でも、いくら頭が良くても、感じることは同じだったりするのね。
夏の北方大地、かなり深い時間まで日の沈まぬシャリーアの夕暮れ時。ロキシーは大学の仕事を少し早く切り上げて、いつもの酒場でお酒を飲んでいた。
目の前には、豪奢な金髪縦ロールの長耳族の女性が座っている。楚々として麗しい外見とは裏腹に、とんでもない本性と経験値を秘めているエリナリーゼ――ルーデウスをして「有害図書」と言わしめたとか――である。
彼女はグレイラット家筆頭妻の祖母であり、一時はロキシーの旅の道連れでもあったが、今では押しも押されもせぬロキシーの「そっち方面」の顧問である。
ロキシーの、というよりグレイラット家の、という方が当たっているかもしれない。
ロキシーとエリナリーゼは、奇妙な縁がある。自分が結婚できたのも、結婚後の(性)生活が順調なのも、ひとえに彼女のおかげである。
自分の研究が立て込んでいなければ、午後の講義がない日にこうして時おり誘ってお茶をしたり酒を飲んだりする間柄となった。
とは言え。
ビヘイリルの一件の後は何かとバタバタ過ごしていたので、かなり久しぶりの誘いだった。
彼女の息子であるクライブ君がグレイラットの家に出入りしているので、お互いの近況なら軽く理解しあっているものの、久しぶりに対面で会うとなると、やはり近況報告が弾む。一通りおつまみを楽しみながら近況を語り合った後、早速ロキシーは自分の亭主が髪を真っ白にしてビヘイリルから帰ってきた日の出来事をぽつりぽつりと語った。
もちろん、今日はこの話がメインのつもりだ。お世話になっている我が家の(性)顧問に、まあ、一応話をしておこうと思い立ってのことだ。
「あら、とうとう四人で……」
したんですわね、とエリナリーゼは呟く。
けっこう突っ込んだ話をしたつもりだったが、軽い反応である。まるでよくあることだと言わんばかりに「で、どうだったんですの?」と訊いてきた。
あれはどうだったんだろうか、今でも時々考える。聞かれてすぐに答えられるほどまとまった言葉にならない。
――どうだったんだろう。
まとまっているわけじゃない。だが、ひとつだけ確実な疑問がある。しかし……口にするのは、はばかられるなとロキシーは考える。顔を近づけて、声をひそめた。
「お尻――」
口にすると、やはり突飛。
「お尻が」エリナリーゼはうかがう目でこちらを見て「どうしたんですの」とおうむ返しにエリナリーゼが聞き返してくる。
「男の方のお尻を愛するのは、よくあることでしょうか」
ほかの客に聞こえぬよう、声を最小限にひそめて。
エリナリーゼは目を丸くした。やはり彼女でも驚くのだろうか。
「
ツウとは。
「やはり……あまり、しないことですか?」
ロキシーの問いに、すぐには返事をしないエリナリーゼ。グラスに口をつけて、
所在なくなったロキシーは、手もとにある火酒の水割りについた水滴が、テーブルにつたい落ちていく様を見ていた。
「ありますわよ。よくある、というと語弊はありますけれど。上級者のたしなみですわ。普段から
訊かれて、思わずエリスの手馴れた様子を思い出す。
「そんな様子でした」
「様子?」エリナリーゼは眉をしかめて怪訝な顔をした。
「あ、いや……」
エリスの秘め事を他者に勝手に話すのははばかられたので意図的に伏せた。伏せたものの、よくよく考えると、エリナリーゼはシルフィとロキシーの秘め事にはある程度通じているのだった……
・・・
「そんなの、わたしはあれが珍しいことだなんて知らなかったわ」
エリスは顔を真っ赤にしている。
「別に珍しくなんかないよ」
フォローに回るシルフィ。
確かにシルフィが時おりロキシーに話してくれるアスラ貴族の
そう言いかけて、ロキシーは黙っておくことにする。この家で一般論を持ち出しても栓のないことなのだ。
それにしてもシルフィーの顔も、なぜか真っ赤である
・・・
「まあ、いいですわ。それで、それは指でするんですの」
気を取り直したエリナリーゼが、より具体的なことをたずねてくる。
「指? いえ、口で……え? 指でするんですか?」
思わず聞き返すと、エリナリーゼは妖しい笑顔になる。
「口で…… ああ、愛情の深い。それにしてもロキシー。あのロキシーが、とうとうこんな話をするまでに成長したんですのね。感無量ですわ」
などと言う。
――
もっとも彼女の言い草は当たっている。ロキシーはそう思いなおす。
かつてエリナリーゼの破廉恥を目の当たりにして逆上したはずみで、宿泊先を半壊させたことがある。それにこの件に関しても、ルディのお尻を指でどうにかするだなんて、ちょっと倒錯が過ぎるというのがロキシーの偽らざる本音だ。
(もちろん興味がないと言えば、嘘になりますよ?)
「まあ、無防備になった殿方を指で愛するのはいいものですが、お相手がどんな関係を望むかによって、出来ない時もありますわ。この場合は、ロキシー、あの子があなたとどんな関係を望んでいるかが大切ですわね」
そういって
「けれど、まあ――あの子とあなたの関係なら大丈夫ですわ。師匠と弟子ですもの」
笑顔でそう結論した。
燃えますわね、というエリナリーゼに向けて思わず「なにが大丈夫なんですか」と突き放そうとして、それをやめた。ロキシーの脳裏には、この話を聞いて興味にかがやく四つの赤い瞳がよぎっていたのだ。
――おほん、と一つ咳払いをして聞いてみる。
「それで、
・・・
酒瓶の中身はおよそ半分まで減っていた。きわどい話を肴に、三人とも快調に飲んでいる。
ロキシーは相変わらずふにゃふにゃとした口調だったけど、きっぱりと言った。
「まず『第一に、安心してもらうことですわ』だそうです。指に
ふん、と鼻息を荒くして言った。
「『とまどいや拒否感が態度にでると、ルーデウスだって傷つくし安心できませんわ』……だそうです」
唐突に現実的な話が飛び出したので、エリスは面食らってしまった。
「アハハハハ――」隣のシルフィは腹を抱えてひとしきり笑ってから「ぜったいに大丈夫」と言い切る。
自分はどうだろうか。
戸惑ってしまうルーデウス、恥じ入るルーデウスのことを想像する。
不意に息子のアルスが沮喪をしたときに見せる、ばつの悪そうな顔を思い出した。想像しただけで気の毒で、いたたまれない気分になる。
「ダメよ、ルーデウスにそんな思いさせたら」
ロキシーはこくりとうなずく。
「そうですね。この三人のうち、一人でもそんな思いをさせたら、もうできなくなりますよ。本当にするなら、何枚か厚手のタオルや容器を用意してから、たっぷり時間をかけて、絶対に愛情を忘れず」
うんうん、と三人でうなずき合う。
ロキシーは指を立てるポーズをして続けた。
「あ――あと、潤滑剤。『第二に、痛がるようなやり方はしないこと』でした。ベッドでするなら、用意した厚手のタオルを下に敷いて、潤滑剤でシーツを汚さないようにして、ふんだんに使用すること。アイシャにも迷惑ですし」
「潤滑剤って?」
エリスには分からない。
「引き出しに入ってるでしょ、陶器のビンのやつ」
シルフィはこともなげに答える。
「え?」とエリス。
「え?」とロキシー。
エリスとロキシーが同時に聞き返した。
「え?」とシルフィ。
言った後、しまったという表情のシルフィの顔が、見る間に赤くなる。
「あ……ああ……あれですね。ベッドの横の引き出しの――あれ……」
しどろもどろになりながら、ロキシーが言う。
「……」
「……ずっと、ぬり薬か何かだと思ってました」
「……」
シルフィとロキシーが気まずそうにしているが、エリスには何が何だかわからない。
「なによ、なんなの? あるならそれを使えばいいのね」
「……うん、いいよ。使って……」
ロキシーがジトっとした目でシルフィを見てから、おほん、と一つ咳ばらいをした。
「でも、どんな風にしたらルーデウスが痛がるか分からないわ」
剣と同様にエリスは自分の動き、そして
「ああ、そうですね。わたしもエリナリーゼさんに聞きました。それは――逆に聞きますが、エリスはルディに指でしてもらう時は、どんな風ですか」
以前なら恥ずかしくて答えられなかったような質問。今度は、自分がされている時のイメージに切り替えて考えてみた。
この三人が三人とも、一人ひとりルーデウスと築いてきた関係が異なる、とエリスは気がついた。どのルーデウスだって、ルーデウスはルーデウスだし、一人ひとりと関係を築いているだけ。だから「どんな風か」とロキシーに聞かれたら、本当に「どんな風か」聞かれているのだ。
「そうね…… ゆっくり優しく、かしら」
「そうですか、なるほど。シルフィはどうですか?」
「え、圧迫だけで全然動かしてもらえない。あと意地悪なこと言われる」
「なるほど。つまり――ええと…… エリナリーゼさんが言うには『自分がされて良かったことを、同じようにして差し上げればいいんですわ』ということです」
「おお~」シルフィが小さな拍手をした。
「分かったわ」これくらい分かりやすければ、エリスにもできそうだ。
「ロキシーは?」シルフィが聞く。
「え……いや……わたしは、その……普通です」たじろぐロキシー。
「ずるいよロキシー」
口をとがらすシルフィ。
「そうですね……」言われて観念したのか、ロキシーはちょっと言いよどんでから「――わたしはゆっくりと一定の力とテンポでしてもらいます……」
「えー、それだけ?」なおも食いさがるシルフィ。
しばし無言。
「あと、耳元でずっと言葉責めされます」
やだー、と黄色い声をあげて盛り上がるシルフィ。
――エリスも楽しい。二人のこういう話がきけるのは、興奮とはまた違う喜びがある。
ロキシーは照れ隠しの咳ばらいをしてから早口になった。
「あとあと、胸を舐めたり、指でさわるのも効果的だそうです」
「うわ、それは確かに
「ちょっとまって、言葉ぜめって何なの」
エリスは話を止めて、おそるおそる質問する。
しばしの沈黙。気を取り直したシルフィが口を開く。
「えー、例えば……ロキシーがルディに指でしてる時にさ、気持ちいいか聞く、みたいなやつじゃない?」
シルフィが言うと、ロキシーは「んー」と上を向いてしまった。
「それならわたしもルーデウスに」
ピンと思い当たり、割と大きな声で口をついて出てしまった。言ってから口をつぐむ。「耳元でささやかれて興奮する」の部分は口に出さなかったものの、シルフィが脇腹をつついてくる。
「何よ」
「素直じゃん」
「ちょっと酔ってるだけよ」
「別にいいじゃん。ボクだってルディにいじめられたら興奮するし」
いじめる? 聞き慣れない。
「いじめるって?」
素直に聞くと、シルフィの耳が赤く染まる。
「えっと……だから……何回も寸止めされたり……いやらしいこと言われたり」
ああ。
「分かったわ」それなら自分もだ。
アレを「いじめられている」というのなら、シルフィの気持ちはなんとなく分かる。
「おほん」
とろんとした目つきのロキシーが咳ばらいをする。
「二人とも笑わないって約束してくれるなら、言葉責めの講義しましょう」
「おー」とシルフィはふたたび小さな拍手。
「聞きたいわ」そんな講義があるなら、エリスも聞いてみたい。
「シルフィが言っているのも立派な言葉責めです。他には……例えば、こちらが絶対に興奮するようなことしておきながら、耳元で『いやらしいんだね』と言ってきたり――」
「やーん!」
シルフィが自分で自分の身体を抱いて悦んでいる。
「その直後に『かわいいね』と囁いたり――」
やけに具体的な説明。
「あと――声を出してはいけないと言われたり」
「やあだぁ」大盛り上がり。
おほん、と咳払いをするロキシーの照れ隠し。
「『全部見えてるよ』は秘密の共有」
「『濡れちゃったんだ』は性欲の肯定」
「あとは…… 『したがりなんだね』」
ロキシーがルーデウスの口調を真似して言うたびに、シルフィはもはや無言で身悶えている。
「『どうして欲しいの?』」
「『ここがいいんだ?』」
「『まだイったらダメだよ』」
あとからあとから出てくる。言っている本人の顔は真っ赤。頭が良いと、こんなことも上手にまとめられるのかと感心する。
「まあ、お気づきの通り、わたしが言われて興奮することを単にならべただけですが……」
消え入るような声でそう結ぶ。
なるほど。なんとなく分かった気がする。言われたことがないようなセリフもいくつかは混じっていたものの、基本的には思ったことをそのまま相手に口にすればいいようだ。
「ルーデウスが相手でも、同じことを言えばいいのかしら」
エリスは実践派である。たとえ話より、実際に自分が使えるようなものに落とし込みたかった。
質問を受けてまた、しばし沈黙。
「まあ、エリスは結構言ってましたよ」
しばらく考えて、ロキシーが口を開いた。
「え?」
言っているとは。
「エリスの『もう、こんなにして』は、ルディ、すごく興奮してましたよ」
「たしかに」とシルフィも首を縦にふって続ける「あとは――『硬くなっちゃったの』とか?」そう言って、いたずらっぽく笑う。
ああ、なるほど。そういうのもね。
「でも、いざという時にはできないかも」
そんなに器用にはなれない。
「エリスはできるよ」
「なんでよ」
「なんでか分かんないけど、多分」
「なによそれ」
あははとシルフィが笑うのにつられて、エリスもつい笑ってしまった。ロキシーも「まあ、たしかにそうですね」と肩を小刻みにゆらして笑っている。
シルフィが不意にまじめな顔になった。
「だからさ、エリス。多分、ボクたちじゃできないんだ」
「なんでよ」
「ルディは…… ボクにもロキシーにも、かっこいいところを見せようとするから」
ああ、それは分かる。
「シルフィもロキシーも、ルーデウスには弱いものね」
そういうと二人は困り顔で笑った。
「言ってくれますね」とロキシー。
「でもそんな時ばかりじゃないよ」シルフィも負けじと言い返してくる。
言い合って、また三人で笑い合う。ひとしきり笑った後、ロキシーが言った。
「でも――その通りです。だからまずはエリスにやってもらわなきゃ、という話をシルフィとしていたところだったんです」
盛り上がること、ひとしきり…… この二人と家族になれて、エリスは嬉しいと思う。
この「嬉しい」はなんだろう。
ルーデウスと家族になり
分からない。
エリスは、自分の感情を分類できるほど器用じゃない。
だからだろう。どちらも同じ「嬉しい」だと感じる。
今後
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無色転生二次創作をつづけろ!
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オリジナルも書け!