★エリス視点★
「エリスは子供が欲しいんでしょ…?」
窓からさす月明りでいつもよりは明るい濃紺色の部屋。
ベットの中で、淡い光を受けながらルーデウスはこちらをうかがうような顔をして言った。
カーテンをひくのももどかしく、そのままベッドに引き入れてしまった。
ルーデウスはとっくにお見通しと言うわけだ。
もっとも自分に隠し事ができるとは思っていない。向いていないと分かるし、ましてや相手はルーデウス。
何を隠そう、わたしは子供が欲しい。
と、言いたいところだがエリスは素直にそれが言えなかった。
ルーデウスをなるべくわずらわせないというシルフィの言葉の通り。自分の不安を夫である彼に吐露するのは確かに気が引けた。
しかしどちらかと言えば大切な夜の時間に、不安を持ちこみたくないという方が素直にいえなかった理由としてはウェイトが大きい。
エリスにとってはルーデウスと交われる喜びに、妊娠しない悩みが混ざるのはもどかしかった。
うちのルーシーとララは可愛い。
エリスは考える。
二人ともルーデウスの子供だ。半分は彼の血で、そしてもう半分はシルフィとロキシーの血。家族の血を分けた子供達の愛おしさは言葉にならない。
自分も欲しい。ルーデウスにもシルフィにもロキシーにも、自分の産んだ子供を抱かせてあげたい。ルーシーとララにも弟をつくってあげたい。
それも、なるべくはやく。
なのになかなか子供ができない。相談したところ、シルフィにもロキシーにもそのうち自然にできると言われた。
「……ちゃんと中にしてもらってる?」
そう言ったのはシルフィだ。
「してもらってるって、その、ルーデウスのを中に出してもらってるかってこと?」
「うん……そう」
「もちろん、してもらってるわ」
自分が
そう答えると、シルフィはうーん…と考えこんでしまった。
「それならそのうち授かるものではないでしょうか…?」
とはロキシーだ。
「まあ、わたしもエリスのような立場になったら不安に思ったのかもしれませんが…正直そんなことを考える間もなかったので…」
「ボクは長耳族の血が混ざってるから、しばらく妊娠しないと思っていた矢先だったよ…。エリスは人族でしょ。二十代前半か…大丈夫、まだまだ時間はあるよ」
「そうですね」
「してもらった後、こぼれないようにするとか」
シルフィがおどけて言ったのでちょっと笑ってしまった。
「ちょっと、ふざけないでよ」
「案外いいかもしれませんよ?」
と、ロキシーは真面目な顔をして言った。
「本当に言ってるの?」
「……いえ、すみません」
「もう」
……。
三人とも沈黙してしまった。
二階の廊下で二人を見つけたので、子供ができない悩みを二人に打ち明けたところ、シルフィが「グレイラット家臨時会議だ」と言い出したのだ。
「二人はどれくらいしてたの?」
「新婚の頃は三日に一回だよ」
「たった一回?」
「ごめん、そっか。三日に二、三回…」
「わたしは二、三日に一回程度です」
それでは回数は、自分よりも少ないくらいだ。
「それで、どれくらいで出来たの?」
と続けてエリスが聞くと、二人とも口をそろえて一年くらいで出来たという。わたしの場合、もっと回数を増やさないと出来ないのだろうか。ルーデウスと結婚して一年経つというのに。
二人とも子供を授かっているからか、わたしを気遣って適当なことは言わないようにしているのを感じる。
解決しようのない不安を二人にぶつけ続けるのも悪いかも…と思いはじめたらロキシーが口を開いた。
「エリスはどれくらいしてるんですか」
「ルーデウスと外に出てるときは一日に二、三回くらいかしら」
「え!!」
シルフィは妙な声を出した。ロキシーは黙り込んでしまった。
「多いって言いたいわけ?」
「いや、なんていうか体力がよく持つね……ていうか、ルディは大丈夫なのそれ、体力」
「ルーデウスも満足そうにしてるわ……一応」
「一応って……ルディがいいならいいんだけど」
強いとは思ってたけど、かないっこない…シルフィはぶつぶつ言っている。
黙り込んでいたロキシーも口を開いた。
「もう少し、様子を見てみましょう。とりあえず激しい運動は控えたほうがいいかもしれませんね」
と言った。
「この話は継続しましょう。あ、エリス。最後に生理がきたのは先週でしたね」
「ええ」
「じゃあ、来週また話しましょう」
「そうだね」
二人とも相談に乗ってくれて、エリスはちょっと大丈夫になった気がした。
そして今日、ついにルーデウスにも聞かれたのだった。
「そうよ、わたしもルーデウスの子供が欲しいわ」
「そうか……」
そういうと、あごに手をあてて考える仕草をした。昔から、何か考える時は腕を組んだり、あごに手を当てていた。わたしはそういう時、いつも黙って待つことにしている。
「とりあえず、激しい運動は控えた方がいいんじゃない?」
「それ、ロキシーにも言われたわ。なんでなの」
そう聞くとルーデウスは少し考えた。
「誰かエリスにそういった女性の身体の仕組みみたいなことを教えてくれる人はいなかった?」
「ギレーヌと……ニナね」
エリスの初潮は十五を過ぎてからだ。
剣の聖地で右も左も分からないときにそれは起きた。(もっとも、右や左を判断するつもりはなかったが)
一人うろたえて解決できず、途方に暮れながらギレーヌに相談した。
「女なら誰しもに起きることだ。これからはひと月に一回くらい来る。三、四日で出血はおさまるから、布でも当てておくと良い」
急な出来事に、そう説明されてずいぶん安心した。
どこにでも専用の用品が売られているとエリスが気がついたのは、それから半年くらい経ってからだ。
ギレーヌに説明されて安心したとはいえ、正直に言えば月に一度身体が重くなるというのは、やっかいだと思った。
何しろ修行には邪魔だ。何と言っても、これからわき目もふらず修行をしようという矢先だったのだ。
しかしギレーヌから続けて妊娠に関わることだ、と聞いたときは思わず喜んだ。
「これでわたしも子供ができるのね」
嬉しかった。もちろん、誰の顔が脳裏によぎったかは言うまでもない。
ギレーヌも珍しく微笑んでいた。
「なんだ、ルーデウスの子でも宿したいのか」
「当たり前よ!」
その瞬間から、それはエリスの決定事項だった。
当初、生理は重かったり軽かったりした。
軽い時はいいが、重い時は不安になる。どこか不調があるのではないかと勘ぐって何年か一人で抱え込んでいたが、ニナと徐々に打ち解けていく中で、そういった身体の変調に関する相談もできるようになった。相談してなにか解決するということはなかったが、色々と似たような不安を共有してつい安心したのだ。
エリスは修行中、女を捨てているとまで言われた。無論そのつもりで髪を切った。
しかし結果的に、自分が女であることからは逃れられないと痛感する期間だったのだ。
それでなくとも、どのみちルーデウスのことが常に頭をちらついていたのだ。
「ルーデウスもなにか知ってるの?」
そう聞くと、神妙な顔つきになってこたえた。
「何かってほどたいしたことじゃないけど、どうすれば子供できやすくなるか、とか……」
「そんなことって、誰に教わるの?」
そう聞くと、いや……まあ、などと濁している。
シルフィやロキシーもいるし、子供だっているし、経験からくる知識なのかもしれない。
「まあいいわ。知っているならちょうどいいじゃない。ルーデウスなら教えるだけじゃなくて、実践もしてくれるんでしょう?」
ちょっと踏み込んだ発言をして自分の顔が熱くなるのを感じる。でもこういうことを言うと、ルーデウスはいつも乗り気で喜んでくれる。
案の定、エリスの目論見どおりに彼はニヤリと笑ってくれた。
「先生と生徒ってことか。いいなそれ。禁断の保健体育ってわけだ」
「ほけん……?よく分からないけど、もともとルーデウスはわたしの先生でしょ?」
「……あ、そっか」
「もう。しっかりしなさいよ」
そうしてエリスが子供を授かるための取り組みが始まったのだ。
しかし初日は「こっちの用語が分からないから、リーリャに聞いておく」などと言って特別なことはせず、いつも通り始まった。
こっち、というのは以前オルステッドが言っていたことに関係するのだろう。
けれどルーデウスはその件についてあまり聞いて欲しくはなさそうなのだ。深入りせず黙っておいた。ちゃんと気を遣う部分だと分かれば、エリスだってそっとしておくことくらいはできる……
「じゃあ先生、わたしはどうすればいいのかしら」
冗談めかして言うとルーデウスは優しげに笑った。
「今日は特にやれることはないな。いきなり先生なんて無理だよ。あれって結構準備してたんだ」
「そうなの?」
「そうだよ、夜のうちにね」
知らなかった。
「じゃあ今日は普通にしていい?」
「もちろん」
淡い光を受けて、いつもの穏やかな笑みが浮かんだ。
★ルーデウス視点★
こちらの世界の保健体育やいかに。
いや、別に俺はその手のもろもろについて詳しいわけじゃない。生前に得た知識だって義務教育の範疇を出ないだろう。
いやまあ、多少の補修はしたか。しかし、それもせいぜい紳士向けのサイトを血眼になって読みあさった程度だ。
女性の身体について詳しいかと言われると、やはり疑問符が付く。
生理周期と基礎体温を利用して排卵日を予想して……そんな知識があるにはある。
あるけれど、いわゆるこの世界の人間語でなんていうか分からんのだよ。
分からないものは教えられない。
そもそもオギノ式なんて概念は、こっちの世界にあるんだろうか。その辺の身体の仕組みはどうなってんだ。体温ってはかれるのか?
ハタチになるというのに、そんなことも……いや、生前もハタチの頃はそんなこと知りもしなかったか。
そんなもんと言えばそんなもんだな。
明日リーリャあたりに聞いてみよう。出産に関する知識は後宮勤めの経験からきていると言っていたから、そう言った知識もあてにしてもいいと思う。
「じゃあ、今日は普通にしていい?」
エリスは急に顔を近づけてきて、二人きりの時にだけ見せる艶やかな顔をした。
月光に照らされる美人さんは、趣があって実に良いね。
「もちろん」
普通ね――
エリスの普通は……なんというか、癖が強い。
いや、分かっていることだった、彼女に素質があるのは。
洗濯のときに俺の下着の匂いをこっそりと嗅いでいたエリス。
俺が軽い冗談で手の甲にキスした時も、こっそりそこを舐めていたエリス。
素質抜群だ。
夫婦になり、そして男女の関係になり、そういうことは「二人きりであれば、こっそりじゃなくていい」と徐々に学習したエリスは歯止めがきかない。
「ルーデウス……」
ベットで二人きりになると、いつももどかしそうに俺の服をはぎ、早々に自分の服も脱ぎ散らかして、俺を押し倒す。
目を爛々と輝かせて、エリスは今日も
しかもほとんど無言で。
「ルーデウスの身体じゅう……その、舐めてみたいわ」
新婚だったころのある日、同じこのベットでエリスは消え入るような声で俺にそう言った。
「いや……もう舐めてるじゃない」
普段は声の音量調節が不自由なエリスだが、ベットでは睦言のようなささやき声で話した。
それだけで十分に下半身に力がみなぎる新婚さん時代。
今も十分興奮するけど。
「もっとよ……その……足の方とか」
あい変わらず耳元で囁くようにお願いしてきた。
顔を真っ赤にしながら、自分の欲望を恥じるべきかどうかと戸惑いながら主張したエリスが愛おしくなったのは言うまでもない。
「もちろん、いいよ」
そういうと目を丸くした。
「夫婦になるっていいわね……」
などと言って、顔つきが変わったのをよく覚えている。
「俺だってエリスに舐めてもらえるなんて最高だよ」
「そうなの?」
そう告げると、顔を紅潮させて赤い瞳が輝いた。
「変じゃない?」
「うーん、そうだとしたら俺とエリスが変なのかも」
顔をぱっと輝かせて飛び込んできた。
「ならいいわ!ルーデウスとおそろいなら!」
以来エリスは肉食獣よろしく、寝室で二人きりになると俺をひん剥いては舐め、転がしては舐めした。
後ろ側まで舐めるのはエリスだけだ。
「四つん這いになってくれる?」
初めてそう言われたときは、かなり戸惑ったし抵抗感があった。自分がやるのはいいが(シルフィのことがよぎったのは言うまでもない)やられるのはかなり気が引ける。
罪悪感があったし、汚い気もした。まあ衛生的に汚いという点については、いちおうこの世界は解毒魔術があるので問題ないっちゃ問題ないのだが。
とは言え、旦那の沽券にかかわる。あんまりこんな情けない姿勢をシルフィやロキシーには見せられないと思ったのは事実だ。
俺には結構それが大きかった。
けれど、エリスが夢中になっているのを見ているうちに自然と受け入れられた。
どれだけエリスが俺を好いているか、下半身を通してダイレクトに伝わってきて、妙に胸を打たれた。
自分でもやっといてなんだが、シルフィもこんな気分だったかもしれない。
心が受け入れると、後はシンプルに気持ち良かった。なにしろエリスの本気が伝わってくるのだ。
俺が何かしなくても、そうしているだけでエリスは身体の準備ができる。
まるで自分のようだと思った。
だからエリスはちょっと男性的なのかなと思ったのだ。愛したいように愛し、抱きたいように抱く。
いたすときもエリスは俺の上になることが多く、なんというか腰を振るのもむちゃくちゃうまい。
ロキシーもうまいから、情報の共有でもあったのだろうかとも思ったが、多分そういうことじゃないだろう。二人がそんな話をしているところは想像がつかない。
いや分からないか……。
三人の嫁の間でグレイラット家定例会議なるものが開催されており、どんな意見交換がなされているか俺には分からないからな。
とにかく二人とも上になると同じ姿勢になる。
俺の両脇腹の横に両手をつき、大胆に足を広げて肩のあたりを両膝に乗せて腰を振る。
情報の共有がなくとも、環境が同じであれば似たように進化することを収斂進化というらしい。
とはいえ二人の身体の大きさの違いがあり、ロキシーは俺の胸を舐めながらしてくれるが、エリスは口づけしながらになる。
ロキシーは青いお団子頭にしているが、エリスは紅い髪をおろしている、というような些細な違いはある。
にしても、二人とも自分がイニシアチブをとりたい方で、案外似ているのかもしれない。
ちなみにシルフィは少し違う。俺の脇腹に両手をついて足を広げるところまでは同じだが、肘のあたりに太ももをのせて自重を支えて腰を振っている。
シルフィも上手いが、どちらかと言えば俺にされるのが好きなようだ。
エリスは、においについてもこだわり?がある。交わりながらも、さりげなく俺の首筋やわきに鼻をうずめて深呼吸をしている。
あまりにも違和感がないので、最初は気がつかなかった。ただエリスは、やけに深々と顔をうずめてくるのだ。
はっきり言ってそれをされると俺は興奮するというより、愛情の方が勝ってしまう。
彼女は小さな頃からそういうところがあったが、大人になって結婚をしてこんな関係になってもなお、幼かったころの本能的な部分がエリスに残っているのを見ると、無性に愛しさが湧いて来るのだ。
幼かったエリスに抱いていた庇護欲が胸のうちで膨らむ。
庇護欲と性欲は同居しうるのだろうか。
同居しうるのである、としか言えない。
だからなのかシルフィやロキシーと比べて、エリスには俺の欲望をぶつけるより、エリスの欲望を受けとめるような形になることが多かった。
「ルーデウス……まだできる……?」
俺が一度精を放ったあと、エリスが息を切らせながら聞いてきた。月明りに照らしだされた赤い瞳、そして赤いまつげが真紅の髪の間からのぞいている。
「当たり前だろ。大丈夫…….できるよ」
「素敵」
そう言って口づけしてくる。
「もっとしましょ」
俺がふたたび燃え上がるのは、エリスへの庇護欲が性欲に変換されるからだと思う。奥手なエリスの秘め事に、とことん付き合いたいのだ、俺は。
エリスもそんな俺の欲望に応えるように、ゆっくりと腰を上下した。
「ルーデウス、好き……」
もっと、子供な口調のエリス。
これは二人きりじゃないと決して見せない。
②へ続く
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