郊外へ逃走する装甲車の中――
「貴方は…貴方はマイクさんの隣に居た…」
「ファビアンです。喋らないで。肋骨と内臓がやられている。」
「今は鎮痛剤しか無いですが…」
そう言うとファビアンはクレアの肩にパスッと鎮痛剤の入った注射器を押し込む。
「これで暫くは大丈夫な筈です」
「ありがとうございます。ファビアンさん」
「でも何故貴方が装甲車に乗って…?貴方はマイクさんの同僚で一市民の筈…」
ファビアンは困ったように額を手に乗せる。
「これは話して良いのかな……」
「えっ?」
「実は私、ダリウス合衆国の諜報員なんです」
「!?」
「あ、これオフレコにして下さいね。マイクには内緒なんです」
「え、ええ…しかし何故此所まで危険を冒して私を…?」
「1つは任務です。貴方を救援・回収しろとの緊急指令でした」
「もう一つは…」
「マイクの為です」
「彼が傷ついたり落ち込んでいる様を見たくない、というのもあります」
「彼は貴方の事をかなり好いているようでしたし」
「…そうだったんですね…」
「でもありがとうございます。次はご迷惑をお掛けしません」
ファビアンはフーッと溜息をつき、クレアの方を見据えた。
「『次』はもう無いんですよ、マーヴェリックさん」
「な、何故…!?」
クレアは驚いた様にファビアンを凝視する。
「連邦軍と合衆国軍、その他の連合軍はこの街に張り巡らした戦線の至る場所で敗退…いや殲滅されています」
「郊外での戦闘は拮抗状態と聞いていますがそちらも敵の主力が出てきた以上時間の問題でしょう」
「これは不確定情報なのですが、敵の一隊により要塞化された主要基地の1つが壊滅したとも聞いています」
「もう貴方が出てどうにかなる状況じゃありません」
「それに臨時の『機構支部』からヘブンポート市の丘陵地帯にある地下要塞までの避難ルートも伝達されました」
「どうやら事が起こる事を見越して準備していた方がいらっしゃたようで」
「…そうなんですか」
「私は無力ですね…道化も良い所です」
「大丈夫ですよ。早めに市民達の避難誘導をしていたお陰で、現時点での戦闘による非戦闘員の犠牲はほぼゼロです」
「あくまで現時点で、はありますが…」
「機構の人員も専用の地下道から海沿いに脱出しました」
「後は貴方だけでした。クロイスさんから私の上司経由で依頼が来たんです」
「緊急指令という体でしたが実際は急ぎの依頼みたいなものですよ」
「クロイス一級調停官が…」
「はい。あの人は今回の事態を良く把握してらっしゃいます」
「事前に手も打っていたようですけど…」
ファビアンの言葉には何処か含みが感じられた。
機構に対する不信感が僅かに滲んでいる。
「今、この装甲車はヘブンポート市の地下要塞へ向かっています」
「ここで体勢の立て直しと情報の分析・収集、防備の確認等を行う予定です」
「連邦も合衆国も全力で援軍を投入するでしょう」
「本当は一直線に向かわず、妹を拾っていきたいんですけど…」
「ここは信頼出来る親友に任せる事にしました」
「事が終わったら、彼に自分が諜報員で有る事を打ち明ける必要があるかもしれません」
「正直、こんな事は起きて欲しくは無かった」
ファビアンの表情からは僅かに不安と後悔が見られる。
「それで何ですが」
「は、はい…?」
「敵はどんな感じでしたか?」
「出来うる限り敵を知っておきたいと思って」
「そうですね…」
クレアは脇腹を抑えながら口を開く。
「まず理解が出来ませんでした」
「理解?」
「私も頭に血が上っていたというのもあるんですけど…」
「敵の一人と口論したんです」
「…良く言葉が分かりましたね?」
「いえ、その敵はこの国の言葉で話しかけて来ました」
「…続きを」
ファビアンが真剣な眼差しでクレアに問いかける。
「はい。その『敵』は私に対して見て見ぬ振りしてここから立ち去れ、と」
「立ち去れ?殺すではなく?」
「出来るだけ楽に金を稼ぎたいから、と言っていました」
「…面白い…。いや、失敬」
「でも、私はその提案を蹴ってしまったんです。この地域の安寧と法・秩序を司る存在としては彼等を許容出来なかった」
「………」
「だから敵と戦闘になりました。その敵は律儀にも名乗りを上げてました」
「名乗り」
「はい。自分の名前と義体の名前?でしょうか…」
「名前はカルロス、義体名は『ファルカタ』と」
(カルロス…ファルカタ…)
「それから彼等との集団戦闘になって…」
「この有様という訳です」
「しかし私の知っている情報で言うと、貴方は戦闘訓練を受けた強力なMUTE能力者ですよね?」
「そんな簡単に敗れるとは私には思えません」
「彼等は明らかに対MUTE戦闘の訓練を受けて居ました」
「極めて高度な戦闘技術です。資料でも見た事が無い」
「恐らく、ヴェルトでの絶え間ない戦争で磨かれたガデスの秘技なのでしょう」
クレアは横腹をさする。
「…『敵』は想像以上に強力なようですね」
ファビアンは装甲車の天井を仰ぎ見る。
「はい。結局あの「巨大な光」の根元に何があるかすら分かりませんでした」
「きっと彼以上の強力な敵が居るのだろうと思われます」
「だからあの時何としてでも彼処で倒しておきたかった、そう感じています」
クレアの表情からは悔しさが溢れていた。
「あの光からはとてつもない悪意と殺意を感じます」
(悪意と殺意?)
「私はあの光が追い打ちをかけるようにヘリや飛空挺を撃墜し、落下する乗員まで追いかけて急所を貫くのを目の当たりにしました」
(なんだそれは?見た事も聞いた事も無い技術だ)
(最早呆れるしか無い)
「信じられない光景でした。それは本当に人の技で出来る事なのかと」
「…マーヴェリックさん。今ほど知らない事が多すぎると痛感した事はありませんよ」
「…私もです」
「ですが、今日私達は自分達の力量と『敵』の力量の一端を窺い知る事が出来た」
「これは勝利への第一歩だと私は思っていますよ」
「勝利…ですか」
「?」
「私は彼との問答を通じて思ったのです」
「この戦いにおける『勝利』とは一体何なのか」
「……」
「私が考える必要のある事では無いと思うのですけど」
「いや…、そうは思いませんよ」
ファビアンが肩のストレッチをしながら返答する。
「今回の『事件』には不自然な部分が多すぎる。まるで誰かに謀られて居るようです」
「貴女は誰よりも早く戦場で直接敵と会話をした。そこで直感的に思いついた事なら考える価値がある」
「少なくとも私はそう考えています」
「『生き証人』ですか…?」
「そう!それです!五体無事で情報を持ち帰れる。これ以上の収穫はありませんよ」
「この事件についても『勝利』の定義についてもまだまだ分からない事だらけですが、これだけは確信を持って言えます」
「我々は『まだ負けていない』」
「!」
「それにマーヴェリックさん」
ファビアンはクレアに向き直って真剣な眼差しで彼女を見つめる。
「はっ、はいっ!」
「貴女の持ち帰った情報のお陰でこれからこの街とこの国の多数の人間が救われるでしょう」
「僭越ながら彼等の代表として貴女にお礼を申し上げます」
クレアは自分の鼻がツーンとし始めるのが分かった。
目から涙が滲んでくる。
「でも…でも私…何も出来なかった……」
「死んでいく人達を前に何も出来なかった…」
クレアはボロボロと涙を溢す。
自分自身で感情を抑えきる事が出来ない。
こんな情けない自分なのに感謝までされて居る。
頭の中がグチャグチャで訳が分からなくなってくる。
ファビアンは上着の内ポケットからそっとハンカチを差し出す。
「貴女が全てを背負い込む必要はありません。今回の事は『私達全員』が協力して背負って行かなければならない」
「そういう物です」
「……はい…ありが…グスッ…とうござ…ひぐっ…います」
(まるで学校で不始末を許された、普段から虐待を受けて居る少女のようだ)
彼女の精神年齢は年相応では無いのかもしれない。今の彼女には背負う物が重すぎる、とファビアンは感じた。