「モ…モルガン陛下!? なぜソールズベリーに!?」
「まぁ! 陛下がここまで来るなんて、珍しいこともあるのですね」
突如、転移で現れたモルガンとバーヴァンシーに、コーラルは動揺するが、オーロラは顔色も変えずに応対する。
「オーロラ…貴様…ウッドワスに余計なことを吹き込んだな」
「なんのことでしょう? 私はただウッドワスの傷を癒しただけですわ」
モルガンの問いかけに、オーロラは平然と、無自覚に嘘をつく。そのような在り方しかできない生き物だと分かっていても、込み上げてくる不快感を抑えることが難しい。モルガンは不快感を堪えてオーロラに、彼女にふさわしい罰をくだすことにした。
「そうか。疑ってすまなかったな。時にオーロラよ、我が娘が愚かにも、解除が難しい呪いに、誤ってかかってしまった。風の氏族の長のお前の力で、呪いを解いてもらえないだろうか? 女王の娘を救ったとあらば、オーロラの名もますます輝きを増すだろう」
「誤って呪いに? それはいけません。すぐにお救い致します」
「いけません! オーロラ様…」
モルガンの見立て通り、オーロラは自らが輝くために、バーヴァンシーの呪いの解除に乗り出した。バーヴァンシーの呪いの危険性に、いち早く気づいたコーラルがオーロラを止めようとするが、モルガンの一睨みで黙らされる。コーラルの忠言など耳に入らない様子で、オーロラが解呪を始める。風の氏族の解呪の方法は、まず自らの身体に対象の呪いを移し、徐々に呪いを薄めていく方法が一般的である。オーロラもこの例に漏れず、まず、バーヴァンシーから呪いを自身に移した。彼女は知る由もなかったが、バーヴァンシーにかかっていた呪いは、これまで彼女が取り扱ってきたような生易しい呪いではなかった。呪いを自身に移してから彼女はこのことを思い知った。呪いを薄めようにも薄まらず、それどころかどんどん彼女の身体を侵食し、腐らせていく。まず、美しい羽根がくすんだ灰色に変わり、抜け落ちた。続けて髪が老婆のような白髪に変わり、ズルリと抜け落ちる。シミ1つなかった美しい肌は、水疱瘡のように吹き出物に覆われ、みるみるうちにオーロラの身体は崩れていく。
「よく我が娘を救ってくれた。礼を言うぞ、オーロラ」
「へ…陛下…助け…」
冷たく礼を言うモルガンに、最後まで言葉を続けることもできずに、オーロラは絶命した。そこへ一足遅く、妖精騎士ランスロットが現れる。
「オーロラ! 無事か!? 陛下が現れたと聞いたけど! オー…ロ…ラ?」
彼女が見たのは、生前とは似ても似つかぬ姿で肉塊になったオーロラの姿だった。
「う…嘘だ! オーロラが…そんな! あ…あぁぁぁぁぁぁ!」
肉塊となったオーロラの姿を見たランスロットは、慟哭し、魂からの叫びを上げる。オーロラという己のアイデンティティを失った彼女は、そのまま厄災の竜へと姿を変えようとした。
「眠れ。ランスロット」
ランスロットが厄災に身を転じる直前、モルガンが術式を発動し、ランスロットを眠りにつかせた。用心深い彼女は、厄災になる恐れのある妖精たちに円卓の名を被せた際、1度だけ無理やり眠りにつかせる術式を仕込んでいたのだ。
「オーロラ様…ランスロット…」
「コーラル。今この瞬間から、お前が風の氏族の長にして、妖精騎士ランスロットの主だ」
目の前で立て続けに起こった出来事に呆然とするコーラルに、モルガンが告げる。オーロラが倒れた今、風の氏族には新たな長が必要になる。コーラルであれば、人格、思想ともに問題はない。コーラルもモルガンの意図を汲んで、承知した。残る問題はランスロットである。モルガンは悩んだ末、ランスロットの記憶のオーロラを、コーラルに書き換えることにした。つまり、泥の中からメリュジーヌを掬いあげた存在を、オーロラではなくコーラルとして認識させることにしたのだ。この計画を話すと、初めはコーラルは戸惑ったが、妖精国の未来のためだと強調すると、最後は了承してくれた。モルガンは早速計画を実行に移す。
(すまない、メリュジーヌ)
彼女の思い出を穢すことを申し訳なく思いながらも、厄災を封じるためモルガンはランスロットの記憶を書き換えた。次に目覚めたときは、コーラルとの思い出を拠り所に彼女を主として仕えるだろう。呪いが解け、血色が良くなってきたバーヴァンシーと共に、モルガンはキャメロットへの帰路についた。戦争の後始末はまだ大量に残っていた。
キャメロットに戻ってからも、モルガンに休まる暇はない。まずは反乱を起こした円卓軍を解体し、反乱を起こした人間たちを、複数の街に捕虜として連行した。また、北のノクナレアについては、反乱を犯した咎から領地の縮小を命じた。戦闘が始まって、すぐに反乱軍に投降したガウェインは、自ら罰を受けようとモルガンに謁見してきた。モルガンは、ガウェインへの処置はマンチェスターへの謹慎に留めた。これらの処置は、客観的に考えると、非常に甘く、寛大な処置であったが、モルガンには、これ以上の厳しい処置を与える余地はなかった。どれか1つの要素を厳しく処置するだけでも、妖精國の存続に影響が出る恐れがあったためだ。続けてモルガンは、反乱に加担したカルデアの者たちと予言の子を水鏡の術で、それぞれに相応しい場所に強制転移させた。カルデアの者たちは妖精國の遥かな過去へ予言の子は元居た場所(アヴァロン)へ――2度とモルガンの前に立つことなきように。
さらにモルガンは、いまだ目を覚まさないバーヴァンシーに、円卓の騎士トリスタンの名と霊基を着名させた。今度は霊基が剥がれ落ちることのないよう、力を失うことがないよう、深く深く着名させる。着名させたトリスタンは、そっと自室に運び、ベッドに寝かせてやる。今度は誰にも襲われないように念入りに扉に術式をかけて自室を後にした。
残る始末はあと1つ――キャメロット城で眠る異邦の魔術師の少年のみだ。彼の解析をするため、モルガンは玉座に分身を残し、服装を軽微なものに変えて、少年が眠る部屋に向かった。