「あ、エリス姉ジーク君が…あ」
エリスの席の前にある、赤い葡萄酒が満たされているグラス。
ジークが手を伸ばしていた。
おぼつかない手付きであわやそれを倒しそうになっている。
エリスはアイシャの声をききグラスをそっとおさえてジークにやさしく声をかけた。
「だめよ、ジーク。こぼれちゃうじゃない」
頭を撫でるエリスの手を、ジークはニコニコしながら受け止めている。
シルフィは給仕とやりとりしながらエリスとジークの方を一瞥して、心配なさそうだと判断して飲み物の注文を続けた。
リーリャが予約してくれた近所のレストランにいる。
家族全員が席につくと食前酒から始まり、先付、焼き物、スープと順に続き、まさに今メインディッシュのステーキが目の前に運ばれてきたところだ。
皿の上で肉が豪勢に音を立てて焼け、いかにも食欲をそそる香草の香りがたちこめている。
エリスとシルフィと俺、そしてリーリャの前には赤い葡萄酒。
ロキシーとノルンは甘い果実酒。
ゼニスとアイシャと子供達は炭酸水。
先ほどシルフィがこれとは別に、水を持ってくるように注文していた。
勝利の美酒が甘露である。
運ばれてきたメインディッシュの肉にかかったソースには、何かすりおろしたものが混ぜ込まれていて、一目で凝った作りなのが分かる。
付け合わせの野菜もきれいに盛りつけられていて、目にも楽しい。
さっきから料理と言い、ドリンクといいなかなかいい店である。
運ばれてきた熱いプレートに向けて無遠慮に手をのばすララとアルスの手を、ロキシーが制する。
「火傷に気をつけてください、お皿が熱いですよ」
アルスは「はい」と返事をして、ララは憮然とした表情のままおぼつかない手つきでフォークとナイフを持った。
シルフィはルーシーとクライブに肉の切り方を教えて、エリスはワインを飲みながらジークのハンバーグを小さく切り分けてやっている。
一応、家長の凱旋である。星がつくようなレストランのランチとしゃれこみたいところではあるが、乳飲み子も交えて四人の子供連れではそうもいくまい。おっと今日はクライブも入れて五人か。
リーリャが予約してくれたのは家庭的な個人経営の店だった。
閑静な住宅街の中に唐突にあって、いわゆる隠れ家的な店だ。落ち着いた雰囲気で、子連れで大丈夫か心配になったが、席がそれぞれ離れているためそういった心配はなさそうだ。
気も遣わず、料理もうまく、かえってこっちの方が良いくらいだ。
家族の顔を見ながら食事が出来て俺は大満足だった。
前菜にかかったソースもピリッとして凝っていたし、魚料理に合わせた白い葡萄酒もなかなかイケた。
「うん、結構うまいな」
思わずそう呟いた俺に、嬉しそうな顔をしたシルフィが応えた。
「でしょ、ボクもリーリャさんも大好きなお店だよ」
いつの間にかそんな仲になっていたらしい。
俺の知らないところで家族が何をしているかは分からない。まあ、家の空気はシルフィとリーリャに大きく影響されるからな。
二人の仲が良いのはいいことだ。
「この店、デザートもおいしいんですよ」
とはロキシーの弁である。
…食って精をつけなきゃな。
四人で存分に愛を語り合った後、階下に降りた時のアイシャの反応が冷たかった。
「うわ、お兄ちゃん。目のしたクマがひどいよ。あ…さっき三人とも妙にツヤツヤしてると思ったら…」
そこまであっという間に察していた。
妹に情事を悟られるというのは複雑な気分である。
べ、別にいいじゃんか、結婚しているんだから。
とつい内心で、しなくても良いはずの自己防衛をしてしまう。
まるで聞こえたかのようにアイシャは無表情で続けた。
「別にいいけど、目の下にクマが出来るほど弱るまでするのはどうかなぁ」
アイシャの言い分はもっともである。
仕方ない、解禁のルーデウスは、多少勢いあまってしまったのだ。
「また子供が増えるのかな。まあいいや、お母さんが言ってたけど今日はおいしいもの食べに連れてってくれるんでしょ?」
そうだ。
そして出した分を補って、ふたたび立ちあがり、闘いに挑まねばならないのである。
なんの闘いかは言うまでもない。
久しぶりに賑やかなグレイラット家の日常の中にもどってきた。
ここしばらく、常に闘いの中に片足を置きながら日常を送っていたからな。
和やかな家族の顔を見ていると、ここに帰ってくるために俺は全力で頑張っているんだと改めて思い知る。
ロキシーとララはおんなじ顔をして、黙々と運ばれてくる食事を味わっている。
ただロキシーはたまに何かを思いだしているのか、やたらとにんまりしているのが目に付く。
その隣でララがちらっと母親の方を見て、興味を失ったようにメインディッシュのステーキにとりかかっていた。
シルフィは言葉が達者になったルーシーと、それに必死でついて行こうとするクライブをにこにこしながら見ている。
あの時になると見せる妖艶な姿からは思いもつかない賢母感である。もっとも、そのギャップがたまらないのだが。
エリスはエリスで、両隣にすわるジークとアルスの面倒を思いのほかよく見ている。
ぶっきらぼうではあるが食べ物を小さく切り分けてやったり、何か聞かれるごとに言葉少なに答えたりと、意外にマメだ。
あのエリスが母親になったと思うと感慨深い。
思いのほか、なんていうと怒られるだろうか。
それにしてもうちの男子は、思いのほか?エリスに懐いている…いや、それはそうか…
とにかく勝利の美酒が、甘露だ。
俺は気持ち良く酔っぱらっている。
ロキシーとララは、デザートだった果実のコンポートを譲ると、軽い小競り合いをしながら喜んで食べていた。
★ロキシー視点★
お風呂からあがり、リビングでくつろいでいたルディを誘って二階の寝室に上がった。
廊下から真っ暗な書斎に入ると、ルディが手の内に火を灯す。わずかな灯りがぼうっと室内を照らしだした。
反対側の手はロキシーの腰のあたりを優しく撫でてくる。
夫となった彼の、その親密な手つきだけで胸の内があたたまり、下腹部がきゅうっと締まる。
「ロキシーの中でしたい」
今朝、彼が自分に向けて強く主張した時の表情を思い出す。
そのたびに気持ちがふわりと浮かんだ。
(今日は何かいいことがあった気がする、そうだ、ルディがあんな風にわたしに…)
いたずらに記憶を反芻して、一日中内心ニンマリとした。
ロキシーにとっては、それだけ大きな出来事だったのだ。
ビヘイリルから帰ってきたルディにいざなわれて、初めて二人の年若い妻たちも交えて愛を交わした。
賢くて可憐なシルフィ、美しくて純情なエリス。そして…自分。
あの中にあってもルーデウスが強い気持ちを自分に投げかけてくれたのが、ことのほか嬉しかった。
色恋沙汰に関して、自分に自信がない期間が長かったのだ。
子どもにしか相手にされず、逆にロキシー自身は子ども扱いをされたりして…
あんまり続くから、外見のことはどうしようもないことだと割り切ろうとしたこともある。
そんなに簡単なことじゃない。
結局今日に至るまで、割り切れずにいる。
同族同士であれば、そんなすれ違いは起きないはずだったろう。ロキシーにだって年相応の恋が出来たのかもしれない。
さりとてロキシーには、同族同士の恋愛がどうしてもうまくいかない理由がある。
「やはり自分に結婚は難しいのかもしれない」そんな、すてばちな気分が湧かなかったと言えば嘘になる。
とにかく、そういう期間が長かったのだ。
結果だけ見れば、ロキシーは大金星をあげたと言える。
劣等感は夫の愛と……そして欲望を繰り返し注がれるうちに雲散霧消しつつあった。
とはいえ、だ。
自分の身体は貧相だろうか…それは、やはりそうだろう。
ロキシーはそう思う。
エリスをみよ。女ざかりの彼女は、まるでほころんだ花のように華やかだ。
出るところが出て、しまるところはしまり、まるで満開の花のように咲き誇って見える。
初めて彼女がこの家にきたときのことを今でも覚えている。
「ルディに振り向いてもらえなくなるのでは?」
シルフィと二人で目を見合わせて戦慄を共有し、無言のまま同じ思いを味わったものだ。
(全然そんなことありませんでしたね)
そんな不安をよそに、ルーデウスの持つロキシーへの熱が冷めるということはなかった。
エリスがルディと愛し合っているところを、今朝初めて目の当たりにした。
エリスが魅力的なのは、身体だけじゃなかった。
あの表情、あのたおやかな仕草、あの瞳の輝き…
ロキシーはうっかり見とれてしまったが、どうやらシルフィはまともに嫉妬してしまったようだった。
わたしがそうならなかったのは、がちがちに緊張してしまったエリスが愛らしいと感じたからこそである。
ついでに嫉妬心にうろたえているシルフィも愛しいと感じた。
年を経るとはそういうことかもしれない…
にも関わらず、あの魅力的な二人と自分とが同じように愛されているというだけで、どうしようもなく浮かれてしまう気持ちがあるのだ。自分で言うのもおかしな話だが、不思議なものである。
書斎を抜けて寝室の扉を開けて、ルディが通り抜けるのを待ってから、後ろ手で寝室の戸をしめる。
「ルディ」声をかける。
「はい」
彼は何の気なしの返事をして振りむいた。
こういうふとした瞬間、ロキシーは自分の夫がたまらなくいい男だと思う。
「口づけしてください」
そうせがむと、彼は手の内の灯りを消した。ロキシーは真っ暗になった部屋でかき抱かれる。
くちびるに柔らかくて甘い感触。
本当は朝からずっとルディにあまえたかった。
二人には悟られていたのだろう。
レストランからの帰りしな、シルフィは小声でロキシーに話しかけてきた。
「ロキシー、今夜はゆっくり旦那様に甘えたいんじゃない?」
そういうシルフィを見返すと、エリスもこちらを向いてこくりと頷いている。
あんなことがあったからだろうか、変に恐縮したりせず堂々としていようと思った。
「そうですね。今朝はどちらかと言えば二人のサポートにまわって、私自身はちょっと甘えそびれてしまいました」
そういうとシルフィはニッと笑って言った。
「今日はロキシーの番ね」
だから存分に甘えようと思う。ルーデウスの妻として。
「ルディ、可愛がってください」
真っ暗な寝室で、彼のいる方に向かってそう告げる。
「もちろん」声と共に自分の身体がふわりと宙に浮き、ギュッと横抱きにされた。
何度されても、いつも思う。
――夢心地だ。
「ロキシー、はいてないの?」
耳元でルディがささやく。
「はい」
自分がちんちくりんだって構わない。
この人はわたしのことが性的に好きだから。
――暗闇に抱かれ、二人で存分にまさぐりあった。
これにて終幕、あとは全部余韻の中。
二回目、どの話が好き
-
エリス新婚初夜
-
ビヘイリル後日常のエリス
-
ロキシー新婚初夜
-
シルフィの秘密(後ろ)
-
シルフィ、アスラ前の日常
-
夢の共演(4P)
-
エリスの妊活
-
ロキシーお忍びエッチ