ヘブンポート市―――
ニューヘブンポリス市から北に120km離れた、三方を丘陵に囲まれたこの港湾都市には避難民や連合軍の軍人、機構関係者で溢れていた。
この港湾都市で緊急事態への準備をしていた、クロイス1級調停官の懸念は最悪の形で実現しつつあった。
予想以上にこの都市へ逃げ込んでくる避難民が多い。
このまま人が増え続ければ連邦軍の旧地下要塞に収まりきらないばかりか、食糧供給も立ち行かない。
キャパシティーが完全にオーバーしている。
恐らく1週間で何もかも食い尽くすだろう。
ガデスの軍勢に包囲されれば一巻の終わりだ。
それに機構支部の一部職員が戻ってきていない。
先程、マーヴェリック2級調停官の無事は確認出来たが、まだ連絡の付かない職員がそれなりの数に上っている。
例えば兵器暴走事件の調査に当たっていたスゥイート4級調停官は合衆国の軍事基地に居た筈だが、連絡が取れていない。
この場で一番階級が高いの自分だ。職員の統率・連合軍との調整、避難民の対応をしなければならないと思うと気が遠くなる。
現地の役人達はまるで役に立たない。平時はどうか知らないが、戦時では完全にカカシだ。
クロイスは長い牙を覗かせながら頭を抱える。
彼が悩んでいると臨時オフィスのドアが叩かれる。
「トーサイです。入ります」
「君か。入れ」
このトーサイという男はこんな非常時に大量の仕事をこなしているのにも拘らず、疲れの色一つ見せていない。
それどころか動揺の表情すら見せない。極めて冷静で平静を保っている。
大量の犠牲者と大規模な被害が出ているのに、だ。
彼の文民離れしたタフさに感謝したくなる。
中肉で背が高く筋肉質。身体の動きに鋭いキレがあり、遠くから見てもスキが見当たらない。
偶にとぼける事もあるが、専門家としての知識量は豊富で知見には切れ味がある。
彼は偶にどもる癖があり、それをバカにする者も居るが、その言葉は逐一的を得ている。
連邦出身の職員達からはとても慕われていて、良く一緒に昼食へ出掛けて行くのを見かけた事もある。
まるで本当の自分を悟られたく無いか様にこの組織で働いている。
それがこのトーサイという男。
個人的な感想を言わして貰えば、「非常に有能で模範的な機構職員」だ。
だが同時この男の背景は疑わしい。
長年諜報員をやっていた自分の勘だ。
機構を私物化しようとしている連邦人のグループが居るのは知っている。
勿論トーサイがそうだという証拠は何処にも無い。
しかし、自分のセンサーにどうにも引っ掛かる人物であるのは間違いない。
多国籍・異世界連合組織の機構を一国が私物化する事などあってはならない。
私は機構の職員であると同時にアークトリス連合王国の外務省職員でもある。
王政府直属の諜報機関より持ち掛けられた任務は「機構を私物化するグループの調査と可能なら非武力行使による排除」だ。
だからトーサイは部下でもあり、監視対象でもある。
「…?どうかしましたか?クロイス1級調停官?」
ハッとする。
「済まない。疲れが溜まっている様だ」
トーサイは頭を掻きながら返答する。
「い、い、一番の重責を担わなければならない、そ、その境遇は察するにあっ余りあります」
クロイスは大きく深呼吸をする。
「ありがとう。君が居なかったらどうなっていた事やら」
「お褒めに預かり光栄です」
「世辞じゃないぞ。本当にそう思ってる」
クロイスは少しばかりにやける。
「…君も理解しているとは思うが…」
「状況は当初の想定以上に悪いと思います」
「そうだ。いざという時には人命をコストと見なし、切り捨てを行わないといけない」
「この状況で全ての人間を救うのはもう不可能だ」
「…であれば更なる最悪を防ぐ必要がある…という事ですよね?」
「話が早くて助かる。皆が君みたいだと私も楽なんだがね」
「だからもう一つだけ仕事を頼まれてくれないか?」
「私に出来る事であれば何でも」
「そうか…では収容仕切れない一部避難民の避難ルートを構築してもらいたい」
「具体的に言いますと?」
「北東へもう2本程、簡易道路を作って貰いたい」
「間に合うかは分からんが」
「了解しました。空いている人員と余った機材は自由に使っても構いませんか?」
「構わない。こちらから担当部署と人員に話は通しておく」
「ありがとうございます。では早速今の仕事と並行して設計の作業に取り掛かります」
そう言うとトーサイは頭を軽く下げ、部屋を出ていこうとした。
「トーサイ」
「はい。なんでしょう?」
「君は『機構』の事をどう思っている?」
「第二の故郷、そう考えております」
「何故こんな質問を…?」
「平時の素面じゃこんな質問出来ないだろう。いつ死ぬかもわからん身だ」
「聞ける時に聞きたい事は聞いておきたい、それだけだ」
「そうでしたか…では」
トーサイはドアの向こうへと立ち去って行った。
トーサイはそのまま部署に向かい、暫く設計作業をしながら上がってくる報告書を見ていた。
機構の女性職員がトーサイの元へやって来る。
そしてトーサイにコーヒーを渡しながらこう言った。
「1×。MC〇。2△」
「コーヒーの中に角砂糖が入ってます」
「……了解した。ありがとう」
「どういたしまして」
女性職員はニッコリ笑いかけると何処かへ立ち去った。
トーサイは立ち上がると職員にこう言った。
「駐車場に忘れ物をした。取りに行ってくる」
「設計は大方出来ているから後は添付メモの通りに」
「了解です。ではお任せ下さい」
トーサイはオフィスとビルを出ると駐車場に向かった。
そしてトランクの中に話し掛ける。
そこには小型の黒い立方体の物体が置いてあった。
「もう大丈夫か?」
『はい。大丈夫です。指揮官殿』
『周囲10mの盗聴電波及び音声はカットされています』
「部隊の損失は…?」
『部隊の人員に関しては死傷者ゼロです。基地の兵士・装備と持ってきた最新戦車はかなりやられました』
『後、一部高級将校の死体が見つかりません。恐らく生きたまま敵に拉致されたかと』
「ガデス側の損失は?」
『2体です』
「その程度の内容ではご当主様を到底納得させられない」
『しかしあの基地に居た公平派の殆どは死亡しました』
「さ最低限のし仕事は出来たという事か…て敵が手強い」
『はい。一見傭兵部隊のようでしたがガデス側の指揮官は恐らく機族です』
『機士も混じっています』
「そいつらのデータを集めて分析、定時連絡で纏めて報告しろ」
『了解!』
「Bプランへ移行。第7中隊と合流しろ」
「こちらの仕事が片付き次第私も合流する」
『了解!指揮官殿』
トーサイはトランクをそっと閉じた。
そして彼は指を鳴らした。
「こちらは問題無い。後は敵次第だ」