紐パンきつねの夏色ご奉仕 作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)
フブキはミオとの秘密のティータイムを終えて、某スタジオでウェブラジオの収録を行った。
収録は無時に終わり、フブキは共にパーソナリティーを務めていたマリンと、控え室で他愛のない話をしていた。
「それでさぁ、ころねがジャンプ制御ミスって、マグマのど真ん中に落ちて『みこみこじゃねーっつーんだ!』ってさぁ」
「アハハ! 相変わらず、本人不在でもマグマの代名詞にされてんのねぇ」
ミオの母性を定期的に摂取しているマリンは、精神を安定させながらフブキと会話することができていた。
イケない恋をしてしまう前と、まったく同じ……というわけにはいかないが、抑えが利かなくなるような劣情や恋心は封じ込められているようだ。
「そういえばフブちゃん。この前に言ってたパスタ屋さんってどうだったのよ? 激辛のアラビアータがなんとかって」
「あ、そうそう! あのお店ねぇ、写真で見るよりもキレイでー、味もすごく良かったの! マリンちゃんも今度一緒に行こうよ!」
「パスタかぁ……いいわねぇ。さすがに今日はもう遅いし、次の収録の後にでも行こっか?」
「さんせーい! メニューがたくさんあってさぁ、美味しそうで迷ったヤツがいっぱいあったんだよ~!」
マリンの目に映っている大切な友達は、以前よりも眩しく、視線を惹きつける力を増しているようだった。
可愛らしさをハッキリと残しつつも、目元に色っぽさを感じられるようになり……どこか、オトナで艶美な空気をまとい始めている。
「…………」
「マリンちゃん? 急に黙って、どうしたんだい?」
フブキは小首を傾げて、浅めの上目遣いでマリンを見つめた。
「……んーん、なんでもないのよ。さすがに、ラジオで話の種を使いすぎたなって」
マリンは手袋で覆われた指でテーブルを叩いて、見惚れそうになる自分を
フブキは目を輝かせてオタク話をしているときも、年頃の女の子らしい話をしているときも……日常生活の中ですら、明らかに過度な可愛さを常に放っている。敢えて生々しく表現するなら、魅力がダダ漏れになっているのだ。
表情も仕草も可憐で、一挙一動が愛くるしい。その美少女きつねは、性別を問わずに好意を集める魅力を持っていた。
「そっかぁ……今日も時間、超えちゃったぐらいだもんね。それじゃあ……マリンちゃんの方は、最近どうなのさ?」
「最近の船長はねぇ……何かこう、新しいことに熱中できないかなーって探してるんだけど、上手く見つからないのよねー」
「新しいことかぁ……マリンちゃんが普段やらんようなこと、だよね?」
「……そうね、そんな感じ。恋い焦がれるような、スパイスがある何かを……火照った身体が欲してるんだワ」
マリンはアンニュイを持て余すように、深めのため息をついていた。自分で思っているよりも、身体と気分が重たくなっているようだった。
フブキがまつりとのノロケ話をしてこなかったことは、マリンにとって唯一の救いだったのかもしれない。
命の炎を……熱く燃やしたいのに、燃やせない。フブキの友達として、燃やしてはいけないのだ。
耳元を飾るゴールデンイエローの眩しさと尊さが、その胸をじゅくじゅくと、焦げ付かない程度の弱火で
じれったさに満ちた倦怠感は、マリンから気力と体力の両方をごっそりと奪っていく。起き上がる力が足りなくなる前に、ミオやノエルたちと過ごして寂しさを紛らわせていた。
「……だいぶ、疲れてるみたいだね……? だいじょぶかい……?」
「フフッ……疲れてるってワケじゃないから大丈夫よ、心配してくれてありがと。仕事に穴を空けたくないし、良い趣味、見つけないとね……」
「んー……マリンちゃん、白上にできることってあるかな……?」
フブキはマリンの近しい友人として、力になってあげたかった。
近いようで遠く感じる親愛に、マリンが苦笑する。その優しさは心地良いはずなのに、鈍痛のように胸を叩いた。
「…………フブちゃんがギューってしてくれたら元気出るかも」
マリンは冗談めかして、本音を呟いていた。フブキの強すぎる魅力に、
そうして溢れ出た元気は、ロクなことに繋がらないとわかっていながら……口は勝手に願望を漏らしていた。
「……しょうがないなぁ、もぉ……」
「え……? あっ、今のじょうだ…………あ……」
マリンが過ちを訂正する前に、迷わなかったフブキが移動を開始する。元気がなかった肩を、背中からギュっと抱き締めた。
「ぎゅーっ……♡ マリンちゃん……元気になーれっ……♡」
「あ……あ……! フブちゃん……ぁ……あああ……!!」
シロップのように甘くて、透き通るほどに透明なフブキの声。頭から蜜をかぶったのかと錯覚するほどに熱くとろけて、魂が溺れそうになる。
フブキを感じているのは鼓膜ではない……脳と神経が自分から手を伸ばして、その甘美を全身全霊で搔き集めたかのように、心身にどっぷりと浸透してきた。
「ん……っ……♡ マリンちゃん、身体がカチカチだ……緊張してるの……? かーわいいんだ……♡」
「おほっ……ふ、フブちゃはぁんっ……!? お、おっぱい……あひゃっ……当たってるわよぉ……!?」
「もー……マリンちゃんのすけべ……。そんな悪い子には、おしおきしちゃうんだから…………ふーっ……♡」
「ひっ……あ、はぁああんっ……! ふ、フブちゃぁあん……!」
温かく湿った吐息が、マリンの耳孔をくるりと巡るようにそよいだ。
「今度は、こっちのお耳に……すぅ…………ふーっ……♡」
左右から、不規則に、バイノーラルな乙女の温もりが注がれる。
ファンたちが熱望する甘美な音吐を、自分だけが生で独占している。その暴虐的な多幸感は、どうしても……フブキとの危ないバカンスを心の奥底から引きずり出してくる。
「だ、ダメよ、フブちゃぁん……! こんな甘いの……誰にでもしちゃうなんて……ホントに……!」
「誰にでもなんかしないよぉ……♪ こんな恥ずかしいこと、まつりちゃんにもしないんだから……♡ マリンちゃんだけの、トクベツだよ……♡」
「とく……ほぇ…………え……?」
マリンの心に固く貼られていた封印が、音を立てて引き千切られた。途端に、忘れたかったドキドキがぶり返して、心臓をうるさく高鳴らせる。
まつりに恋をして、たくさん愛されるようになって……フブキは以前にも増して乙女らしく、魅惑を振り撒くようなフェロモンを香らせるようになっていた。
どうすれば、ヒトが悦んでくれるのか。どうすれば、自分を好いてくれるのか。それを本能で察し、無意識のまま実行しているようだった。
マリンが瞳を狭めて戦慄し、呼吸の仕方を忘れた頃に、その温もりは非情なまでにあっさりと離れる。
それはあくまで、〝友達〟へのサービスでしかなかった。ただ、ちょっとだけ、同性への距離感がおかしくなってしまっていただけなのだ。
「……へへ……どーお? 白上のハグで、元気になれたかい?」
「……………………あ……うん……。嬉しくて、ドキドキしちゃうぐらいに……元気になっちゃったわよ……」
「そっか、そっかぁ♪」と上機嫌に笑ったフブキは、呆然としているマリンを横目に、いそいそと帰り支度を始めた。さすがに恥ずかしかったのか、その横顔は頬を赤く染めている。
一緒に帰ろう。この後ご飯でも一緒にいかない?
いつもなら自然に口にできていた言葉が、いつまで経っても出てこない。
まるで……好きな人を前にして、頭が真っ白になってしまった年頃の乙女のように。
社会の荒波に揉まれて少しだけ色褪せた、青春の記憶を思い出させる甘酸っぱさが、口の中いっぱいに広がっていた。
「そ、それじゃ、白上は帰ります! またね、マリンちゃん! おつかれさまでした!」
「……あ……おつかれ……」
手をひらひらと、尻尾をふりふりと振って、フブキはその場を後にした。パタパタと聞こえた足音すらも可愛いのは、どうにかならないのだろうか。
独りになって、数分が経ってもまだ座ったまま。身動きが取れないマリンは、かすかに痛かったはずの胸が、切ない愛情でいっぱいになっていることに気付いた。
「…………スパイスがすぎるんだよなぁ……それはさぁ……」
夏色吹雪の尊さを踏み躙りたがる、絶対的な快感を欲する心があった。
それがよくないことだとわかって、必死に
恋は、しようと思ってできるものでもないし……テキトウに捨てられるものでもなかったのだ。
「……でもさぁ、これさぁ……! あたし、絶対に悪くねぇだろーッ……!!」
マリンは、自分からハグを望んだことは棚に上げて哀愁を叫んだ。反則的に愛らしい存在に……完璧な天然小悪魔に進化していたフブキに、確かな愛憎を抱き始めていた。
「ちくしょー……! なんだよぉ……なんで、あんなに可愛くて……あんなにエロいんだよぉ……!」
憎しみを伴う愛は、純粋な愛情よりも深い色味を持ちつつ、ドロドロとしており……ヒトの良心を歪めて、徹底的に狂わせる。
胸を掻きむしりたくなる衝動に駆られながら、マリンはテーブルに突っ伏した。何もしていないのに目元が熱くなって、呼吸が勝手に荒くなってしまう。
たしかに、フブキのハグと生ASMRが持つ回復力は相当なものだったようだ。
体力と気力が溢れてしまって、逆に動けなくなってしまったマリンは、しばらくそのまま……火照りが収まるのを、素直に待つことしかできなかった。