※この作品はR-18です。

Riverside Story:岸辺の物語   作:松村順

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Chapitre 12

          Chapitre 12

 

 ジュンが10月に去勢手術をすることになった。月曜日の放課後。

「そんなんで大丈夫なの? 術後の安静時間とか確保できるの? 入院するの?」

わたしは心配で矢継ぎ早に質問する。ジュンはわたしを安心させるように微笑む。

「ジュリさん,心配しないで。去勢手術って,局所麻酔で30分くらいで終わる簡単な手術なんです。その後,30分か1時間くらい安静にしていれば帰れます。4時から始めて,5時か,どんなに遅くても6時には病院を出れるんです。抜糸は1週間後,翌週の月曜日」

「そんなに簡単なの?」

わたしはちょっと信じられない。言うなれば男の象徴を切り取る手術なのに。

「遊牧民たちは千年以上も前から,家畜に行なってきたんですよ。それで家畜が死ぬことはほとんどなかったんだから」

「人と家畜は違うでしょう」

「技術的には同じようなものです」

ジュンって,奇妙に度胸が据わってる。まあ,わたしも去勢そのものには反対しない。男のセックスを求めてるわけじゃないから。ただ,一応は知っておきたい。

「それで,手術した後,勃起や射精はどうなるの?」

「不可能ではないということです。男性ホルモンがなくなるから性欲が衰えて,普通よりは刺激しないといけないみたいですけど。ホルモンに関しては今でもボクは男性ホルモンはほとんど分泌されていないから,これまでどおりのはずですよ」

「そうなんだ。射精も?」

「はい。精子は精巣で作られるけど,精液はおもに前立腺で作られるんだそうです」

「ふーん・・・・」

 

 ジュンが手術をした週の土曜日,わたしは好奇心を抑えられなくて,見せてもらった。睾丸がなくなってペニスだけになった外性器。

「すっきりしたわね。わたしはこっちの方が好き。ペニスも取ってしまえばもっとすっきりするのに」

「ボクもそう思うんですけど」

ジュンは脱いだパンツをまたはきながら返事する。

「ない方が,パンツの前が不格好に膨れなくて済むし・・・・でも,100万円くらいかかるんです。時間も2時間くらいかかるらしいです」

「入院もするの?」

「いえ。入院はしなくていいそうですけど」

「ふーん」

「そういうわけで,今回は見送りました」

「『今回は』って,次回がある予定なの?」

「機会があれば。お金の余裕ができれば」

こんな話をしながら,わたしはもっと差し迫ったことを思い出した。

「それはそれとして,今日はどうなの? 手術して5日目よね。普通に,していいの?」

「激しいことはしないようにと言われてます」

「『激しいこと』って,具体的にはどの程度?」

「それは・・・・訊いてません」

確かに,それは訊きにくいだろう。まして,ジュンはまだ17歳。

「まあ,ふだんからそんなに激しいことはしてない・・・・つもりだけどね」

 

 翌週には抜糸が済み,その次の週には普通にお風呂に入れるようになり,ふだんの生活に戻った。

 

 年が暮れ,年が明けた。年が明けるとすぐにジュンの共通一次試験(センター試験がまだ共通一次試験と呼ばれていた頃)。自己採点成績の予備校判定では第一志望の横浜市立大学医学部は十分に合格圏内だった。そしてすぐにジュンの誕生日。18歳の誕生日。平日だけど,去年と同じようにキー・アンド・ストリングで祝う。違うのは,サキが加わること。そしてもう一人。橘クン。ジュンが招待したいと希望した。

「でも,いつかのように,帰り道,わたしたちは一緒にわたしの部屋に行くのに,彼だけ一人で自分のうちに帰っていくのは辛くないかな?」

とわたしは心配した。

「それなら,本人の希望を訊いておきます」

翌週,

「橘クンも来たいそうです」

とジュンが返事した。いや,それはもちろん,自分の好きな人の誕生日ディナーに来たいか?と問われれば「来たい」と答えるだろう。でも,その後のことをきちんと考えているのかな?・・・・まあ,余計な心配はしないでおこう。

 というわけで,1月27日の夕方,ジュンとわたしとサキと橘クン,4人でディナーのテーブルを囲む。わたしとジュンが並んで座り,サキと橘クンが並んで座る。この二人は初対面なので紹介した。

「この人はサキさん。わたしの友達であり,ジュンの友達でもある人。もともと,わたしの高校時代の同級生なんだけど,ジュンの中学時代のクラス担任でもある」

これくらいにしておく方がいいだろう。それから,サキの方を向いて,

「この子は橘クン。ジュンの同級生で友達・・・・でいいかな?」

橘クンはうなずく。ちょっと苦笑いしているかも。サキは,ハッとした表情を見せる。

「橘クンって・・・・キミが,ジュンに告白したという子?」

「えっ? その話,したんですか?」

橘クンがわたしを見る。そうだった,その話はしていた。ジュンが「男に抱かれるのは抵抗がある」という話をした時。それにしても,サキが「橘」という名前を覚えていたとは。

「うん。話してある。・・・・キミとジュンの間のことはちゃんと分かってくれているから,余計な気を遣わなくていいよ」

「それは・・・・ありがとうございます」

橘クンはぎこちなく礼を言う。橘クンの気持ちを察したようにサキが語りかける。

「橘クン,ありがとうね。ジュンの友達になってくれて。開明高校をジュンに紹介したのはわたしなんだけど,ちょっと心配してたの。中学校の時と同じようにひとりぼっちだと寂しいだろうって。一人だけでも友達がいるなら,寂しくないでしょう」

橘クンはサキの方に顔を向ける。

「いえ,それは・・・・ボクこそサキさんに感謝したいです。篁に開明高校を紹介してくれて。そのおかげで知り合えたんだから」

ああ,なんとなくいい感じになってきた。よかった・・・・。

 ジュンはお祭り騒ぎが好きじゃないから,バースデイケーキなんて置かないし,“Happy birthday to you”と歌うこともない。ただ,いつもの白ワインの代わりに発泡酒のボトルをオーダーする。

「お酒は,ほんとうは20歳からだけど,まあ18歳の誕生日だから,少しだけなら,ね・・・・ああ,橘クンはもう18歳だよね?」

「ボクは去年の4月で18歳になってます」

「それじゃあ」

というわけで,ジュンと橘クンには小さなグラスにちょっとだけ注いだ。

「乾杯!」

ジュンは小さなグラスの底の方にわずかに注がれたお酒を一気に飲み干した。

「篁,飲みっぷりがいいな」

と橘クンが冗談めかして語りかける。

「だって,途中でやめたら,それからあと飲めなくなりそうだから」

という子供っぽいジュンの返事に,ほかの3人が笑った。そして10分もすると,ジュンの頬が赤くなった。橘クンはぜんぜん顔に出ない。そして,ジュンに微笑みながら優しい視線を向けている。その微笑み,その視線が,彼のジュンへの気持ちを表している。わたしからはよく見える。並んで座っているサキは気付かないかもしれないけど。

 食事が終わると,いつものようにサキがピアノを弾き,わたしとジュンが歌う。

「橘クンは歌わないの?」

とサキが問いかけると,橘クンは笑って首を振った。

 そして,楽しかった2時間が終わり,わたしたちは店を出る。この前と同じように,橘クンは伊勢佐木モールでわたしたちと別れる。

 わたしの部屋に戻って,ジュンとサキに話すことがある。橘クンのいるところでは話さないでおいた。

「ジュンは,後期日程は市大の文理学部を受けるんだね?」

「はい。文科の方です。もともと英語は好きだし,受験が終わったらフランス語も勉強しようと思ってます。それで,医学部がだめだったら,翻訳とか通訳の仕事をしようと思って」

わたしとサキはうなずく。賢い選択だと思う。ジュンは,組織に組み込まれて仕事をするのは向いてないと思うから。

「文理学部の方は,はっきり言って,確実に受かるよね?」

「たぶん」

「つまり,どっちにしてもジュンは4月から市大に通うことになる。日ノ出町からはちょっと不便ね」

「不便と言っても,1時間も2時間もかかるわけではないですよ」

「まあ,そうだけど。上大岡に引っ越すと,ずっと便利でしょう?」

サキが「えっ?」というような顔をする。わたしは,ためらいを振り切って,一番話したかったことを話す。

「一緒に住まない?」

ジュンとサキが驚いてわたしを見る。サキの方が先に口を開いた。

「つまり,ジュリとジュンが一緒に住むということね?」

「うん」

わたしは顔を伏せそうになって,思いとどまり,サキを見る。ここはきちんとサキの気持ちを受け止めないといけない。

「ジュンは,どうなの?」

「ボクは・・・・」

ジュンは戸惑っている様子。

「今の住まいに愛着があります。図書館,市立図書館に近いんです。もともと,それが理由で選んだんです。それと,海に近いから。大岡川沿いに歩いて港を景色を見に行けるんです」

「そうだったわね。ジュンはもともとそれが理由で今のアパートを選んだんだよね」

サキが話に加わる。

「それに,文理学部なら4年間ずっと金沢キャンパスだけど,医学部なら,2年生の後期からは浦舟町の附属病院のあるキャンパスになるんです。浦舟町なら,今のアパートから歩いても歩けない距離じゃありません。自転車なら10分くらいで行けます。むしろ,上大岡の方が不便なくらいで」

「そうか・・・・」

そう言われると無理にとは言えない。

「ジュリさんだって,上大岡だと品川に遠くなるじゃない」

「そうでもないの。今は横浜で特急に乗り換えてるけど,上大岡は特急が停まる駅だから,品川まで乗り換えなしで行ける。むしろ便利になるの」

「ふーん・・・・」

「それなら,ジュリだけ上大岡に引っ越せば?」

「えっ?」

サキの提案,それは想定していなかった。でも,考えてみれば,ジュンとわたし,近くに住んでいるからといって,しょっちゅう会ってるわけじゃない。会うのは土曜の夜だけ。なら,キー・アンド・ストリングで待ち合せて,3人で上大岡に帰ってもいいわけだ。サキはその方が翌日の朝すぐうちに戻れる。

「サキはその方がいいね。日曜の朝,すぐにうちに戻れるものね」

サキはニコッと笑う。ちょっとばかり照れも混じっている。

「ジュンと一緒に住むというのは,それとして,引っ越しは考えてるの。ベッドをキングサイズに替えて,やっぱり部屋がちょっと手狭なの。もうちょっと広い1LDKか,2LDKを考えてるの」

この話はこれでとりあえず終わり。わたしたちはいつもの土曜の夜のように,三人でベッドインした。

 

 2月下旬,医学部前期日程の二次試験が終わった。ジュンは手応え十分だったらしい。「たぶん,受かってる」と語る。わたしはジュンをつれて部屋を探しに行った。

「ジュリさんの部屋なんだから,ジュリさんが一人で決めてもいいのに」

「ジュンが毎週土曜日に泊まりに来るんだから,ジュンの意見も聞いておきたいの」

こんなことを話しながら降りた上大岡の駅。駅前の不動産会社で手頃な1LDKの賃貸マンションを見つけた。8畳くらいの個室に14畳くらいのLDK。それぞれ,今の部屋より2畳分ずつ広い。ふだん一人で暮らし,週1日だけ三人で泊まるにはほど良い広さ。現地を見に行くと,なんとサキの住むマンションの3階の部屋だった。

「ここって,分譲マンションじゃないんですか?」

「所有者が賃貸に出してるんです。そんなに珍しいことじゃないですよ」

気に入ったから即決した。

 ジュンとサキと一緒に過ごす週末を引っ越しに使いたくないから,平日に有給を取った。その日,もう高校の授業のないジュンが手伝いに来た。業者おまかせコースだから,手伝ってもらうようなことはないのだけど,新しい部屋にジュンと一緒に入りたかった。

 引っ越しは昼頃に終わった。移動距離も短いし,荷物も一人暮らしだから多くない。個室に置かれたキングサイズのベッド。わたしはジュンの手を引いて座る。そして抱きしめ,そのまま倒れ込んだ。引っ越したばかりの部屋で,ちょっとじゃれ合いたい。そう思って服の上からジュンの背中や腰を撫で,唇や首筋にキスする。

「ジュリさん・・・・」

ジュンは切ない声を出して,わたしを見る。潤んだ眼差し。その声,その目がわたしのスイッチを入れた。わたしはジュンのセーターに手を掛ける。ジュンは「えっ?」という顔をする。

「今日は特別,このまま続けさせて」

ジュンはうなずいて,素直に受け入れたけど,

「カーテンは閉めて」

とお願いする。

「見せつけてもいいんだけど」

と言いながら,わたしは窓のカーテンを閉める。そして,ためらうことなくジュンのセーターを取り,下着も脱がせる。それから自分も裸になり,抱きあった。

 愛撫するとジュンは敏感に反応し,わたしにとろけるような眼差しを向ける。わたしもじっと見つめる。

「ジュン,自分がどれほど色気があるか,ちゃんと自覚しておく方がいいよ。そのとろけるような眼差し,間違ってもほかの人に向けてはいけない」

ジュンはわたしを見つめながら答える。

「去年の今頃,橘クンから同じようなことを言われました。『見る人を惹きつける色気が出てきたね。自覚してる?』って。その後,『ボクのせいじゃない。きっと,ジュリさんのせいだね』とも」

「もちろん,わたしのせいよ」

そう。わたしのせい。わたしがジュンを,ジュンの身も心も愛し尽くすから,ジュンの色気が花開いた。黒髪のフランス人形が,色っぽい生身の人間に変身した。

 

 3月上旬に合格発表。予想どうり受かっていた。ジュンだけでなく橘クンも。ジュンが尋ねる。

「ずっと以前,ジュリさんとお付き合いし始めた頃,フランス語の文法書や辞書をボクにくれるって言ったことがあるでしょう。あの話,まだ生きてるの?」

「生きてるよ。捨てないで持ってきているから」

「じゃあ,ください。この春休みに集中的に勉強したいんです」

わたしは文法書と辞書のほか初級の対訳書もあげた。

「午前中はずっとフランス語の勉強に充てるつもりです。ほんとうは高校生のうちに始めたかったんだけど,延び延びになってしまった。英語並みにできるようになりたいんです」

と言って,ちょっと間を置いて,

「お母さんの言葉だから」

と言い足した。

 「お母さんの言葉」それはもちろん,母語という意味ではない。そうではなくて,仏文科を出たお母様が親しんでいた言葉。時おり原書を読んでいるのをジュンが見ていた言葉。お母様が生きていれば,高校生になったらじかに手ほどきしてもらえたはずの言葉。お母様の思い出に連なる言葉という意味。わたしはジュンを見つめ,そっと頭を撫でた。

 春休みが終わる頃には,易しい小説なら原書で読めるレベルに達した。

 

 土曜日は,キー・アンド・ストリングに出かける。これまではジュンと一緒に福富町や伊勢佐木町といった横浜きっての繁華街をのんびり歩いて出かけたけど,上大岡からは歩けない。地下鉄なら伊勢佐木長者町駅からすぐだけど,わたしはサキと一緒に敢えて京急を使い,日ノ出町で降り,待ち合せたジュンと三人で繁華街を通り抜ける。ネオンサインがまたたき始めた夕暮れ時の夜の街を歩くのが好き。

「この時間帯にこの辺を歩くの,初めてだわ」

とサキが語る。

「それはそれは,箱入り娘と言うか深窓のご令嬢と言うか」

わたしが茶化す。

 キー・アンド・ストリングに着くと,ジュンと一緒に歌う。時にはわたしとサキで連弾してジュンが歌うこともある。それから,帰りは地下鉄を使う。サキは自宅に寄らずそのままわたしたちの部屋に泊まる。甘い夜を過ごした後,翌朝,7階に戻っていく。わたしはジュンとブランチを摂る。近くに雰囲気のいい喫茶店が見つからないので,部屋で食べる。

「それなら,うちにおいで。一緒に食べよう」

とサキが誘う。毎週というのはなんとなく気が引けるので隔週くらいの頻度でお邪魔する。澄人さんも交え4人でブランチ。わたしは前々から気になっていたことを尋ねる。

「澄人さん,女嫌いではないんですか?」

「そんなことはありませんよ」

「そうですか・・・・」

わたしはちょっと腑に落ちない。そんなわたしの気持ちを澄人さんは敏感に感じ取った。

「ホモセクシュアルの男がみんな女嫌いではありません。確かに,女が嫌いだから男を愛するという人たちもいます。ひょっとしたら,その方が多いかもしれません。でもみんながそうではないのです。異性愛者のことを考えれば分かるでしょう。女を性愛の対象とする男がみな男を嫌うわけはないし,男を性愛の対象とする女がみな女を嫌うはずもないでしょう。性愛の対象としないからといって,嫌ってるわけではないのですよ。知人,友人としてなら仲良く付き合えます。だから,ジュリさんやジュンさんがここにおいでになるのは,少しも迷惑ではありません」

澄人さんはわたしが心配していたことに先回りして答えた。ほんとうに,相手の気持ちを巧みに思いやれる人。

 

 大学の授業が始まった。上大岡は,金沢キャンパスから日ノ出町に戻る途中にあるけど,ジュンは素通りする。わたしも途中下車させるのは迷惑だろうと思って声をかけない。だから,ジュンと会うのはこれまでどおり土曜日だけ。ただ,だんだん気兼ねがなくなって,毎週のように日曜日の朝はサキのうちでブランチをごちそうになるようになった。テーブルを囲んで穏やかに語り合う。「一家団欒」という言葉を思い浮かべてしまう。わたしやサキと較べて澄人さんは10歳年上,ジュンは12歳年下だから,澄人さんとジュンは22歳の違い。ぎりぎり親子と言えなくもない。

「なんだか,家族みたいね。血のつながりはないのに」

「血のつながりだけが,人と人を結びつける力ではありません」

と,澄人さんが語る。確かに,そのとおりだと思う。

 ジュンの学校のことが話題になることもある。

「バリバリの理系の人だと教養課程の文科系の授業に戸惑うけど,ジュンさんはそんなことはないでしょう」

と澄人さんが問いかける。

「はい」

と,ジュンは簡潔に答える。自信満々というより,素直で正直なだけ。実際,戸惑うことなんかないだろう。

「医学部に入る人たちって,どれほど頭のいい人たちなんだろうと思っていたんですけど・・・・」

ジュンは話を区切り,澄人さんに眼差しを向け,それからちょっと顔を伏せて話を続ける。

「たいていは試験だけの秀才なんですね。ほかの人より要領よく試験勉強ができただけ。特に優れた知性や教養の持ち主ではないんですね」

澄人さんはジュンに笑みを浮かべる。それは苦笑いではなく,むしろ慈しみと少しばかりの悲しみを含んでいるかもしれない。

「話し相手がいなくて,自分の興味関心ある事柄について自分と同じレベルで語りあえる相手がいなくて,寂しいのかな?」

「別に,そんなことはありません。慣れてますから」

「ジュンは中学生の頃からそうだったよね。ひょっとして小学生の頃から?」

サキが尋ねる。ジュンは軽くうなずく。

 こんな問答を聞きながら,わたしはとても自己中心的なことを考えている。医学部の学生たちもそのレベルであるなら,ジュンの友達になれるレベルでないのなら,あのとろけるような眼差しを同級生に向けることはない。あの眼差しはわたしとサキだけのもの・・・・ああ,橘クンも。こんな考えを追い払うように,わたしはジュンに語りかける。

「これからジュンがまじめに医学の勉強をしてちゃんと国家試験に受かったら,お母様が医者になったような人になるね。医学,医療のことしか知らない医者ではなくて,深い知性と教養を身につけた医者。医者の仕事の詳しいことは分からないけど,それはきっと医者の仕事にとってもプラスだと思うよ」

澄人さんが深くうなずいてくれた。

 

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