしまって、少し泣きそうになってきたときに、トビカガチがまた私に絡みつく。

 

「ぁ……」

 

 甘い吐息を漏らした自分に顔が赤くなるのを感じる。こんな声、普段は絶対に口から出ない。でも、それだけ嬉しかったのだと思う。

 トビカガチの性器は、まだ疲弊していなかった。剝き出しのそれに粘性のある液体を伝わせながら、もう一度私と繋がろうとする。私を求めようとしてくれている。

 

 一瞬、その性器を私の中に受け入れることを考えた。下腹部が俄かに温まる。私のそこも、トビカガチのそれと大差ないくらいに濡れてしまっているのかもしれない。

 けれど、かろうじて残っている理性が、気持ちに流されている私に待ったをかけた。

 いままでしてきた行為も、普段の私からすれば考えられないことだけれど。私が今しようとしていたことが、何に繋がるのか、それを考えてしまったのだ。

 

 トビカガチは私という異性の身体に対して、挿入するべきところを一生懸命に探している。それは本能的な動きだ。私の内股や手の中で達したのも、その過程にある。

 もし私が腰の装備を外して自分の女性器に彼の男性器をあてがえば、そのまま交尾に移ることはできるのかもしれない。そうしたい。それくらい欲しいと自分の体は疼いている。

 でもトビカガチのそれは、やはり人とは比べ物にならないほどに大きい。私は……わたしのそれは、きっと受け入れられない。受け入れたいけれど、たぶん、挿入することは難しい。

 無理にそうしてしまったら、トビカガチが力尽くで挿入してしまったら。私の女性器は、壊れてしまうかもしれなかった。

 

 衛生面での危険性も、これまでとは比べ物にならない。今までは体液をただその身に受けるだけだったけれど、性交となれば、本格的な体液交換だ。行為に伴って血もたくさん出るだろう。消毒用の薬はもう、ほとんど使いきっているのに。

 あらゆる病気の可能性を招き入れてでも、私は、彼と繋がることを望めるだろうか。

 

 

 

 ────そうしてでも、彼と繋がることができたなら、私は。

 

 

 

 あぁ、と涙が零れる。

 私は、自分でももう、どうしようもないくらいに。彼との記憶の中で生きて、彼のことを想っていたのだ。

 

 トビカガチの硬く熱い性器が私の手に当たる。私はそれを少しずつ扱きながら、もう片方の手で自分の腰のベルトの留め具を外した。

 かちゃん、という音を立てて、幾本ものベルトが地面に転がる。アイテムポーチも、本を入れた鞄も、小道具入れも。装備の固定に浸かっていたベルトを外すと、あとは簡単に脱げるようになる。

 

 私は、何もかもを投げうってもトビカガチとひとつになりたいと思った。そんな自分の気持ちだけを受け取った。

 私は、スカート状の上着の布を胸の辺りまでたくし上げて、お腹から膝の辺りまで、ほとんどインナー一枚、肌をさらして。

 

「きて、トビカガチ」

 

 トビカガチの性器を、私のお腹に重ね合わせた。

 臍の辺りがべたりと濡れて、でも、冷たさは感じなかった。

 

「ゔ、ん……っ」

 

 その直後、お腹から来た圧迫感に私は呻く。

 トビカガチの性器が、強く私のお腹を押したのだ。まるで、そこに挿入するべき場所を見出したかのように。

 同様に股の下も、さっきまでは装備が邪魔をしていたけれど、今はほとんど密着することができる。互いの体温と性の熱を、直に感じることができる。

 

 トビカガチの背中は、彼の興奮に合わせて少しずつ帯電を続けて、今や戦闘時と変わりないまでになっていた。

 私はそんな彼の背中を見て、何を思ったのだろう。そこに両手を回す。レザー装備でその電気は防げないことなど、とっくに分かっていながら。彼を抱きしめ返すように。

 

「ゔあ、ぁ、ぁぁ!?」

 

 途端に、両手を伝って電気が身体中を駆け巡る。鈍く重い痺れが全身を伝い、筋肉が悲鳴を上げる。視界がちかちかと弾けた。

 雷やられ。金属の防具そのものが電気を受けたり、帯電した液体などを浴びせかけられると発現する。筋肉が攣りやすくなったり、けいれんや発作にまで繋がりかねない危ない状態だ。

 それを自分から受けにいった。いよいよ正気というものが自分からなくなりつつあるのかもしれなかった。こうでもして自分を乱さないと、心の内の方にある寂しさや哀しさ、本当に繋がってしまいたい衝動に覆い尽くされてしまいそうだった。

 

「トびカガち、とびかがち……!」

 

 私を、めちゃくちゃにして。

 ろれつの回らなくなった口で彼の名を呼ぶ。それに呼応するようにトビカガチの興奮は高まっているようだった。

 トビカガチは、私の中まで辿り着けないだろう。牙や爪でもないそれが、頑丈なインナーを破ることは難しい。それでも、本来の中には相当に劣るにしても、近い感覚を得て果ててもらえるように。

 

 私をいたわるようなことはしなくていい。既に自分で達しているから。その精が私に向けて放たれるだけで、その熱をくれるだけで、私はたまらない気持ちになるから。

 私のそこも、彼と負けず劣らずすごいことになっているだろう。ほしい、という熱に浮かされるたびに、私はトビカガチにしがみ付いて電気を這わせる。

 

「あ、ゔっ……ん、あぁ……!」

 

 もはや、喘ぎ声を抑えることすらできない。

 トビカガチは特に激しくは動かない。ぎゅっと私に巻きついて、ただ性器を脈打たせたり、押し当てたりするだけだ。もはや、その身体を勝手に使っているのは私の方と言えるのかもしれなかった。

 

 そのとき、びゅ、と。トビカガチの性器から三度目の精液が放たれる。今度は、私のお腹の上で。辛抱ならなくなったように。

 私はトビカガチの背中に手を回したまま、互いのお腹をくっつけるようにして精液の感触に浸る。彼のことが欲しくてたまらなかった。それを想うだけで、私は何度もその身体を震わせた。

 

 トビカガチの性器は未だ萎む気配を見せない。身体というか、生殖の仕組みが人のそれと違うのだろう。発情までに長い時間を置いて、そのときになったら長く、何度も、念入りに身体を重ねて、種を届ける。互いにそれを了承している。

 私の体がもたないだろうことは察せた。ただでさえ消耗していて、かつ雷やられだ。気を失ってしまうのも時間の問題かもしれない。

 それでも、もう完全に私を性の対象とみなしてしまったトビカガチから抜け出すことはできないだろうし、私もそれでよかった。この夜は、この溺れてしまいそうなほどの熱に溶かしてしまえと、そう思った。

 

「がまんしないで、ね。とびかがち。気がすむまで、わたしをつかっていいから……」

 

 トビカガチの顔を見上げて、そう言った。彼と目が合ったかは分からなかったけれど、彼もまた、歯止めが利かない自分に戸惑っているのではないかな、と思った。

 また、インナー越しに互いの性器が擦れ合って、私は悶える。濡れ切った下腹部は彼の性器をよく滑らせた。彼にも性の快感があるのなら、私のそこは性欲を発散するための良い下地になってくれていると思う。だから、心地よくなってほしい。

 

「あっ、あぁっ……あー……」

 

 静電気に当てられて、ほとんど意味を成す言葉も発せなくなった私と、わたしに巻きついて、勢いはなくとも水を流すように精液を出し続けるトビカガチと、少しずつ、沈みゆく満月。

 私の意識はそこで途切れた。

 奇しくもその感覚は、子どもの頃にトビカガチと別れるきっかけとなった、リオレウスに襲われて気を失ったときの感覚に似ている気がした。

 

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