少年はキャメロット城の寝室の1つで眠っている。モルガンの分身との戦いで力を使い果たしたためか、深い眠りについており、意識が戻る様子はない。彼の解析を進めるため、モルガンはまず、彼の着用している魔術礼装を脱がせた。礼装に仕込まれた魔術は目を見張るものがあったが、今は放置する。続けて少年が着用している肌着を脱がせ、一糸まとわぬ姿にさせる。
その素肌を見たモルガンは一瞬、息を呑んだ。少年の身体は無数の傷で覆われていた。その傷の量から、彼のこれまでの旅路の過酷さ、その道のりの長さが嫌が応でも分かってしまう。少年が一般の人間の肉体強度で、特別な魔力も持たないことは一目瞭然だ。彼は凡人の身でありながら、本来、英雄と呼ばれる者が歩まねばならぬ道を歩んできたのだ。だがモルガンが息を呑んだ理由は、それだけではない。礼装を解いたことで、少年を取り巻く呪いと怨念が露わになったためだ。生きるためとはいえ、世界を滅し、神を撃ちぬいた少年が、無事に旅を終えられることなど、あり得ない。汎人類史が生き残るために少年が背負わなければならない業は、あまりに大きく、モルガンは、彼の有り様にいたたまれなくなり、思わず呪詛と怨念への守護の術式の刻印を、彼の腹に刻んでいた。たとえ用済みになれば始末するつもりでも、少年の魂が呪いで腐り、怨念に喰われるのは不憫に感じた。刻印を刻み、気を取り直したモルガンは、再び少年の解析を続ける。異聞帯を滅ぼすほどの大業を成し遂げたのなら、まだ彼女が見つけていない力を秘めているのではないかと疑い、念入りに解析したが、何度解析しても目の前の少年から異聞帯を滅ぼすことに成功できるほどの力を感じることはなかった。
――この少年は、数多の幸運に助けられた結果、異聞帯を滅ぼすことに成功したにすぎないのだろう――モルガンはそう結論づけた。少年が凡人に過ぎないことが分かった以上、特に使い道はない。トリスタンが目覚めたら、彼女に玩具として与えるかと考える。無駄な時間を費やしたことに少し苛立ち、安眠している少年への嫌がらせにその口に指を突っ込んだ。寝顔が少し苦しそうになったので、満足して指を引き抜いた。指に少年の唾液が絡まり、糸を引く。その指先から違和感を感じ取ったモルガンは、指を顔の前に運び、一瞬躊躇してから指先を自らの口内に入れた。その瞬間、モルガンが感じた違和感の正体が明らかになった。モルガンの口内から、温かい感触が全身に広がる。驚いたモルガンは、再び少年の口内に指を入れ、唾液をかき集めた。唾液のたっぷりと着いた指先を咥えてみる。先ほどの感覚がより強く感じられた。さらに、頭が冴え、心が軽くなっていく。気を緩めれば、笑みがこぼれそうになる。モルガンはこの感覚が何であるのか推測し、すぐにこれが幸福感であることに気付いた。妖精國の妖精達が、人間を隣におくことで摂取する幸福感――それがこの感覚の正体だ。少年の口内からは、幸福成分とでも呼ぶべき成分が抽出されたのだ。元来、楽園の妖精であるモルガンは、人間からの幸福成分の摂取など、必要としない。仮に必要としても、強大な力を持つ彼女には、非常に濃厚な幸福成分が必要であり、それを提供できるような人間などいない。これは、モルガンが着名した妖精騎士達も同様である。だが目の前に眠る少年の口内からは、モルガンすら充足させるような濃厚な幸福成分が摂取された。理由を考察するモルガンに、汎人類史のサーヴァントの自分から得た知識が思い出される。魔術が未熟なマスターがサーヴァントとの魔力のパスを繋ぐためには、体液の直接交換である性交が1つの手段として有効とされている。少年は、サーヴァントのマスターとなったことで、幸福成分を体液を経由して抽出されやすい体質になったのだろう。だがそれにしても、少年から抽出される幸福成分の濃度は異常である。一般の妖精が摂取すれば、過剰摂取で毒にもなりかねない。なぜこの少年の幸福成分の濃度がこれほど高いのかと考えたモルガンは、1つの皮肉な結論に達した。恐らく汎人類史の人間が、抱える業が大きければ大きいほど、そして背負ってきた不幸が大きければ大きいほど、その人間から抽出される幸福成分は、濃厚になるのだ。望まぬ旅を続けて、異聞帯を滅ぼしてきた少年は、妖精にとって超上質な餌として成長してしまったのだ。少年からどれほどの幸福成分が抽出されるのか、その性質は妖精騎士達にも適用できるものなのか、仮説を確かめるためには、少年と性交をする必要がある。モルガンは少年との性交に備えて準備を進めることにした。
「私に不要と思っていた記憶が、このような形で役に立つとはな…」
思わず独り言がこぼれる。汎人類史の自分から得た知識は、何も魔術に関するものだけではない。淫蕩な性質を持った汎人類史の彼女は、どうすれば男性を感じさせることができるか、どうすればより濃厚な性交渉を持てるかなど、性に関するあらゆる知識を持っていた。モルガンは彼女の知識をもに、少年の体を作り替えていく。全身に性感を感じる神経を走らせ、脳の性を抑圧する機能を解放し、精巣の機能を向上、促進する。モルガンの手によって、少年はより感じやすく、より射精しやすく作り替えられていく。女王になって以来、久々の魔術を伴う作業に、モルガンは熱中した。彼女が作業を終了するころには、少年は、淫乱な肉人形に作り替えられていた。後は彼の目覚めを待つばかりだ。
「ん…くぅぅ…え? うわ!」
藤丸立香が目を覚ますと、そこはキャメロットの街中ではなかった。固い大地に倒れ伏したはずが身体が沈むほどの柔らかいベッドに寝ている。おまけに一糸も身にまとっていない。、
「目が覚めたか、汎人類史の少年」
慌ててシーツで身を包む立香に、冷たく鋭利でありながら、どこか儚さを感じる澄んだ声が響いた。立香が声のした方を振り向くと、この世の者とは思えない美人が立っていた。アルビノのように色素の薄い肌と髪は、新雪のように美しく、1点の曇りもない。冷たい輝きを放つ薄いブルーの瞳は、芸術的な氷細工のようだ。その佇まいは、高貴ながらも、どこか退廃的な雰囲気を感じさせる。傾国の美女という者があるとすれば、このような姿なのだろう。
「…モルガン!」
ベールを外し、服を軽装にしていたため、一瞬、声の主が誰だか分からなかった立香だったが、すぐに相手がモルガンであることに気付き、全力で警戒にあたる。身体を固くする立香に、モルガンが無造作に近づく。
「そう警戒するな。お前を消すつもりならとうに消している。まずは、名を教えよ」
「藤丸…立香だ。仲間をどうした? マシュは? アルトリアは? ダ・ヴィンチは? 皆無事なのか!?」
「飛ばした。邪魔だったからな」
「この…!!」
仲間の身を案じ、矢継ぎ早に質問をする立香にモルガンは一言で答える。その答えに激昂した立香は思わずモルガンに殴りかかるが、彼女が指先も動かさずに発動した魔術で、ベッドに押さえ込まれる。まるで立香の周囲だけ重力の大きさが変化したように、立香はベッドから動けない。身動きできない立香を見下ろしてモルガンが言葉を続ける。
「お前の仲間だけではない。お前の帰る場所も、もう存在しない。汎人類史は直滅亡する。汎人類史を諦め、私に心からの忠誠を誓え。そうすれば、汎人類史最後の生き残りとして、丁重に飼ってやるぞ」
「そんな言葉、信じるとでも?」
精一杯の虚勢を張って、立香はモルガンに言い返す。内心、不安で仕方がなかった。モルガンの言葉通り、汎人類史が滅ぶことを考えると居ても立っても居られない。
(何としてもここから逃げなければ)
モルガンに反抗的な態度を見せながら、立香は必死に脱出の糸口を探る。ここから逃げることができれば、マシュたちと合流する手段も見つかるかもしれない。どんな状況であっても、止まることは許されないのだ。モルガンはそんな立香の内心を見抜いたかのように、彼に顔を近づけて囁く。
「お前には心底同情する。お前は凡人の身でありながら、世界の命運を託され、ここまで歩んできた。望んでもいないのに世界を滅ぼさせられ、多くの怨念と呪いを背負ってきた」
「その歩み、その苦しみは、並大抵のものではないだろう。だが――そうまでして、取り戻す価値が汎人類史にあるのか?」
「当たり前だろう。何を…言っている!?」
予想外のモルガンの言葉に立香は戸惑った。汎人類史に取り戻す価値があるかなど、考えるまでもないことだと思っていた。しかし立香の思考を毒そうとするかのように、モルガンは言葉を続ける。
「お前がどれほどの苦痛と困難を伴って汎人類史を救っても、お前自身は救われない。その身に受けた業で苦しんで死んだ挙句、誰もお前には感謝をしない。いや、それどころかお前の大切な物も壊されるだろう。それでもよいのか?」
「そんなの…分かるものか! たとえ、そうなったとしても…俺は後悔などしない!」
モルガンの言葉に耳を貸すまいとする立香に、モルガンが溜息をついて手を伸ばす。立香の額にモルガンの手が置かれた。
「言葉では分からぬようだな。見るがいい、お前たちの結末を」
そう言い終えると、立香の頭の中に映像が流れ込んできた。それは、立香達が人理を取り戻した後の、彼らの残酷な結末の映像だった――
最初の場面では、病院のベッドで立香が横たわっていた。その瞳が開かれることはなく、意識も戻ることはない。ただリズミカルに音を立てる心音計のみが、彼の生存を告げている。不意に病室のドアが開き、スーツケースを持った2人の黒服の男が乗り込んできた。
「こいつが、例のカルデアのマスターか。こんな状態で役に立つのかね?」
「ここに着くまでの手間を考えれば、役立ってもらわねば困る。こいつの家族含めてこの病院にいる者を皆消したのだからな。役に立たねば割に合わない」
事も無げに外道行為を語る2人が、魔術師であることは明らかだ。2人は無遠慮に立香に近寄ると、彼にかけられた布団を払いのけた。
「…こいつは!? 思った以上だな!」
布団の中の立香は、上半身裸で寝ていた。その身体はやせ細り、どす黒い色をした複雑な紋様があちこちに浮かんでいる。
「これほどの呪物品、そうはないぞ。流石はいくつもの世界を滅ぼした救世主様だ。あらゆる世界の呪いと怨念が詰まってやがる」
「どうする? このままでは持ち帰れないぞ?」
「取り合えず、ばらすか。取り分は調べながら決めよう」
そう言うと男は、慣れた手つきで短刀を取り出し、立香の解体を始めた。男が立香の首を切り落とすと、心音計のリズミカルな音がやみ、平坦な音が鳴り続ける。その音だけが立香の存在が消えたことを、この世に示していた。男たちは立香の身体を解体し終わると、それぞれの取り分を話しながら、身体のパーツをスーツケースに詰めていく。その行動は、立香が記憶を失った村で、彼の正体に気付いた妖精達がやろうとした行動そのものだった。
次の場面では、研究施設のような建屋の中で、1人の少女が必死に歩こうとしていた。年は、12~13歳で、髪は、見覚えのある薄いパープルの短髪である。なかなか歩けない彼女の様子を見て、1人の研究員が舌打ちをした。
「チッ! こいつもダメか! オリジナルの解析をして再現したはずなのに、なぜだ? おい、さっさとそいつを始末して次を用意しろ!」
傍らで他の研究員が首をすくめる。
「土台無理な計画だったんだ、デミサーヴァントの再現なんか。まったく、とんだ貧乏くじだよ。例の天才が残したとかいうホムンクルスの脳もうまく機能してないみたいだな」
同僚の言葉で冷静さを取り戻した研究員が、言葉を続ける。
「そうだな。わざわざムジーク家のバカ当主を始末して手に入れたのに。カルデアの材料はどれもこれも使えない。これならカルデアのマスターとやらを探した方がマシだったな」
そう会話する彼らの背後には、ホルマリン漬けにされた肉塊が入った瓶がいくつも並んでいた。それらの瓶のいくつかには、Mashと書かれ、いくつかにはda Vinciと書かれていた。