翌日、俺は昼食の片づけをおえたリーリャがダイニングにいるときに早速相談を持ちかけた。
つい
この件についてあれこれ聞いているところを、母親に見られるのはなんとなく気まずいし。
「エリス様の件ですか」
女性の身体、特に妊娠にまつわることについて聞いたところ、リーリャの第一声はそれだった。
「ええ、やっぱりわかりますか」
エリスの悩みは家の悩みか。
悩ましい反面、リーリャがこの悩みを共有してくれていたのは嬉しかった。
エリスがみんなに受け入れられていると感じる。
「はい…子どもを授からないことを、ずいぶん気に病んでいらっしゃるようでしたので…」
「そうなんだ」
俺の持っている妊娠の知識がこの世界で通用するものかどうか、リーリャに聞いてもらって判断するつもりだ。
「私の持つ知識は近衛侍女として後宮に勤めた時に得たものですが、それでよろしければお話することはできます」
「いえいえ、そんなに上等なものでなくとも大丈夫なんです。なんせ俺が聞きたいのは、もっと初歩的なことからで…」
まずはこの世界の用語の確認からだ。
生理、子宮、内膜、卵子、排卵、着床。
精子…はわかる…
俺だってちょっとくらいなら分かるのだ。なぜなら、下世話な下ネタはバシェラント公国で冒険者をやっている時に覚えたしな…
リーリャはこころよく教えてくれた。もともと悩んでいるエリスにどのように持ち掛ければいいかわからず、態度を決めかねていたという。
「膣内に放たれた精子が卵胞まで到達し、無事に受精しますと――」
リーリャは淡々と女性の身体のメカニズムについて教えてくれる。無論、冒険者が使わないような言葉づかいで、だ。
用語は知らなかったが、生前の世界と違いはなさそうである。
それにしても。
俺は若いが、精神年齢だけはそろそろ還暦も見えてくるというのに…なんとなく気恥ずかしい。
変じゃないよね。男子が真面目な顔して何聞いちゃってんのって、誰かさんにからかわれたりしないよね…
いや、ないんだけど。分かってるんだけど。
俺がこの屋敷でそんな風に扱われることってまずないし。
リーリャだって真面目な顔で教えてくれている。
それどころかエリスをいたわる気持ちからか、至極真面目にレクチャーしてくれる。
まだ俺の中に、男子の気持ちが残っているとはね。
この間まで冒険者だったからかもしれないな。それとも身体が若いからかな。
内心苦笑しながらリーリャの話を聞いた。
「――そして着床しなければ、再び子宮内膜が剥がれて生理がくるということです」
「なるほどね。魔族や長耳族も変わらないのでしょうか」
「私の知識は人族のものですので、そこまでは及ばず…申し訳ございません。しかし、シルフィエット様やロキシー様と接している限りにおいては、そう違いはないように思いますが」
「そっか。リーリャ、ありがとう」
礼を言うと、神妙な顔つきで「いえ、お役に立てれば幸いです」という。こんな話までする間柄なんだから、もう少しうちとけた話し方をしても良い気がするんだけどな…
「あ、そうだ。エリスは男の子が欲しいって言うんですけど…男女の産み分けの知恵なんてありませんでしたか?」
産み分けというのも、まあ聞いたことはある。俺は詳しいことは全然分からないが、王族なんか生まれてくる子の性別が命運を変えたりもするだろうし、そういう言い伝えがあってもおかしくないだろう。
「それでしたら…あるにはあります。ただし確実なものではありませんでした。効果がある気がするという程度のおまじないでしたら――」
「是非教えてください」
「はい」
産み分けなんてものは、いったいどれくらい信じられるだろうか。
でもまあ、出来るかぎりエリスの希望にこたえられると良いな。
★★★
「まずこの間の夜の質問に答えたいと思います。なんで激しい運動を控えた方が妊娠しやすいか、でしたね」
いつもなら二人で夜のハッスルタイムになっているであろうこの時間、俺はエリスに保健体育の授業をしていた。
先日と違ってきちんとカーテンを引いて、蝋燭に火をともして落ち着いて話が出来ている。
エリスはいつもの悩ましいネグリジェ姿だが、それに似つかわしくない熱心な表情である。
俺としては久しぶりの授業で少し照れくさかったが、始まると体が覚えているのか意外に馴染んだ。
エリスはいつになく真剣に俺の話を聞いているし、なんだか懐かしいな。
「妊娠と言うのはですね――」
まあ、要はせっかくの受精卵が激しい運動によって、着床できずに滑落してしまっては元も子もないのだ…というのをなるべく彼女にも伝わるようにかみくだいて話した。
「その受精する前の卵っていうの、ずっとわたしのお腹の中にあるの?」
ああ、しまったその説明も要るのか。
「あるにはありますが、受精はしません。奥の方にしまってあります。先ほど子宮内膜が剥がれ落ちるのが生理だと説明しましたが、生理と生理のちょうど中ごろに排卵が起きます……えーと、エリスって生理周期どれくらいだっけ」
「一か月くらいかしら」
「じゃあ、エリスの場合は生理が始まってから十五日くらいで排卵。つまり、しまってあった卵が一つだけ排出されるということです。そこで俺が…エリスの中でして…めでたく受精して、子宮内膜に受精卵が受け止められて、ちゃんと着床できれば無事妊娠というわけ」
つい茶化してしまいたくなるが、今日はやめておこう。
エリスだって格好の割には真剣そのもので俺の話を聞いている。
「卵が流れていかないように内側がふっくらしているって言ってたわね」
「そう…みたいだね。そこまでは俺も知らなかったけど」
「じゃあ、排卵してから十五日間が勝負ってわけ?」
勝負って…
「いや、子宮内膜は後半しぼんでいくみたいだ。だから後半は流れやすいらしい。排卵してすぐが一番着床の確立があがるって」
「そうなの」
と言って、数を数え出す。
「今月はちょっと遅かったかしら…」
「いや、排卵したって目に見えるわけじゃないし、日数は目安ね、一応」
「そうなの?」
「うん、まあ。あと精子も何日かは中で生きてるみたいだから、多少早くても妊娠する可能性はあるらしいよ」
「ルーデウスのは活きがいいから大丈夫よ」
といって、いたずらっぽく笑った。
だといいけどね。
「激しい運動を控えなきゃいけない理由は分かりましたか?」
「分かったわ。せっかくの卵が流れちゃうってことでしょ」
「その通りです」
さて、先生の時間は終わり終わりっと。
俺はエリスの腰に手を回した。
「じゃあ、実践にうつりましょうか」
できるだけきりっとした顔をつくる。
「ええ、じゃあ……せ……先生お願いします」
エリスがこういうことに付き合ってくれるのは珍しい。言って恥ずかしかったのか、みるみるうちに顔が赤くなる。
そんなに照れなくてもいいのに。
「ありがと、無理に付き合ってくれて嬉しいよ」
と頬にキスすると
「なによ」
と口をとがらせた。
「あと、もうひとつだけあるんだ」
もう保健の先生は店じまいして、いつも通り囁く。
「なあに」
「エリスは男の子が欲しいんだろ」
「ええ、そうね。欲しいわ」
「それさ、女性がより深く感じてから男性が射精すると良いらしいよ」
「そうなの。なんで?」
エリスはきょとんとして聞いてくる。ちょっとは疑いそうなものだが…信頼されてるっていいね。
「そういうおまじないらしい。エリスが感じると、男の子を授かるタネがたくさん残るんだって」
リーリャが言うには、女性が感じることで分泌されるものが膣内の酸性度を下げるから、とのことだ。そもそも男性になる精子は酸に弱いらしい。少しでも生き残るには、女性がより感じなければいけない。
王族に伝わる(眉唾ものの)おまじないである。
「そうなの?」
「まあ、おまじないだから絶対ってわけじゃないよ」
「それで、感じるってどうすればいいの」
頬を赤らめて聞いてきた。
「いつもはエリスが上に乗ったまま終わっちゃうけど、その後で俺が上になって続ける。いい?」
別にずっと上でもいいんだけど、行為時間の長さの問題だ。
体位をかえて味わいに変化をね。
つけてね。
別にエリスの容赦ない動きで時間が短くなるとかじゃないからね。
うん。
そう言うと、ちょっと目を潤ませて「ん」と返事をしてうなずき、俺の首に手をまわして口づけしてきた。
エリスの高く整った鼻梁が当たらないように、少し首をかしげて迎え入れる。
柔らかく、熱く、うるんだエリスの感触がした。
「エリス」
「なに」
「……好きだよ」
「わたしも好きよ」
いや、そうじゃないか。
ちゃんと形にして伝えないとな。
「俺はさ……エリスとの間に子供ができたら……
そりゃ素敵だけど……単にエリスとするのが好きなんだ」
そういうと、エリスははにかんだ。
「なによ、急に」
久しぶりに嬉しそうな顔をみた。
「いや……ただ、エリスとこうやって過ごせて嬉しいなって思って」
不器用だけど一途なエリスの想いに一つずつこたえられるのが嬉しい。
なにも子作りのためだけに、子作りをするわけじゃない。
……ややこしいな。
「子作りっていうより、俺が単にエリスとしたいってだけ」
そういうとエリスは照れたように言った。
「もう……口説いてるの?」
「変かな?」
「変じゃないわ」
柔らかくなったエリスを押し倒すと、素直に受け入れてくれた。
いつも俺にしてくれることを、心を込めてそのままお返しする。全身にキスをして、舌で愛した。
耳の中、首筋、手、指、わき、胸、へそ、脇腹……
エリスのかぼそくて甘い声に、俺は感動した。
「エリス、可愛いよ」
そういうと、とたんに息が荒くなった。このまま俺の方が押し倒されてしまいそうだな…。
「興奮する?」
聞くと無言で頭を抑えられた。
はいはい。気に入ってもらえたようだ。
次は下へ移る。
足の裏…足の指、膝の裏。
刺激に慣れておらず、三人の中で一番繊細なのが、実はエリスだ。ゆっくりにしないと、すぐにこそばゆいと言い出す。
俺の舌は太ももの裏を這い、そして――
エリスは…甘酸っぱい。
そんな気がした。
後ろ側は、また今度にしよう。
きっと急にやったら戸惑ってしまうだろう。
突拍子もないことをやって不安にさせるよりも、今はもっと俺の中にある気持ちをエリスに思い知らせてやりたい。
しばらくそこを愛していると、エリスが高まっていくのが分かる。
――やがて絶息して腰を小刻みに跳ね上げた。荒くなった彼女の呼吸が、寝室にこだましている。
「ルーデウス…もう」
それだけ言って後は俺に目で訴えかけてくる。
「いつもみたいにする?」
「ええ…」
エリスがむくりと身体を起こす。
そのまま流れるように俺にまたがった。
エリスは座ったままの俺を滑らかに受け入れ、深ぶかと呑みこみ、真っ赤な髪の毛をかきあげてから背中に手を回した。
蝋燭のかすかなともしび中で、エリスの端正な顔立ちがはっきりと見える距離に来た。
「ねぇ、ルーデウス」
「ん」
「ルーデウスはどうしてわたしのこと、そんなに大切にするの?」
どうして、か。
「どうしたって俺はエリスが可愛いから…」
「わたしのこと可愛いっていうの、ルーデウスだけよ?」
ん、まぁ…なんというかエリスは迫力あるしな。あとエリスはどっちかというとかっこいい系だしな。
皆の気持ちもわかる。
でも。
「じゃあ、みんな本当のエリスのこと、分かってないんだよ」
そういうとエリスはやおらに口づけして舌を絡めてきた。
あふれた想いが流れ込んでくるような気がする。
照れ隠し。
そういうところが可愛いのに、あまり人に見せないからな。
「そう…?」
「そうだよ」
憮然とした表情でいることが多いから、エリスの可愛いところ、かなりわかりにくいけどね。
「でもルーデウスが可愛がってくれるからいいわ」
その気持ちがエリスに伝わってるなら、俺はそれでいい。
「エリス」
「なあに」
「子供が欲しくて、あせるのも分かるよ」
蝋燭の炎がゆらりとゆれて、二人の影が視界の端でゆらりと揺れる。
エリスは無言で俺の肩にあごを乗せた。
「…ほんとはルーデウスにばれたくなかった」
「分からないわけないだろ?」
「分かってるわ」
「エリス」
「なあに」
「もう、不安は消えた?」
「ええ、どうすればいいか教えてくれたじゃない」
「ならよかった」
そう言って、俺はエリスを押し倒した。
エリスは俺の耳もとで小さく囁いた。
「だいすき」
★エリス視点★
また守られた。
わたしはロアにいたときも、旅をしていたときもルーデウスに守られていた。
ときには叱られ、ときには競いあい、ときには弱った彼を慰めた。
彼はわたしの先生で、ライバルで、恋人のような存在だった。
――根気よく自分に付き合ってくれたのは分かっている。
自分は人より気が強くて、融通が利かないところがある。分かってる。
それでも彼は付き合ってくれた。
それは…なぜなら――ルーデウスはわたしのことが好きだから。
ずっと一緒にいたら分かる。彼の視線や言動に、好意がにじんでいる。
修行して自分が強くなったら、今度はルーデウスを守ろうと決めていた。彼の剣となり、彼を助ける。それがエリスの描いた自身の将来像だった。
果たしてそれは、今回成就した気がした。
アリエルを次期アスラ王とする動きの中で、戦闘も数多く経験した。
そんな中にあって、自分の選択が間違っていなかったと思える瞬間が何度もあった。当初目指した通りに、彼の剣となって闘えたことが素直に嬉しかった。
けれど、生きていくために必要なことは思っていたより多い。剣術だけで生きていけるほど世の中は単純じゃない。
再び彼のそばにもどってきて、一緒に過ごしてみて痛感したのだ。
今もなお守られている、と。
大きくなっても変わらない。彼は今、夫としてエリスを守ってくれる。
いつも優しく、(昔と同じで)時には叱られ、夜は素敵なパートナーになってくれる。
なぜ自分に優しくしてくれるのか理由を聞いてみても、よく分からない答えが返ってきた。
ただ自分を愛してくれているということは分かる。
「だいすき」
それしか言えない。
「俺もだよ」
そう言われると胸がいっぱいになる。
彼に組み敷かれて、胸を触られるその手つきに興奮する。見おろしてくる眼差しに胸が跳ねあがる。
気づいたら無我夢中でよがっていた。
……あっ……あっ……あっ……
聞きなれない自分の甘い声が、寝室にこだましている。ルーデウスも汗をかいて息を荒げているし、二度、三度と絶頂を極めたエリスも全身汗だくになっている。
夢中だった。
「ルーデウス!」
「ん」
「いいの、もっとしてぇ」
お願いすると、両手で腰を鷲づかみにされた。
否応なしに自分の中の女の部分を意識する。彼の男性の部分に反応して興奮する。
お腹の中の彼のものが、いつもよりもずっとたくましく感じた。
「ルーデウス、中にして」
ほとんど本能的、無意識だった。最奥で彼のものが
「欲しいの?」
「ちょうだい」
エリスの中でひときわ激しく暴れる彼のものを堪能しながら、最後の脈動が終わるまで歯をくいしばって受け止めた。
全て絞り出して脱力し、おおいかぶさってくるルーデウスのその肩を、エリスはほとんど無意識のうちに舐めて汗の味を確かめた。
エリスはそれが安心するし、興奮もする。
ルーデウスの腰に足を絡めて組んで、しばらく離さなかった。
離れたくなかった。
その二か月後、エリスの妊娠が発覚した。
俺はてっきりいつもの大きな声で喜びあらわにするかと思っていたが、エリスはかみしめるように静かに微笑んで俺に体をすりよせてきた。
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