Chapitre 7
篁淳,たかむらじゅん・・・・不思議な少年。いや,そもそも少年と呼んでいいのか。とは言え,少女ではない。不思議な生き物。出会った頃の祐樹を思い起こさせる。いや,祐樹よりも美しい。あの頃の祐樹が100人に1人の美少年なら,この子は1000人に1人くらいの美少年。でも雰囲気は似ている。知性と気品を感じさせる美しさ。そのくせ,そばにいる人間に「守ってあげたい」気持ちをかき立てる。いや,その前に,「この子に係わってみたい」という気持ちをかき立てる。薬の力で男の子を男の子でなくするなんて突拍子もない試み,薬理学的去勢とでも言うべき実験を「世迷い言」とも「思春期の妄想」とも切り捨てなかったのは,わたしがこの子に係わってみたいと思ったから。「世界最初の研究」という口説き文句に落とされたわけではない。いや,それに心惹かれたこともあるけど,一番大きな要因はこの篁淳という存在への興味。
「研究」そのものは3~4ヶ月で中止になると予期していた。月1回,わたしか看護師に裸体をさらし,トイレで精液採取を要求されるなんて,3~4回で音を上げると思ってたけど,この子はその華奢な外見に反して頑固だった。3月に始めた研究が7月,8月,9月になっても続いている。
研究そのものも,意外にも興味深い。3月の最初の検査結果は,まだ大人になりきってないからデータの解釈が難しいけど,ホルモン値は男性ホルモンも女性ホルモンも成人男性と成人女性の中間くらいだった。精子数は少ないけど男性不妊の基準値はかろうじて越えている。性機能の点ではまさに中性と言える。それが月を経るごとに低下していき,7月にはホルモン値は成人女性の正常範囲に入り,精子数や運動性はほとんど妊娠を期待できないレベルに落ちた。外性器の形はどうであれ,体内のホルモン環境は女性になった。そして,8月,9月もほぼ横ばい。底値を打ったのだろう。
10月の検査と処方を終え,わたしは篁クンに話しかけた。
「3~4回で音を上げるだろうと思ってたんだけどね。トイレでマスターベーションなんて,苦痛でしょう?」
「楽しくはないです。でも,仕方ないと思って受け入れてます」
「見かけより意志が強いのね」
「先生は,男になりたくないというボクの意志を見くびっておられましたね」
「そうみたいね」
わたしは苦笑いする。そして,研究について初めて詳しく説明した。たぶん,最後までやりきることになりそうだから。現状では普通にセックスしたのではほとんど妊娠を見込めないと説明したところで,
「『ほとんど』ですか? 『ぜったい』じゃなくて」
と問い返してきた。
「ヒトの体に関して『ぜったい』はないの。何百万人に1人,何千万人に1人という例外があり得るから。まあ,この件に関しては限りなく『ぜったい』に近い『ほとんど』だけど・・・・ひょっとして子供がほしいの?」
「違います」
きっぱり否定する。それから
「むしろ逆です」
とつぶやいた。ああ,そういうこと・・・・。
「女の人と付き合ってるの? 相手の妊娠を心配してるの?」
篁クンはうなずく。ここで素直にうなずくのが,また普通じゃないけどね。それにしても弘樹はこのことを知ってるのかしら・・・・まあ,それこそ余計なお世話かな。
「来月は,木曜日においで。学校が終わってから」
「はい・・・・でも,木曜日は休診日ですよね?」
「ほかの患者の診察の合間じゃなくて,ゆっくり時間を取りたい。あなたのこと,いろいろ知りたいから。被験者の生活史的背景を把握しておく,というのは建前で,あなたに興味があるから,いろいろお話ししたい。いろいろ訊きたい。いいかしら?」
こんな素直な「すれてない」人には,余計な言い訳や口実を構えず,こちらも素直に率直に自分の気持ちを伝える方がいい。篁クンは
「はい。かまいません」
と答えた。
11月中旬の木曜日,高校の授業が終わるのは3時だから,3時半頃に来るだろうと思ってリビングルームで待っていると,まさにそれくらいの時刻に弘樹につれられてやって来た。
「ああ,いらっしゃい。検査は診察室でする方がいいね」
診察室で採血と身体計測。ふだんは看護師がやることだけど,今日は休診だからわたしがやる。服を着ていると目立たないけど,裸になると目で見てはっきり分かるくらいバストが膨れている。
「学校でからかわれない?」
「目立たないよう,体にフィットしない体のラインの出にくいゆったり目の服を着てます。学校に行く日は」
「いろいろ不便ね」
「ええ,でも・・・・ジュリさんは喜んでくれるから」
「ジュリさん?」
「あっ・・・・その・・・・お付き合いしている女性です」
「えっ?・・・・彼女さん,あなたの胸が膨れるのを喜んでるの?」
わたしは思わず問い返す。
「彼女は,ボクと付き合うまでは,女の人としか付き合ったことがないんです。基本的に女の人が好きなんです」
「そう・・・・」
どこまで「普通じゃない」子なんだろう。ともかく,身体計測を終え,体表観察も終え,精液採取用のスピッツを渡した。2~3分して戻ってきて,スピッツをわたしに戻す。心なしか,頬が赤らんでる。
「リビングルームに戻ってなさい」
と指示したら,あわてて診察室を出ていった。こういうところは,普通の男の子。
精液を顕微鏡で観察し,結果をカルテに記載して,リビングルームに戻ると,篁クンと弘樹はテーブルに向かい合って座って黙って本を読んでいる。
「弘樹,ちょっと篁さんを借りるね。晩ご飯の時間には返すから」
弘樹は何も言わずにわたしを見る。まるで恋仇を見るような眼差し。間違えないで,あなたの恋路を邪魔しようとは思わないわよ。わたしのことを心配するより,この場にいない彼女さんのことを心配しないさいよ。
わたしの部屋で篁クンと向き合う。
「先月も話したけど,わたしはあなたに興味がある。あなたのことをもっと知りたい。まず,初めて会った日に『幼い頃から,上品なもの,エレガントなもの,華奢で繊細なものが好きで,そのような存在に憧れ,自分もそのような存在でありたいと願っていた』と語ったけど,そのような憧れや願いがあなたの心に根付いたのは,どんなきっかけで?」
「母がきっかけです。母はまさにそんな人でした。上品でエレガントで繊細で,そしてとても教養豊かでした」
と言って,母の思い出を語り始めた。静かな口ぶりで,ほとんど感情の見えない表情だけど,その語り口から母への深い愛着がうかがわれる。そうやって語れるのはまさに篁クンにとっての理想の女性像,いや理想の人間像と言うべきかも。その語りをひととおり聞き終えて,ふとつぶやいた。
「素敵なお母様ね。今,いくつくらい?」
「ボクは25歳の時の子供だから,生きていれば41歳のはずです」
「生きていれば?・・・・ということは,もうお亡くなりになったの?」
「はい。3年前・・・・もうじき4年になります。中学1年の1月だから」
「じゃあ,今はお父様と二人暮らし?」
「父も同じ交通事故で死にました」
ごく平静な口調で語る。わたしの方が驚いている。
「きょうだいは?」
「いません。その時から一人で暮らしてます」
「その時って,中学1年生よね。伯父さんとか伯母さんとか,親戚はいなかったの?」
「いました。引き取ると言われたけど拒否し通しました。九州の田舎の頑固な人たちなんです。『男は男らしく』とか,『男子は質実剛健』とか,エレガンスへの感性のかけらもないような人たち。そんな人に育てられたくなかったから,拒否し通しました」
わたしはまじまじと篁クンを見る。ほんとうに,見かけによらず頑固というか意志が強いというか。それは父親譲り,それとも,それもまた母親譲り?・・・・こんな物思いにふけっていると,篁クンから話しかけられた。
「ボクもお尋ねしたいことがあるんですけど」
「えっ,何?」
「先生のことではなくて,ご主人のことなんですけど」
「ああ,祐樹さんのこと? まあ,答えられる範囲で答えるけど」
「3月に初めてランチに招かれて,ボクが去勢手術を受けたいとか,それが無理ならお薬を処方してほしいと言った時,かなりきつい口調で反対されたでしょう。『若さの輝きはいつかは失われる。『かわいい』ともてはやされる時代はつかの間に過ぎてしまうんだよ』という口調が,何と言えばいいのか,単に若者の愚行を諫めようとするのではない,もっと切実な響きを感じて・・・・それが心に引っかかっているんです」
「ああ・・・・」
同類どうし,気持ちを敏感に感じ取るのかしら。わたしは語るべきことを頭の中で整理してから,語り始めた。
「祐樹さんは大学の2年後輩なの。入学した時,18歳の祐樹さんは美少年の余韻を残していた。同級生の間だけじゃなく,上級生たちからも注目されていた。わたしも注目した上級生のうちの一人。でも,その時はそんなに積極的じゃなかった。『ああ,これが噂の美少年?』くらいの気持ち。そして,その美の余韻は医学部の6年間が過ぎる中で消えてしまった。ぶさいくになったわけじゃない。美男子の部類だと思う。でも,まあ10人か20人に1人くらいの美男子。入学した頃は100人に1人くらいの美少年だった。わたしたちにとっても残念だったけど,本人にとっては残念くらいじゃ済まない痛恨の出来事だったと思うわ。祐樹さんはあなたの中に自分の過去を見たんだと思う。そして,自分が思いつきさえしなかった,あるいは,思いついたとしても実行する勇気のなかったことをあなたがやろうとしていることに驚き,それから・・・・何と言えばいいかしら,嫉妬というほど暗い感情ではないと思うけど,羨ましさ,そして無念の気持ち,自分もそれを試みることはできたのか,試みる方がよかったのか,という気持ちが湧き出たんだと思うの。もちろん,その無念は若い頃の自分に向けた無念なんだけど,それをついあなたに向けてしまった。それで,あんなきつい言い方をしてしまったのだと思う」
篁クンは納得したようにうなずいた。これで話を終わりにしてもよいはずなのだけど,わたしが語りたくなった。祐樹のことを。弘樹にさえ話したことがないのに,目の前にいる赤の他人,でも祐樹の同族とでも言うべき存在に語りたくなった。
「あなたもそうだと思うけど,祐樹は愛されることに慣れていた。でも,年を取るにつれて愛される側であるのが難しくなるの。女はまだしもだけど,男は,20歳まで,かろうじて20代初め頃までは年上に愛される立場でいられるけど,20代も半ば頃からとても難しくなる。ちょうど医学部を卒業して研修医になる頃ね。わたしと同じ大学の婦人科に入局して,わたしがメンターになった」
「メンター?」
「ああ,うちの大学特有のシステムかもしれないね。研修医を指導するのは7~8年目くらいの医師なんだけど,それと別に研修を終えたばかりくらいの新米医師が相談相手として指定されるの。年も2歳くらいしか離れていないし,医師としての技量もかけ離れていないからいろいろ相談しやすいだろうということで。わたしが祐樹のメンターになった。祐樹は,男にしては珍しく,自分の弱点や悩みを素直に相談できる人なの。男って,これが苦手よね。自分の弱点や欠点や悩みを人に見せたがらない,とりわけ女には見せたがらない。祐樹はそんな男の悪弊とは無縁で,わたしにいろんなことを相談した。甘えたのかもしれない。大学入学したての頃に戻った気分で。わたしも甘えさせた。そうすることが祐樹の心を安定させると思ったから。ああ,それは個人的な悩みに関してのこと。仕事に関しては,医学の知識や手技については優秀な研修医だったよ。まあともかく,そうやって頼り頼られ,甘え甘えられていく中で,どちらからともなく情が育っていった。熱い恋じゃない,深く静かな情愛。そして,祐樹が研修期間を終え,さらに2年経って,祐樹が28歳,わたしが30歳の年に結婚した」
「先生が祐樹さんを優しく包み込んで支えてあげたんですね。尊敬します」
「尊敬なんて・・・・」
わたしは面はゆい。
「実は,わたしにはわたしの思惑,打算があったの。どんな打算だと思う?」
わたしはわざといたずらっぽく問いかける。
「それは・・・・」
もちろん,篁クンは答えられるはずもない。
「まず,ささやかな打算の方から説明するね」
わたしは相変わらずいたずらっぽい口調。
「名字。わたしはもともと鈴木なの。ありふれた名字でしょう。橘って名字,かっこいいなと思って,祐樹と結婚すればこの名字に変われるんだと思ったの」
篁クンはクスッと笑う。大げさに声を出したり大口開けたりはしないけど,そっと笑う。笑い方も品がいい。
「もちろん,もっと真剣な打算もあったのよ。わたしは女に生まれて子供は産みたかった。たくさんは要らないけど,1人でいいから産んで育てたかった。そして,未婚の母という選択肢もあるけど,今の日本ではきちんと結婚する方がいいと思う。そのためのパートナーに譲れない条件があった。人の優れている点を素直に認めることができる。たとえその『人』が女であっても。これが譲れない条件。この条件を満たしているなら,ほかの点はかなり妥協していいと思ってた。女の方が優れていると素直に認めることができる男は少ないの。祐樹はそれができる。もちろん,すべての点でわたしの方が優れているなんてバカげたことを言うつもりはない。祐樹の方が優れている点もたくさんある。その点については素直に尊敬する。でも,わたしの方が優れているところもいっぱいある。それは素直に認めてほしい。そして祐樹はそれができる。男にしては珍しいのよ。ああ,ついでに言うと,『ほかの点はかなり妥協しても』と言ったけど,祐樹に関しては妥協しないといけない点はあまりなかった。理想の相手だった」
「そうでしょうね」
と相づちを打たれて,わたしはおかしくなった。
「篁クン,そこは『のろけないでください』って突っ込む場面よ」
「そうなんですか?」
「そうよ」
とても頭のいい子なのに,こんな点は抜けてる。まあ,それもかわいいけど。
「せっかくだから,もうちょっとのろけ話を続けるね。わたしと結婚する頃から,祐樹は祐樹なりのリーダーシップを身につけ始めた。個人医院と違って大きな病院の医療はチームプレイなの。看護師とか検査技師とかのスタッフとチームを組んで医療に当たる。そのチームで医者はリーダーの立場を要求されるの。祐樹にそれが務まるかと心配してたけど,杞憂だった。若い頃の祐樹はそばにいる人たちに『守ってあげたい』気持ちを呼び覚ますタイプだった。看護師が医者を守ってあげるわけではないけど,祐樹のチームでは,メンバーが『この人の力になりたい』,『この人を支えてあげたい』という気持ちになるみたいなの。チームメンバーがリーダーの力になりたい,支えたいと思えるチームって,理想じゃない?」
「はい」
うん,ここは素直に肯定してほしい。篁クン,いい子。
「今の病院・・・・ああ,祐樹はわたしが大学病院を辞める時,一緒に転職して,今は市中病院に勤務してるんだけど,そこでもきっと自分流のリーダーシップを発揮していると思うの。自分のキャラクターを生かして仕事していると思うんだけど,それでも,篁クンが自らの意志で男であることをやめようとするのを見て,穏やかな気持ちではいられなかったんでしょうね」
篁クンは考え込んでいる。雰囲気を変えたくて,わたしはわざと明るい口調で語る。
「ついでに,自分の話をしてもいいかな。結婚2年目,わたしが医者になって8年目,32歳で妊娠が発覚して,4ヶ月目に大学勤務を辞めて,無理のない範囲で父のもとで開業医の修行を始めた。父は内科。でも開業医のスキルというか個人医院を運営するスキルは診療科目の違いを超えて汎用性があるの。それに個人開業の婦人科では妊娠中絶くらいはできるけど,子宮ガンの手術と術後管理なんて無理だし,基本的に薬物療法だから,内科診療所での修行も役に立つ。弘樹が2歳くらいまでは育児の片手間だったけど,3歳になった頃に篠原さんに住み込みで来てもらって,フルタイムで仕事に復帰した。40歳になって,弘樹は小学校2年生だったけど,父から診療所を引き継いだ。開業医として独り立ちするのにちょうどいい年齢,経験年数だと思う」
「ずいぶん,計画的な人生ですね」
「当然でしょう。人生って,自分にとって一番大切なものじゃない? たとえばちょっとした旅行だって,計画を立てるでしょう。その程度のものにも計画を立てるのに,一番大切なものに計画を立てないなんて,おかしいじゃない」
「でも,その計画どおりに人生を送るのは,誰でもできることではないでしょう」
「まあ,それはそこそこに自負してる。もちろん,誤算もいくつかあったけどね。一番大きな誤算は弘樹が医者になろうとしないことかな」
「認めたんですか?」
「認めざるを得ないでしょう。本人がやる気がないんだから」
「でも,それでも子供を無理やり医者にしようとする人もいるみたいですけど」
「そういう医者がいることは知ってる。でも,それは・・・・同業者の悪口はあまり言いたくないけど,それは患者に対して失礼,無礼だと思う。モティベーションがないのに親に言われて仕方なく医者になった,そんな医者に診てもらいたくはないでしょう。医者は,それなりのモティベーションのある人間がなるべきだと思うよ」
「建前として,一般論として,そう論じる人はいるけど,それを自分の子供に実践する人はめったにいないと思います。それを実践できているのは尊敬します」
「尊敬なんて・・・・」
そんなふうに言われると,がらにもなく恥ずかしくなる。
「ああ,でも,最近は弘樹もたまに医学関係の本を読んでるみたいね」
「ああ,それは・・・・」
篁クンがちょっとおかしそうな表情をする。珍しい,こんな表情。
「ボクが時々,先生たちと医学書の感想を語り合ってるでしょう。橘クン,自分だけカヤの外なのがしゃくに障るらしいです。それで・・・・」
「あら,そんな理由。篁クンのしわざだったのね」
「ボクのしわざって・・・・」
篁クン,今度は,はにかんでる。無表情なようで,意外と表情豊かね。ちょっと見には分かりにくいけど,慣れてくると,細かな表情が見えてくる。わたしはまじめな口調で話しかける。
「篁クンは大切なお友達よ。弘樹は,一見人付き合いがよくて友達が多そうだけど,ほんとうに親しい友達はあまりいないの。篁クンは数少ない親しい友達の一人なの」
「はい。それは分かっています。『好き』って言われましたから」
「ああ,もう告白済みなのね。・・・・でも,彼女さんのことは・・・・」
「それは話してあります。橘クンには彼女のことを話しているし,彼女には橘クンのことを話しています。3人で会ったこともあるんです」
「それは・・・・」
何とも言葉が続かない。ほんとうに普通じゃない子,普通じゃない子たち。・・・・さて,訊きたいことは訊き終え,話したいことは話し終えた。リビングルームに戻ろうかな。そろそろ晩ご飯の用意もできているだろうし。あっ,その前に,話し忘れていることがあった。
「研究の話に戻るけど,これからは毎月でなくていいよ。数値が安定しているからね。わたしも篁クンに残酷なことをさせたくないから。3ヶ月に1回にしましょう。だから,次は2月,それから5月,8月。その結果を見てずっと安定していれば,それから1ヶ月休薬する。そして9月に検査」
「数値が戻るかどうか見るんですね」
「そう。たぶん,1年で不可逆な変化は生じないと思うけどね。数値が多少なりとも戻れば10月からまた薬を再開する」
「分かりました・・・・」
篁クンの声が心なしか寂しそう。そして,うつむいている。
「どうしたの?」
「・・・・検査の時にしか・・・・検査でなくても,来ていいですか?」
「そりゃあ,しょっちゅう来てるでしょう。弘樹がいるんだから」
「いえ,そうではなくて・・・・つまり,お母様に会いに来てもいいですかという意味です。お母様とも,いろいろお話ししたいんです。それから,機会があれば,祐樹さんとも」
「あら,わたしに興味を持ってくれたの? それはうれしいわ。もちろん,いつでもいらっしゃい。祐樹のことは,本人の気持ちもあるから,わたしからは答えられないけど」
「はい」
わたしの方を向いてきちんと返事する。思わず微笑んだ。
「篁クン,お話はこれで終わりね。リビングルームに戻りましょう」
リビングルームでは,弘樹が待ちかねていた。篁クンの顔を見ると,
「晩ご飯までもう少し時間があるから」
と言って,篁クンの手を取って自分の部屋に入った。自分の部屋で,二人きりで・・・・キスくらいするのかな。