対魔忍ユキカゼ參 〜復活の矢崎 バッドエンドワールド〜 作:三紋昨夏(サンモン・サッカ)
矢崎宗一の焼死体は、成田国際空港警察署の霊安室で保管されていた。
“矢崎上院議員の米連亡命未遂事件”は広く報道され、世間一般にも知れ渡っている。黒い噂の絶えない政治家であったことから、暗殺を非難する声は少なかったが、一方で政府による陰謀説を唱える者もいた。
それまで与党だった民進党の重鎮、幹事長をも務めた大物政治家が、政権交代直後に暗殺されたのだ。いかに正しい報道がなされても噂は立つ。実行したのは対魔忍だが、一般には公安局の特別捜査官による射殺となっていた。
————国家機密情報保護法の第6条、緊急的防止措置条項第3項の適用。
国家機密情報の流出を強制阻止し、それに伴う人命の喪失および器物の破損は免罪される。つまり、暗殺を正当な手段として認めている。矢崎が持ち出そうとした情報は、日本国の国防を著しく損なうものだった。しかし、日本は法治国家だ。矢崎のほかにも米連のエージェントが2人死んでいる。形式的な警察の捜査と、筋書きを追認する手続き的な裁判を行う必要があった。
ほかにも面倒な手続きをしなければならないことがある。対魔忍を管理監督するアサギが頭を抱えたのは、空港が派手に炎上したことだ。ゆきかぜと凜子が大暴れした結果、成田第三空港のフロアが半壊し、経済的損失は洒落にならない額となった。
そうした事情があり、ゆきかぜの雷銃によって黒焦げとなった矢崎の死体は、重要な証拠物として冷凍保存されていた。
「大丈夫だよ。この超回復薬は死体さえ残っていれば、死者を復活できるんだ。一種のクローンみたいなものだけど、それでもパパは復活する」
ほたると宗風は、魔界都市ヨミハラを抜け出し、盗んだスマホで調べたネット記事で、自分達の父親が殺されていることを知った。死体が保管されていると目星を付けた成田国際空港警察署に堂々と侵入し、霊安室から父親の死体を盗み出した。
ほたるは矢崎と不知火の娘であるため、水城家の血筋を引いておらず、遺伝忍術である“雷遁の術”は使えない。その代わり、不知火と同じ“水遁の術”や“幻影の術”を使うことができた。
大気中の水分を忍術触媒として、警察署の人間を幻術で操り、司法解剖のために搬出すると思い込ませた。ほたるの技量は不知火ほど洗練されていないが、訓練を受けていない警察官を嵌めるのは容易だ。
「どこか拠点となる場所を見つけよう。パパを復活させるなら、安全なところじゃないとダメだ。この薬は一つしかない」
警察署から盗んだ覆面パトカーのワゴン車を運転しているのは宗風だ。電撃を操り、GPSなどの電子機器は既に破壊済みだ。
「この覆面パトカーもどこかで乗り捨てないとね。幻術で記憶を弄くっても、死体と車が消えていれば、翌朝に出勤してきた警察官が異変に気付くはずだ」
宗風は後部座席に座る腹違いの姉に、バックミラー越しに言葉をかける。ほたるは父親が入った死体袋を抱きしめ、両目から涙を溢していた。
「許さない⋯⋯っ! 許さないんだから⋯⋯っ! 私の大好きなパパを殺した奴は、絶対に私が八つ裂きにしてやるんだから⋯⋯!!」
「う〜ん。そのさ、言いにくいけど、それはやめてほしいかな」
「どうしてよ! 宗風はパパをこんなふうに殺されて平気だっていうの!?」
「⋯⋯霊安室でパパの死体を軽く観察したけど、火じゃなくて電熱で焼かれてる。全身に雷撃傷があった。パパは電銃の雷弾で殺されたんだ。こんなことができる人間は、ほんの一握り。僕と同じような能力を持ってる。僕はその人物にすごく心当たりがある」
「え? うそ、まさか⋯⋯!」
対魔忍で雷遁の使い手といえば、水城ゆきかぜをおいてほかにはいない。空港を半壊させるほどの雷撃を放つとなれば、もはや確定だった。
「パパを殺したのは、絶対に僕のママだよ。ここはパパが失敗した世界なんだ。僕らの世界では対魔忍ゆきかぜは奴隷娼婦となり、矢崎宗一の子を宿す。そして産まれたのが僕だ。でも、こちらの世界ではダメだったんだろうね」
「⋯⋯分からないでしょ。それは推測に過ぎないわ。雷遁の術を使う対魔忍は他にもいる。ゆきかぜママが私達のパパを殺すなんて信じたくないわ。だって、あんなに愛し合っていたのに⋯⋯!」
「それは僕らの世界での話さ。ここは淫魔王が成功することが決まっている新しい世界なんだ。僕のママがパパを殺すことだって十分にありえる。同一人物だけど、別人なんだよ。実際、不知火ママだってパパを助けることができていなかった」
「最悪っ! 本当に最悪の世界。家族を引き裂くなんて⋯⋯っ!」
「うん。そうだね。僕らはこの世界で窮地に立たされている。だけど、新しい世界は僕らにとってもチャンスだ。僕らの生まれた世界は、淫魔王と達郎のせいで台無しになった。彼らはこちらでやり直すつもりなのさ。でも、僕らが異物として混入した。今度は僕らが彼らの世界を台無しにしてやるんだ」
ほたると宗風は、並行世界の2097年からこちらの世界にやってきた。
ノマドの後ろ盾を得た矢崎が日本を完全支配し、不知火とゆきかぜを妻に娶った旧世界。矢崎宗一の薄汚れた欲望が全て叶った世界であった。しかし、対魔忍の残党と淫魔王によって、旧世界は上書きされ、粉々に砕け散った。
今となっては、起こりえたかもしれない過去の可能性となっている。
「世界創世というブラック様の偉大な計画も奪われてしまった。でも、パパさえ復活させれば、僕らは新世界でやり直すことができるんだよ。パパには頑張って貰わないとね」
「どこに向かってるの?」
「東京キングダム・シティ。法秩序の管理外となっている場所に行く。無法地帯ならヨミハラでもいいけど、お姉ちゃんが娼婦を殺しちゃったからね。お尋ね者になってるかもしれないから、東京キングダムのほうがいいでしょ」
東京キングダム・シティは東京湾の海上10kmの地点に存在する人工島だ。
政府肝いりで作られた巨大な箱物「東京キングンダム・シティ」。海上に浮かぶ第二の都心となることを期待されたが企業誘致に失敗した。住居施設や住人をターゲットにした商業施設も東京湾地下鉄工事の大幅な遅れから開発は全面中止。交通の不便な海上の孤島と成り果て、捨てられた幻の都市となった。
その後は本州とを結ぶ唯一の出入り口、全長10キロに及ぶ東京キングダム大橋を伝って渡ってきた密入国者や犯罪者、無政府主義者、魔界から流れてきた住人たちの住処と化し、海上都市は世界有数の危険な街となっていた。
数年前まで、朧クローンをトップとした犯罪結社“龍門”によって、東京キングダムは支配されていた。龍門の後ろ盾は中華連合であり、日本や米連、ノマドの勢力さえも排除していた。しかし、最強の対魔忍アサギと、その妹さくらが潜入。アサギ達の活躍や米連の武力介入、ノマドの策略で龍門は壊滅状態となった。日本政府も重たい腰を上げ、犯罪勢力の制圧作戦を実行した。
龍門が潰され、中華連合の勢力を追い出すことに成功したが、居着いた娼婦や犯罪者の全てを捕らえることはできず、東京キングダムは未だに無法地帯の歓楽街だった。
「この覆面パトカーを売れば、東京キングダムの宿を借りられる。盗難した警察車両だ。犯罪者は絶対に欲しがるはずだよ」
矢崎の死体が成田国際空港警察署から消え、警察車両が一台盗まれたと判明したのは翌朝のことだった。警察は盗難車の足取りを追ったが、東京キングダムに繋がる大橋を渡ったことが判明すると捜査は打ち切りとなった。魔界に関連する事件捜査は公安局の管轄となる。すなわち対魔忍の領分となるのだ。しかし、死体と警察車両が盗まれた程度で対魔忍を派遣する余裕はない。
内務省公共安全庁、公安局調査第三部の山本信繁(やまもとのぶしげ)は小さな事件であるとして、五車学園のアサギに盗難事件のことを伝えなかった。山本は政府と対魔忍を繋ぐ事務方のトップで、アサギの上司にあたる。
山本の判断は多忙な対魔忍を配慮した行為で、情報を秘匿しようとした意図はない。実際、聖修学園の掃討作戦を終え、その後始末に対魔忍は大忙しだった。しかし、後に起こる出来事を考えれば、この判断ミスは厄災を招くことになる。
◇ ◇ ◇
ほたると宗風は、東京キングダムで覆面パトカーを売り飛ばし、港湾部にある雑居ビルのワンフロアを借りた。ヨミハラほどではないが、東京キングダムも立派な犯罪都市だ。矢崎の焼死体が入った死体袋を背負って歩いていても誰も気に止めない。
大橋を渡れば、世界一安全で治安の良い日本の首都がある。地下都市のヨミハラ、人工島の東京キングダムはある種の社会政策だった。魔界の存在は隠蔽されているが、公然の秘密となりつつある。しかし、それでも対魔忍と政府は水際で食い止めようとする。そうなるとヨミハラや東京キングダムのような隔離区域が必要になるのだ。
「これをパパの身体にいれるの⋯⋯?」
ほたるは超回復薬が入ったガラス製の小瓶を睨む。不気味な紫色の液体が詰められている。良薬口に苦しというが、毒々しい色づきだった。
「試作品だけど効果は保障するよ。ブラック様がノマドの優秀な魔科医を貸してくれたんだ。八津家の対魔忍は不死覚醒という遺伝能力を持ってる。その薬は八津紫の生体細胞から作られた。死者すらも復活できる。いわばエリクサーだよ」
「あら⋯⋯? なにこれ? 薬の中に何か入ってない?」
魚の幼体を思わせる何かが小瓶の中に入っていた。サイズは葡萄玉と同じくらい。紫色の液体に漬けられている。
「それが超回復薬の本体だよ。未成熟の胎児。薬の原材料は八津紫の羊水と胎児なんだ。その胎児は僕が八津紫を孕ませて作った赤ちゃん。僕の血も入ってるから、僕と血縁があるパパには、適合しやすいはずだよ」
妊娠2カ月の胎児は1センチ程度の全長しかない。稚魚のような姿をしており、尻尾も消えておらず、原初の造形となっている。超回復薬は不死の身体を持つ八津紫の羊水と胎児をノマドの魔科医の技術で加工したものだ。
羊水由来の水薬は深い紫色で染まり、その中に瓶詰めとなっているのは矢崎宗風と八津紫の胎児である。優秀な対魔忍を輩出してきた水城家と八津家の血が混じった赤子。その生命に秘められた力を代償とすれば、消し炭となった人間を生き返らせることは十分に可能だ。
「八津紫⋯⋯? もしかしてノマドが飼育してたあの実験体と子作りしたの? 精子を提供しただけよね?」
「オマンコにオチンポを突っ込んで種付けしたよ。不死ってのも大変だよね。どんなことをされても死なないんだから⋯⋯。でも、便利だったよ。使い心地は新品のオマンコだったしね」
「うえぇ⋯⋯、信じられない。よくやるわ⋯⋯。繁殖用のオークだけじゃなくて、犬や豚とも交配させられてたの知らないの? あんなの女じゃなくて繁殖用母胎よ」
「犬や豚と穴兄弟でも気にしないかな。ノマドの貢献できればブラック様のお役にも立てるしさ。それに僕が頑張ったから、その超回復薬を合成することができたんだ。大変だったんだよ? 孕ませてお腹を帝王切開、胎児を取り出すのを何回も何回も繰り返して、やっといくつかの試作品が出来上がったんだ」
「別に人工授精だって苦労は変わらないでしょ」
「対魔忍はアクメ中が受精しやすいんだ。お姉ちゃんや僕だってそうなんだよ。対魔忍の血を引いてるんだから」
「宗風はヤリチンなだけでしょ。そういうところはパパにそっくり⋯⋯」
「そういうお姉ちゃんは誰に似たんだろうね。未だに処女なんでしょ? 弟の僕としては変な男にひっかけられないか心配だよ。相手がいないなら、僕が抱いてあげようか?」
「悪くはないけど今はやめておくわ」
「お姉ちゃんはそればっかりだね。まあいいや。気が向いたら声をかけて。実の姉でもちゃんと孕ませてあげるからさ」
悪ふざけなのか、本気なのか、宗風は実姉に飛び付き、Kカップの爆乳を揉みしだく。戯れ付いてくる弟を撥ね除けて、ほたるは父親の蘇生に取りかかった。
———炭化した死体の口を開く。
矢崎の下顎は、ゆきかぜによって砕かれている。サイボーグ技術で補強し、人工皮膚を張っていた。ちなみに、ほたると宗風が生まれる世界においても、矢崎は下顎を砕かれている。矢崎がゆきかぜと初めて顔を会わせたとき、「貧乳日焼け」と罵った代償だ。その因縁があって、矢崎はゆきかぜに恨みを抱き、ヨミハラで奴隷娼婦となるように策を巡らせた。
矢崎の砕かれた下顎は、矢崎ほたると矢崎宗風が生まれる発端となっていた。
「このまま口から飲ませればいいのよね?」
「うん。実験で効果は確認済みだ。超回復薬を摂取することで死んだ細胞は生き返る。酷い有様だけど、この程度の損傷ならきっと治る。薬の後遺症は残るかもしれないけどパパは蘇るよ」
ほたるは小瓶の栓を取り外し、超回復薬を矢崎の口内に注ぎ入れた。すると、電熱で黒焦げとなった死体が震えだした。全身の筋肉が痙攣し、特に心臓部分が大きく膨らみ、停止していた鼓動が再開する。超回復薬の原材料である宗風と紫の未成熟胎児は、矢崎の心臓に入り込み、心筋細胞と融合した。対魔粒子由来の不死覚醒と雷遁の異能、羊水に汚染していた魔力によって、死者の身体を作り替える。
腹部にたっぷりと贅肉を蓄えた肥満体質の肉体が、徐々に再生していった。炭化していた皮膚が淡黄色を取り戻し、萎んでいた眼球に水分が戻っていく。
完全に死んでいた矢崎の肉体に生気が宿る。
「パパっ! 私の大好きなパパっーーっ!!」
蘇った父親にほたるは抱き付いた。顎を補強していた鉄具が外れ、五体満足の肥満体となって、矢崎宗一は現世に帰還した。