ベッドでへたり込むリーファを窓際のテーブルまで誘う。
飲物を渡すその前に此方に誘導しておけば良かったとは思うが、彼自身もいきなりの闖入者、それも思索を寄せていた少女当人が来るとは思ってもいなかった事に依る動転もあった。
ちょこん と言う音でもしそうな申し訳なささと恥ずかしさの綯い交ぜになったような態でリーファは誘われるままに着席する。
年頃の少女が年頃の男に不慮の事故とは言え下着を見せる羽目になる。というのは中々に次に切り替えるのは難しい。況やそれが思春期真っ只中であれば、仮想世界のアバターであったとしても。
そんな少女の心境を思い遣っての事か。それとも主導権を握るためか。
「…取り敢えずこっちの自己紹介は…まぁ、必要ないかな。君もあの時、転移門前広場にいたみたいだしね。アルブヘイムオンラインの
リーファは目を見開く。彼女がどこから来たのかを明解に当てに来ている。
ヤレヤレと言いたげな風に肩をすくめると対面に座る少年は人差し指を立てて解説をする。
「まず。その耳。SAOでその風貌はまずあり得ない。シェイプシフト系の罠を喰らって変化した。と言う設定らしいけど、永続して外見を変更するような罠はまずあり得ない。それなら、他に何人もいるはずだろうしね?」
二本目の指を立てる。
「二つ目。外見的特徴が際立っている以上、それが現実のものと定義した場合、いわゆるエルフ耳を現実でもしている事になる。まずこれは無い。成形して無理矢理造りでもしない限りはね? では、どうすればそうなるのか。簡単だ。既存のデータから引っ張り出せば良い」
三つ目の指を立てる。
「三つ目。SAOで現実の肉体と懸け離れたアバターが作成出来ない以上、そういった外見データを許容するフルダイブVRMMOのデータを流用する。後発品フルダイブ機器のアミュスフィアで発売されたALO。その外見データであれば流用可能だろう。基幹システムがカーディナルシステムとして共通してるしね」
四つ目の指を立てる。
「四つ目。僕も仮想空間になれるため、ALOにもダイブしていた時期がある。その際、シルフ領に行ったときに 今の君と酷似している外見データと同じ名前の風妖精の少女剣士と出会ったことがある。果たして、そこまで並べたときに、これは偶然の一致なのか? 答えは否。ALOにおいての外見データこそはユニークだ。同じ外見特徴の存在は作成出来ない。つまり、風妖精リーファの外見はユニーク」
五つ目の指を立てる。
「五つ目。流用可能とは言え、個人でそう言う真似は出来ない以上、事故で引き込まれたと考える。君がALOで保持しているアバター:リーファの外見データを引き込んでしまうような事故。つまり、11月の件の事故が契機とみる。…もっとも、これらの条件全て引っ繰り返して、黒の剣士キリトを兄と慕う金髪エルフ耳の美少女が現実世界にも存在してる可能性も全くないと言い切れないのが恐いところだが」
立てた指を折りたたみ直して諳んじていた前振りから本題に切り込む。
「…じゃあ、何故。どうして、ALOにいたはずのリーファがSAOにいるのか。如何なる手段を持って。如何なる状況で。如何なる条件で…さて。君がここに送り込まれた理由は大体見当がつく。クィネラに唆されたというところかな?」
透徹な眼差しを持って見透かすようにリーファを見据える少年。
「さて…それじゃ、こんな宿屋まで送り込まれてしまった君の話しを聞かせてもらおうか?」
「…あの聞きたい事とか色々あるんですけど…どこから聞いて良いのか解らなくて…」
顔を俯かせて、冷めつつある飲料のマグに目を落とす。
紅茶の類だろうか。ハーブ香が落ち着かせてくれる。
リーファは自分の中で聞くべき事をまとめる。
先ずは彼が自分を知っている理由はわかった。ALOで出合っていたから。
その時の外見データと変わっていない以上、此方の事が理解されているのはこれはもうどうしようもないだろう。
ただ、それでも疑問は残る。
「…あの人、クィネラさんは私のリアルネームを知っていたんですけど…」
「ああ、ハッキングして大体の接続者のリアルアカウントは割ってある。とは言え、それを僕が知る事はない。そう言うデータ管理は一元化して『相棒』の運用だ。直接、僕がそれを知ってどうこうする事はないよ」
まぁ、だからこそ厄介なんだが。と聞こえないようにボソリと少年は呟く。
そう、知りうる情報を差配するのはあくまで『彼女』がメインだ。
その知り得た情報を使って何をどうするのか。
不利になる事はしないだけでうまく立ち回らないとどれだけの事になるかわかったものでは無い。
「まぁ、『相棒』は相棒でそういったデータを使って此方でやる事があるからね。まぁ、細かい事は言えないが。何しろ、君は名義上『巻き込まれた被害者』だ。こっちの事情で話せるのは僕の立場ぐらいかな」
少年、ユートはリーファを『アミュスフィア使用中に何らかの事故による誤認識によって巻き込まれた被害者』。そのように認識している。
そう、自分の意志でデスゲームに突っ込んでくるような粋狂な真似をするはずがないと。
「…その…私が自分の意志でこっちに来た。って場合、そのどうなるんですか…?」
■ 無限の歓喜 性愛の断片《インフィニティエクスタシー エロスフラグメント》
音が凍った。
空気が凍った。
地雷である。明確な地雷である。
彼女は選択を間違えた。
この局面であれば、不幸な巻き込まれを装い、戻れないところまで事態が進行してからカミングアウトした方が良かった。
先程まであった気遣うような雰囲気は彼から消えた。
目は透徹を超えて冷然な眼差しに。
見定める側の目線に変わる。
「…自分の意志で?」
「は、はい。その」
「手段、方法は?」
そして、リーファの口から明らかになるその手管。
「…つまり、君は『回収命令の出ている初期型ナーブギアを SAOを起動しないという条件で友人から借り受けてそれを私用した。デスゲームであるという事実を理解した上で、その行いを家族の誰にも打ち明けずに没入した』と」
両手で顔面を押さえる。
他人事である。他人事ではある。
アミュスフィアの使用であればまだマシであった。
それならば、いくらでも逃げ道を用意出来たし、フォローの仕様もあった。
だが、しかし。
デスゲームと公表された後に自らの意志でナーブギアを使用してSAOにログインした。
しかも、その行いは自分の肉親にも秘した完全な独断。
否。それが両親の理解を受けた上で。ともなれば、事が公になったときに、一家総出の精神鑑定コースだ。
普通はあり得ない。
加えて 回収命令の出ている初期型ナーブギア。自身の持ち物ですらない他人の秘匿していたそれを無断使用。
譲り渡したわけでもなく、借用である以上、貸した側にも責任が問われるコース。
普通はあり得ない。
「…すごいな。数えで役満だ。おめでとう。君は無事に生還出来たとしても、確実に、現実世界で相当な…そう、犯罪者擦れ擦れの扱い と 実費で身体維持の為の医療費請求が待っているな。幸いなのは結果が確定するまでは据え置きになっている事か」
顔を見せず、眼も見せず、伝えられた情報から淡々と出せる結論を示す。
「…え?」
「そんな驚く事はないだろう。『アミュスフィア』使用中の事故ならいざ知らず。その条件下では一切の救済補償はでないぞ。君がデスゲーム判明後、現実世界で普通に活動していた事は容易に解る事だ。そんな君がナーブギアを使用して自分で没入した。となれば、そこにアーガスの背負う責任はほとんど無い。対策本部も『常人であればやらない』として想定してないケースだ。故に国からの保証もない」
常人であれば。普通ならばあり得ない。
ユートはリーファの行いをそう切って捨てる。
リーファの行いは、思春期の少女の暴走で片付けるにはその余波が大きくなりすぎる出来事になっていた。
彼のようにバックボーンを整え、サポート体制も整えて挑むならいざ知らず。
少女の行いは明確に自分以外の人間を巻き込む類の厄ネタになっていた。
「君にナーブギアを貸し与えてしまったその友人も不幸な事だな。君が此方にダイブしてしまった以上、その経緯を調べられて、取り調べを受ける事になるだろう。何せSAOはデスゲームだ。天秤が少しでも狂えば人が死ぬ。加えて回収命令に従わなかったその真意まで問質される。つまり、君は確実にそのナーブギアを隠し持っていた友人を窮地に追いやったぞ? 今からではフォローのしようもないな。釈明文とかその類でも用意してあれば情状酌量が図られるだろうけど。そうでなくとも、君は見事にその友人の心を踏みにじっているわけだな」
冷然と少女の行いを切り分けて、その行いが現実世界に置ける他者に与える影響を論じていく。
顔が引き攣り、ショックの色が隠せなくなるリーファ。
「その上で生き延びたとしてそんな君を待つのは半ば尋問染みたカウンセリングだ。当然の事だがSAOに何の目的があって没入したのか。初期の巻き込まれた人達より綿密に行われるだろう。つまり、君の目的、心情、心境。その合切を記録化される事になる。自殺願望があったのか? 他人を害する意図があったのか? それとも、そこには依らない意図があっての事か? …君の兄を思っての行い全てが他者の手によって分析され、解析され、記録に残される事になるわけだ」
ふぅ。と溜息を吐いて
ユートはその段階になってはじめて、リーファの眼を見据えた。
顔面は蒼白。そう言う可能性に漸く思い当たったのだろう。
デスゲームという事実を知りうる側だった少女は自分の行いのまずさを理解するに至った。
「…あ、あの!」
息を飲んで意を決したように。
リーファは縋るものがそれしかなくなったかのように声を出す。
「く、クィネラさんが言っていました。『現実世界に戻ったとき、黒の剣士に迷惑をかけたくないのならば』」って。…こう言う言い方をするって事は、私の置かれた状況を理解していたって事ですよね?」
苦虫をかみ潰したような声音でユートはそれに応える。ようやくにして、クィネラの意図が理解出来たからだ。
「…なるほど。そう言うことか。漸く納得出来た。君がここに送り込まれたのは、そもそも、『これ』をどうにかさせるためか。全く。面倒な…」
腕を組み瞑目してユートはリーファに告げる。
「…いくつかはなんとかしてやれない事はない。
言葉を句切り。
「その為には、君がここにやってきた理由。それそのものを君自身の意志で捨てる必要がある。…選ぶといい。やがて訪れる破滅に自らの意志で為した事と覚悟して受け止めるか」
それとも
「今ここで僕の提示する手段に乗っかり兄を思っての行いという事実すら捨て去ってでも現実世界で起きるであろう厄介ごとを回避するか だ」
~現在の状況~
リーファは 現実世界で起きるであろう、待ち受けるであろう事 を指摘されました。
リーファは重要な選択を迫られています。
後程詳細を追加。
1:【現実逃避ルート】:自分の思いは捨てられない。
2:【現実直視ルート】:周囲にこれ以上迷惑かけられない
3:【答えが出せない】