紐パンきつねの夏色ご奉仕 作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)
フブキがまつりの気遣いに気付いた後日のこと。陽気な日差しが眩しい昼下がり。
フブキは一番気心を許せる相手である、ミオの家を訪れていた。
ホロメンが足繁く通うアットホームな空間では、二匹の猫が大小の存在感を放っていた。足元に転がっていたブラシには、飼い主と飼い猫による奮闘の痕跡が残っている。
案内された椅子に座っていると、デカい長毛種の猫がにゅるりとフブキの膝上に乗る。フブキがうりうりと撫で回してやると、満足そうに喉を鳴らしてどこかへ行ってしまった。
「あの子、最近ヘラってんだよねぇ。かまってやっても、ちょっと時間が経つとすぐにうにゃうにゃ言うんだ」
「ふふ……甘えたいときって、ヒトにも猫にもあると思うよ? それがちょっと長いだけだよ」
「そう言われると、なかなか返す言葉も見つからねえよぉ。つえー味方を付けやがったなぁ、タイガのやつ……賢いんだよなぁ、いろいろと……」
ミオは苦笑しながら、ちょうどいい頃合いのティータイムの準備を整えた。
「こうしてフブキとゆっくりするのも、なんだか久々な気がするねぇ」
「そうかな……? たしかに、そうかも……最近、ちょっと忙しかったし……」
「あはは、それだけじゃないだろー? 随分とまぁ、まつりと仲良くやってるみたいじゃん?」
「うぐ……! まあ、そういう見方もあるかもだけど……仕事がいろいろ詰まってたのも事実でさぁ……まつりちゃんのことだけじゃないっていうかさぁ……」
フブキは差し出されたマグカップを受け取り、ホットティーの紅い水面にため息を波立たせた。
ニヤニヤと意地悪く笑ったミオはテーブルの向かい側に座り、「ま、幸せそうで何よりだよ」と呟いて、あらかじめ焼いておいたクッキーを頬張る。
繊細な生地がほろりとほどけて、バターの香りが口の中いっぱいに広がる。しっとりと舌に染み込む甘さがたまらない。これなら、親友を出迎えるにふさわしいお茶菓子だと言えるだろう。
「それはいいとしてさ、フブキが急に遊びに来るなんて珍しいよね。何かあったのかー?」
「あぅ……その……ミオに相談したいことがあって……」
「うちに? もしかしなくても……まつりに関すること?」
ミオの問いに、フブキは数瞬だけ迷ってから、素直に頷いた。
他のホロメンに聞かれるのはさすがに恥ずかしいが、ミオなら大丈夫。そう判断して、心を曇らせる澱みを吐き出す。
「……私……まつりちゃんに、いろいろ我慢させてたみたいでさぁ……」
「我慢だって? 食事とか、デート場所の好みが合わなかったり?」
「いや、そっちは大丈夫なんだ……でも、その後……ホテルだと、やっぱり上手くいかなくて……」
「ぶふっ……!? そ、相談って、夜の方かぁ~……!」
「お、お昼からごめんね……? でも、今日の夜は収録あるし、今しか時間ないんだよぉ……!」
「ううん、大丈夫……! でも、そっかぁ……そうだよなぁ……。フブキとまつりだもんなぁ……」
クッキーよりも甘いノロケの気配を感じたミオは、こんこんと咳き込んで頬を染めた。
いつまで経っても猥談に慣れる気配がない……それも、友人同士の色愛沙汰なんて、身近なものに感じてしまって心臓に悪いのだ。
肉体関係から始まった、曖昧で秘密な両想い。その経緯と、フブキのピアスのことを事細かに知っているため、ミオはその相談に突拍子の無さなどを感じなかった。
「……そんな、当たり前のことのように納得されても……。べつに、私たち……エッチしかしてないってワケじゃないんだが……?」
「でも、やることはやってるんでしょ? それこそ、毎晩のようにさ」
「そんなに多くないよ……!? ラブホテルを借りるの、一週間に五回ぐらいだもん……!」
「平日は毎日通ってるレベルじゃねえか!? 十分多いだろうがよ、フブキのえっち!!」
「ぬなぁっ……!? み、みぉーんにそう言われるのは……ちょっとショックだぜ……!」
フブキは犬歯でクッキーを削るように食べて、気まずそうに膨れた頬を掻いた。
逢瀬の回数は、フブキが紐パンを穿いている回数と一致するわけで。誘っている側のフブキには、強く否定できる要素がなかった。
「まったくもー……! あんまり露骨にやってると、みんなにガチだってバレちゃうよ? それでいいんか、ドスケベアイドルさんよぉ!」
「そ、それはちゃんと気を付けてるよ……! でも、最近……まつりちゃんと一緒じゃないと、上手く寝れなくて……」
「お、おぉ……爛れてるなぁ、ホントに……。その感じだと、まつりも満足できてるんじゃないの?」
「……それが……白上がへたっぴすぎて、先にへばっちゃうから……たぶん、まつりちゃんは…………あんまり……」
「…………あー……その話かぁ~……」
まつりとフブキがすれ違っていた要因の一つには、大きな心当たりがあった。
ミオは、あんだけ時間が経ってもまだ解決してなかったのか、と悩ましげに目を細めてマグカップを傾ける。
「……フブキさぁ……今『たぶん』って言ったけど……わりと確証ある感じだよね……?」
「……うん……あんまり、詳しくは言いたくないんだけど……」
「わかってる、わかってるよ……! うちだって、詳しく聞かされても困るだけだもん……!」
ミオは、フブキの乙女心全開の悩み顔を見て……こんなカワイイ顔してアレを噴くんだもんなぁ、と申し訳ないことを思い出していた。
「それで……フブキはどうしたいのさ?」
「……そりゃあ、まつりちゃんにも満足してもらいたいと思ってるよ……? でも、今以上に頑張るのもなかなか難しくてさぁ……」
「ん~……女の子同士の肉体関係ってのが、あんまり想像できないんだけど……練習する、とか……?」
「動画とか、漫画で勉強しようと思ったけど……力加減とか、内側のどこを触ってるかとか……わかんないこと、多いんだよねぇ……」
「う、内側ですか……ははぁ……。でも、そりゃそうだよねぇ……触れ合って、デリケートなところも感じるワケだし……実際に体験しないと、わかんないよねぇ」
「そうなんだよー……それに、見てるといろいろ思い出しちゃってさぁ……はぁーん……」
こてん、とほっぺたをテーブルに乗せたフブキが、うりうりと甘えるように頭を揺らす。ピアスが放つオレンジ色の光が切なく揺れていた。
完全に猥談のスイッチが入っている親友を前にして、ミオは何にも気付かなかったフリをして紅茶をすすった。
自分がそれだけ心を許されている……そう理解できたからこそ、早めに悩みを解決してあげたかった。決して、この身体の内側が痒くなるような話を長引かせたくなかったわけではない。
「男の子が相手なら、道具を使って練習とかできるかもだけどねぇ……」
「道具? えっちなオモチャってやつかい?」
「それもあるし……あと、魚肉ソーセージとか、バナナとかも使えると思うし……。舌と顎が疲れちゃうんだけどさ……」
「そうなのかぁ……ミオ、自分のことみたいに語るなぁ……」
「……言っとくけど、彼氏とかいるワケじゃないからな……? いつか使うかも、って……練習してるだけだし……花嫁修業みたいなモンだから……!」
ミオは片方の真実を告げて、もう片方の秘密を押し隠した。
ピクピクと跳ねる耳と、朱色が強くなった頬から、フブキが全てを察する。
「……自分のえっちな同人誌を見るのって、どんな気持ちなの? そんなに没頭しちゃうの……?」
「ぶふぅーっ!? けほっ、けほっ……フブキぃ……!」
「あはは、ごめんごめん。照れるミオって、なんだか可愛くってさー」
「うるせぇー! からかうんじゃねえよぉ……まったくもぉ……! どっから聞いたんだよ、その話ぃ……」
目ざといフブキに内側を見透かされたミオは、テーブルを拭きながら「そ、そういえばさぁ!」と強引に話題を切り替えた。
「そういえば……この前、えーちゃんがヘンなこと言ってたんだよ。うちらの身体に、ちょっとした変異を起こさせるプログラ……薬ができたって」
「ちょっとした変異……? なんか不気味な感じするね……腕が大量に増えたり、脚がタコ足になったりするのかな……?」
「どんな発想したらそうなるんだよぉ!? いや、そういう化け物チックなヤツじゃなくて……なんていうか……いつもと違う刺激を味わえるとかなんとかって……」
「刺激……もしかして、そういうアレなのかな……?」
「わ、わからないけど……ころねんがさぁ、『これでおかゆをどっぷり……ぐふふぇ……♪』ってすごい顔して言ってたのが、何故だかすごい気になってねぇ……」
「……おかゆんといえば、この前……なんか、足腰ガクガクになってたよね……?」
「……っスゥー……そうだねぇ……そんなことも、あったねぇ……」
それはフブキもだったねぇ。まつりの楽しそうなサディスティック・スマイルがまぶたにチラついたミオには、とてもではないが言えなかった。
「ま、まぁ、ダメ元で聞いてみてもいいんじゃない……? どんな効能なのか聞くだけなら、何もおかしくないハズだし……」
「……そうだね……練習できるなら、私でも……」
ミオとの話を頭の中で総括し、方向性を決めたフブキ。その力が溢れ出した顔に微笑んで、ミオは気になっていたことを尋ねた。
「ところでさ……フブキは、まつりのどんなところが好きなの?」
「え、ええ~……? やー、それはちょっと……言うの、恥ずかしいかなーって……!」
「えー、いいじゃんかー。恋愛相談のお駄賃みたいな感じで、ちょこっとだけ教えてよー?」
「うう~ん……しょーがないなぁ、ミオはぁ……♪」
「『言いたくって仕方がねぇ……!』って顔に書いてあんじゃねえか! もうさっさと言っちまえよ!」
「そんなことないよー……! えっとね、まつりちゃんはね……! 何もかもが可愛くってぇ、一生懸命でー、白上が困ってたらリードしてくれて~……ふふっ……♪」
指をパタパタと畳みながら、ミオを糖分過多でげんなりとさせるフブキ。そのデレデレっぷりは、ミオの想像を五倍近く越えていた。
指全部を使いきったところで、「あとはねぇ……」と一番大切な部分を口にする。
「……私を、好きって思ってくれて……たくさん、愛してくれるところかな……? なんて……えへへ……♪」
フブキは湯気が香るマグカップを両手で持ち、はにかむように幸せいっぱいの笑みを見せた。
その美少女らしさには、いろいろな人にモテモテになる理由も、アイドルとして人気を集めている要因もはっきりと感じられたものだが……。
「…………え……?」
その一方で……ミオはフブキの答えに、背筋を突き抜けるような冷風を感じていた。
フブキは、良くも悪くも……注がれる熱い愛を求めすぎているし、好きすぎているような気がした。
それ自体が悪いことなのではなく、ただ、重視している比率がバグっているのだ。今の関係に至った経緯と、現状の曖昧なままの繋がりを考えると、わりと自然に思えるのが余計にいやらしい。
ミオも、まつりがフブキに愛想を尽かせるようなことはないと思っているが、そのわずかな隙が気にかかる。
もし、まつりよりも激しくて熱い愛をチラつかせる人がいたら……フブキはどう思うのだろう。
それがとても身近な人物で……想いが爆発してしまって、間違いが起こってしまったら……円満に回っているはずの夏色吹雪は、どうなってしまうのだろう。
かつて、お腹を濡らした本物の熱い想いを忘れられなかったミオは、モテモテきつねの人好きする顔をじっとりと見やる。
「…………まさか、ね……」
「……ミオ……? どうかした……?」
「ううん……うちは、みんなのことを信じるだけだから。余計な口出しはしないんだ」
ミオはそう言い切って、目をどんぐりのように丸くしていたフブキにバレないようにため息をつく。
こんなにも不気味なティータイムは、生まれて初めてだったかもしれない。
そう思い、風味が飛んでしまった紅茶の渋みにこっそりと眉をひそめたミオであった。